指揮官機、出現
各地で戦闘が展開さてはいたが、最も激戦地となっていたのはやはり戦いが始まった地峡だった。
辻月 牡丹もまた、ここが最も激しい戦場になると予想し、この地で『大鐵神・迷企羅』を駆り、ライトニング独立連隊に力を貸していた。
「俺とロボの戦う力は、誰かを守るために振るう!」
そんな牡丹の傍らには、『大鐵神・野武士』に乗った
赤城 熱士が奮戦していた。その目的は、牡丹という失い難い人材に対し、護衛がいないのは不味いと考え、自身が護衛となることだった。
と言っても、牡丹の立ち回りは危なげなく、熱士も護衛というよりも牡丹に合わせて追撃を加えるという立ち回りになっている。遠距離の敵に対しては『試製電磁加速砲』を放つことで敵を寄せ付けず、近付いてきても『脇差』で対処。
万万が一に備えて牡丹に渡すため、『ライフリキッド』の用意もしていたが、今のところ必要なさそうだ。
熱士の活躍もあってか、牡丹は程々に前に出るだけでかなりの数の敵機を仕留めていた。このペースでいけば、地峡での戦いにも勝利できるだろう。
だが、牡丹には懸念事項があった。熱士もまた、それに備えている。
「牡丹さん、これだけやっても敵に動きがない。ここじゃないのか? 他の戦場に行くなら……」
「いや、ここ以外にはないはずよ」
その懸念事項とは、指揮官機がこれまでどこにも現れていないことだった。そしてここまで動きが無いとなると、一撃でこの争いに決着をつける場所を選んで現れるはず。現時点では、それがこの地峡だ。
そして次の瞬間。牡丹が考えた通り、敵の指揮官機はこの地峡に現れた。それも、凄まじい速度で。
「下がって!」
熱士は一瞬反応が遅れるも、牡丹の前に立ちはだかって彼女を守ろうとする。が、指揮官機は牡丹の周囲に威嚇の牽制射撃を行っただけで、地峡の上空をぐるりと回った。
指揮官機は『スカイライダーⅡ』を駆る納屋 タヱ子の複製人士であり、その性能は敵機の中でも抜きんでている。それは、現れてからの一瞬で全ての皇国軍が理解できてしまった。
しかし、だからと言って怖気づくわけにもいかない。牡丹と同様、この地峡にタヱ子が現れると考え、備えていた連隊がいる。
それが、『曼殊沙華独立連隊』だった。
「曼殊沙華連隊、出ますわ! ライトニング独立連隊の皆様は、どうかそのまま他の敵部隊を抑えることに注力を!」
そう言って現れたのは隊長の
松永 焔子だった。焔子は
ミラ・ヴァンスの『キャラック型飛空艦』から『大鐵神・摩虎羅』に乗って出撃し、水上に構えるとすぐに『重圧』をタヱ子に向かって放った。
だが、タヱ子は焔子の放った重圧に全く反応せず、こちらの出方を伺うように随伴機のパルサークレフテスとともに空中を飛び回っている。
「……本物のタヱ子様なら、あえて挑発に乗ってなお切り抜ける胆力をお持ちのはず……やはり、偽物は偽物ですわね」
焔子は嘆息し、空を行くタヱ子に向かって渾身の『鬼砕破砕拳』を『電光石火撃ち』で放った。凄まじい速度と威力で放たれた焔子の拳だったが、タヱ子はこれをあっさり躱す。そしてそのときにようやく、焔子を敵として認識したようだ。
(これでいいですわ……偽物の執念深さを利用し、このまま私に釘付けになっていただきます!)
焔子は水上に構えたまま『心眼』を発揮し、高速で迫るタヱ子機の猛攻を回避、あるいは『旋風鐡円盾』でやり過ごすなどして必死に耐え、適時反撃の電光石火撃ちを見舞う。
勿論、焔子はタヱ子を墜とすつもりで反撃している。嫌なことに、『旋風鐡円盾』の死角を衝いて攻撃してくるのだ。
だが、対空の不利を加味したとしても、これほど当たらないものなのかと焔子は苛立ちを覚える。それほど、タヱ子の機体は速いのだ。
最悪なのは、タヱ子が焔子への興味を失うこと。故に、このまま無駄とわかっていても焔子は攻撃しなければならない。自分に注意を引き付けることで、他の仲間を動きやすくさせるのが彼女の役割だからだ。
だが、タヱ子は回避力だけでなく、攻撃力も凄まじいものだ。いくら何でも焔子一人では抱えきれない。
「援護する! 出るぞ!」
「き、気を付けなさいよ!」
そう考えて出撃したのは
星川 潤也だ。潤也もまた『大鐵神・摩虎羅』を駆り、
アリーチェ・ビブリオテカリオの『クナール型飛空艦』から出撃すると、焔子を守るように彼女と水上を並走し出した。
迫り来る実弾、ビームどちらに対しても『旋風鐡円盾』で防ぎ、焔子を守る。そして時にはタヱ子を挑発し、攻撃をこちらに向かわせようとするものの、タヱ子は潤也を無視して焔子に狙いを集中させる。
(ここまで極端なのは、もうタヱ子さんじゃない! 別人だ!)
