■イルミンスール頂上フラッグバトル(2)
(……ふむ、おかしい。明らかに数が少ない。
どこかに隠れているな……?)
周囲を探索する光輝くアーデルハイトの位置を、
フレデリカ・レヴィが搭乗するイコン、アヴァターラ・ブルースロートに搭載された魔導レーダーで把握する。周囲はイルミンスールの枝葉が広がっており、高いステルス性を活かしてフレデリカと
ルイーザ・レイシュタインはアーデルハイトをやり過ごせるかもしれないと考えていた。
(待っていてください、ハイジ様。必ずフラッグを獲得してハイジ様の信頼に応えてみせます!)
――だが直後、追っていたアーデルハイトの位置から大きな魔力反応が生まれる。見つかった、と悟った二人――実際は半ばでたらめに発射したのだが――はステルスを解き、心を重ねそれぞれの身体をイコンと同調させる。
「ハイジ様に手は出せません。だから私たちはあなたを振り切って頂上を目指します!」
レーダーの出力を高め魔法察知を逃さないようにし、あまたの石の矢をアーデルハイトに向けて降らせる。続けてルイーザが機体を溶け込ませる際にも使用した植物を操る魔法で、翔けるアーデルハイトの後を追わせる。アーデルハイト自身は石の矢を魔力障壁で防ぐも、自身が乗っている箒は周囲の石化の呪いから完全には逃れられず、わずかずつではあるが動きを鈍らせていった。
(待たんか!)
「ハイジ様のお言葉でもそれだけは聞けません!」
迫る枝葉をかわしながら、フレデリカは先に配置した宝石が生み出す魔力の軌道を利用した多方向からの攻撃を行う。発射された樹液や蜂蜜に似たドロドロの魔力塊が真っ直ぐな軌道から宝石が生み出す軌道によって飛び先を変えられ、さらに拡散させることで非常に広範囲の攻撃としてアーデルハイトにぶつける。
(これは――)
アーデルハイトは障壁で防ぐも、その障壁に魔力塊が乾いて固まったため、一気に重量が増す。ただでさえ石化の呪いを受けて動きを鈍らせていたところに重さを支えきれず、箒が悲鳴を上げて高度を落としていく。
「ごめんなさいアーデルハイト様。少しの間そこで大人しくしていてください」
枝に着陸したアーデルハイトの周囲の重力ベクトルを操作し、簡単に復帰できないようにする。後方をルイーザが警戒しながら、フレデリカは前方の障害を回避しつつ頂上を目指す――。
壬生 杏樹と
ローズマダー・ブライトの搭乗するイコン、
白雪天式“朧”を含む集団がコースの途中でアーデルハイトに捕捉される。
「ここは私達が引き受ける、さぁ、今のうちに頂上へ!」
杏樹が他の機体や生徒たちをコースの先に向かわせ、
魔導電探で魔法攻撃をいち早く検知。飛んできた魔弾を
セラフ・システム――同調制御速射砲群――で迎撃する。
(ほう、自身を盾に仲間を逃がすか)
「うん、イルミンスール魔法学校には私がお世話になっているから。参加者みんなでフラッグバトルに勝つんだ」
杏樹の声を聞き、ローズマダーは杏樹にとってイルミンスール魔法学校は蒼空学園、天御柱学園に続く第三の母校であると気づく。
(確かに、燃やされてはたまったものではありませんね)
杏樹の言う通り、皆でフラッグバトルに勝利するとの思いを新たに、ローズマダーは白雪天式“朧”の操縦を預かる。アーデルハイトが操り、自機を絡め取ろうとする枝を
十六夜を用いて斬り払う。
(こちらへの攻撃は、杏樹さんが視界に収めてくれています。ですが手元で軌道を変える可能性がある――)
その時は自分が対応すればよいとローズマダーは考え、より効率的で無駄のない迎撃に努める。機体の持つエネルギーは無限ではない分、ローズマダーのこの気遣いは機体と杏樹の負担を軽減してくれた。
(私の意を組んでくれてありがとね)
密かにローズマダーへの感謝を述べた杏樹は直後、アーデルハイトから生じた魔力反応が自機ではなく、離脱が遅れた魔法学校生徒を狙っているのを察知する。大型ブースターユニット及び各部スラスターからなる白兵戦用パック、
八雷神のもたらす機動力で射線に先回りし、
大雷から大口径ビームを発射して魔力の奔流と相殺する。
「助かりました、このお礼は必ず!」
撃墜を免れた魔法学校生徒が礼を言い、仲間と頂上を目指す。彼らを電探で見届け、杏樹は妨害を阻止されたアーデルハイトに向き合う。
「私達に付き合ってもらいますよ、アーデルハイトさん」
(小癪な……よかろう、どこまで私を阻めるか!)
