・ノイマン中尉たちとの戦い1
忙しく、出撃前の事前準備が行われている。
己のタクティカルストライカーに乗り込む前に、
フレイヤ・アーネットが
叉沙羅儀 ユウのスカイフォートレスを整備し、火力の底上げを図った。
『これでよし、と。終わったわよ。後は、機体に戻って待機しておくわね』
『ありがとうございます』
報告を受けたユウが、フレイヤに礼を口にする。
格納庫へフレイヤがやってくると、
ラーナ・クロニクルがフレイヤのタクティカルストライカーの調整をしていた。
すぐにラーナは機体から離れ、工具を片付け始めた。
どうやらもう終わったらしい。
『お待たせ。もう乗って大丈夫だよ』
『ありがとう。さすがの手際ね』
ラーナに笑いかけ、フレイヤがタクティカルストライカーに乗り込む。
操縦の感触を確かめるフレイヤがふとモニターに視線を向けると、映像越しに笑顔を返し、ラーナが自分のタクティカルストライカーに乗り込んでいくところだった。
あとは戦闘開始を待つだけ。
一方で、
イリヤ・クワトミリスのスカイフォートレスでも、
ミラ・アーデットが出撃前の整備を行っていた。
高めているのは、イリヤのスカイフォートレスの防御性能だ。
『わしらも可能な限りフォローをする。無理はせんようにな』
『そのつもりよ。頼りにさせてもらうわ』
整備を終え、ミラがタクティカルストライカーに乗り込んでいった。
* * *
釣り出された基地戦力の大部分をやり過ごした特異者たちの一団が、基地に突入するべく接近しようとしていた。
事前整備で性能が引き上げられた武装の感触を、
キョウ・イアハートは確かめる。
『問題ないようだな。そちらはどうだ?』
『きちんと装甲強度の上昇を確認できたですよ』
キョウの確認に、己のタクティカルストライカーの中で
ヴァレリー・ノーデンスが返した。
攻撃力が、防御力が、それぞれ引き上げられている。
紫月 幸人も、タクティカルジャケットの中で己のナビゲーションAIに話しかけた。
『アックス姐さん、今回もタイミングのナビを頼むよ』
『シッカリナビゲートシテヤルヨ。アタイニ任セテオクンダネ』
明らかに人間ではないと分かるが、それでもどこかそれらしく模倣しているかのような、特徴を感じさせる声で、AIが返事をする。
信道 正義のタクティカルジャケットの中では、険しい表情の正義に、ナビゲーションAIがコイバナを持ちかけようとしていた。
『作戦行動中だ。無駄口は慎め』
『……ワカッタ。射撃補助ニ集中スル』
以後、元々少ないバレットの口数はさらに少なくなった。
正義は
柊 恭也のタクティカルジャケットに通信を繋ぎ、恭也と動き方を打ち合わせる。
『空と地上から十字砲火だな? 任せろ』
タクティカルジャケット同士連携して、空戦機と陸戦機の特色を活かすことになった。
納屋 タヱ子のスカイフォートレスが、タクティカルジャケットやタクティカルストライカーたちの後方に控えている。
『歌の効果で、いくらか敵意を集められると思います。試してみる価値はあるはずです』
問題は、どれだけの頻度で狙われるかということだが、幸いにもといっていいのか、ソウトのパイロットはノイマン中尉の部下だ。
部下が敵意を煽られて誘き寄せられていることに気付けば、叱咤にして元に戻すかもしれない。
実際どうなるかは、やってみなければ分からない。
まずは味方の戦意を高揚させるべく歌った。
その歌を、己のタクティカルジャケットの中で
松永 焔子が聴いている。
タヱ子の正義への想いが伝わってくる歌だった。
焔子は、近付いてくる敵機の反応に気付いた。
味方に警告を行い、臨戦態勢に移る。
『元気を分けてもらいましたわね。……お出でなさったようですわよ』
基地を守るべく、ソウトたちとエクレストンが特異者たちの前に姿を表した。
