・シュメッターリング騎士団
戦いの開始は、
ルキナ・クレマティスと
高橋 凛音の星詩と星音から始まった。
すでにルキナの周囲には小さなシャボン玉が舞っており、喉の調子が整って最高の状態にあった。
空中から地上の状況を見下ろした凛音が、ぽつりと呟いた。
「地獄の釜の蓋が開いた……というところかの……」
「言い得て妙ですね。確かに眼下の光景は、地獄と呼ぶに相応しいかもしれません。もっとも、私たちはこれからそこへ足を踏み入れなければならない身ですが」
凛音の独り言に言葉を返したのはルキナだ。
「確かに。ならば……妾たちはその地獄の底への露払いに勤しむとしましょうかの……」
「ええ。そうです。それこそが、今回の私たちの役割なのですから」
ルキナの猛りし大蛇の八重奏が発動する。
特殊な発声法が、単独で歌うルキナの声を、八人の合唱の如き響きへ拡大させた。
周囲の岩からヤマタノオロチが生み出され、バルバロイの群れを相手に牙を剥いた。
「ここはシュメッターリング騎士団が受け持ちます! マグナ・マテルは任せました、早く奥へ!」
暴れまわるヤマタノオロチはその余波でカプセルに罅を入れるほどの破壊を見せたが、それを見たバルバロイたちはヤマタノオロチに群がり、麻痺を受けてでも動きを止めようとした。
その間にカプセルからは新たなバルバロイが這い出してくる。
火之迦具土の子機の上で回避行動を取るルキナに合わせ、親機に乗る凛音も戦楽【天叢雲剣】を合わせた。
ヤマタノオロチとバルバロイの群れたちが戦う空間に、銀色の霧がたちこめた。
霧の中でなおその存在を鮮烈に示すヤマタノオロチの頭上で、極光が無数の剣の形となって炎の旋風を巻き起こしながら降り注いだ。
バルバロイたちを閉じ込めんと燃え広がる炎の内側で、ヤマタノオロチが咆哮する。
それらは、まるで神話の再現のような一幕だった。
「鬼姫殿、周辺の警戒を頼みますぞぃ」
呼びかけに応じて、火之迦具土に搭載されている
【使徒AI】鬼姫(通常コピー)がドラグーンソナーを起動させ、周辺の反応を探る。
ドラグーンソナーの反応を頼りに、凛音は周囲の状況を把握する。
凛音は麻痺して動けない個体や、鱗粉が厄介なバルバロイ・モスを積極的に狙い、炎の竜巻を出現させてぶつけた。
炎の竜巻は、攻撃と同時にバルバロイたちを凛音に近付けさせないための圧力だ。
それでも、遠距離から酸や炎弾、雷網弾、鱗粉などが凛音とルキナめがけて飛んでくる。
バルバロイたちも分かっているのだ。
星詩を維持するルキナと、星音を維持する凛音を沈黙させてしまえば、これらの厄介な攻撃は止まるのだと。
「回避しますのじゃ! 準備はよろしいですかの!?」
「問題ありません、思いきりやってください!」
加速しながら上昇、下降、急旋回を繰り返してバルバロイたちの猛攻から逃げる凛音は、火之迦具土を不意に宙返りさせ、飛来する攻撃からルキナと共に逃れた。
当初の予測通り、頻繁にルキナはバルバロイの注目を浴びた。
しかし共闘しているエーデル独立08連隊が奮戦しており、注意を逸らしてルキナが猛攻を受けて落ちる事態にならないようバランスを取っている。
「喰い荒らせ、八岐大蛇!」
ルキナの指示に従い、ヤマタノオロチがその大顎を開き、バルバロイ・モスに喰い付いた。
同時に三機のドラグーンアーマーが、ルキナや凛音を守ろうと突撃し、バルバロイの群れの前に立ち塞がる。
今回の戦いは、やるかやられるかの完全なる殲滅戦だ。
バルバロイを倒し切り、培養カプセルを全て破壊するのが先か。
倒すのが間に合わず、逆にバルバロイたちの物量に押し潰され、参戦している特異者たちが全員戦闘続行不可能になるのが先か。
勝敗の天秤を分けるのは、やはりルキナと凛音が無事でいられるかどうかにかかっている。
そのふたりのうちのひとり、ルキナを守護するのは
モリガン・M・ヘリオトープだ。
『ノルト、サポートは任せますよ』
