■2-4.勝利を告げる声
残る人質は二隻分。キャラック型とジーベック型、それぞれに囚われているものだ。時を同じくして、この戦線最大規模の独立連隊である“カッキンチーム”がこの二隻を同時攻略を遂行していた。
救出班は当然二つに分かれる形を取っている。
ミューレリア・ラングウェイを筆頭とした三人が担当するのはキャラック型に囚われた人質の救出であった。
さて、並行する形で展開している、他の独立連隊たちの救出班が粛々とした動きを見せているのに対して、ミューレリアたちの救出作戦はある種堂々としたものであった。
「物資の補給だ、ライフリキッドを持ってきたぜ!」
さも夕闇団の構成員であるかのようにその姿を見せたミューレリアと
ウルズラ・バルシュミーデの二人。それを出迎えたはぐれソルジャーに対してライフリキッドを掲げて見せる。
機動兵器にも効果があるこの回復薬、はぐれソルジャーの集まりである夕闇団にとっては非常に貴重な物資であるといえた。彼らがそれを倉庫へと運び込んでいる間に二人は素早くキャラック型飛空艦の内部へと潜り込んだ。
「さて……このまま人質を救出してもいいんだが」
「予定にないことはやらないでよね」
「冗談だよ。思ったより順調に行ったもんだからさ」
ミューレリアは冗談めかして肩をすくめる。即バレすれば入り口から大暴れするつもりだった彼女たちだが、こうして潜入できたなら、進めるところまでは進んでやろうといったところである。
とはいえ艦内まで来れば流石に潜入はバレてしまうだろう。精々多くて十数人、夕闇団全体ならいざ知らず同じ艦のクルーであれば知らない顔など居ないはずだ。
なら、とミューレリアは肩を回す。
「このままエンジンルームを目指すぞ。エンジンを破壊して飛行不能にしてやるぜ!」
大きな声を上げながら、思い切り扉を蹴り開けた。動揺の走る艦内、ズカズカと艦内を走るミューレリア。荷物を搬入していたクルーたちの行く手を阻むようにウルズラはエレクトロマインをばらまいた。
最早艦内は大騒ぎである。特にウルズラによる撹乱は強烈で、艦内に機雷を撒くわ入り口をソイルウォールで封鎖するわ中に炎をばらまくわのやりたい放題。
とはいえ。これはあくまでも囮に過ぎない。
(リリアはうまく入り込めたかしらね)
エンジンルームへ向かってひた走りながらウルズラはもうひとりの救出班のことを案じていた。
もう一人の救出班、
リリア・リルバーン。彼女はウルズラとミューレリアが引き起こしたこの大騒ぎに乗じてひっそりとキャラック型飛空艦に入り込んでいた。
その思惑はまさに大成功、やりたい放題の二人を迎撃するために艦内を駆け回る団員たちは、それ以外の警戒が非常に薄くなっている。お陰で、隠密を得意とするリリアは難なく彼らをやり過ごして人質の囚われている場所までたどり着くことができた。
周囲の騒ぎに不安げにしている見張りを銃把によって殴り倒したリリアは、鍵を使って人質たちを解放していく。
「さ、もう安心なのですよ。後はボクが先導するのでゆっくりついてきてください」
とはいえ人質が居ることを考えれば、行きより帰りの方がハードルは高い。隠密に徹することは不可能だし、場所によっては強行突破するしかない。この時もまた、囮が功を奏していた。騒ぎのお陰で複数人数の敵に遭遇することは特に無く、一人であれば、ダブルバーストによって確実に仕留めることができていた。
「こちらリリア、人質の救出は完了なのですよ!」
大きなトラブルもなく人質を艦の外まで逃した彼女は、モノクルターゲットによってそう仲間たちに報告を行なっていた。
エンジンを狙いとにかく暴れまわっていたミューレリアたちと比べ、それを更に発展させた作戦を採っていたのはジーベック型に囚えられた人々を救出せんと動く
他方 優であった。
涼しい表情で駆ける優とそれに付き従う
レニ・ファルエ。彼らは陽動としての動きを取りつつも、むしろ、隠密を重視していた。
派手に立ち回るわけではない。優たちが一人を打ち倒すたびに艦内の騒ぎは大きくなっていき、優という脅威が徐々に、そして明確に認識されていく。
「ふぅっ……」
また一人、優は巡回していた敵を打倒し、愛刀“骸丸”に付いた血を拭う。
「お疲れ様、優さん」
僅かな休憩時間、レニの焚いたカンフォートパフュームで呼吸を整えた優。彼は状況を確認するようにゆっくりと声を出す。
