・パーチェとの戦い1
朔日 睦月が
萩原 雅怜のスカイフォートレスの調整を行っている。
「そろそろ時間ですな。格納庫に戻るとしましょうか」
格納庫では、一足先に
朔日 弥生が己のタクティカルジャケットの中に待機していた。
睦月が自分のタクティカルストライカーに搭乗するのをモニター越しに見て、通信を繋ぐ。
『お疲れ様です。作業は間に合いましたか?』
『ええ、時間どおりに終わらせましたよ』
軽く会話をしていると、雅怜から通信が入る。
『そろそろ出撃だ。心の準備をしておいてね』
『僕も歌で弥生さんに援護をするからね』
傍には
此華 咲耶もいるようで、溌溂とした声が聞こえた。
* * *
特異者たちの基地制圧に対して、アルクティカ統合国軍はネームドのエースをぶつけることで対処してきた。
こちらは、パーチェと戦うことになる。
『味方と連携して動きますよ。互いに援護ができる距離を維持することを忘れないように』
『了解です。……では、参りましょうか』
睦月のタクティカルストライカーが地上から、弥生のタクティカルジャケットが空から、パーチェのソウトへ向けて攻撃が行われる。
対空射撃の弾幕が地上から空へとばらまかれ、その隙間を縫うかのようにアサルトライフルの弾丸が二発飛んでいく。
アリスのタクティカルジャケットを狙おうとしていたパーチェのソウトが、攻撃に反応して回避すると、凄まじい勢いで突っ込んできた。
『今だね。やりたまえ、いもうとよ』
『はあい♪ おにい頑張って♪』
突っ込んでくるパーチェに向けて、雅怜のスカイフォートレスから咲耶の歌が響いた。
敵意を煽る歌だ。
強敵なので、効果があるかどうかは分からない。
しかし戦略的に、落とされて特異者側が一番ダメージを受けるのが何かといえば、それはスカイフォートレスだ。
故に、自然とパーチェは攻撃目標をアリスのタクティカルジャケットから、雅怜のスカイフォートレスへ切り替えたようだった。
二刀のイカルスソードを手に、パーチェのソウトが凄まじい速度で突っ込んでくる。
雅怜のスカイフォートレスが主砲による砲撃を始め、弾幕を展開した。
パーチェのソウトを押し留めようと、睦月のタクティカルストライカーも弾幕の勢いを強め、弥生のタクティカルジャケットがパーチェのソウトの動きを先読みし、偏差撃ちで狙う。
睦月のタクティカルストライカーの弾幕と、雅怜のスカイフォートレスが展開する弾幕。
その間にパーチェのソウトが入り込んでくると予測して、隙間を埋めるように。
しかしパーチェは技量で以て弥生の読みを上回った。
ソウトの機動力を最大限に発揮して睦月のタクティカルストライカーが放った弾幕を置き去りにすると、狙い違わず飛んできた弥生のタクティカルジャケットの弾丸を二刀で斬り払い、さらに雅怜のスカイフォートレスへと強引に突っ込んできたのだ。
スカイフォートレスから放たれる弾幕さえ斬り払いながら。
到達したパーチェのソウトが、雅怜のスカイフォートレスに二刀を振るい、斬り刻み始める。
主砲を散弾のように放射して自衛しようとする雅怜のスカイフォートレスだが、至近距離から行われた反撃すらパーチェのソウトは回避し、あるいは斬り払って弾き飛ばしてしまう。
単独での行動には、ほぼ対応されそうだ。
仕掛けるならば、複数人で連携したほうがいいだろう。
そう判断した睦月と弥生は、自分たちのタクティカルストライカーとタクティカルジャケットの動きを示し合わせ、波状攻撃を仕掛けた。
機体を持たず操縦の必要がない分、戦況をよく観察する余裕のある咲耶がふたりの行動に気付き、睦月に伝える。
雅怜もふたりに合わせ、パーチェのソウトへ散弾を発射した。
幸い、雅怜のスカイフォートレスは防御力が高く、それまでのパーチェのソウトからの攻撃に耐えることができた。
『硬いねぇ……。燃えてきたぜ!』
三方向からの銃撃、砲撃を前に、さすがに一時撤退を決めたのか、パーチェのソウトが雅怜のスカイフォートレスから離れていく。
ソウトの中からは、上機嫌そうなパーチェの笑い声が響いている。
即差に、三機がかりによる追撃が行われた。
雅怜のスカイフォートレスから砲撃が行われ、砲声と着弾タイミングをずらしてかく乱する。
さらに地上を走破した睦月のタクティカルストライカーが、側面を取ってパーチェのソウトへガトリングガンの弾幕を浴びせかけた。
どちらもイカルス弾による攻撃だ。
パーチェのソウトといえど、当たれば無傷ではいられない。
空を飛んで避けるパーチェのソウトだったが、そこは弥生のタクティカルジャケットの領域だった。
二挺のアサルトライフルで銃撃しながらパーチェのソウトに接近すると、振るわれる二刀の刃を機体を空中で避けつつ、すれ違い様に接射を叩き込む。
凄まじい超反応で弾丸を二発とも切り払ったパーチェのソウトが即座にタクティカルジャケットにイカルスの刃を突き立てようとしてくるのに対し、弥生は咄嗟にイカルスソードを振るうパーチェのソウトの腕を蹴りつけて斬撃の軌道を変え、さらにその動きで宙返りして距離を取り、反撃を回避した。
着地を狙われないよう、空中で銃撃してパーチェを牽制しておくのも忘れない。
* * *
自由気ままに戦うパーチェのソウトの行動は、気紛れだ。
