■「さぁ、月について語ろうか」雛乃ファンを魅了する“夜”
「そもそも、どんなことでも120%の結果を出せてしまうって……なんかちょっとつまんなくない?」
ストレートに雛乃にそう問いかけたのは、
亜莉沙・ルミナスだ。
「ふっ……」
否定することをやめた雛乃が、大人びた表情で口もをとゆるめた。
「まあ、あたし1人では120%の結果なんて出せない。今だって余裕で雛乃ちゃんが勝つだろうけど」
広いステージにフレームバウンダリーで帯状の炎を起こすと、亜莉沙はローラースケート(トライアルブーツ)でその合間を滑走しながら、ルーメン・ルーナエを奏でた。
「ふうん? それがあなたの本気?」
雛乃がくすっと笑い、ステージの亜莉沙と対峙するように、客席上空にうさぎモチーフのステージを出現させた。
暮れゆく空の上には、少し小さくなったものの、カオティックホールがまだまだ大きな口を開いている――
「♪~」
雛乃は難易度の高いファンタジックな演出を軽々と繰り出しながら、歌い出した。
「そうよ……! これがあたしの本気。こんなパフォーマンスは、雑音程度にしか感じられない?」
フレームバウンダリーの炎は消失し、そこにはフラワーバウンダリーの秋桜の花々が出現する。
「♪~」
夕暮れどきの柔らかな西日が秋桜を照らすなか、亜莉沙はルーメン・ルーナエでバラードをしっとり歌う。
客席はほぼ100%が対バンしている雛乃を見ている。
しかし――
「見て、フェスタのアイドル」
「どうかした?」
1人、また1人……観客が亜莉沙の表情に目をとめる。
みな、雛乃の歌を楽しみながらも、ちらちら亜莉沙を振り返る。
(届け……あたしの歌。
あたしはこのステージを諦めず、暖める! 次につなぐため、70%でも80%でも……結果を残すの!)
「♪~」
強い想いを秘めて弾き語る亜莉沙の顔は、覚悟を決めた強い瞳でいながら、全体的に切なさが伴っている。
ライブ対策で顔面国宝を使ってはいるが、表情そのものは亜莉沙の心の底から生まれている。
「いい顔するよね、フェスタのアイドルって」
「みんな、全力で雛乃ちゃんにぶつかってるよね」
「そもそも、いつもと違う雛乃ちゃんを見れてるのって、フェスタが相手だからよね」
「フェスタ……タダモノじゃない集団だったな」
「ああ。認めざるを得ないようだ」
客席は、スタート時とは比べ物にならないくらいフェスタを評価している。
「……あれっ?」
夢中で歌い終えた亜莉沙が、多くの視線を感じ、周囲を見回す。
いつのまにか雛乃はライブを終えており、観客は亜莉沙をじっと見つめ、温かい拍手を送ってきた。
「ふうっ……少しは役に立てたかしら」
ステージからはけた亜莉沙を、『紫桃睡晶』の5人が笑顔で迎えた。
「想いのこもった素敵な歌でした」
「おかげで観客の視線がますます優しくなったよ」
風華・S・エルデノヴァと
天草 在迦が微笑み、
「ルミ~!」
ルミマルのスタイルに変身した
都祥 かをりは、ハイタッチに来た。
「ぼくたちも、雛乃ちゃんのお客さんに、伝えたいこと、伝えよう……」
「ああ。舞台はオレが整えるぜ」
ノーラ・レツェルと
ティーネファル・ファリガミァンは決意をかためている。
「みんな、頑張って!」
亜莉沙は、『紫桃睡晶』の5人を激励し、去って行った。
ちょうどそこへ、
穴開 ぴのと
御堂 咲莉衣がやって来た。
「今日はよろしくお願いします」
まずはその場にいる皆と挨拶を交わした2人は、それぞれのタイプとは違えども、風華の衣装に興味津々だった。
「素敵な衣装ですね」
「メチャクチャ盛れてて羨まし~!」
「私が展開している『SilkySeason』と言うブランドの服です。イクスピナにも店舗があるので、ぜひ……」
「うっわぁ、マジ、リスペクト! てかアパレルのデザインを通じて、ファンに推してもらうのもアリだよな。参考になるわー」
咲莉衣はギラギラと瞳を燃やした。
「私も、尊敬しかありません。あぁ……いつか私も、自分の作品を並べる場所を持ちたいです」
ぴのと咲莉衣は、風華に尊敬の眼差しを向けている。
そして――
『紫桃睡晶』の5人とぴのと咲莉衣はステージに歩み出た。
風華がステージに立つと、客席から複数の少女の声があがった。
「あっ! 『SilkySeason』の服」
「てゆうか、あの人、主宰の……」
「本当だ!」
「さ……さっき、イクスピナ店でドレスを買いました!」
声の主達に、風華は自然な微笑みを返す。
「すてきーっ!」
そんな風華が本日のライブに纏って来たのは、“華ロリ”の白ドレス『可爱的佳媛』だ。
ずっと大切にしてきた風華だけのアバター(アジール)と、この局面のために鍛錬したバウンダリストの感覚――これを両翼に、今日も風華はステージに立つ。
「フリ、ルミ♪ フリ、ルミ♪」
ルミマルスタイルで
フリマルになったかをりは、『SilkySeason』の衣装『羽搏き出す少女の夢現』に『SilkySync』をつけ、衣装の力で生えた翼で飛翔している。(この衣装を見た先ほどの少女達から「かわいー!」と悲鳴があがったのは言うまでもない……)
フリマル(かをり)の衣装の力によって、ぴのと咲莉衣、そして風華の背中にも翼が現れ、フリマル(かをり)ほどではないが、ふわりと軽く浮遊した。
