・燃え盛る闘志、四天王イグニスを討て
四天王が一人、イグニス。
炎を携えたその威容に
松永 焔子は視線を向けていた。
(四天王なのに五人……でも困ったことに実力は本物。ふふ、燃えてきますわね。“劫火の拳”イグニス・サラマンドラ、私の相手は貴方ですわ!)
「ルローニ様、共闘しませんこと? できるだけ人数を揃えて挑んだほうがよろしいでしてよ」
「拙者は一向に構わん。どのみち、倒すのに人数を問うておる場合ではない」
「では、強者への一礼を」
焔子が一礼するのをイグニスは嘲笑する。
「おいおい! 戦うのに随分と嘗められてるようじゃねぇか! 人間の分際で粋がるねぇ!」
紅紫 司もルローニと肩を並べ、イグニスを見据えている。
(大物が四人、いや、五人同時に来たか。全部倒すのは骨が折れるが、ルローニはやる気があるみたいだな。なら、前に出ることにいささかの躊躇いもない)
「ルローニ、報酬の倍乗せを受け取るのなら、ここで消耗し過ぎるのは得策とは言えないと思うぞ。別に報酬を寄越せと言っているわけじゃない。力を合わせたほうが早く片付くってだけだ。俺も足を引っ張らないだけの自負はあるし、アドバイザーだって居るんだ」
スミス・K・レートはいつでも司とルローニの援護に入れるように控えていた。
(消耗を抑え、遊撃をしやすくして差し上げましょう。……それにしても四天王を名乗るとは大きく出ましたね。五人いるのは少し気になりますが)
「ルローニ様。皆さん、戦闘に入られる前に。先制攻撃をさせていただきます」
そう宣言した
川上 一夫は瞬時に水属性魔法であるタイダルウェイブを練り上げる。
LV10にも達する津波に対し、イグニスは落ち着き払って応戦していた。
「ハッ! なかなかいい選択だ! だが、それだけで倒せるほど甘くはねぇぜ!」
水の魔法は確かに効いているようだが、四天王を名乗るだけあって生命力も並はずれているのか、それだけでは致命打とはなりえない。
正面から津波を突破したイグニスが纏っていたのは、焦熱気と呼ばれる燃え上がる炎を想起させる闘気である。
通常はLV7相当とされるが、武闘家を極めたイグニスであればLV10に匹敵する威力を引き出す事ができるのだ。
「そこはもう、俺様の間合いだぜ!」
脚部に炎を纏ったその姿から放たれるのは流星脚LV10――瞬時に間合いを詰めるための灼熱の飛び蹴りだ。
その直前に焔子は、氷雪のコデックスLV9を開きの魔法を詠唱しようとしていた。
魔法の発動を封じるため、イグニスは一気に飛び込もうとするが、焔子のその行動はブラフであった。
焔子は姿勢を沈め、メイジの定石を崩して突撃する。
そのための布石となるのが先刻の一夫のタイダルウェイブであった。
距離を取って慎重に優利属性での応戦――を焔子は考えていない。
ルローニには事前に策を伝えており、先の水流が浴びせられると共に彼も弾かれるように動き始めていた。
一瞬で濡れた地面を蒸発させた灼熱の蹴り技を至近距離で見据え、焔子はアンティシペイトLV10で見切り一撃を回避してみせる。
「吹き飛べ!」
叩き落とされた踵の一撃が水蒸気を引き裂き、焔子を捉えた。
(速い……! その上、これほどまでの攻撃力……! 紙一重で避けるのが精一杯ですわね……)
直撃こそ避けられたものの、それでも強力な一撃であることには変りなく焔子は体勢を崩され、イグニスは浅いと判断するや拳へと闘気を集めていた。
観察眼LV3で拳に炎が集まる様を目にしていた焔子は、その威力を予感して素早く対策を講じる。
(これを受けるのでは駄目ですわね……反撃に転じる!)
「水流よ……!」
咄嗟にタイダルウェイブLV10を紡ぎ上げ、イグニスが攻撃手段を完全に切り替える前に至近距離での水流を叩き込む。
「ぐぉ……っ! 魔術師がこんな距離で戦うだと……!」
「その考えを打ち砕くのが私の役割ですわ」
フレイムレジストLV4にメイド服LV7を重ね着して耐性を得ているとは言え、じりじりと皮膚を焼く炎の威力を感じないわけではない。
「ルローニ! 斬り込んでくれ! 援護に入る!」
別方向からイグニスへと斬りかかろうとするルローニと並走し、司はマテリアルガードLV6とホーリーウォールLV9を続けて発動し二重の結界でルローニを守護する。
「……!!」
姿勢を低くして抜刀の準備に移ったルローニへと、水流に揉まれながらイグニスが拳に焔を宿す。
「嘗めるな……! んなもん届くかよ!」
纏った炎がさらに熱量を上げ、残像現象を生み出す。
陽炎LV7とされるその熱による残像に体術を組み合わせる事で、イグニスはルローニの斬撃を紙一重で躱していく。
その光景を遠くから見るスミスは、イグニスの守りを打ち破るべく使用人の職能を活かし、観察眼LV3をより高みへと引き上げていた。
(残像現象に少しの、一分の隙でもいい……それを観測できれば……!)