狩り甲斐のありそうな敵や大物を狙うなど、行動の傾向予測こそつきやすいが、その欠点を突いてくる相手を、これまで真っ向勝負で叩き潰してきた実績があった。
『誘導が、上手くいけばいいのですが……』
スカイフォートレスの中で、
川上 一夫が演歌の熱唱を始めた。
挑発的な、パーチェの敵意を煽ろうとする演歌だ。
一夫のスカイフォートレスが囮となり、他の特異者たちが誘引経路で待ち伏せようという作戦だった。
しかし待ち伏せはパーチェに見抜かれた。
当然だ。
戦場は砂漠で、身を隠せるようなものは何もない。
周囲を見回せば、どこに誰がいるかなど、すぐに分かるのだ。
挑発に乗せることができれば、パーチェは罠と分かっていてもソウトを突っ込ませただろうが、今回はそうではなかった。
それでも、パーチェは表向き挑発に乗った。
裏を掻くために。
『皆様方、ご注意を!』
不審なパーチェのソウトの動きを見て、
川上 実麗のタクティカルストライカーから警告が発せられる。
陣形を維持し、展開したキルゾーンの中にパーチェのソウトを誘いこみたい特異者たち。
そのために一夫は敵意を煽る演歌まで使用したが、その仕掛けにパーチェのソウトは乗らなかった。
キルゾーンの外、別の方角から、パーチェのソウトが突入してくる。
『悪いが好きに動かさせてもらうぜ! あたしは気ままに戦うのが好きなんでな!』
叫んだパーチェが実際に狙ったのは一夫以外のスカイフォートレスだ。
特異者たちの母艦を撃破し、一気に大物食いの達成を狙っていること自体は変わらない。
ただ、該当する対象が複数いるから、明らかな罠ではなさそうな、別の獲物を狙っただけ。
速攻でスカイフォートレスを落とされるのは、戦略的にも特異者たちにとって避けなければならない展開だ。
アリスのタクティカルジャケットがすかさず砲撃し、好き勝手動こうとするパーチェのソウトを牽制してくれる。
その結果、作戦の破綻を免れた。
『建て直したか! やるじゃないか!』
本能的にだろうか、特異者側が一番火力を発揮できる場所を避け、迂回しながらパーチェのソウトが突撃してくる。
アニー・ミルミーンのスカイフォートレスが、パーチェのソウトを迎撃し、砲撃を仕掛けた。
『それ以上好きにはさせません!』
四発のミサイルが立て続けに発射され、高速でパーチェのソウトへ迫る。
回避しようとするパーチェのソウトの付近で四発のミサイルが全て小さく破裂し、中から無数の小型ミサイルをばらまく。
全弾直撃を狙うのではなく、より広範囲を覆って面制圧を試みた攻撃だ。
しかし、パーチェのソウトはこれに機敏に反応し、小型ミサイルを切り払いながら弾幕の隙間を縫ってアニーのスカイフォートレス目掛けて斬り込んでくる。
旋回して回避機動を取るアニーのスカイフォートレスだが、高い飛行性能を誇るパーチェのソウトはぴったりと張りついて離れなかった。
回避は無理と判断し、スカイフォートレスの主砲を向けるアニーのスカイフォートレスだが、どう考えてもパーチェのソウトがイカルスソードの二刀で斬りかかる方が早い。
『貰った!』
『……そうでしょうか?』
アニーは冷静だった。
主砲は囮だ。
副砲二門の方が火を噴いて、パーチェのソウトを迎撃する。
砲声と砲弾の着弾タイミングを意図的にずらした砲撃だったが、パーチェのソウトは驚異的な反応速度を見せて砲弾を切り飛ばした。
続けて
亜莉沙・ルミナスのタクティカルジャケットがパーチェのソウトを狙う。
『このっ、落ちなさい!』
アサルトライフルから放たれた大口径の弾丸が、パーチェのソウトを穿たんと迫る。
それを易々と切り払うパーチェのソウトは、やはり飛び道具への耐性が凄まじいようだ。
パーチェのソウト目掛けて襲いかかるタクティカルジャケットがあった。
リズ・ロビィのタクティカルジャケットだ。
「覚えてる? 画家志望のリズさー! 前回あんたにやられた傷のせいで筆の乗りが悪くなったから相手しておくれさー!」
近距離から薙ぎ払われるハンマーの先端に榴弾が装着されているのを見たのか、パーチェは防御ではなく回避を選択し、避けながらリズのタクティカルジャケットがハンマーを薙ぎ払ったのとは真逆の方角に回り込む。
側面、しかも無防備な方向を取られたリズだったが、慌てない。
二刀を以て切りかかるパーチェのソウトを前に、ハンマーの柄で最初の一刀を受け止めると、パーチェの斬撃と自らの先ほどの攻撃の勢いで発生した力の流れに逆らわず、タクティカルジャケットを反転させる。
ソウトとすれ違うように、もう一度ハンマーが一閃された。
遠心力がたっぷりと乗せられた一撃に反応したパーチェのソウトは、ショルダーシールドでそれを受け止めつつ、力を逃がしていなす。
すかさずリズが榴弾を起動。
気付いたパーチェのソウトが、反射的に二刀でリズのタクティカルジャケットを弾き飛ばし、その勢いで自らも後方に飛ぼうとする。
次の瞬間、リズのタクティカルジャケットとパーチェのソウトの間で起きた爆発が、両者を同時に吹き飛ばした。
強制的に間合いが開けられる。
寸前で爆発の直撃から逃れていたパーチェのソウトから、破損したショルダーシールドが片方パージされる。
『やるじゃないか。狩り甲斐があるぜ。前回から腕は鈍っていないようだな。嬉しいぜ』
ダメージを受けたというのに、ソウトから聞こえるパーチェの声に苦しみはない。
むしろ喜色に溢れていた。