「『紫桃睡晶』のライブ、お楽しみくださいルミ~」
この挨拶を皮切りに、風華が機械仕掛けの子守唄を鳴らし、浮遊させたネバーエフェメラルを自動演奏。ゆったりと演奏する楽曲は、『夢模様の少女たち』だ。
(夕時は、僕の好きな時間。そこから先の“夜“を、しっかりと託そう……)
在迦は夕日を浴びたステージにフラワーバウンダリーで大待宵草を咲かせると、ルーメン・ルーナエを奏でて独自の歌声――揺月の音を響かせた。
「さぁ、月について語ろうか」
ノーラは、ナーバス・シェードの暗闇で周囲を包む。
その暗闇のなか、朧月夜のセイレーンの淡い光を纏ったノーラは、客席の興味をひきながらゆったりと語り始めた。
「ぼくにとって月は生き方の指針。
月というと夜の姿を思い描くのかな。
だけど、月はいつも変わらずぼくらの側にある。
それは昼でも夕方でも。
太陽のように直接温かさを伝えるものでは無い。
夜には光を、昼には心の標となるそれが月なんだ」
他のメンバーがコーラスや演奏でノーラの語りに色を付けるうちに、場内はナーバス・シェードの暗闇から、風華のアドヴェント・アジールで作られた夜へと移り変わった。
風華が展開したのは、秋の夜長の景観だ。待宵草と月見草、夜のネムノキ、そして遥か彼方に浮かぶ月。途切れず夜の暗さが保たれているので、観客には“暗闇の中に、景色が追加された”ように見えている。
「ぼくはいつか、そんな憧れた月のような人になりたいと思っている」
いったん語りを止めたノーラは、オープンクライマックス。衣装に月のブローチを飾り、スカートを“夜空”のように染め上げる。
スピーカーのやぐら――望月神楽城塞を築きあげたティーネファルは、星獣ハイドローロフォンジカと共に、その内部から音色を響かせている。
手にしている芸器は、ルーメン・ルーナエ。月にちなんだ見た目や、月の光のように優しい音色を実感しながらそれを爪弾き、ティーネファルはやぐらの上に立つノーラを見上げた。
(ノーラといえばこの花だろ)
そして、フラワーバウンダリー。ノーラの周囲を月見草で飾った。
こうしているうちに、場内の景色は再び変化。月星が煌めく夜空と、穏やかな夜海が広がりゆく。
ティーネファルによる、ミッドナイトマリンだ。
「わぁっ、月だぁ」
望月神楽城塞のやぐらの上に立ち、上空に浮かんだ月を見上げるノーラ。高いところは得意ではないのだが、頭上の月に近づけると思えば勇気も湧いた。
「星だって綺麗だけれど、月を飾るものに感じるんだ。
あの大きな月にはそれだけの魅力があるんだから」
ノーラは先ほどの続きを語りながら、フェイトスターシュート。夜空に虹をかけ、場内に星を降らせた。
一方やぐらの下にいたティーネファルは、観客の視線がノーラに集まるよう、ユグドラシルの根遊び。自身のチビキャラ数体を星獣ハイドローロフォンジカにのせ、ノーラの元へ向かわせた。
「さあ、クライマックスだ」
在迦はサザンクロスの導きを展開。ステージと客席上空を、十字状の光の道で繋いだ。
風華は奏で紡いでいたネバーエフェメラルから光の糸を解放。これを使って月光を思わせる生成色の羽衣を創り上げ纏うと、光の道へふわふわと歩み出す。
「フリ、ルミ♪ フリ、ルミ♪」
フリマル(かをり)は厳かに光の道を飛翔しながら、オープンクライマックス。月光の色合いの袖裾フリルや羽衣といった彩りを衣装に施した。
「2人とも、いくルミ~♪」
その声かけにうなずきを返すと、ぴのと咲莉衣は光の道へ歩み出た。2人は未だに翼を生やし、足元が軽く地面から離れてふわふわしている。
「わっわわっ、足元、ふわっふわです……」
「ふわふわ、最高! あたしもライブに取り入れてみたいぜ」
ぴのは絵筆で道の両側に月見草を描きながらふわふわ進み、咲莉衣はふわふわの浮遊感をいかしたマイクパフォーマンスを繰り広げた。
「月、か……。オレにとってはそんなに特別なモンって感じはないが、確かに夜とか関係なくあるんだよな。
そんな存在になりたいって、さり気ない存在とか言いつつかなり強欲なんじゃね? ノーラ」
「あ、ティーくんぼくの夢ばかにした?
確かに月のようになるのは難しいけど、だからこそ目指し甲斐があると思うんだ。
今日語った魅力は本当に一部だけど、この気持ち、伝わっていたらいいなぁ」
穏やかに瞳を輝かせノーラは、客席を見回した。
観客は皆、リラックスした笑顔でこのライブを見上げている。
手応えを感じたノーラは、ふふふと小さく微笑んだ。
「ま、いいんじゃね。夢なんて小さいよりでっかい方が叶えた時嬉しいんだからな!」
ティーネファルはそう言って、月のようなルーメン・ルーナエを響かせた。
「お月さまへの愛を感じるライブ……だったね」
「うんうん」
客席から、穏やかな拍手が起こった。
最後に。光の道の上でほんの少しだけ浮遊している風華が、ふわふわと客席に微笑みかける。
「皆さま、よろしければぜひ、我が『SilkySeason』イクスピナ店へお立ち寄りください」
「素敵なお洋服やアクセサリーがいっぱいルミ~」
茶目っ気たっぷりなフリマル(かをり)も、自身の衣装をひらひらさせて客席に呼びかけた。
「絶対、行きます!」
客席の数か所から熱い声が飛んできて、フリマル(かをり)と風華は嬉しそうにお礼と笑顔を返した。