再び、魔力の奔流とビームのエネルギーが両者の間でぶつかり合った。
機晶の金糸雀から見える光景を頼りに、
佐門 伽傳がナビゲーションのもたらす情報も駆使しながら最適な進路を進んでいく。
(ここには、アーデルハイト殿の姿がないようだが――)
だが、彼女の姿が無いからといって妨害が無いとは思っていない。――その思いが功を奏し、前方の突如隆起する枝葉をぶつかる前に回避することができた。そうして辿り着いた先、中心の頂きに据えられたフラッグが見えるも、その周囲を無数の枝葉がまるで生物のようにうねり、進路を阻んでいた。
(やれやれ、後少し時間を稼がれていたらお前たちをあっさりとフラッグの下へ向かわせるところだった。
お前たちの実力は十分に理解した――であるが故にここは全力をもって落とさせてもらう)
枝葉の中心部に腰掛けたアーデルハイトが不敵に微笑み――枝葉の管理に専念する。
(これは……少々、手を焼きそうであるな)
できればゴールまで静かにしていてほしかったが、と伽傳は心に思いながら、出会ってしまった事態に対処する。
(誰かが頂きに至れば良いのだ。もちろん自身の勝利も忘れてはいないが、無駄に争う必要は無いだろう)
他の契約者が狙われた際には結界で守ることも考えながら、伽傳はフラッグへ至る機会を伺う。
『ここまで来られたのはいいけど、ここからはある程度戦わないとフラッグに届きそうに無いわね』
同乗する
蓮花・ウォーティアの声に
火村 加夜が頷く。ここからは仲間と協力することも考えながら、フラッグを取れるように立ち回る必要が出てきた。
「フラッグを取れたら嬉しいですけど、それで仲間全員が負けてしまったら元も子もないですね。
できれば上を取って、効果的に攻撃を行いたいです」
自分たちが居る空間は、頂上とされているフラッグのすぐ上が天井のように枝葉で覆われており、上空から回り込んでフラッグを手にすることが難しい。だが天井の部分は枝葉ががっちりと噛み合っており、動く素振りはない。狙われ逃れようとするなら上であり、距離を取るのも上が有利といえた。
『スピード勝負ね! 私達を捕まえられるかしら?』
イコン、ジェファルコンに搭載された大型のブースターユニットと各部のスラスターが機動力を生み出し、追いすがる枝葉を振り払う。勢いが落ち、追撃の手が収まったのを見計らい、石の矢を降らせる。石化の呪いに侵された枝はその場で動きを止め、契約者とイコンの一時的な足場になった。
『できれば中心を狙いたいけど、そこにはアーデルハイトが居るものね』
弱点を見抜いた蓮花が苦笑交じりに答える。枝葉を斬り落としても一時的に過ぎず、動きを止めるなら幹に痛打を与える必要があるが、そこには今回の騒動の中心人物であるアーデルハイトがいる。やむを得ない場合はアーデルハイトを直接攻撃することも辞さないが、アーデルハイトはあくまでギフトに憑依されているだけである。
「迫る枝葉を回避しながら、石化の矢を打ち込んでいきましょう」
方針を伝え、加夜は迫る枝葉に強烈な光を打ち込んで牽制する。枝葉がアーデルハイトの意思で動いているなら目眩ましはある程度有効だという見立て通り、枝葉はビク、と跳ねて一時的に動きを止めた。そこに石の矢が降り注ぎ、止まった格好のまま固まる。
「さあ、ここまで来たらあと一息だ。
こちらが負けるわけにはいかない、だがフラッグを取った契約者にギフトの権利があるなら、全力を尽くそう。
青空のごとく透き通るような勝利をこの手に!」
リンドヴルム、
咎竜タルア=ラルに騎乗する
十文字 宵一がヒポグリフ、
グレンヴィーに騎乗する
リイム・クローバーと一体感を持ち、フラッグ獲得を目指して奮戦する。まず中心の枝葉から発射される無数の魔弾にはグレンヴィーの羽ばたきで減衰をかけ、ピンポイントな防御で被害を防ぐ。
「リイムにばかり負担はかけられないな」
宵一も、魔法さえ切り裂くことのできる大剣を振るい、減衰した魔弾をまとめて薙ぎ払う。だがそこで攻撃が終わることはなく、葉が一斉に羽ばたくように動いて気流を乱し、飛行を困難にする。
「リイム、俺の傍に来い」
「はいでふ!」
相棒を巧みに操りながら、宵一とリイムは連れ添ってそれぞれが生み出すバリアとつむじ風を重ね合わせ、乱気流に対抗する。やがて徐々に乱気流の勢いが削がれ、視界もクリアになっていく。
「よし、突破した!」
「宵一、枝が!」
下方向から伸びてきた枝が、咎竜タルア=ラルと宵一を襲う。
「うおっ!」
突き飛ばされる格好になった一人と一匹が高度を落としていく。そこを狙って別の枝が伸びようとする――。
「宵一とタルちゃんへの傷害罪を宣告するでふ!」
リイムが裁きをつかさどる聖霊を呼び出し、雷を降らせる。聖霊の裁きはかなり厳しいものだったようで、雷を浴びたイルミンスールはその後しばらくの間、まともな行動を取ることができなかった。
「ふう。危ないところだったぜ。ありがとな、リイム」
「どういたしましてでふ」
ぺこり、と頭を下げるリイムに、宵一は必ずリイムのためにフラッグバトルに勝利し、魔法の箒を渡すと誓う。
『俺とシャロの心を重ねて――三つの身体を一つに!』
シャーロットとアレクスが心を重ね、三つの身体を一つにして機体の性能を高める。一時的にミーミルから借りた浪の下の宝剣を振るい、伸びる枝をさばく。
(お前はイルミンスールの中でも優秀な契約者――お前を落とせば士気を挫ける、覚悟せい!)