オルコス・Aに搭載されている
【使徒AI】敏腕サポーターに声をかけ、その補助を受けつつ、モリガンはルキナの前方に位置取りしてルキナを狙うバルバロイたちの射線を塞ぎ、少しでもルキナの負担を減らすようにしている。
さすがにバルバロイ・グラスホッパーの針など、当たると致命的な攻撃は通すしかないものの、当たっても問題ない攻撃に関しては、避ければルキナに当たってしまうような状況もある。
その時は大人しく他の味方に頼っていた。
『この一撃で、斬り捨てます』
甲虫型バルバロイに関する知識が、モリガンにどう戦えばいいのか教えてくれる。
兜割を思いきり振り被ると、武器の重さを感じさせない速度で大上段から振り下ろし、バルバロイ・モスを斬り捨てようとする。
しかし突進してきたバルバロイ・リノセロスが割って入り、その強靭な装甲で受け止めた。
突進は危なげなく回避したモリガンだったが、バルバロイ・モスへの攻撃は遮られた。
だが、モリガンは慌てず、次の手を用いる。
再度振り抜いた兜割で空気を裂き、カマイタチを発生させると、真空の斬撃をバルバロイ・リノセロスへ叩き込んだ。
そうしてモリガンが順調にバルバロイ・リノセロスの数を減らすべく戦っていると、別のバルバロイ・リノセロスに追い立てられてきた
御陵 長恭の迦陵頻伽がオルコス・Aの隣に並んだ。
モリガンが長恭に話しかける。
『やはり、属性攻撃が有効なようです。物理攻撃から切り替えるべきですね』
『なるほど。しかし困ったことに、俺は物理攻撃しか手を持ち合わせていない』
『では、バルバロイ・リノセロスはこちらで叩きます。他をお願いしてもよろしいですか?』
『ああ。それで構わない。俺も自分にできることで力を尽くそう』
ドラグーンレーダーの反応に
【使徒AI】ブルーメが、長恭にバルバロイたちからの攻撃が飛んでくることを警告する。
素早く機体に回避行動を取らせた長恭は、モリガンがバルバロイ・リノセロスを相手取っている間に、斬騎剣<D>を手にバルバロイ・モスへ襲いかかる。
斬撃の初撃を避けたバルバロイ・モスだったが、即座に再加速して放たれた第二撃に反応できず、両断された。
『ブルーメ嬢、引き続きレーダーの監視を頼むぞ』
長恭に声をかけられ、投影されたブルーメの映像がにこりとほほえんだ。
* * *
ずっと流れていたルキナの星詩と凛音の星音が効果時間の終了を迎え、途絶えようとしている。
新たに星詩と星音を展開させるのは、
エスメラルダ・エステバンと
リリア・リルバーンのふたりだ。
ロホ マリポサの親機にエスメラルダが、子機にはリリアが乗っており、エスメラルダが星音を、リリアが星詩をそれぞれ受け持つ形となる。
リリアが視線を向けて、準備はいいかエスメラルダに問いかけてくる。
「いつでもいいですわよ。わたくしが合わせます」
「時間が経ってそれなりに消耗が増えてきていますし、タイミング的にもそろそろなのです。使うのですよ」
エスメラルダの反応を見て、リリアは蒼海のラプソディを発動した。
どこまでも続く蒼い海を幻視させるメロディは、時に穏やかに全てを受け止める生命の源のように、時に荒れ狂う波で敵を飲み込む厳しい自然のように、穏やかさから激しさへとパートを移り変わらせていく。
消耗した味方の体力と気力が漲っていった。
さらに、エスメラルダがテンペスターデペタロ・グランデを合わせた。
周囲に小さな花園を展開し、花園に植わった植物の蕾が一斉に開花する。
咲き誇る花々からは風とエスメラルダが奏でるアップテンポの音楽に乗って花びらが無数に飛んでいく。
音楽と共に花びらが届くと、味方に活力を与え傷を癒やし継戦能力を増強させていく。
激しい消耗戦を長時間行い、疲弊していた味方が完全に態勢を建て直し、息を吹き返した。
数で勝るバルバロイたちだったが、押し切りに失敗し特異者たちを仕留めるに至らず、苛烈な反撃を許した。