性根の優しい潤也は偽物であってもタヱ子はタヱ子だと思っていたが、その戦いぶりからはまるでタヱ子の存在を感じ取れない。偽物であることを自覚し、潤也はタヱ子機を撃墜する覚悟を決める。
「これ以上高いところには行かせないわよ!」
上空ではアリーチェが『エレクトロマイン』を散布し、タヱ子が一定の高度以上に逃げられないよう、網を張る。あれだけの速度だ、機雷を無視して飛ぶのはリスクが大きい。除去するまで、あの高度では戦えないだろう。こうやって徐々に、タヱ子の機動力を奪うのは有効と言えよう。
だが、狭い範囲でもタヱ子の速度は追い切れるものではない。
「やっぱり、ドッグファイトは必須の展開よね。出撃するわ! ミラ、サリバン、援護お願い!」
そう言ってミラの艦より飛び出したのは、『スカイライダーⅡ(連盟)』を駆る
白森 涼姫だった。
涼姫は『マジックウォール』を展開しつつ、タヱ子機とのドッグファイトを展開する。『パッシブソナー』は万が一にも敵機を見失ったときに備えて発動させておき、背後を取ったらすぐに『赤外線レーザーサイト』で狙いを定めた『スイッチングライフル』のレーザー弾を放つ。
流石にタヱ子も同じ航空戦力は無視できないのか、涼姫の動きに対処し始めた。だが、それでもなお攻撃の全ては焔子に向かい、涼姫の攻撃はやり過ごしてばかりいる。
「ここまで無視されると癪ね……! なによりも、反撃してこない相手に一発も当てられない自分に腹が立つわ……!」
涼姫も巧みな操縦技術でタヱ子に食らいついているが、正攻法も、不意打ちも、セオリーを外した一撃も全て躱されてしまう。
タヱ子の撃墜に集中する涼姫だが、随伴機であるパルサークレフテスにも注意を払わなければならない。タヱ子が攻撃してこない代わりに、パルサークレフテスが時折反撃して来ることがある。これが非常に危険で、追いかけっこに注力する涼姫は常に寸前のところで何とか回避している。
「あいつらも無視できないね……! でも、これで落ちてもらうよ!」
そんなパルサークレフテスに、ミラの艦に乗っている
ティムキン・サリバンが『暴風神筒』を構え、『モノクルターゲット』と『ウィークポイントアタック』の組み合わせて正確無比な砲撃を行う。
ティムキンの砲撃によって、二機いた随伴機の内一機は飛行能力を失い、地峡に墜落。地上で構えていたライトニング独立連隊によって撃破された。
「よし、もう一機……って、うわ!?」
「そりゃそうなるわよ! 一旦距離を取るわよ!」
パルサークレフテスがミラの艦に狙いを定め、攻撃を始めた。これを受けてミラは
癒しの巫女に『シールドエンチャント』を施させ、自身とティムキンは『ドキュウ(副砲)』で弾幕を張ることで追撃を防ぐ。
ミラの艦を退けたパルサークレフテスは再びタヱ子機に随伴するため、戻ろうとする。
しかしその瞬間、パルサークレフテスは強烈な一撃をまともに受け、空中で態勢を崩す。
「もののついでだ。アンタは墜とさせてもらう……!」
現れたのは『イーグルヴァンガードIF(皇国)』に乗った
ユファラス・ディア・ラナフィーネだった。ユファラスは苦戦する涼姫に加勢するべく、
セシリア・レーゼルの『キャラベル型飛空艦』から出撃していた。狙いはタヱ子だったが、撃墜のチャンスを逃すまいとまずはパルサークレフテスに狙いを定めた。
だが、放ったのは『龍走弓』による一撃であり、次弾の発射までには時間がかかる。その間、パルサークレフテスは必死に反撃して来るだろう。
「好きにはやらせないわよ……!」
そんなパルサークレフテスの打つ手を封じるべく、セシリアは『ストーン・ショットガン』を放つことで牽制する。動きの素早いパルサークレフテスに、飛空艦がついて行くのは不可能に近い。故に、広範囲に弾をばら撒くことが最も有効と言える。
パルサークレフテスはこれを避けようとするが、先に受けた一撃のために機動力が失われており、まともにダメージを受ける。
そしてその間に、ユファラスは次弾の装填を終えていた。
「墜ちろ!」
高威力の龍走弓から放たれた一撃は正確にパルサークレフテスの胸部を貫き、撃墜した。
これで、タヱ子は随伴機を失ったことになる。そしてそんなタヱ子に、ユファラスが追い縋る。
「これでオレたちを無視できまい……!」