獣の嗅覚も当てにしながら冒険の書に綴りつつ、集めた情報を基に天技:アナライズスキャンLV1を発動する。
イグニスの性質、癖などを纏め上げ、その綻びを突こうというのだ。
ディスアピアLV6で気配を断つことで狙われにくくしながら、冷静にガンメタルピストルLV7を照準する。
一方で一夫は、刻一刻と変わる戦局に対し、メイズフォッグLV9の濃霧を生み出しすことで、ルローニの剣筋を察知しづらくしようとしていた。
(イグニス様にもし勘付かれれば次はないでしょう……。そのためにはルローニ様の一撃の確実性を上げなければ)
魔力活性薬LV2を服用し、強化されたコメットフォールLV7で隕石群を降り注がせる。
「上からだと? しゃらくせぇ……なぁ!」
体表に赤熱化するほどの高温を宿したイグニスの灼焔LV7は、次に撃つ攻撃技のレベルを引き上げる代物であった。
ゆえに、反撃の隙を与えないようにと冒険者たちは攻撃を重ね、受け流しLV8を併用して降り注ぐ隕石を回避しようとするイグニスに、焔子が至近距離で水流を放ち邪魔をする。
「邪魔だァ……ッ! 退けェ……っ!」
「退きませんわよ……。これを脅威に思われている間は特に、ですわ」
一夫は天技:無限大の愛LV3を使い、前衛を務める焔子とルローニの武器を、自身の天技に匹敵する威力を持つまでに強化する。
焔子とルローニの攻撃に、一夫の隕石による爆撃。
そして――。
(私が弱点を見抜けば……突破口になり得るはず……!)
「俺様の弱点をこそこそ探ってる奴が居るな……。そこだ!」
地表から噴出した火柱はプロミネンスLV10だ。
スミスは身に着けたフレイムプルーフLV7で軽減はできたが、それでもレベル差が大きく負傷は免れない。
だが、その隙に司は攻撃に打って出ていた。
リングオブパワーLV1で筋力を強化しつつ、天技:殴りアコ・天魔覆滅LV2を発動する。
(このままじゃスミスが危ない……! とっとと倒しにかかる!)
司の肉体に魔を祓う力が付与され、天技によって引き上げられた身体能力から繰り出される乱打は、イグニスほどの実力者でもそのままでは防ぎ切れず押し込まれていく。
「やるじゃねぇか! だが、まだだ!」
(長く応戦はできそうにない……。だが、こうして相対すれば……!)
その攻防の中でスミスはイグニスの隙を見出す。
(そこです……!)
銃で狙い澄まして引き金を絞る。
弾丸はイグニスの左肩口へと突き刺さる。
それは先刻から焔子が攻めているのとは逆方向であり、なおかつ一夫の生み出した霧によって死角と化している箇所だ。
「司さん、ルローニさん、今私が撃ったところを攻めてください!」
「野郎……! 炎に抱かれて消えちまえ!」
司の乱打を浴びよろめきながらも、イグニスは再びプロミネンスLV7で火柱を起こしスミスを飲み込まんとする。
前に出てイグニスと殴り合っていた司は天技の効果が切れても手を緩めず、チャージLV3で力を溜め込み、聖なる釘バットLV11を振るい上げる。
「嘗めんなよ! そんな直情攻撃、当たるかよ!」
「そうだろうな……! だが、同時攻撃ならどうだ?」
霧の中からルローニが抜刀して出現する。
「な――っ!」
「悪いな。俺の特攻は天技だけじゃない!」
ルローニの刃と司の振るう釘バットの一撃が重なる。
「させるかよ! 四天王の力を思い知らせてやる……!」
自身を中心にしてイグニスの像が歪む。
それほどの灼熱を宿し、火山噴火のような激しさを伴わせて、爆発が連鎖していた。
イグニスの持つ天技:ボルカニック・エンドLV3である。
司とルローニの同時攻撃が直撃する前に吹き飛ばされ、焔子も巻き込まれ炎に包まれてしまった。
それは諸刃の剣であったようで、イグニス自身もぜいぜいと息を切らし、纏う炎の熱量が目に見えて落ちていた。
「嘗めんじゃ……ねぇ……ッ!」
勝利を確信して猛るイグニス。だが、焔子は炎に包まれながらも再びタイダルウェイブLV10を放とうとしていた。
「何度も同じ技を受けるわけが――!」
「いいえ! これで王手ですわ!」
至近距離の津波と思わせて、実際に唱えた魔法はサンダーボルトLV5。
それも、天技:ワールドイズマインLV4によって、イグニスや周囲の空間に満ちた魔力を込めることで極大化した一撃。
「雷よ! 降り注ぎなさい!」
降り注ぐ轟雷がイグニスの身体を貫き焼いていく。咄嗟に守りを固めたイグニスであったが、天技による攻撃を防ぐことなどできるはずもない。
焔子渾身の魔法を受けたイグニスは全身が傷だらけとなりながらも、しかし――。
「くそ……っ。とんでもねぇのを隠してやがったか! だが、俺様を倒すにはまだ足りねぇなぁ!」
戦意の衰えないイグニスが闘気を迸らせた。が、その直後に気配が緩む。
「……もうちょっと楽しみたいところだったが、どうやらここまでみてぇだな」
何かを感じ取ったのか、イグニスは現れた時と同じように炎に包まれてその姿を消したのだった。
イグニスが後退してから、ようやく司は回復を行っていた。
魔力ポーション(大瓶)LV2で魔力を回復してからダブルヒールLV5で回復するが、それぞれ深い傷を負っておりすぐに全快とはいかない。
「……ルローニ、立てるか?」
「むっ……。かたじけない」
「いいさ。それにしても……四天王、いや五人か。こいつら全員、これくらい強いのが当たり前なら、この戦い……」
相当苦しいものになるのは、今しがた四天王と対峙した彼らには痛いほど分かっていた。