〈プロローグ〉
けたたましい警鐘を聞きながら、
辻風 風巻は支度を急ぐ。思う以上に疲労が溜まっていたのか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい己を叱咤し、刀を腰に差す。
「クソデカボイスで『ヤベェ予感』とか言われても意味わかんないし。敵襲ならそれ早く言うし」
シレーネ・アーカムハイトは眠い目を擦りながら愛用の銃を取り出した。「次の戦いに備えてちょっとは休ませるしー……」と寝ぼけてヨアヒムに言い返したような返さなかったような、もはや記憶は曖昧だ。だが、明らかに緊迫した空気が漂うここでそれを気にしている暇はなさそうだ。
「ヒムヒムはガス欠早いんだから、行くよしまきー」
「わかった、行こう」
二人は部屋を飛び出しヨアヒムがいるであろう戦場へと急ぐ。
同時刻、ヨアヒムの声に飛び起きた
アイーシャ・ガウルも急いで装備を身につけ外へと走っていた。
(廃墟街の勝利に酔いすぎたか……奇襲を許したのは高揚感からくる油断が原因だろう。絶妙なタイミングでの夜間強襲、軍事教本に載せたいくらいの見事な作戦だ。攻め込んできたのも精鋭に違いない。さあ、私はどうすべきか? 歯が立たないと言いこのまま戦いもせずこそこそと逃げ回るだけ? 冗談じゃない! 考えろ……考えろ!)
周囲の混乱を目の当たりにしながらもアイーシャは冷静に戦況を分析する。
(戦術の基本に立ち戻れ。状況を打破するには部隊に大損害を与えるか指揮官を叩くかだ……)
駆けつけた戦場では、既にヨアヒムが敵軍の指揮官らしき者と対峙していた。シュミスに来て間もないアイーシャら特異者に何かと世話を焼いてくれた恩義もあるヨアヒムにここは加勢すべきだろう。
(彼は教団長アンネリーゼ女史と並び救済執行機関エアレーズングの中核を担う人材、失ってはならない)
弓を握るアイーシャの手にも無意識に力がこもる。
(いずれにせよ、敵を撃退するか、少なくとも敵の攻勢に耐え抜かなければならない。私がすべきことは、勝機を見出すために小細工でも何でもやって相手に少しでも隙を生じさせることだ……!)
* * *
執行者たちに刃を向ける闇の兵士たちを尻目に、ラインハルトはヨアヒムに切っ先を突きつけた。その構えには一片の隙もなく、ヨアヒムも迂闊に踏み込むことができない。
しかし、膠着している間にも敵兵士たちは淀みない動きで執行者らを押し、じりじりと教会へと迫る。
「モタモタしてる場合じゃねぇな――先手必勝だぜ!」
ヨアヒムが地を蹴った。全力の踏み込みから風切り音とともに振り抜かれた大剣はラインハルトの剣をへし折る勢いでぶつかる……が。
「間合いの取り方は悪くない」
ラインハルトの低く薄気味悪い声がしたかと思いきや、彼の身は剣を支点に軽やかに宙に舞い、ヨアヒムの肩を背後から蹴りつける。転がるヨアヒムは受け身を取り素早く立ち上がろうとするが、その時には既にラインハルトの剣が首元に振り下ろされていた。
「くそっ!」
ヨアヒムは大剣の柄で辛うじて首を守り飛び退く。
剣の振り方といい体術といい、ラインハルトの動きには一切の無駄もなく全てにおいて脅威的に速い。だが、それは決してまやかしの類いではなくれっきとした人の動きであり、目に見えぬほどではない。故にヨアヒムもすんでの所で回避できているが、完全に後手に回っていた。
「オレの動きが読まれてる……?」
「驚くほどのことではない。貴様とワタシとではくぐった修羅場の数が違う、ただそれだけのこと」
憑き人と化す前は数々の戦いに身を投じてきた騎士だったのだろう。命のやり取りをしてきた経験はヨアヒムよりも遥かに多いということだろうか。
「我が王の御意思は絶対――降れ」
今度はラインハルトが仕掛ける。怒濤の連続突きをヨアヒムは大剣で弾くが、突きの合間に変則的に切り込まれた刃がヨアヒムの太腿を裂いた。
* * *
「今のうちに教会の中へ!」
“黒き終焉”ラインハルト率いる精鋭軍を相手に深手を負った執行者たちを庇うように、機関長アンネリーゼが立った。彼女が構えた十字架から凄まじい光が放射状に放たれている間に、自力で動ける執行者たちが怪我人に肩を貸し急いで教会へと戻る。
「戦える方は教会を背に、彼らを押し返しましょう! その間に――」
執行者たちに指示を出すアンネリーゼはふと視線を感じた。視線はそれぞれ違った方向から二つ、確認するとそこには
朝霧 垂と
川上 一夫が静かに立っている。
二人が何をしようとしているのかを察したアンネリーゼは、無言で頷く。彼らの動きが上手く嵌まればこの戦況を覆すきっかけになるかもしれないと考えて。
アンネリーゼの頷きを見て、二人は闇の中へと身を溶け込ませていった。
* * *
◆目次◆
〈プロローグ〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(1)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(2)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(3)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(4)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(5)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(6)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(7)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(8)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(9)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(10)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(1)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(2)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(3)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(4)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(5)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(6)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(7)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(8)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(9)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(10)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(11)〉
【2】〈終焉のアナザーサイド(11)〉
【1】〈訪れる終焉は如何に(12)〉
〈エピローグ〉