ユファラスは『必殺の構え』を取り、『電光石火撃ち』を以て龍走弓を放つ。が、先ほどのパルサークレフテスほど、タヱ子機は鈍くない。一瞥もくれぬままユファラスの攻撃を躱したタヱ子は、涼姫とユファラスの二人に追いかけられながらも、焔子への猛攻を続行する。
「諦めるか……!」
それでも、タヱ子から狙われないまま一方的に攻撃ができる、というのは大きなアドバンテージだ。ユファラスは涼姫と息を合わせて攻撃に集中する。一発でも当たれば、それが致命傷になり得るのだ。
「まだ足りねえってか? 仕方ねえ、こっちも手段が限られてるんだが……」
そう言って更なる加勢に現れたのは
ライオネル・バンダービルトだ。乗り込むは『大鐵神・宮毘羅』であり、構える位置は地上だ。その位置から、ライオネルは『破砕拳』を放つ。
(そりゃ、当たるわけねえよな……)
自身が予想した通り、ライオネルの攻撃は正確ではあるものの全く当たらない。だが、ライオネルは地上側から破砕拳の射出を繰り返す。少しずつ、海側に向かって歩きながら。
(まるで無視してるようだが、無視なんかしてねえ。ヤツは無意識レベルで回避してるんだ)
全ての攻撃をタヱ子は躱しているが、それはただ移動しているだけで避けられているわけではない。迫る攻撃に対処しつつ、移動しているに過ぎない。そう言う意味では、何ら影響を与えていない攻撃というのは、一切ないのだ。
では、ライオネルの攻撃がもたらした影響とは何なのか。それは、地上から海側に向けて歩くことで、タヱ子が避ける範囲が戦力の集中する海側に寄せられていることだった。
これまでのタヱ子の動きは海側、地峡側と縦横無尽に逃げ回っていたが、高空はアリーチェに抑えられ、今度は地峡側をライオネルに抑えられている。徐々に、タヱ子が動ける範囲は狭まっていたのだ。
機は、もうじき熟す。曼殊沙華独立連隊の面々は、各々が同時にそう感じ、決着の瞬間を予見する。
そうしてその機は訪れる。まず最初に動いたのは、ライオネルだった。
「もらった! こいつを食らいやがれ!!」
これまで破砕拳での狙い撃ちを行っていたライオネルは『試製蜂巣砲』を二連続で発射。凄まじい弾幕となって、タヱ子機に襲い掛かった。が、タヱ子は大きく回避することでライオネルの面攻撃をやり過ごす。
しかし、やり過ごした先にはアリーチェの艦が狙いを定めていた。
「これで落ちなさい!!」
アリーチェは『ストーン・ショットガン』を容赦なく見舞う。その狙いは敢えて少し上に定めることで、タヱ子機の逃げ道を下方へとコントロールする。
そして逃げた先で待っていたのは、水上にいる潤也だった。
「こいつでどうだ……!」
潤也は狙いを定めて『必殺の構え』を取り、『試製蜂巣砲』を発射。真っ向から向かい合う形で狙い撃たれたタヱ子は必死に機首を上げ、再び高空に逃れる形で潤也の砲撃を躱す。
アリーチェがお膳立てし、必殺のタイミングであったはずの砲撃は躱されるも、潤也は間髪を入れず水上から『遍現跳躍』を用いて大きくジャンプすると、更に『噴火大筒』で上空に飛び出した。
その異様な行動を見て、タヱ子は逃げながら潤也の動きに注意を払う。
しかし、先に行動したのは潤也ではなかった。
機首を上げて高度を取ろうとしたところを狙って、セシリアが『スパイダーネット』を設置していたのだ。
「捕らえたわよ!」
潤也に気を取られた一瞬の隙を突かれたタヱ子は、このスパイダーネットに機体を絡めとられないよう、空中で向きを変える。
そこへ、後ろから追い縋っていた涼姫とユファラスがすれ違うように容赦なく射撃を実行。更には水上からは焔子がこれまでの鬱憤を晴らすかのように、鬼砕破砕拳による電光石火撃ちを見舞った。
これまで躱されてきた全ての攻撃を受けるも、タヱ子機はまだ爆散しない。
「それも、これで終わりだあぁぁ!!」
そして最後は、天高く跳躍した潤也による『五体投下』が、タヱ子のスカイライダーⅡに降りかかった。二機はそのまま海面に叩き付けられ、タヱ子機は潤也機の胸の中で爆散。潤也機も大破してしまったが、これで敵の指揮官機は仕留めた。
指揮官機を失ったことで、半島で戦っていた白き静謐の機体は一斉に撤退を開始。
これにて、イストモス半島での戦いは皇国側の勝利となった。