ノイマン中尉と、その部下たちだ。
* * *
ヒルデガルド・ガードナーのタクティカルジャケットの静音性は、通常のタクティカルジャケットよりも高い。
駆動音が通常のものより小さいからだ。
『なるべく。不意を突きたいものね』
隠密行動を得意とするヒルデガルドにとっては、交戦までの行動もかなり重要だ。
いかに見つからないように動くかが、その後の展開を左右する。
鷹野 英輝もまた、奇襲を成功させるにはどうすればいいか考えていた。
何もない砂漠で発見されないように動くのは、ほぼ不可能と見ていい。
つまり、基地の外で戦う分には、隠れ場所などないということ。
基地の中ならばその限りではないが、そもそもそこを占領するための戦いなので、侵入を許してくれるほど甘くはないだろう。
『せめて地面に身を隠せる程度の起伏があれば良かったのですが』
全くないわけではないが、タクティカルジャケットの存在を隠蔽できるほどではない。
見つからないようにするには、ソウトたちがそもそも注意を向けることができない状況を作り出す必要があるだろう。
* * *
ノイマン中尉のエクレストンと、その部下たちで構成されるソウト部隊の連携力は高く厄介だ。
まずはノイマン中尉に指揮されるソウト部隊を、エクレストンから引き離さなければならない。
そういう意味では、ユウとイリヤのスカイフォートレスは、囮としては適役だった。
『まずは私が前に出るわ。ある程度敵意をコントロールできる味方もいるようだし、こちらが崩れない程度に、被害を分散させたいところね』
『攻撃の手も緩めないようにしましょう。……敵といえどもなるべく殺したくはありませんが、それで仲間を危険に晒すのは本末転倒ですから、優先順位を間違えないようにしなければ』
砲撃を開始したユウとイリヤのスカイフォートレスたちを見て、ソウトたちもその排除に動き出した。
編隊を組んで砲撃の射線を避けながら、空中のスカイフォートレスへランスの先端を向け、イカルス弾を発射して撃ち落とそうとしてくる。
回避機動を取るも間に合わず、イカルス弾が直撃したイリヤのスカイフォートレスが激しく揺れた。
やはり、イカルス弾だけあって、威力はイオン弾や実弾よりも大きそうだ。
まあ、口径にもよるだろうが。
ユウとイリヤは連携して砲撃を行い、ソウトたちに反撃していく。
イリヤのスカイフォートレスが積極的に前に出て弾幕を張り、面制圧を試みると、ソウトたちは機敏な動作で散開し、弾幕の範囲から逃れようとした。
そのソウトたちのうち、もっともイリヤに近い距離におり、反撃として銃撃をイリヤのスカイフォートレスに撃ち込もうとしていた一機が、いくつもの至近弾を受け、その衝撃で吹き飛ばされる。
すぐに体勢を整え、イリヤのスカイフォートレスに銃撃するソウトの下半身を、先ほどの弾着を確認して誤差修正を行ったユウの第二射が薙ぎ払う。
足を破壊されたソウトが、編隊機動から落伍していく。
そのソウトを狙って、三機のタクティカルストライカーが急降下していった。
フレイヤ、ミラ、ラーナのタクティカルストライカーたちだ。
『三体一で、確実に一機やるわよ! 攻撃力が上がっている私が火力を受け持つ! ふたりは気を引いて! ジュート、戦況のナビゲート、よろしくね!』
『分かったのじゃ。そら、ゆくぞ、ラーナ!』
『はーい! ラーナ、頑張っちゃうよ!』
中央を飛ぶフレイヤのタクティカルストライカーから離れ、ミラとラーナのタクティカルストライカーが、加速して左右へと展開していく。
『狙ウノナラ、アノ落伍シタソウトガ良サソウヨ』
フレイヤの機体のAIであるジュートの助言もあり、フレイヤ、ミラ、ラーナの三人は、ユウのスカイフォートレスが砲撃を加えたソウトに、追撃をかけた。
