■フェスタのライブも、楽しいかも!
「雛乃ちゃんを尊く思い気持ちに変化はないけど……」
「まあ……フェスタも悪くないってのはちょっとわかったかな」
雛乃目当てで集まっている観客達の視線は、だいぶ優しくなっている。
頭上のカオティックホールに変化はなく、依然として暮れ始めの空にぽっかりと大きな口を開けたまま――
ディバインドリーマーの仮想体で、かぐや姫のような姿をした
月見里 迦耶に、
穴開 ぴのと
御堂 咲莉衣が駆け寄った。
「迦耶さんっ、今回もよろしくお願いしますね。私……頑張ります!」
「こないだは色々あれだったけど、今日は仲間だぜ! よろしくな、迦耶!」
「ぴのさん、咲莉衣さん、こちらこそよろしくお願いします……!」
2人に丁寧に頭をさげる迦耶の横には、月色の長髪をした美しい青年――
護堂 月光が佇んでいる。
「穴開殿、御堂殿」
初対面の挨拶をすると月光は、(迦耶と示し合わせて)ぴのと咲莉衣にうさ耳とうさ尻尾の付け耳セットを手渡した。
「マジかよ! サンキュー!」
「わあっ、かわいいですね。ありがとうございます」
2人が喜ぶ姿を見て、心尽くしで準備をしてきた迦耶は嬉しそうに微笑んでいる。
そして、かぐや姫姿の迦耶は、うさ耳尻尾をつけたぴのと咲莉衣と共にステージへ躍り出た。
月光はジーンアクセル:背景Ⅰでステージに夜の背景を展開。チルムーンの満月をステージに浮かべると、Lucky Bellを鳴らして、気品のある雰囲気を醸し出す。
「うさぎさん、よろしくお願いします……!」
かぐや姫姿の迦耶は、星獣のベルラビットを召喚。
「♪~」
迦耶が歌詞のない歌(スキャット)を歌唱すると、
♪~
ベルラビットは迦耶の周囲をぴょんぴょんしながら、スズの音色を響かせる。
ミーティアシンガーのスタイル力が発揮され、ふたりのアンサンブルに、観客は心から聞き入っている。
さらに迦耶は、巫の温かな光を纏い、舞う。
(姫の歌と舞いにふさわしき舞台を……!)
月光は思いを心に秘めながら、舞台鳴動を展開。ステージには秋の七草や紅葉をモチーフにした艶やかな装飾が追加される。
「よし。私も……!」
うさ耳尻尾のぴのは、うさぎのようにぴょんぴょんしながら大きな絵筆を操り、秋の草花をステージに描いていく。
「迦耶、かぐや姫が3人になってもいいか?」
「素敵です……!」
瞳を輝かせた迦耶にVサインを返し、咲莉衣は炎の渦に包まれて、かぐや姫の衣装へと変身する。
――と同時にぴのも炎に包まれ、咲莉衣と色違いのかぐや姫の衣装に変身した。
「うん、完璧!」
「わ!私もですか!?」
「当然だぜ、ぴの! あたしら、心の友だろ?」
「えぇ……!?」
「2人とも、お似合いです」
咲莉衣らしい少しエッジのきいたかぐや姫衣装に、迦耶は楽しそうに微笑んだ。
観客たちは、迦耶と一緒に微笑んでいる。
「あの子、儚げだけど、自然な笑顔がすごくかわいいね」
「めいっぱいライブを頑張ってる感じ、伝わる」
「うん。いい顔してる!」
そして迦耶達の歌と舞いはクライマックスを迎える。
和やかな雰囲気に包まれている客席には、いつの間にかつやつやもちもちしたお月見団子が無数にふわふわ浮いている。
迦耶が施した、佳き日の福渡しだ。
「金木犀のいい匂い」
「これ、幻だけど美味しく食べれちゃうやつだよね」
観客は思い思いにお月見団子を手に取り、味や香りを楽しんでいる。
「おいしーい!」
「お月さまも、綺麗だし!」
「お月見だね!」
こうして――
観客たちと楽しいお月見時間を共有し、迦耶と月光のライブは終演した。
続いて登場したのは、
空莉・ヴィルトール。
光は射したその場所だけを明るく照らすけど、
“夜”は隅から隅まで全てを覆い尽くして、安穏の世界へ誘っていく。
広くて、優しくて、瑕瑾なく――それってきっと「包容力」って言葉に収まらないくらい。
でも不思議と「お姉さん」という言葉でなら、その全てを表現できている気がするの♪
寝間着風の衣装(ゲシュタルトドリーマー)にラパン・ジュモーのうさ耳尻尾をつけた空莉が、ふわりと高くジャンプしてステージに降り立った。
「そろそろ、お姉さんとおやすみなさいしよっか」
空莉はゆったりと客席に語りかけ、ミッドナイトマリンを展開。穏やかな波音と共に夜の海と星の光が広がり、場内はゆったりとリラックスした雰囲気に包まれる。
「ふわぁ……眠くなりそう」
「確かに」
客席には、安穏とした空気が広がっている。
(――でもね、これじゃ普通すぎちゃうよね?)
