■激しく、そして麗しき決闘(1)
「集まったようだな。では、始めるとしよう」
決闘の見届人として、広場の一角に据えられた櫓の上から
ジェイダス・観世院が開始を宣言する。
(ふん、開始早々に頭部を狙い撃てばよい。勝てばよかろうなのだ!
――なっ、どういうことだ!? 武器が生成されん)
開始直後、剣を引く動作から薔薇の銃を作り出し、不意の一撃を見舞おうとした
光輝くルドルフ・メンデルスゾーンだったが、憑依されている元のルドルフの干渉を受け、不発に終わる。
(美しくないだと……? バカめ、美しさで世界が救えるものか)
愚痴をこぼしながら、光輝くルドルフの搭乗するイコン、シパーヒーが契約者の搭乗するイコンに接近し、近接戦を仕掛ける。その動きは本来のシパーヒーの性能を凌駕しており、攻防共にスキが無い。
「決闘はイコンの性能のみで決まらず、操縦者の技のみで決まらず。
……そしていついかなる時も、美しさを忘れてはならない」
櫓の上で美しくポーズをキメたジェイダスが見守る中、薔薇の学舎とタシガン島の行方を賭けた決闘が激しさを増していった――。
光輝くルドルフの搭乗するイコン、シパーヒーから繰り出されるまるで矢のような剣による刺突を、
邑垣 舞花と
ノーン・スカイフラワーの搭乗するイコン、プラヴァーが跳んで避ける。剣はプラヴァーの背中に伸びた光の翼を貫き、パッ、と光の羽が舞った。
『自信ありそうにしていただけはあるね! ちょっと目を離したらやられちゃいそうだよ』
反撃に放たれた銃弾は、シパーヒーが少し身体を動かしただけで回避される。これまでも何度か頭部への射撃を試みたものの、それらは全てかわされていた。どちらも有効打を与えられない状況の下、時間だけが過ぎていく。
「……、機体に当てることができれば、多少なりとも性能を落とせると思います。
ダメージを積み重ねていき、最終的な勝利を得られるように戦いましょう」
『了解だよ。わたしたちじゃなくても誰かが決闘に勝って、そしてルドルフさんを解放してあげられるように頑張るよ!』
方針を転換し、頭部以外の戦闘力を減じる部位破壊を目的として、二人は行動を再開する。広場の上空に流れ星が流れる中、それを背景に飛び上がったプラヴァーの背中の光の翼がいっそう輝きを増す。点火したブースターのもたらす機動力で、一地点からの射撃からまるで転移したかのように全く別地点まで跳び、射撃を行う。間の空間は操縦者の意識とシンクロするビームビットの砲撃が埋め、シパーヒーは蜘蛛の巣に絡め取られたように射撃の応酬を浴びた。
(この程度、牽制にもならん!)
だがシパーヒーもただ黙って撃墜されるようなことはなく、多少の射撃を浴びつつビームビットに剣を突き刺し破壊した後、ビットから薔薇のトゲを拡散させて放ち、別のビットを破壊する。トゲはビームビットの砲撃を弾く効果もあり、攻防一体の攻撃であった。(剣による攻撃の追加効果までは、干渉できんようだなぁ?)
勝ち誇ったような素振りの声に、ルドルフは実に不快といった表情で返す。しかし戦況はシパーヒーが打開しつつあり、射撃包囲網は直に解消されるだろう。
(……解放される前に最低でも一発、後に響く有効打を――!)
