■3-3.偽りと真実の撤退戦
いかにシュツルムクレフテスの気を引き部隊そのものを誘引しようと言っても、少数の手勢では限界もある。こと、敵はパルサーだけではない。中後衛に位置するパンツァークレフテスの部隊も存在する。
この作戦に参加する独立連隊“アサルトフォックス”は、そのパンツァークレフテスを狙い、横合いから突入を開始していた。
「……簡易フルアーマーによる動作の不備は無し。AMDフォックス、アイリス共に各部纏めてオールクリアっと。はい、整備完了ですっ。これで、いつでも出撃出来ますよっ!」
旗艦とも言えるアールヴァルフェスの格納庫内でアーマードスレイヴの最終チェックを行なっていたのは連隊長である
ルルティーナ・アウスレーゼだ。
彼女は
戦戯 シャーロットの駆るAMDフォックスの調整を終え、華やかな笑みを浮かべた。
「ルルちゃん、整備ありがと~♪」
シャーロットも上機嫌に操縦桿を撫でながらノクトビジョンターゲットに触れる。
「さーて飛行型アーマードスレイヴの初陣だ! アリスちゃんが開発した力、試させてもらうね☆」
『相手は複製人士、生半可な相手ではありません。お互い損の無いよう戦いたいですね』
彼女の通信に応えたのはアリス・エイヴァリー。対白き静謐のために自ら出撃したアリスをやや意外にも思ったが、
「白い機動兵器の自爆からボクとルルちゃんを助けてくれた恩はちゃんと返す!」
『もちろん! そこは期待していますよ、アサルトフォックスさん方?』
くすぐるような声音を耳にしながらシャーロットがコンソールを起動したところで、ちょうど、艦長である
紅城 リムスから部隊全体へと報告が届いた。
「ママ、そろそろ目的地だよ! 量産型のスレイさん達の反応もあるよっ」
その報告を受け取ったルルティーナは、落ち着き払った態度で通信を開く。
「聞こえましたね、皆さん! 間もなく、アッティカ地方、量産型のスレイさん達と接敵します。アサルトフォックス機動部隊は各員出撃準備をっ! わたしは今回、艦から指揮を執りますっ、皆さんご武運を!」
『こちら
朔日 睦月。出撃準備は済んでいますよ』
『同じく
リイム・クローバー……出撃の準備は完了です……!』
機動兵器の母艦である残り二隻からの報告を聞き届けたルルティーナは、改めて周辺の地形予想図を展開する。
「宵一さんは、打ち合わせ通りに。決して無理はしないでくださいね?!」
『勿論。副長として、連隊長の気を揉ませるようなことはせん』
「千尋さん、経衡さんは所定の位置へ」
『オッケー。宵一さんの動きを見る必要があるし、先に出撃しちゃうねっ』
『見事、彼らを押し込んでみせよう』
「お願いしますっ。それで、お姉ちゃんと、弥生さんは状況を見ながら遊撃を、判断はお任せしますっ」
「うんうん♪ 今はシュツルムクレフテスは自由連隊が抑えてくれてるし、後詰にはバーゲスト連隊もいる。……それでも漏れるようなら、こっちに任せておいてっ」
『相手の速度はこちらのコールブランドⅢを超えています。できれば厚めのフォローをいただければと』
「そうですねっ。これを踏まえ、アサルトフォックス各艦は味方を援護、修理や補給が必要な機体はアールヴェルフェスへ。わたしが特急で直しますっ!」
『はーいっ、ママ! ……ふふ、ママが真面目に指揮してるっ』
「リムちゃん、茶化さないでくださいね」
『はぁい、ごめんなさーい♪』
今は格納庫と操縦席。それぞれに分かれているため抱き合うことはできなかったが、通信機越しでも温かな空気が流れていることは誰にでも分かった。
『普段のママも好きだけど、今の指揮してるママもリムの時代のママにそっくりで大好きっ』
