■3-5.完全なる勝利
時を同じくしてシュツルムクレフテスもまた追い込まれ始めていた。自由連隊たちの粘り強い戦いの甲斐もあり、僅かにその動きが鈍っているのが見て取れる。そうして平野部まで戦域を広げた段階で、バーゲスト連隊が勝負に出たのである。
「仲間たちの絆の力で、スレイ君のコピーたちは全てこちらに追い立てられてきたってわけ。このタイミングを逃すわけにはいかないなぁ」
「ええ。兵営地を襲撃された挙げ句に複製まで……ここで名誉挽回と行きましょう」
闘志を燃やすのは連隊長に整備長、此度の戦いに係わる複製人士――そのオリジナルたる二人、
紫月 幸人と
スレイ・スプレイグ。
彼らのいずれも今回はアーマードスレイヴで出撃する腹積もりなのだが、
『それにしたって、二人の複製だなんてどーこでコピーを取られるヘマをしたんさ!? まさか街に繰り出した時に――』
「なんですってぇ!? リズさんの言っていること、まさか本当ではございませんことね!?」
眼下の川を遡上して攻撃をかけようとするピンネース型飛空艦、そのメカニックを務める
リズ・ロビィの当てずっぽうに、
シンシア・エーデルヴィレが烈火の如く反応したのであった。
「待て待て! 俺だってね、傭兵稼業で疲れ切ってるときに癒やしぐらいは……じゃなかった。そんな隙はありませんでしたよ? ねえ、スレイ君」
「その前振りは本当に隙があった時のヤツですよ」
「あのー。漫才はいいのですが、そろそろ出撃のタイミングですよ」
もう一つの母艦、ガレアス型を操る
優・コーデュロイの言葉に一同は思わず咳払いした。彼女の役割はここまで彼らを機動兵器部隊を運搬すること、ウィンドバッファーによる加速を行ないながら優位な位置取りへと航行しているが、じきに“白き静謐”の攻撃範囲に入ることだろう。
「んんっ! それじゃあ……バーゲスト独立連隊、総攻撃開始といこうか!」
幸人の号令と共に一気に機動兵器たちが出撃する。飛空艦二隻に機動兵器四機が、この決戦において最後の襲撃をかけたのだった。
優を含む主力が有利な位置取りを取るまでにはまだ僅かに時間がかかる。その間に先手取って動くのは
信道 正義だ。
「それでは頼みました、正義さん!」
「ああ!」
スレイの支援砲撃を受けながら目標を見据える正義。彼の機体は砲戦型、空戦が得意な機体ではないが、
「それでもやりようはある!」
ローラーホイールを全開にして移動を開始した。不整地ならともかく、こうした平野部であれば本領も発揮できる。降り注ぐレーザー光やグレネードの爆発を不規則な機動でずらした彼は、そのままスムーズに対空戦闘へと移行する。
「まずは、こいつだ!」
重くも鋭い回転音。砲戦型しか装着することのできないGアームガトリング砲は、だからこそ相応の威力を発揮する。大鐵神ですら直撃弾をもらえばただではすまない機関砲だ。いかな“白き静謐”と言えどその装甲を貫くことは想像に難くない。
これから逃れるためには彼の射程から離れるか回避に意識を割くしかない。だが、指揮官機であるシュツルムクレフレスが隊列から著しく外れるわけにはいかない。つまり選択肢は一つ、回避に徹するしかないわけだ。
「このまま……頭を下げろ!」
三連グレネードランチャーを放ち、シュルツムクレフテスの頭上で爆発を巻き起こす。回避運動を重視した今の彼の機体ではどうしても高度を落さざるをえない。
それが正義の狙いである。飛行戦力の少ないバーゲスト連隊にとって、ターゲットが高度を下げるというのは必要事項の一つであった。
その爆風を切り裂くように航行する飛空艦が一つ。優の操るガレアス型飛空艦がエレクトロマインをばらまきながら敵部隊の頭上を横切った。
「このままスターチスさんのピンネースと挟み撃ちにさせてもらいましょう」
それが嫌なら、いや、速度勝負で振り切られて負けるのが嫌ならば追いかけてくるはずだ。
(スレイ・スプレイグという人を考えれば、乗ってくるはずですが――)
少なくとも優はスレイという人物をそう見ていた。しかし、特にシュツルムクレフテスのパイロットからはそんな動きは見られない。彼らの動きは堅実そのもの、分散しすぎないように隊列を組み、無機質な射撃を繰り返すばかり。
「動きません、か」
これまで白き静謐にそうした心理戦を仕掛けたものも多く居たが、そのいずれも空振りをしていることは分かる。
「まるで人間味を感じませんね。いえ、それならば……正攻法で討ち取るまで」
数的有利を得ているのは連盟側だ。優は宣言通り、空と地上、二方向からの圧力を加えることに決めた。