舞花の意思とノーンの意思がシンクロし、爆発的な加速力を得たプラヴァーが距離を詰める。射撃体勢のまま距離を詰めてきたその予想外な動きは傲慢になりつつあったルドルフの虚を突き、対応の遅れを招いた。
『!!』
狙いすました一撃が、シパーヒーの右大腿部を貫通する。踊る右脚にシパーヒーの姿勢が崩れかけるが持ちこたえ、すれ違いざまに剣をプラヴァーの左脚に突き刺して相打ちとした。
ギフトに憑依されたルドルフの操縦するシパーヒーが機敏な動作で距離を詰め、薔薇のツルを刃とする剣を突き出す。
スレイ・スプレイグと
アイディール・アコンプリスの搭乗するイコン、アヴァターラ・ジェファルコンの強化装甲が機体へのダメージを阻む代わりに弾け飛んだ。
「なるほど、基礎性能も格段に向上していますね。もはや目の前の機体はシパーヒーとは別物です」
既存のデータが今回に限っては役に立たないと分かり、スレイは目前のシパーヒーの挙動に意識を集中させその本質を見抜くと同時に、アイディールとイコンを通じて同調することでそれぞれの身体を一つに重ね、機動力と攻撃力を高める。
『この性能ならば、遅れは取りません!』
主操作を担当するアイディールが幾重にも重なったソニックブレードを連続で放ち、ダメージを与えつつ体勢が崩れるのを狙う。本気で倒すつもりでかからねば時間を稼ぐことも難しい相手であったが、そうして全力に近い戦闘を行ったからこそ、スレイが集中してシパーヒーの本質を見極めることができた。
(……あくまで近接戦に拘るのであれば、それに対抗できるだけの力があれば良さそうですね)
スレイが頷き、背中から八本のビームソードマニュピレーターを伸ばす。
「仕掛けましょう。これが真の全力であると印象付けられるように」
『はい!』
シパーヒーを逃さない機動力をもって、アヴァターラ・ジェファルコンが絶え間ない斬撃で押し込む。単純計算で十倍の量の斬撃を、シパーヒーは一本の剣と全身を活かして捌きつつあったものの、徐々に後退を余儀なくされる。
(ほう、やるではないか)
余裕の見える言葉とは裏腹に、シパーヒーは全身に斬撃の痕を残しながら全速で後退する。
「……見えました。一撃、その身に刻んでみせましょう!」
必中の行動予測を得たスレイが自らとよく似た影の分身の群れを放ち、シパーヒーを対象として『時間』を引き抜いて武器とする。武器は形を為してアヴァターラ・ジェファルコンの手に握られたものの、シパーヒーの姿は変わらない。ギフトの持つ性質がそうさせたのかと思いつつ、今はその考えを一旦追いやって距離を詰め、森羅万象から借りた力を武器に乗せて連続で叩きつける。五撃目までは有効打を与えられなかったが、六撃目がシパーヒーの左腕、肩に近い辺りに食い込み、付近の装甲が外れて地面に落ちた。
「私の名前はミューレリア! 星弓パビルサグを操る射手座の十二星華だ。
ルドルフ! お前を倒し、タシガンを救ってみせる!」
(ふふ、そうでなくてはな。
よかろう――私の首、取れるものなら取ってみたまえ!)
ミューレリア・ラングウェイと
リリア・リルバーンの搭乗するイコン、イーグリット・ラプターと光輝くルドルフが搭乗するイコン、シパーヒーが互いに向き合い、ジェイダスの戦闘開始の合図で同時に動き出す。序盤は近接戦に持ち込みたいシパーヒーが鋭い突撃を見せるのを、イーグリット・ラプターがいなしながら星弓パビルサグを構え、矢を発射して応戦する。(そんな矢で私を抜けると思ってか!)
