■「アイドルは危険な武器である」
校舎前の広々としたスペースには、綺麗な花壇と、オルタードの作ったオブジェが設置されている。
「なるほど。ここがメインの校舎か」
「あそこ! 花壇の横に、例のくだらないガラクタがあります」
「タイトルは……」
「いや、気分が悪くなるからその情報は不要だ。破壊しろ」
「了解」
サポメン達が祥太郎に従い、オルタードのオブジェに銃口を向けた。その時――
「やめろ。それはオルタードが一生懸命作った作品」
“銀獅子”シロが割って入った。
「作品? ガラクタだろう?」
「だよな。どう見てもただのガラクタじゃねーか! はー、ウケるわー」
「0008、言葉遣いが乱れている」
「はっ! 申し訳ありません」
「……オルタードを、侮辱するな」
シロは押し殺した声でうめき、巨大な剣を握った。
「お前もフェスタのアイドルなのか。イクスピナの迷子かと思った」
祥太郎の言葉に、サポメン達が笑い声をあげた。
「殺す」
怒り狂い、暴れ出そうとするシロの腕を、強く引く者がいた。
「待ってくれ、シロ!」
葵 司だった。
「俺に行かせてくれないか。あいつに、届けたい想いがあるんだ」
まっすぐシロを見つめる司。
「……わかった」
司の本気を感じ取ったシロは大人しく剣をおろした。
そして司が、祥太郎の前に躍り出た。
「俺はまあ一応フェスタに身を置いてる、体を動かすのは好きだし得意だからパフォーマーって括りでな。とはいえ正直、アイドルと胸張って言えるほどのもんじゃねえ」
司が丸腰だったので、祥太郎は警戒はとかぬものの成り行きを見守っている。
「お前がいた世界がどうかは知らねえけど、安易に自称出来るほどアイドルは生易しくねーんだ。
そんな俺がアイドルって認識してもらえるのは、ひとえに観てくれるやつらがいるからだ。俺自身の意思以上にそうであることを望んでくれる人達がいるから、アイドルなんだよ。たとえ今この場にいなくたって俺にはその声が届いてるんだぜ」
司は、祥太郎に『パフォーマーの神髄』を見せつけた。
「ふむ。なにかと思えば……貴様は“一応”などではなく、れっきとしたフェスタの危険アイドルだな。
邪な目的のため、きらびやかな魅力で人々の心を掌握し、さらに異能の暴力を行使する……正義に反する恐ろしく危険な存在……!!!」
祥太郎が発砲すると、サポメン達も発砲。そのうちの数名は、指をばきばきと鳴らしながら、司に向かって歩き出す。
「せっかく司が主役張ってんだ。外野は黙っててもらおうか」
ノーネーム・ノーフェイスがサザンクロスの導きをサポメン達にぶつけ、発砲を阻止。さらにブルーミングネイブの花びらを展開し、銃の狙いをつけにくくする。
「シロ! ほらよっ!」
ノーネームから恒例の『山吹色のおはぎ』を受け取ったシロは、気合充分で祥太郎を睨みつけた。
「ノーネーム。あいつの真上に行きたい。合図したらさっきの光の道を出してほしい」
「了解だよ。おや? 今日は名前を呼んだね、どーゆう風の吹き回しだい?」
「共にフェスタを守る仲間だから」
「いいねぇ、盛り上がってきたよ。それじゃ共闘とシャレこもうじゃないか」
しかし共闘するよりも前に、当の司は――
「ううっ……くそっ……」
攻撃を受け、ぼこぼこにされている。
「とっくに戦闘不能のはずなのに、しぶといな」
「こっからが、俺の持ち味なんだよ。逆転の、リベンジインパクト……!!」
司はよろよろ立ち上がると、燃える瞳で祥太郎を見つめ、凛々しく叫んだ。
「なあ、祥太郎、お前はどうだ? 誰かが自分を観てるって意識したことあるか? 彼らに恥じぬ行動をとっているか?」
「無論だ。僕のファンとは、すなわち正義の庇護下にある者たち……僕はいつなんどきでも、ファンに誇るべき行いをしている」
その時、光の道を駆け抜けたシロが祥太郎の頭上に到達。真上から巨大な剣を振り下ろし、思い切り斬りかかった。