未来からやってきたというリムス。果たしてどのような足跡を辿ったかは分からないが、未来で“そう”だというのなら、進む道は間違っていないことがルルティーナには実感できた。
「では……戦闘開始ですぅ!」
彼女の号令を皮切りに、アサルトフォックスの面々が本格的に機動を開始した。
起点となるのは連隊の副長である
十文字 宵一。極力その駆動音を消し去り、そして、飛行しながらも山間部を縫うように機動することで気取られないように行動する。
そうして横から食らいつくことでパンツァークレフテスの編隊に打撃を与えようという心積もりだ。
バウンティーエース。仲間たちを先導するという希望を込められたその名を持つ機体は、神鳴の剣を掲げて一気に飛び込んだ。
無論、密着するまでその気配に気づかないほど敵も愚かではない。宵一の奇襲に気づいたパンツァークレフテスは、隊列を崩さず一斉に宵一を狙い撃った。
「リイム!」
「おまかせくださーい!」
リイムによって展開されたマジックシールドと持ち前の回避技術でなんとか致命傷は避けられた。彼はそのまま、こちらを待ち受ける一体に向けて神鳴の剣で切り払った。
「おおおッ!」
畳み掛けるような二連撃。彼はパンツァークレフテスの脚部を狙ったが、しかし、狙い通りにはいかなかった。その装甲を浅く切り裂くにとどまり、返しの一撃が彼の盾を吹き飛ばす。
「くっ、死ななかっただけマシというべきだな……!」
「わわっ、大丈夫ですか宵一!」
後退した宵一を守るように、リイムは立て続けにソイルウォールを展開する。このままでは集中砲火を受けて撃沈されかねなかったからだ。
相手を引き付ける、という要点こそこなせてはいるが、敵に対するダメージはあまり蓄積させることはできなかった。
「撤退を支援いたしませんとっ。このまま、アイスデプスチャージを透過します!」
慌てたリイムはそのまま投下型のデプスチャージをばらまいた。それは大地を凍らせ、相手の進軍を止める目的を持っていたが、
「わ、わわわ! だ、だめでしたぁー!」
しかしそれには見落としがあった。アイスデプスチャージには攻撃力はなく、あくまで大地を凍らせるためのもの。相手を凍らせることもできないこの兵装では、飛行を可能とするクレフテス部隊にはなんの効果もない。
「! なんとか引き離さないと!」
ソイルウォールやマジックシールドはたしかに効果を発揮した。リイムはそれらを適度に維持をしながら砲撃を行なって後退を始める。仮に二人が撃墜されたとしても、最終的に敵を平野部まで誘導できれば役目は果たせたということである。
「あとちょっと……なんとか保って下さい、ヴェーザー!」
幸い彼の艦に搭載されたタウルスカノンは強力な砲塔だ。リイムが腕利きのスチールライナーであることも併せれば、こればかりは彼ら白き静謐への牽制として機能している。
「せめて宵一の援護ができればいいんだけどね」
そうつぶやいたのは後方でボルテスクカノンを構えていた
渡会 千尋だ。宵一の動向を観察しつつ、狙うのはシュツルムクレフテスだ。これさえ落としてしまえば彼ら白き静謐の編隊にも乱れが生じる、という目算だった。
「複製人士って同じヒトでも量産できるんだ、こりゃたまらないなぁ。でも負けないよ!」
とはいえ彼女の主兵装はボルテスクカノン。火力こそ高いが連発は効かない代物だ。一発一発を確実に命中させていくことを狙う。
「……!」
しかし。千尋の放つ重圧が功を奏した様子はなかった。
「こいつ、プレッシャーなんてものともしないってワケ……!」
まるでAIを相手にしているような手触り。むしろ重圧を与えようとした彼女の方が動揺してしまいそうだった。放たれたビームの熱線はシュツルムクレフテスの機体を掠め装甲板を焼いていく。