「優副長が回り込みましたね……! こちらの艦も攻撃準備に移ります。緋桜様もその前に出撃を!」
『はい。必要であれば囮をしてお使い下さい』
もう一人のシンシア、ピンネース型飛空艦を預かる
シンシア・スターチスもこれを機に動き出した。敵の部隊にこちらの位置が露見する前に
緋桜 こもりのアーマードスレイヴを出撃させると、艦砲を浮上させた。
「副長のガレアス型であれば上を取ろうとする動きを妨害できるはず。それならば、その間を狙わせていただきます!」
あくまで彼女の本分は後方支援。ストーンショットガンによって飛行しやすい領域を制限し、カバリング・ファイアーによって味方の攻防を助けることのみ。
しかしそれは優の動きも併せれば完全な挟み撃ち。積極的な戦域の離脱を嫌った白き静謐を包む鳥籠だ。
包囲網は完成しつつある。いかに機動力のある白き静謐といえど、度重なる連盟側の部隊の圧力によって、徐々に、その戦域は縮小していっていた。
「さあ! 挟み撃ちは完成いたしましたし、私はドキュウタイムですわぁ!」
優の艦で砲手を務めるシンシア・エーデルヴィレ。こちらは暴風神筒による猛攻をシュツルムクレフテスへと放っていた。優が放つカマイタチやサンダーカノンもそうだが、彼女たちの戦略は徹底的に相手を地面へと叩き落とすことを考えている。
「うふふ。飛行型というのはバランスも大事ですものねぇ! さあ、どんどん圧力を加えて、どんどん崩れていってもらいますわ!」
高らかな笑い声が砲座に響き渡る。これを聞いた社長――幸人がどう感じるかはおいておいて、実に気持ちよさそうな声である。
「私、そういう機体の弱いところは分かっているつもりですの。それに……うふふ、どうやらビスを抜かれて少しガタついているようですし!」
ウィークポイントアタックは彼女にとってもお手の物。本来は“白き静謐”も強力な戦力だが、この絶対的な高笑いを聞くとこちらが圧倒的な優勢に思えてしまうはずだ。
だが、思惑通りにいかないのも戦いというものだ。目の上のたんこぶでもある彼女たちの艦を排除するべく放たれたビーム砲が直撃し大きく艦が揺れる。
「っとぉ! やるか、やられるか……どちらが早いか、勝負ですわね……!」
眼下ではちょうど幸人の機体がシュツルムクレフテスへと突撃するところ。正しく、ここからが決戦の時だ。
スターチスのピンネース型でも、決戦の時に合わせるために急ピッチでの作業が進行していた。
「ボルテクスカノンの消耗に合わせて、しっかり補給用カートリッジは用意しておいたさー!」
この艦が浮上したのも援護砲撃に徹していたスレイの機体を回収する意図があった。リズ・ロビィは戦闘前の軽口からは想像もつかないほど鮮やかな手付きで補給と修理を進めていく。
「間に合いそうですか?」
「もっちろんさー! 偽物を生み出したスレイさんは自分のケツを拭かなきゃならんからね! カッコつけさせる為に手助けするのも超ミラクルダイナマイトニート芸術家ドクターのあたしの役目さ!」
その言葉はある意味まったく手心のないものだった。リズの言葉に思わず面を喰らってしまうスレイだったが、それでも、彼女の信頼はしっかりと伝わってくる。
「それじゃあ、行ってくるさー!」
力強い、まるで背を叩くような勢いでコックピットハッチを閉めるリズ。スレイは一気にスラスターを吹かすと、幸人らへと合流していく。
幸人の役目はまさに囮だ。射撃攻撃をばらまきながら相手の懐へと飛び込み、常に圧力を加え続ける。それを嫌がり、彼を倒そうとするならば仲間たちの射線へと引き込んでやろうというわけだ。
「いい子にしててね、スレイちゃんっ」
本人が聞いたら苦い顔をしそうな呼びかけをしながら、敵の爆発をスレスレで避けていく。
「幸人さんが惹きつけている間に……私たちフォーマンセルで行きましょう!」
スレイに正義、こもり。それに
ルージュ・コーデュロイを加えた四機で幸人と連携を取ることが当初の予定。相手もそれを理解しているのだろう、幸人の動きに乗る形に見せてはいるが、
「“私”のことです。最早敗北は理解しているでしょう。……それが、今もなお撤退しないということは――」
スレイの推測と同時に一気にシュツルムクレフテスが浮上する。戦闘機形態の速度によって飛空艦による弾幕を振り切ると、再度、ルージュたちに向けて降下を始める。
パイルドライバー。白き静謐、その指揮官機だけが有する強力なその兵器を放たんと迫る。しかし、
(これは、囮……!)