「お前、嫌い」
「ちっ」
瞬時に状況を察知した祥太郎は、機敏なジャンプでシロの剣を回避した。
「これ以上は時間の無駄だ、行くぞ」
祥太郎は司達を無視して、きびきびと歩き出した。
「なんだよ、逃げんのかよ」
と言いつつ、司はその場に倒れ込んだ。
「ちぇっ……ざまぁねぇな」
「デスパレートバカは黙ってな。とっとと回復するよ」
ノーネームに回復処置をされる司の前に、シロがしゃがみこんだ。
「大丈夫?」
「カッコ悪い独りよがりを見せちまったな」
力なく笑う司を覗き込み、シロはいつになく熱く言った。
「そんなことない。司、カッコよかった」
校舎。正面玄関――
祥太郎は禍々しい怪物でも見るような瞳で校舎を見上げた。
「ここが、アイドルの力を自由奔放に使う危険な武力集団……フェスタの中心地か」
忌々しげに呟く祥太郎の前に、
星川 潤也が立ちふさがった。
「フェスタが危険な武力集団……か」
「貴様もその1人のようだな」
祥太郎達が銃口を向けると、潤也は静かにうなずき、手にしていた武器――悲憤の魔槍を投げ捨てた。
「俺は武器を捨てる。抵抗もしない。その代わり、校舎の前から一歩も動かない。『盾』になって、校舎を守る……!」
宣言した潤也は、グリッターリフレクション。実体化した自身の分身をいくつも作り出し、校舎の前に並び盾にした。
「ここには戦う力を持たない、やさしいアイドルがいる。みんなを笑顔にするために頑張ってるアイドルもいるんだ。
お前が無抵抗な人たちに暴力を振るったり、人の笑顔を踏みにじることが正義だっていうなら……俺ごと校舎を吹っ飛ばしてみろ、祥太郎!」
アイドルの力を纏った発言は重く響き、屈強なサポメン部隊が感銘し始めた。
「なんか、良いこと言ってる……」
「すごいなぁ」
「危険な呼びかけに耳を傾けるな! 心を掌握されるぞ」
祥太郎の厳しい声に、サポメン部隊はビクンと我に返った。
「潤也の心のこもった言葉の、なにが危険なのかしら!?」
勝ち気で勇敢な表情を浮かべ、
星川 鍔姫(クラリティアイドルver)が潤也に寄り添った。
「鍔姫! ここは危ない……早く別の場所に」
「潤也だけを危ない目に合わせるわけないでしょ。あたしも一緒に校舎を守るわよ」
鍔姫に続き、
「おいで……ピッコロフェニックス」
星獣を引き連れた
アリーチェ・ビブリオテカリオ、
世良 延寿が潤也に並んだ。
祥太郎は潤也一行を冷たく見回すと、
「盾になるだと? どうせガチガチに防具を着こんでいるのだろう。そのような口車に乗る僕ではない! 各個撃破する! お前達」
サポメン部隊をたきつけ、発砲を開始した。さらにサポメン数名は発砲せず、格闘の構えを見せながら一行に駆け寄って来た。
「潤也、彼女達は守るから、安心して」
シロが加わり、巨大な剣で彼らの攻撃を弾き飛ばした。
「……頼んだぞ、シロ」
「んっ」
潤也とシロは、決意の視線を交わし合う。
「あたし達は、あんた達みたいなことはしない! 歌うわよ、ピッコロフェニックス!」
アリーチェはピッコロフェニックスと共に歌い出す。
(ねえ、祥太郎。あんたにとって人を傷つけたり悲しませたりすることは正義なの?
あんたがここを壊したら、たくさんの人たちが傷つくし悲しむわ。
それでも、“正義”なの? それって……あたしに言わせれば“悪事”だわ)
「こんなの、見過ごせない……だからあたし達のやり方であんたたちを止める。それがあたしの正義よ!」
飛翔しながら歌うピッコロフェニックスは、潤也の傷を癒やしつつ、その音色に『やさしい子守唄』を乗せている。
「なんか……いい気分だな」
「眠くなってきた」
「バカか! 寝たりしたら、怒られるどころか即抹消だぞ!」
「そ、そうだった」
(正義のためだったら、みんなの大切な場所を壊したり、そこにいる人たちを巻き込んでもいいの?