空莉はうさ耳尻尾をひょこひょこ揺らし、無邪気に首をかしげて、ストームストリームを発動。
場内は激しい雷雨に見舞われ、皆がびしょ濡れになった。
「きゃーっ!」
「もう秋じゃなかったっけ? なんでゲリラ豪雨が!?」
「今年は夏が長いからーっ!?」
客席からは悲鳴があがる。
「ひーっ! これ、あなたの演出よね?」
びしょびしょに濡れた雛乃が空莉に向かって声をあげるが、観客の悲鳴にかき消えてしまう。
♪~
空莉はたおやかに笑いながら、ルーメン・ルーナエを奏でて歌う。
ルーメン・ルーナエの癒やしの音色に優しく包みこまれた観客達は、激しい雷雨をあまり認識しなくなり、心穏やかになっていく。
「あ……なんか、平気な気がしてきた」
「うん、大丈夫みたい……」
「みんな? なんにも心配要らないよ? 全部、お姉さんに委ねればいいんだよ? お姉さんの愛は、奇跡だって呼べちゃうんだから」
「全部……」
「お姉さんに」
「そう。全部、お姉さん(私)に……」
やがてストームストリームは解除され、観客の体や服は濡れる前の乾いた状態に戻っている。
「ほんとに奇跡だ!」
「お姉さんの奇跡だ!」
すると、フラワーバウンダリーの可憐な草花に囲まれた空莉が、おいでおいでと客席に手招きする。
「これからもずっと一緒。前世だって一緒だったし、来世だってずっと一緒だよ……」
「「お姉さーん!」」
「なあに? かわいい妹ちゃんに弟くん♪」
観客は、すっかり空莉のペースにのせられている。
「あはは。こんなトリッキーなライブのシナリオは、ちょっと考えたことなかったかも」
雛乃は楽しげに、瞳を輝かせている。
そんな雛乃に、空莉はにっこり笑いかけた。
「これが“私成分100%“だよ」
その言葉のチョイスに、雛乃が反応した。
「私成分100%?……つまり、自分らしさってこと?」
世界をはみ出すほどの可能性を持つ雛乃は、常に軽々と120%の結果は発揮してきた。
自分らしさ――
そんな視点で自分を見つめたことはこれまでなかったように思いながら、雛乃は立ち去る空莉を見送った。
「いよいよ『ヴァルハラヴァーズ:EP1』の開幕っす! 準備はいいっすね、2人とも!」
守山 夢は、
衛司・ヨハンソンと
ブリギット・ヨハンソン夫妻を熱く見つめた。
「いいけど……これって、色々脚色してあるけど、あたしとエージくんのことだよね?」
「そっす! 雛乃さんは“可能性”のなんたるかをイマイチ理解してないようなので、私達のお芝居で『本物の可能性』ってやつを見せつけるっす!」
「とにかく出番だ。行こう、2人とも……!」
覚悟を決めた衛司は、2人を引き連れステージに向かった。
その頃ステージでは――
「雛乃ちゃんが一番なのは決まってるけど」
「ま、見てみよっか」
「うんうん」
観客は、そんな軽い口調で、フェスタのアイドルを迎えている。
しかしその表情は明るく楽しそうだ。
『ヴァルハラヴァーズ:EP1』は夢が作った、ライブ用の簡単なお芝居だ。
それは男性ヴァルキュリアのエージと、女性エインヘリアル、ブリギットの恋物語――つまるところが、衛司とブリギットの馴れ初めを脚色したもので、EP1では“2人が出会い、互いに惹かれ合うまで”の話が描かれている。短いお芝居として成立させるため、夢による脚色(事実と異なる表現・展開)も含まれており、事実そのものではない。
■シーン1「出会い」
ステージにはジーンアクセル:背景Ⅰによって、ぼんやりとしたユグドラシル風の景色が展開。ここに、巨人族との戦いを表現したストームストリームの荒々しい雷雨が発生する。次々と落ちる雷を巨人に見立て、これを見上げながらブリギットが巨大な両手剣(グランザクス)を構えた。