オブザベイションで力の流れが見えていたルージュにはそれが分かった。大仰な動きでこちらの意識を引き付け、
「そっちよ、ね!」
小さく見落としやすいパルサークレフテスが地上スレスレから攻め込んでいた。
「みんなの邪魔は……させないわよ!」
肩にマウントしたグレネードランチャーをそちらへと向ける。三連装のそれをそれぞれの攻め手を意識して、一息にばらまいて見せる。立て続けに巻き起こった爆発は、強引にパルサークレフテスの進路を妨害した。
「地上は私が抑えるわ!」
滑るように駆け出したルージュはそのままレーザー弾を乱射する。爆煙が晴れきらぬ内に放たれたそれに当たったか、煙に重なるように新たな爆発が生まれた。
同時、スレイによる牽制の砲撃が放たれる。シュツルムクレフテスの突撃をむりやり回避機動に変えるための連続射撃、本当ならばここにボルテクスカノンが仕込めれば最良であったが、
「任せます!」
「ああ。ここで決める!」
正義が一息で三連続のビームを放つ。だが、仕留めるまでには至らなかった。普通ならば、立て続けに回避機動の直後を狙えば直撃の一つぐらいはあるはずだ。それでもなお落ちないのは、やはり複製人士と言うべきか。
しかしながら、連携の最後を繋ぐものはまだ残っている。緋桜 こもりはこの瞬間までずっと耐え忍んでいた。
「――あなたの動きが鈍るまで、ずいぶん待たされました」
クーストースと名付けられたビームライフル。それは迫る危機を射抜く番人の名に由来する。バランスを崩しながらもパイルドライバーを狙うシュツルムクレフテスを逆に狩るべく、彼女はそのトリガーを引き絞った。
激しい閃光が一条煌めく。死に体の翼を貫き、シュツルムクレフテスは錐揉みの回転を始める。
「!」
だが、“白き静謐”は健在であった。その有り余る推力を使えば翼が折れても飛行まがいの真似は出来る。片方の翼をパージしたそれは、まっすぐにスレイの機体を狙っていた。
こもりは用意していた盾を構えると、全力を込めて跳躍した。パイルドライバーが迫る。しかし、こもりの駆るフリーデンはそれよりも僅かに早かった。
激しい衝撃がフリーデンを貫いた。盾ごとフリーデンの機体は貫かれ、それでも、
「守り、切りました……!」
ギリギリでシュツルムクレフテスの軌道は逸れた。スレイも、そして勿論他の機体も全ては健在のままだ。それを惜しむように光の残滓が漂う。シュツルムクレフテスは水中に突っ込むようにしながら沈んでいった。
「! 捕捉は!?」
「ッ! 今の着水音で全部ソナーがかき消されています!」
完全な撃墜をしたというわけにはいかなかったらしい。しかしながら、それを見て取った残存戦力も、パチリとスイッチを切り替えるように撤退していく。今回の戦いは白き静謐の殲滅ではなく、あくまでこの一帯の制圧だ。
つまり。
彼らは完全なる勝利を収めたのであった。