光輝くアーデルハイトはシャーロットが重要人物であることを見抜き、攻勢を強める。
『へっ、人気者だなシャロ!』
「嬉しいけど嬉しくないよ~!」
四方八方から迫る枝葉に応戦するも、死角から伸びる枝への対応が遅れる。
「お兄ちゃんは落とさせない……!」
そこにワイバーンに騎乗するミーミルが巨剣を振るい、シャーロットとアレクスの搭乗するイコン、AVジェファルコンを絡め取ろうとした枝を斬り落とした。
『ナイス! サンキュ、ミミ』
『ありがとミミちゃん! ねぇねぇボクはー?』
「……シャロは、ついで」
『えーひどーい! ここに来るまで載せてあげたのにっ』
ぷんぷん、とわざとらしく怒るシャーロットにミーミルが呆れながらも笑って、状況を確認する。今ここには複数の契約者が同時に存在しており、誰もがアーデルハイトの妨害に立ち向かいながらフラッグ獲得を狙っている。
(……多分、契約者の勝ち……けど、ギフトはシャロに渡してあげたい……)
今はシャーロットが使用している浪の下の宝剣は、ミーミルのためにシャーロットとギリギリの戦いを制して手に入れたもの。
(今度は、私が――)
普段は悪態をついたりして素っ気ない態度を取りがちなミーミルも、しっかりシャーロットの勝利に貢献するべくワイバーンを駆る。直後、アーデルハイトの操るイルミンスールの中心に雷が落ち、辺りの枝の動きが一斉に止まった。
『今だ!』
アレクスの合図にミーミルが反応し、それぞれの周囲に金色の風が生まれる。
「届けーーー!!」
目前に迫るフラッグに手を伸ばし――直後、視界が枝に阻まれる。
「んにゃ!」
アーデルハイトの伸ばした枝とは別の枝に、完全に不意を打たれたシャーロットは情けない声を上げてぶつかる。
「ごめんなさいでふ! やっぱりしょ、勝負なので!」
最高のタイミングでシャーロットの進路を阻んだリイムが視線を宵一に向ける。
「わかった!」
宵一が頷き、咎竜タルア=ラルをフラッグへ向かわせる。手を伸ばしフラッグをしっかりと掴んでアーデルハイトに勝利を印象付けてから、リイムの下へ戻り先程手にしたフラッグを差し出す。
「? どうしてでふ?」
「リイム、魔法の箒を欲しがっていただろ? 長い付き合いだからさ、隠してもわかるんだよ」
「う……そ、それは、確かにカッコいいって思ってましたでふけど……」
もじもじするリイムは、勝利を目指しての結果とはいえ味方を妨害したことを気にしているようだった。
『なんであれ、勝利は勝利ですよぅ。胸を張ってくださぁい』
事態を見守っていたエリザベートの声に背中を押される形で、意を決したリイムが宵一からフラッグを受け取る。
こうして、世界樹イルミンスールとアーデルハイトの危機は契約者によって阻止されたのだった――
(……まだだ! こうなったら無理やりにでもイルミンスールとロリババァを燃やしてやる――)
と思いきや、勝負がついたにも関わらず光輝くアーデルハイトは魔力を暴走させて自身ごとイルミンスールを燃やそうとする。
『調子に乗るでない、この馬鹿者!』
――直後、魔力の暴走が止まったかと思うと、アーデルハイトの身体が風船のように弾けた。
「はわわ、おししょーさまが粉々になってしまったのです……ってこれはもしかして――」
慌てかけた伊織がハッとして様子を伺っていると、衝撃が収まった地点でじたばた、ともがく箒を掴むアーデルハイトの姿が見えた。
「大人しくせい。まったく、生徒の鍛錬にもなると思い身体を貸しておったが、調子に乗りおって。
こんなこともあろうかとスペアボデイを用意しておいたのじゃ」
『なんですかぁ、わかっていたなら止めてくれればよかったですぅ』
「それでは鍛錬にならんだろう? 今のようになりふり構わずしでかそうとした時はちゃんと手助けするつもりで居たから安心せい」
――最後に一騒動起こりかけたものの、世界樹イルミンスールとアーデルハイトの危機は契約者によって阻止されたのだった。