返す刀で放たれたシュツルムクレフテスの12連装のマルチプルミサイルは、彼女の逃げ場を覆うようにして着弾した。
「……! やっぱり、連携しないとダメか……! パンツァークレフテス狙いに切り替えないと……!」
全体を通して苦戦を強いられるアサルトフォックスの面々。連隊長であるルルティーナの心にも、自然、焦りが降り積もる。
「ダメです。ミラージュネングラフィーも効果は無し……まるで、感情が無いみたいな動きですね……!」
となればあとはこちらから積極的に出なければ仲間を救うことはできない。彼女は即座に考えを切り替えて通信を飛ばす。
「リムちゃん! フレア・クラスターで援護します、宵一さんを回収してください!」
『任せて、ママ!』
いかに相手が飛行しているといえど、一度着弾すれば炎上をし続けるフレア・クラスターは厄介極まりない。彼らが慎重になっている間に、急いで損傷した機動兵器たちを収容していく。
しかし全体を通してみれば劣勢の戦いが続くこの戦線。
「物資が……足りませんか……!」
歯噛みするルルティーナに対して、誰かが語りかけたような感覚があった。彼女が振り向くと、そこには鎮座したままの己の機体があった。
「……そうです、部品ならここにまだ……!」
シャーロットが聞けば止めたことだろう。それだけ、彼女は自らの愛機を大事にしてきたのだから。それでも、仲間がやられるのを見続けるのはごめんだった。
「ごめんなさい、ナインテール。後で、ちゃんと直してあげますから……!」
きっと愛機はこの方が喜んでいるのに違いない、と。そう確信しながら彼女は機体の修理を続けていった。
じりじりと戦線は動き続けている。幸か不幸か、彼女たちの苦戦はまさにリアルなもの。確実に敵を撃滅しようという目的を持つ白き静謐たちは彼女たちを追って平野部方面へと着実に位置を移しつつある。
「もう少しですな。こちらもせめて弾薬を打ち切る程度には居残りをしなければ」
朔日 睦月の駆るキャラック型は戦闘用に開発された飛空艦だ。その上で、二人の砲手を用意し攻撃にも専念できる陣容を整えてある。
ASに青春を捧げた少女も、
大器晩成な後輩も、いずれもドキュウによってしっかりと敵の部隊へ狙いを定めてくれている。二人の攻撃は敵に対する牽制の役目を大いに果たしてくれていた。
「精密な狙いはいりません。とにかく、敵が密集している方向へと砲撃を繰り返してください」
彼の指示通りに二人は攻撃を続ける。そうして撹乱している間にアサルトフォックスのメンバーが動きやすくなればそれでいい。
彼らが戦果を稼ぐ必要はない。砲手の二人もまた、仲間を支える一心で照準と砲撃を続けていく。
まるで花火の如く空には爆炎が舞っている。それがどれだけの効果を発揮しているのか、それを確かめる暇もなく睦月は操縦桿を倒した。
船体の横を熱線がすれ違う。砲撃を二人に任せている分、睦月は回避運動に徹することができるというメリットもあった。
「さて、あとは弥生たちがどれだけ戦えるかですが――」
彼らの援護砲撃を受けながら、戦戯 シャーロットと
朔日 弥生は一目散に突っ込んでいた。
「思ったよりうまくはいってないけれどーっ、ここで挫けちゃったらおしまいだっ♪」
「速度では負けていますが、今なら……!」
砲撃の切れ目を縫って加速する両機。まず火を吹いたのはシャーロットの持つボルテスクカノンとFBマグナムだった。
「それそれっ、これは防げないでしょーっ!」
いずれもビーム兵器であり曲面で実弾を弾くことを念頭に置いたパンツァークレフテスの装甲とも相性がいい。その上でそれぞれの武器の撃ち方そのものを打ち分けることで、彼女はその戦いを優位に進めていた。
「その隙を……もらいます!」