「あたしはエインヘリアル! 戦場での名誉のため、巨大な敵にも怯まないわ!」
ワイルドアクトのインパクトで勇ましく叫ぶブリギット。しかし、勇ましさとは裏腹に、落ちてくる雷(攻撃)を防御することしかできず悪戦苦闘する。
その時、ヴァルキュリアの飛翔をオープンスカイで再現したエージが、上空から声をかけた。
「キミの勇敢さは、心強いがどこか危なっかしい。どうか俺に導かせてくれないか?」
この申し出を受け入れたブリギットは、強気になって攻め、結果腕を負傷してしまう。
(なお、2人はそれぞれブレイジングチェンジで、ヴァルキュリア風とエインヘリアル風の衣装を纏っている。)
――目の前で展開する芝居を、一般人の観客達は“よくあるファンタジー物語”だと認識しており、みな、違和感なく普通に芝居を受け入れている。
■シーン2「撤退」
腕を負傷したブリギットは、エージに庇われながら戦場を去る。
手柄を焦っての負傷と撤退は、ブリギットにとってとても不名誉な事実だった。
失意するブリギットを見たエージは、自責の念にかられた様子で、
「ゴメンね……俺がもっとキミを上手く導けていれば……」
しかし、失意のドン底にいたブリギットは、彼の声に気づかない。
■シーン3「数日後」
その数日後。ブリギットはこの時の礼を言いに、エージの家を訪ねる。
自宅の雰囲気を醸し出したジーンアクセル:背景Ⅰを前。
「俺のせいで、キミを怪我させてしまった……」
自責の念にかられ、塞ぎ込んでいるエージを目の当たりにしたブリギット。
「あたし……あの時はいっぱいいっぱいで、あなたの気持ちに気づけなかった」
小さくつぶやくと、ブリギットは明るく笑い、怪我が治った腕を勢い良くぶんぶん振り回した。
「見て! もうばっちり治っちゃったよ。ほら!」
ところが、
「ぎゃーっ! 柱にぶつけちゃった! いたた……あはははは……」
「やれやれ……」
エージはいつしか自然に笑っており、
「その様子じゃ、今後も俺がついてないと心配だね」
明るい未来を見据えていることがわかるセリフを、口にする。
(今っす!)
演奏や演出を地味にこなしていた脚本担当の夢が、ここぞとばかりにブルーミングネイブの花びらを散らす。
特設ステージも観覧スペースも、すべてが一気に明るい雰囲気に包まれた。
「きれい」
「うん、綺麗!」
客席は花びらに見とれている。
「とっても綺麗だね、エージくん」
「うん。みんな見とれてるから、ちょっとお芝居、止めとこうか」
「ふふふ」
素に戻って顔を見合わせる衛司とブリギット。
「ねえ、エージくん。あのとき本当にぶつけたのは、街灯だったよね。あれは恥ずかしかったなぁ」
ブリギットは“その時”を思い出し、照れくさそうにつぶやいた。
「スイーツフェア、楽しかったね、ブリギットちゃん」
「……うん! 楽しかったねっ」
いつの間にやら客席は落ち着き、見つめ合う2人を見て笑っている。
「見て! あの2人、結婚指輪してる! 夫婦アイドルだったのかー」
「いいね。なんか和む」
「もちろん、雛乃ちゃんが一番和むけど!」
観客からは、2人に向けて好意的であたたかい拍手が起こった。
「ふっ……お2人とも、本当に幸せに成長して喜ばしいっす。おっと失礼、色々ありまして……ついつい後方腕組み彼氏面になってしまうっす」
拍手を浴びる2人を、腕組しながら満足気に眺めていた夢が、キリッと雛乃を見た。
「“可能性”に満ちた存在……その魅力のアピールには『未熟さ』が不可欠っす。『俺はあの子が未熟だった頃から応援してた。あの子は俺が育てたようなもんだ』って後方腕組み彼氏ヅラするようなディープなファンが獲得できることこそ強みなんスよ!
