■2-2.助け合う者
かぶとぎうす号の面々と同じく、平行して人質救出作戦を行なおうとしている者たちが居る。四蓮独立連隊と名付けられた四人は、ル・フェイと共に作戦を詰めていた。
「ル・フェイさん。他の方々は……」
「問題無いわ。当初の予定通りジーベック型を狙うことにしましょ」
この奪還作戦に参戦しているのはル・フェイも含めて合計24名ほど。敵艦には10名を超える人数が乗艦していることを考えればギリギリだ。打ち合わせもなし、ぶっつけで作戦を遂行するならば、人数の余裕は一切無い。
同じ艦に攻めかかろうとする者が居れば手が足りなくなるのは明白、
小山田 小太郎はル・フェイに頼んで周辺の調査を行い、他に目標を狙う仲間が居ないかを確認してもらっていたのだった。
「で、あれば――始めましょう、みなさん」
彼ら独立連隊はいずれも機動兵器にも飛空艦にも乗っていない。艦隊戦で力にはなれないが、その一方で確実にジーベック型から人質を奪還しようという気概に満ちていた。
「私が先行します。此度は時間との勝負故……静に、されど一気呵成に、道を拓きましょう」
小太郎が斥候を務める形での専有を目指す。離脱に失敗すれば即終わり、機動兵器によるフォローや飛空艦による回収もない以上慎重な立ち回りが必要だ。いざとなれば殺気を感じ取って迎撃できる小太郎ではあるが、人質の居場所が分からなければなんの意味もない。
「ノーンさん、いかがですか」
そのために小太郎の横で飛空艦に向けて目を凝らしていたのが
ノーン・スカイフラワーだ。
「えーっとね、えーっと……後ろの方……下から二番目の階層かな? そこに人がいっぱい集められてるみたい!」
クレヤヴォヤンス。いわゆる千里眼によって彼女は、飛空艦の側面に設けられた狭間(さま)から内部の様子をうっすらだが探ることができていた。構造までははっきりと分からないが、それを調べるのが小太郎の仕事でもある。
「鍵がかかってるところがあったら教えてね! ぱぱっとわたしが開けちゃうんだから!」
「ええ、その時は是非よろしくお願いします」
ル・フェイと小太郎が先行し、そのあとに四蓮独立連隊の残る三人が続く。こと、気配を断ち姿を隠すことに長けた小太郎にとっては斥候の役割だけであれば造作もない。
「鍵、鍵っと……」
そうして小太郎だけでは進めない局面が出てきた時こそ控える仲間たちの出番だ。ノーンは手慣れた様子で扉にかけられた鍵を解除し、
「!」
そのまま後ろへとハンドサインを送る。ノーンは敵の姿を捉えたようで、しかもこれをすり抜けていくことはできない。扉を開けた段階で姿が露見してしまう、ということだ。
ノーンのサインに合わせて、彼女の横へつくような形で
邑垣 舞花が歩みを進める。舞花は視線だけで小太郎に周囲への警戒を促し、自身はゆっくりと呼吸を整える。およそ三回分呼吸を終えた段階で、鍵のかかった扉が音を立てて開いた。
ここで特筆するべきはやはり舞花の動きであろう。彼女は即座に踏み込むことはせず、ゆっくりと前に出た。さも当然のように、何の殺気もなく、である。柳立ちと呼ばれる技法から来る所作は、夕闇団のメンバーに対して致命的なまでの反応の遅延を生んだ。
あ、と。間抜けな声を出して懐の銃へと手を伸ばそうとした瞬間に舞花は魔力を回す。足に履いた颯の脚甲から爆発的な力が生み出され、瞬く間に男の目の前へと躍り出ていた。
結果として、扉が空いてから数秒の時が経っていたにも関わらず男は武器をホルスターから抜くことすら出来ずに倒れ伏していた。舞花が気絶した男の意識を確認したところで、
「舞花さん!」
小太郎の呼びかけと同時に、彼女の肌に針のような殺気が突き刺さった。通路の奥からちょうど巡回がやってきていたのだろう、そのソルジャーはアサルトライフルを掲げると舞花へとその銃口を向けた。
幾度となく火を吹く銃弾。狭い通路ではどうしても全ての銃弾を回避しきることが難しく、また相手との距離を詰めることも難しい。この奪還作戦が時間との勝負であることを理解していた舞花はどうしても前へ突っ込みたくもなるが、
「ここは……俺にも行かせてください……!」
そう声を上げて前へ進んだのは
剣持 真琴であった。
「ここだ!」
物陰から物陰へ。滑るようにして移動しながらも彼もまたアサルトライフルの引き金を絞る。移動しながらの射撃のはずだが、それは相手方のソルジャーへ吸い込まれるようにして放たれる。スネークウォーク、ソルジャーが狙いを定めたまま移動することが出来るのはそう呼ばれる技法のお陰。真琴はこの技術に習熟し的確に弾丸を放つ事ができていた。
――無論彼だけではない。彼がその気を惹いている間に、ゆっくりと舞花もその距離を詰めている。
(そう。俺だけが無理をする必要はない。こういうときはチームワークなんだから!)
アサルトライフルの魅力はやはり継続的な制圧力にある。銃撃戦において迂闊を晒せばすぐに致命傷足りうる。彼がこうして牽制を放ち続ける限り相手の意識はこちらへ削がれることになる。
そして僅かにでも“完全に”意識が途切れる瞬間があれば、
「はぁぁっ……!」
秒の一打。一瞬で距離を詰めた舞花が最速の一撃をソルジャーに叩き込む、という寸法である。都合二人の敵を片付けた彼らであったが、このままぼーっとしていたらこの戦闘音に気づいた敵が殺到しかねない。慌てて移動を再開するところで、気づけばもうひとりのソルジャーが倒れている。
「そちらであれば、自分が片付けておきました」
そうしれっと言ったのは小太郎だ。舞花や真琴が存分に敵を引き付けてくれたこともあり、彼も己の隠密技術を十全に活かすことができた。舞花の行なっていた柳立ちに加えマジックラッパーによる迷彩まで駆使する彼は、それこそ扉が一人でに開くだとか、あるいは彼が戦闘行動に移りでもしない限り簡単には露見しない。
さしあたり人質の下まで到達した彼らが見たのは、喜び、安堵する民間人たちの姿であった。
「慌てなくても大丈夫ですよ。さ、ひとまず腹でも満たしてください」
言いながら民間人へ保存食を渡した真琴は、腹をすかせ保存食を口に運ぶ彼らの姿を横目にカンフォートパフュームを焚いた。明らかに憔悴し混乱していた彼ら、夕闇団というグループがどれだけ彼らに対して乱暴を働いていたのかを窺い知ると、怒りと、そしてやる気も一層に沸き立った。
「小太郎さん、舞花さん。ここからは俺が先導しますよ」
「ああ。一刻も早く、ここから抜け出そう」
決意の言葉を交わした彼らがこのジーベック型飛空艦から脱出したのはすぐのことであった。幸い追っ手は来ない。飛空艦が別の艦の援護に向かおうと飛び上がったのを眺めながらも、四蓮独立連隊は人質の命を救うことに成功したのだった。