「ありがと。さて、速やかにこの艦のエンジンを停止させよう」
「狙いはエンジン、ってこと?」」
「ああ。これだけ大きな飛行艦に運び込まれた人質と物資、どちらも取り戻すなら飛べない様にした後に大多数で来た方が効率が良い」
「となると……まっすぐ動力室を目指した方が良いわね」
優はレニがマッピングして作り出した図面を覗き込みながら作戦会議を行なっていく。おおよその指針が定まったところで、
「そろそろ新手が来るかもしれない。動力室に向かおう」
とレニへ声をかけて歩み去っていく。――実は、この話を聞いていたものが居る。それは他の誰でもない、優にたった今打ち倒されたはぐれソルジャーである。彼は、この騒ぎを聞きつけてやってきた仲間たちに介抱され、今聞いたばかりの話を仲間たちに話すだろう。しかしそれこそが優たちの狙いであった。
優が動力室を目指しているのはあくまで救出のための陽動目的。しかし彼が本気で動力室を目指し、隠れ、時に戦うからこそ、敵に対してはそれが真実に見えていた。
動力室の目の前へと到達した二人。ロックのかかった扉をレニにまかせて優は周囲を警戒する。
「どれくらいかかる?」
「5分……いえ、3分はちょうだい」
急いで解錠にかかるレニ。あわよくば本当に動力炉を破壊できれば救出も艦隊戦も楽になるものだが、
「……そう簡単にはいかないか」
二人の目的地を知ったはぐれソルジャーたちが押し寄せてくる。そこからの立ち回りは打って変わって派手なもの、アサルトライフルから放たれる弾丸をエンブレムシールドで凌ぎながら、動力室に続く壁を背に回避行動を続けていく。万一を恐れてはぐれソルジャーが近距離戦を仕掛けてくれば、涼払いで動揺させて切り伏せる。
「優、開いたわよ!」
「そのまま一発、食らわせてやってくれ!」
「まかせておいて!」
大淵を構えて動力室へ飛び込んだレニは、そのエンジン部の、恐らく最も弱い部分へ向けて思い切り大槌を振り下ろした。
一撃。激しい打撃音が動力室に響き渡る。この一撃でエンジンが破壊されることこそなかったが、少しは離陸の邪魔を出来るはず。少なくとも夕闇団の面々は、確実に点検修理を行なってから離陸したいはずだ。
「オッケーよ、優さん!」
「それなら後は……逃げるだけだ!」
飛びかかるはぐれソルジャーを振り払った優は、動力室から出てきたレニを抱えて颯の脚甲に魔力を回す。爆発的な加速を得た彼は、そのまま通路側の窓を叩き割るようにして艦の外へと脱出した。
(できるだけのことはさせてもらったよ。後は頼んだよ、ウォークスさん!)
未だ船に残っているだろう仲間のことを思いながら、優は自分たちの連隊の艦へと帰投していった。
■□■
優がこうして脱出するより少し前。彼らと行動を共にしていた
弥久 ウォークスは、優たちが引き起こした騒動のどさくさにまぎれて夕闇団の一人に奇襲を仕掛けていた。
「悪いな……!」
貨物の積まれた小倉庫。荷を一息で乗り越えるようにして頭上から飛びかかった彼はそのまま刀の柄で相手の頭を殴りつける。昏倒した相手を物陰へと引きずり込むと、巡回の服装を脱がせにかかった。
「これは……! なかなかキツい……!」
ウォークスは規格外の体格を持つ。着るというよりは自分の体に“乗せる”風になってしまった自身を省みて、
「……もう少し装備を奪っておくか」
彼は更に様子を見てもう一人殴り倒した。
単純に身体全てを覆うことは難しいが、なんとか布を都合したウォークスは彼らのイメージカラーであるダークレッドで違和感なく決めることができた。後は彼らの血を使って身体を汚し、準備は万端。優が暴れてくれている間に、彼はとっておきの作戦を遂行し始めた。
彼は堂々と味方のフリをして艦内を歩き回る。そうしてクルーの気配を感じた瞬間、極力戦闘で負傷したような演技をしながら、
「人質から遠ざけろ!」
と叫ぶ。
「どうした!?」
「敵の襲撃だ。万が一ということがある」
その言葉に気圧された団員は、慌てて人質がいる方向へと走り出す。ある意味逆転の発想とでもいうべきか、ウォークスのその特徴的な外見から、むしろ外部の応援であると考えてくれたようだ。
その団員は見張りといくつかやりとりをしてそのまま鍵を開けてくれる運びとなったのだが――。
――で、あんたはどこの誰なんだ?