まず三人で立て続けにミサイルを発射すると、その回避にソウトが気を取られているうちに、一気にミラとラーナのタクティカルストライカーが接近し、ガトリングガンの銃口を向ける。
ふたりの機動に気付いたソウトはランスによる銃撃で、牽制しようとしてくる。
ソウトの注意がミラとラーナに向いていることを確認したフレイヤは、その隙を突いて急降下すると、至近距離から猛烈なガトリングガンの掃射を浴びせ、傷付いたソウトを沈黙させた。
三体一で首尾よく一機倒すことに成功した三人だったが、似たようなことはソウトたちも考えたようだ。
倒されたソウトを囮に、残るソウトたちがユウとイリヤのスカイフォートレスに肉薄した。
ユウとイリヤのスカイフォートレスが、二機で弾幕を形成しながら回避機動を取り、向けられたソウトたちのランスの射線から逃れようとする。
放たれる、無数のイカルス弾の光。
ユウのスカイフォートレスへの射線は位置的にイリヤのスカイフォートレスが遮っているので、被害はほぼイリヤへ集中した。
イリヤのスカイフォートレスが少なくないダメージを負う。
さらにソウトたちが攻勢を強めようとするも、そこへフレイヤ、ミラ、ラーナのタクティカルストライカーが引き返してきて、イリヤのスカイフォートレスに注意が向いて、警戒が疎かになっていたソウトたちに襲いかかる。
ソウトたちも三人に気付いてたちまち空と地上で銃火が飛び交う激しい銃撃戦となり、イリヤのスカイフォートレスが追撃に晒されることはなくなった。
一見被害が大きそうに見えるが、幸いミラとフレイヤが修理を行えるし、バッテリーの補充もラーナができる。
無事でさえいれば、立て直して戦い続けることが可能だ。
激しい機動戦となったフレイヤ、ミラ、ラーナのタクティカルストライカーと、ソウトたちの戦闘は、如何に局地的な多対一を成立させるかの駆け引き勝負となった。
数の上では圧倒的にソウトたちが有利だ。
たとえ一機を戦闘不能にしたところで、その前提は覆らない。
だからこそ、フライヤ、ミラ、ラーナの三人が取るべき戦術は、常に動き回ることで誰かが集中的に狙われることを阻止し、なおかつ突出してきた機体から確実に撃破していくことである。
つまり、引き撃ちだ。
砂漠での機動力が高いソウトたちであるが、タクティカルストライカーの空戦機動力も負けてはいない。
追い付かれず、射線に入るか入らないかのぎりぎりの距離を保ち、高速で飛び回る三人の動きにつられ、ソウトたちの陣形が縦長に伸びていく。
回り込んで多角的に銃撃し、三人の機動力を封殺したいソウトたちだったが、それをユウとイリヤのスカイフォートレスが艦砲射撃を行い邪魔をする。
結果として、ソウトたちは一機ずつ着実に数を減らされていった。
* * *
ソウトたちに狙いを定めたヒルデガルドのタクティカルジャケットが、あらぬ方角から強襲を仕掛けた。
目の前の戦闘に集中していたソウトたちは、一瞬反応が遅れる。
それでも辛うじて弾幕を張ることに成功するも、初動が遅れた分展開が間に合わず、範囲が狭い。
『いける! 突っ切るわ!』
シールドを前面に掲げることで、最小限の被害で弾幕を突破したヒルデガルドのタクティカルジャケットが、お返しとばかりにソウトたちの一機へ弾幕を叩きつけた。
ただひたすら待ちに徹していた英輝のタクティカルジャケットが、ヒルデガルドのタクティカルジャケットの動きに呼応した。
存在自体は発見されていた二機のタクティカルジャケットだったが、慎重に機会を窺い続けたことと、ユウとイリヤのスカイフォートレスや、フレイヤ、ミラ、ラーナのタクティカルストライカーが派手に動いたことで、結果的にソウトたちの注意を引きつけ、二機から逸らすこととなった。
『そこです』
よく狙いをつけ、バズーカによる砲撃を行う。
大口径の砲弾がソウトに直撃した。