そういうファンはまず裏切らない、信頼できる味方ってわけッスわ。人気投票でも一人で大量に票を入れてくれたりするッス」
「あー、フェスタのアイドルって本当に面白いわー♡ ま、あなたの言ってることには共感だよ♡」
雛乃はステージに踊りでて、
「ぴょん♡」
幼い瞳をくるりと輝かせ、小さくジャンプ。
『ヴァルハラヴァーズ:EP1』が終演したステージには、まったく雰囲気が異なる、パステルカラーの砂糖菓子で作られたファンシーな子ども部屋が展開した。
大きな窓の外には夜空が広がり、ハチミツのようにとろけるお月さまが浮かんでいる。
「……みじゅくさって、みんな、だいすきだよね♡」
雛乃の周囲には、可愛いうさちゃんぬいぐるみが、わらわらと出現し、ファンシーなダンスを繰り広げる。
「うさちゃんたち。ひなののユメの中に、ようこそいらっしゃいました」
あどけない雛乃は、ジーンアクセル:ぴえんの何千倍にもなりそうな庇護欲を掻き立てる姿だが、1ミリもあざとさや作った感じがなく、ひたすら無垢で可愛らしい。
「かっ、かわいい! 雛乃ちゃん、しゅき!!」
「お歌、がんばってー!!」
雛乃は無限の可能性を惜しみなく発揮。完全に会場を掌握し、1曲を歌い終えた。
ライブ演出が消失し、上空には夕暮れの空が広がり、淡い西日がステージに差し込んだ。
すでにステージには、
死 雲人、ぴの、咲莉衣が並んでいる。
「雲人、共演してやるぜ!」
「よろしくお願いします、雲人さん」
「ぴの、咲莉衣――」
雲人はいつもの調子で両者の真ん中に立つと、2人の腕を引いて歩き始める。
「俺がエスコートしてやろう」
歩き出す雲人は、ブレイングチェンジの炎に包まれ、夜のような漆黒の正装へと変身。同時にぴのと咲梨衣もブレイングチェンジの炎を受け入れ、それぞれ色違いの正装を纏った。
「2人とも似合うぞ……」
そして3人は、踊り始めた。
周囲には雲人が放った煌めくライトリリースの光の粒が漂い、夕日のイメージをかき消している。
「うん、上手だな……」
踊る雲人が、ふと、雛乃の視線に気づきいて足を止めた。
「子どもにハーレムは早い。そこで見学してろ。大人の夜を見せつけてやる――」
「ハーレム!? 雲人、そういやあこないだもハーレムって言ってたな!」
「大人の夜……私なんかに、表現できるでしょうか……」
この様子を眺めていた雛乃が、薄く笑った。
「ふうん。あなたみたいなアイドルもいるのね~。フェスタって本当にヘンな学校♡」
「なんだその目は。色気もないくせに俺と踊りたいのか?」
「あははっ、そういうのはあたしよりも色気のある表現ができてからにしてね♡
ま・さ・かぁ~……その女の子二人はべらせてちょっとエッチなことをさせるのが『色気』だと思ってないよね?」
「ふん。あいにく子どもには興味がない。何年か経った後にしろ」
雛乃に取り合わず踊りを続けた雲人が、オープンクライマックス。漆黒の正装は華やかに彩られ、観客の注目を集めた。
咲莉衣は雲人と共に、華のあるダンスを披露。ぴのは2人を引き立てるキラキラ星をたくさん描き、ステージを彩った。
そして最後は、雲人がワイルドアクトのパンチを聞かせたキメポーズ。
ぴのも咲莉衣もおのおの魅力を放ち、この演目を最後を締めくくった。