見張りは少しばかり冷静であったらしい。いざ現れたウォークスの姿を見て警戒され、
「……すまんな!」
彼は思い切り天喰刃による峰打ちを叩き込んだ。幸い、暗証番号といったものは必要ではないらしい。ウォークスは見張りを即座に黙らせ鍵を奪うと、そのまま人質を解放してみせる。
優はもう動力室前で大立ち回りしている頃合い、彼らが気を引いているうちにさっさと脱出するというのがウォークスの狙い。そしてそれはまさに上手くいったと行って良い。少し時間はかかったものの、優が脱出するよりも早く、彼と人質たちの方は先に艦外へ脱出することができたのだった。
「俺だ、一夫! 無事救出に成功した、攻撃を開始しろ!」
ウォークスの報告と共にカッキンチームの艦も動き出す。彼らが夕闇団を制圧できるかどうかが最後の正念場となるだろう。
■□■
「頭を取っているのはこちらだ! ありったけの弾を打ち込ませてもらう!」
声を張り上げそう宣言したのは
フォーゼル・グラスランド。ミューレリアたちが潜入していたキャラック型飛空艦、その機先を制し上空からタウルスカノンによる砲撃を繰り返す。
使っているのはクナール型。速力自慢のこの艦だからこそ出来る芸当だ。
(別の戦域の飛空艦が合流してくる可能性がある……ここでなんとか仕留めないとな)
一撃の威力よりも連射性能を重視し相手の足を止めることに専念する戦術。相手の艦が本格的に動き出したことを確認してから、更にフォーゼルはソイルウォールを展開した。
所詮土の壁、止めきることこそできないが、大地から生えた土の壁をへし折るまでにほんの僅かではあるが動きを止めざるを得ない。
その瞬間に合わせ、更に砲撃を浴びせかける。キャラック型飛空艦はクナール型と同じ高度まで稼ぐことができずに失速していく。
「よし……! 一夫さんの方への援護は……間に合うか……!?」
同じ連隊の仲間である
川上 一夫。彼は同じクナール型飛空艦の乗り手だが、キャラック型よりも強力なジーベック型を相手取って戦わなければならない。フォーゼルは一刻も早く彼と合流するため、その速力を最大まで引き上げたのだった。
「ふーむ……」
一方の一夫もフォーゼルと同じように、冷静にジーベック型飛空艦を頭から押さえつけている。しかしながらその起動を止めきることはできず、まともな撃ち合いにまで移行してしまっていた。
一夫の熟達した技術があってこそそこまでで済んでいるが、彼の飛空艦は初の手当による修復を受けてなお少しずつ消耗し始めていた。
「いいでしょう。このような時、粘り強く取り組むことこそ、営業では大事なのですから」
マジックウォールによる防御とデネボラドリフトによる回避。正面からの撃ち合いをしなければ、一夫は完璧にジーベック型を抑え込める自信があった。
そして耐え忍んでさえいれば、
「おや」
予想外であろうと、結果は来る。
「うおおおっ!」
フォーゼルのものではないクナール型飛空艦。否、カッキンチームのメンバーですらない在野のスチールライナーが一気にこの戦域へと飛び込んできた。
「聞こえてるな、一夫さん。お仲間は今別の艦とやりあっている!」
「そこであなたが来た、と。助かりました」
「良いってことだ、フットワークが軽いのが個人の強みってな!」
迅雷 敦也。立て続けにタウルスカノンによる砲撃を浴びせかけた彼は、反撃にと放たれる砲弾を恐れることなく加速する。
「では二人で落とすとしましょうか」
「ああ。覚悟を決めるぜ!」
バンダナの結び目をきつく結び直した彼は、まるで一本の矢の如く空を飛翔する。矢と違うことがあるとすれば、それは軌道を変えることができること。ジーベック型に向かって突っ込んだ彼は、その舳先が横っ腹に突っ込む前に方向転換を行ない、艦体後尾によって痛烈に打撃した。
「今だ、やっちまえ!」
「好機、というわけですね」
離れ際、エレクトロマインの置き土産を置いていった彼に合わせて一夫がタウルスカノンの照準を合わせる。体当たりに浮遊機雷、立て続けの攻撃に動きを止めたジーベック型飛空艦に、タウルスカノンによる砲撃が突き刺さる。
激しく火を吹く艦体。動力炉が破壊されたか、真っ二つにへし折れるようにその艦は撃沈した。
――終わってみれば住民は全て救出。街そのものにも被害は少なく、最小限の被害で食い止められたといっていいだろう。棹銅の街での戦いは彼ら皇国側の大勝利に終わり、各所で、互いの無事を喜ぶ歓声が響き渡った。