私ね……例え正義のためでも、やっちゃいけないことってあると思うんだ。
正義のためだからって、暴力や破壊が許されちゃったら……それはおかしいよ)
延寿もまた、戦う選択はせず、歌を響かせている。
「カオスアイドルさん達にも傷ついてほしくないし、もちろんみんなのことも守りたいよ……
お願い眠って。大人しくなって……!」
延寿が響かせるのは、やはり眠りを誘う歌『スリープウィスパー』。
「こっちの歌も眠くなるな……」
「だから、寝たら抹消だぞ、寝たら抹消だぞ、抹消はいやだ!」
サポメン達は祥太郎への畏怖の念から、眠気を拭き飛ばし戦い続ける。
盾となることを選択した潤也は、ミラージュパペットの身代わり分身や、鍔姫のクラリティエールによる銃弾の迎撃に守られてはいた。
ピッコロフェニックスの歌声による回復も功を奏してはいる。
それでも、徐々に消耗してきていた。
その時――
校舎の前に、茨の森の不夜城の要塞が突如として出現した。
「みんな! この城を使っておくれ!」
エイミー・マームが中から顔を出して叫び、回復のための閃光キラーチューンを展開。さらに回復を促すブライトレスポンスを奏でた。
「シロ! やっと会えた! もう! すぐどっか行っちゃうんだから。うわわっ、すごいことになってるね!」
ちょうど、シロのもとに
オルタードも駆けつけた。
「オルタード、ここを頼んだ」
シロはそう言うと走り出し、潤也の手を強く握り引っぱった。
「潤也、このままでは取り返しのつかないことになってしまう……。余計なこと、かも知れないけど、今はエイミーの城に行こう」
「あたしはまだまだやれるわよ!」
鍔姫は勇敢な瞳で言うと、アリーチェと延寿と合流した。
「お願いだ、潤也」
シロは半ば強引に潤也を引っぱり、エイミーの要塞へと導いた。
この要塞から少し離れた前庭では、
高橋 蕃茄がサウンドフォートレスを展開。周辺にはパイロスピーカーが燃え上がり、ちょっとしたライブ会場のような雰囲気に仕上がっていた。
「単純な戦闘能力で挑まれちゃ構わないからな」
高橋はトレードマークともいえるフーデッド・シャドウに身を包み、サウンドフォートレスの物陰に身を潜め、密かに戦況を伺っている。
校舎前には、ピッコロフェニックスやアリーチェ、延寿、鍔姫が、積極的な攻撃を一切せず、アイドルの力でこの場をおさめようと闘っている。そんな彼女達を、オルタードがはつらつと援護しているのが見える。
「そうさ。ここは楽しい世界。こっちの世界に紛れ込んだ者が、あっちの世界のルールを振りかざし暴れる……そりゃあ侵略かテロだぜ」
高橋は小さく呟くと、サポメン部隊に向けてストークヘイズの演奏を響かせ、ここにいる皆の分身を作り出した。
「わっ!! また分身か!」
「くそぉっ……数が多すぎて狙いが定まらない」
「危険アイドルが増えたようだな。あの要塞を撃ち落とせ。ついでに校舎も破壊できるだろう」
祥太郎達が、エイミーの要塞に注目した。
「そうは問屋が卸さないんだな」
物陰に潜んだまま、高橋がバイブストゥバイブス。強い音波で、彼らを撃退しにいく。
「ぎゃーっ!」
「こざかしい。術者はどこだ」
祥太郎は一瞬カオティックホールを見上げ、何らかの力を得た後、高橋のいる物陰をまっすぐ指さした。
「あそこだ。仕留めろ」
「うわっ」
高橋がとっさに浮かべたチルムーンは、一瞬で撃ち抜かれた。しかし、その一瞬の隙に高橋は要塞に逃げ込むことに成功した。
そして――
エイミーと高橋、潤也とシロが、茨の森の不夜城の要塞から、顔を出した。
「潤也!」
鍔姫達が、回復した潤也を見て安堵の声をあげる。
「高橋。私、もう我慢できない」
「言っておやりよ。スピーカーも、準備できてる」
「うん!」
エイミーは猛烈∞エナジーを煽り、青春シャウト。
「おいこの暴力男! 少しは落ち着いて周りを見てみろ! お前がどこから来たのかはしらないけど、ここはお前の居た世界とは違うんだよ! それを自分のルールを勝手に持ち込んで暴れまわりやがって! 郷に入っては郷に従えって言葉を知らないのか!」
エイミーは残りの猛烈∞エナジーを飲み干し、さらに続けた。
「正しいことをしてるつもりなんだろうが、武力で他所の世界を襲う姿はテロリストか侵略者がふさわしいぞ! 自分がこの世界において正しいか、鏡を見てみろこんちくしょう!」
すべてを言い終えると、エイミーはふうっとひと息つき、隣りの潤也に笑いかけた。
「ほら! あの暴力男に、言ってやりなよ!」
潤也は微笑みうなずくと、祥太郎を見た。
「誰がガチガチに防具を着こんでるって?」
潤也は纏っているフーテッド・シャドウをあけすけに、ひらひらさせた。
そして高橋が、フレーズトゥユー。
「ここはエンタメの世界だ、落ち着いてくれ」
戦闘中にあっても、その短い言葉を祥太郎にしっかり届けた。
「口八丁で懐柔しにかかるとは、古典的なアイドル殺人戦術だな……そんな手に僕が引っかかると思っているのか」
祥太郎は要塞にくるりと背を向け、歩き出した。
「おしゃべりにつきあうのはここまでだ。これより、正義を執行する」
フェスタのアイドル達の命がけの言葉は、想いは、今の祥太郎にはまったく届いていない。
とはいえ、本来の大目的は、しっかりと果たされている。
そう、フェスタはまだ無事だ。