睦月たちの砲撃にシャーロットの速射。その二つの隙を生かして突っ込んだ弥生は、パンツァークレフテスに密着するとビームダガーで切り込んだ。
白熱する装甲。密着の衝撃で装甲がぶつかり合い大きな音を立てる。そのまま密着してしまえば、お互い、派手な攻撃は難しい。
「これ、で!」
ビームダガーで一体の駆動系を破壊したところで、敵側の援護射撃が飛来する。彼女は手土産とばかりに密着した敵機からビスを抜き取ると、続けざまにスラスターを吹かして間合いを離した。
(平野まではあと少し……)
「シャーロットさん! 残りのエネルギーはいかがですか!」
「ちょっと厳しいかも!」
「それでは先に離脱してください。援護します!」
「オッケー!」
追撃を仕掛けようとしてきた内の一機に対して鮮やかなカウンター射撃を決めたシャーロットは補給のためにアールヴァルフェスまで後退する。
そこに合わせる形で、投擲型のデプス・チャージを弥生が放り込めば、殊更、空の上に激しい爆発が踊った。
入れ代わり立ち代わり。アサルトフォックスの面々は即座に修理と補給を繰り返しながら戦線を後退させていく。
先程遅れを取った宵一も、修理が終われば即座に出撃し、仲間たちの帰投を助けるために再び奇襲を敢行するほどだ。
「もうひとふんばりですっ。皆さん、頑張ってくださいっ!」
「ママたちのためにも……みんなのためにも、邪魔はさせないんだから!」
ルルティーナの声に応えるようにリムスの砲撃が連鎖する。火力をばらまき、何機かのパンツァークレフテスは撃墜まで追いやっている。それでも、決して押し切ることはせずに少しずつ、確実に彼女たちは後退していた。
そして、その“目的地”までたどり着いてしまえば――。
「よーっし、第二回戦の開始だよー♪」
「父さん、取り決め通りに……!」
シャーロットと弥生が躍り出ると同時、睦月のキャラック号は急旋回し、スコルピオンアンカーを放った。慎重な動きを見せる敵機を一機引き込むと、弥生は鮮やかなダブルバーストを叩き込んだ。
編隊が崩れた隊列、立て直すよりも早く放たれるゴッドショット。AMDフォックスによるボルテスクカノンの光がクレフテスを包むのだった。
そして、ここまでアサルトフォックスの中でも沈黙を保っていたメンバーが居る。宵一たちの出撃に合わせ真っ先に出撃していた
藤原 経衡だ。
彼の役割は待ち伏せ。仲間たちがクレフテスの部隊を平野部におびき寄せるまで、ただじっと耐えていたのであった。
「いざ、参る!」
選択した戦術は突貫。シールドを構えての愚直な機動。それでも編隊を組み直す今ならば勝機はあると、そういった判断だった。
(しかし――想定は外れていましたか!)
戦闘機形態にならずとも飛行する敵機。スレイの思考パターンを反映しつつも感情を見せない無機質な戦い方。
(それでも……それでも!)
彼の愛機、アイリスの携えるイエロースピネルトマホークが確かにパンツァークレフテスの機体に食い込んだ。だが、彼の狙いはパンツァーではない。
「我が道は優しさを以て敬意を伝えモラルを敷く道なり」
狙うは指揮官機、シュツルムクレフテス。距離を取ろうとするその機体に向けて、一気に斧を投擲した。
フレイムソードを付与した斧による投擲。それはある種、彼にとっての奥の手だった。火球と共にまっすぐに飛翔した斧は、シュツルムクレフテスのグレネードを爆散させながら迫る。
だが、一瞬が足りなかった。読み違えた分の一瞬で、シュツルムクレフテスはパイルドライバーをトマホークへと叩き込んだのだった。
そのまま経衡へと一斉砲撃が降りかかるかと思いきや、そうはならなかった。そう、残る二つの独立連隊たちが、平野部へと誘い込まれた白き静謐へ一斉攻撃を開始したのであった。