「見た目に騙されると痛い目を見るぜ?」
不敵に微笑むミューレリアの視界の先、頭部の脇をかすめた矢にシパーヒーが引きずられるような動きを見せた。
(……なるほど。そのようだな)
一発に見える矢には七発分の火力が込められており、ほんのわずかかすっただけでも十分な威力を出すことができる。
「そしてこいつはとっておきだ――くらいな!」
攻撃態勢から発射された矢は、シパーヒーの前後左右上下からそれぞれ別々に迫る。もちろん一発一発が七発分の火力を持っており、逃れようのない力の嵐にシパーヒーは飲み込まれるように思われたが、直後それらはシパーヒーのすぐ傍をかすめて飛び去っていった。着弾のタイミングをずらし、機体が矢の影響で引きずられる動きをも計算に入れた回避で損害を最小限に抑え、即座に反撃に移行する。
「ここからはルドルフの得意フィールドにあえて乗ってやるさ。お前の動き――見えた」
金色の瞳をシパーヒーに向け、弓から大剣に持ち替えたイーグリット・ラプターが斬り合いに持ち込む。純粋な力と力のぶつかり合いでは出力重視、絡め手を用いた際には手数重視で相手の意図をくじき、相手の得意レンジにおいても優位を保つ。
『びっくりさせてあげるのです!』
リリアの操作で、シパーヒーの足元に爆発が生じる。小型ミサイルの着弾が起こした爆風にシパーヒーの体勢が上がり、その勢いに乗ってシパーヒーが上空に逃れたタイミングで、背後に出現させた光輪を射出して回避困難な攻撃を繰り出す。機体の一部にダメージを負いつつ致命傷を免れたシパーヒーだが、着地の衝撃に膝をついた。
「これが私達の(ボク達の)絆の一撃だぜ(なのです)! ブライトマリアージュッ!」
光の刃が振り下ろされ、体勢を立て直したシパーヒーが回避するも間に合わず、左脚に大きなダメージを受ける。
その後の追撃は防がれたものの、終始有利な戦いを続けることができた。
飛行形態に変形した
シルヴァリオン・ラプターが機動力でシパーヒーを上回り、ヒットアンドアウェイでダメージを積み重ねていく。シパーヒーはただ逃げ回っているように見えたが、その動作は段々と余裕のあるものへと変わっていったように
桐ヶ谷 遥には見えていた。
(元々、数回が限度と思っていたけれど、その見立ては正しかったようね)
同乗する
エヴァ・ヴォルテール、想霊として力を貸してくれる翔とアリサのサポートをもってしても、いずれ致命的な反撃を受ける可能性を抱いた矢先、光の渦にそれまで避けるしかしてこなかったシパーヒーがまるで波に乗るかのように外側を伝って接近してきた。
『うおぉ!』
エヴァが気合で機体に制動をかけ、対応のための時間を稼ぎ出す。かかるGに遥が顔を歪ませながらスラスターの噴射を短射程の拡散ビームに変換し、小型ミサイルの爆風と合わせててシパーヒーを包み込み、離脱する。
『ひゅう! 今のはヒヤヒヤしたぜ』
「……エヴァ、機体各部チェック。関節部の負荷を計算して」
冷や汗を拭うかのような仕草を見せたエヴァへ、遥が要請する。
『もう一度くらいなら耐えられる、三度目は機体がどうなっちまうかわからねぇな』
「了解。……勝負は一度きり、ね」
呟きつつ、遥の表情には笑みのようなものが浮かんでいた。――ある意味、いつも通り。この極限状態で成功させるために、今まで訓練を重ねてきたのだから――。
「勝負よ、ルドルフ――いえ、ルドルフの身体を借りたギフト」
エヴァと心を重ね、イコンとそれぞれの身体を一つにリンクさせる。魔弾の発射点を設置、制御することでシパーヒーの死角からの射撃を可能とし、より効果的な射撃ダメージを与えんとする。
(なるほど、この回避は難しい。ならば――)
回避に徹したところで被害を避けられないと判断したシパーヒーは割り切った動作で、高速で翔けるシルヴァリオン・ラプターを近接戦の間合いに捉える。そこから一気に突っ込まずに様子を見た所、シルヴァリオン・ラプターの方から突撃を仕掛けてきた。
光輝くルドルフの表情が笑みに変わり、万全の迎撃態勢でもって剣を突き出す――だが必中を確信した一撃は空を切った。
(なっ――)
一時的にシルヴァリオン・ラプターを見失ったルドルフが一転、焦りを浮かべた直後人型に変形を済ませたシルヴァリオン・ラプターがビームソードを構え突撃しつつあった。
『!!』
突き出されたビームソードが、シパーヒーの右腕肩の近くに深々と突き刺さる。
(ふんっ!)
追撃を避けようと、シパーヒーは強引に間合いから逃れたことでさらに傷が深くなり、右腕はもはやくっついているだけとなった。