これは、耐えた特異者たちが掴んだ絶好の好機。
最後方からバルバロイ・ツインカノンたちがエスメラルダとリリアに狙いを変える。
それに伴い、他のバルバロイたちの攻撃目標も、ルキナと凛音から切り替わっていく。
「少しでも、私たちに引きつけますよ!」
「もうしばらく、妾たちに付き合ってもらうのじゃ!」
そうはさせじと単発の星楽による攻撃や妨害を連発するルキナと凛音が食い下がり、バルバロイたちに対してスムーズな攻撃対象の変更を許さない。
結果、バルバロイたちの攻撃目標がばらけた。
「ありがたいことですわ。これなら問題ありません」
「こんな攻撃に当たっていられないのです」
散発的に飛んでくる炎弾や雷網弾を掻い潜り、エスメラルダとリリアを乗せたロホ マリポサが飛翔する。
小回りの良さを発揮して右へ左へ旋回するロホ マリポサを撃ち落とさんと、バルバロイ・フォリジャーも酸を飛ばすものの、当てるには攻撃の数が足りなかった。
ルキナと凛音の星詩、星音展開と同時に、モリガン、長恭らと歩調を合わせて動いた三機のドラグーンアーマーのうちの最後の一機であるデュランダルⅡを操縦する
ミューレリア・ラングウェイは、
【使徒AI】メルセデスに索敵を任せつつ、甲虫型バルバロイの知識を活かしてバーングラディエーターを振るっていた。
ミューレリアも長恭と同じく、物理属性以外の攻撃手段を持たないため、相手をできるバルバロイの種類は限られる。
属性攻撃手段を準備してきたつもりが、手違いがあった。
『バルバロイ・リノセロスだったか……硬すぎる装甲だな。こいつは任せた方が良さそうだ』
文字通り刃が通らないことを確認したミューレリアは、大人しく無視することに決め、バルバロイ・リノセロスの突進をいなして反転する。
『鱗粉を振り撒き続けられるのは面倒だ! 集中して狙おうぜ!』
『承知した』
長恭に声をかけると、ミューレリアは連携して動いてデュランダルⅡを加速し、前後からバルバロイ・モスを挟み撃ちにせんと動く。
結界を展開して防御姿勢を取り、盾で防御を固めた長恭の迦陵頻伽が注意を引いている間に背後を取り、雷の力を発生させ身体を強化する。
高速で居合斬りを放って一瞬でバルバロイ・モスの傍を通過し、離れていく。
残されたバルバロイ・モスはしばらく硬直していたが、やがて横一文字に身体がずれていき、上下に別たれて崩れ落ちた。
バルバロイ側も苛烈な反撃を繰り返すものの、ここで
鳳 翔子が事前に施していた各機体への改造が生きてくる。
強化された耐久力が、モリガン、長恭、ミューレリアらドラグナーたちに僅かながら余裕を与えているのだ。
そしてその改造はドラグーンアーマーに留まらず、スタンドガレオンにも行われている。
翔子が狙うのは、培養カプセルの破壊だ。
ファルケンHTの小器用さと力強さを活かして、鷹の目の如き集中力で、培養カプセルへ取りつくタイミングを虎視眈々と狙っていた。
『タイミング的にはそろそろ仕掛け時だと思いますが、どうですかね~』
【使徒AI】鬼姫(通常コピー)に意見を求めれば、鬼姫も翔子と同じ判断のようだ。
意見の一致を受けて、翔子はファルケンHTを加速させる。
一気に最高速に達したファルケンHTの姿を捉え、迎撃せんとバルバロイの群れも酸や炎弾、雷網弾などで迎撃してくる。
しかし翔子のファルケンHTは、それらを置きざりにした。
鱗粉を振り撒いていたバルバロイ・モスもビームを放って迎撃に加わるも、敵味方の位置関係や戦況を正確に把握していた翔子の好判断が、さらに回避を成功させる。
ルキナのヤマタノオロチが散々暴れ回った後で、一番ガタがきているように見えたカプセルに狙いを定めて取りつくと、機体の膂力を活かして強引に毟り取り、天井近くまで舞い上がって落下させる。
『生まれてこれなくて残念でしたね~。さようなら』
墜落して割れたカプセルの合間から姿を覗かせる無防備なバルバロイに狙い定め、マギ・エアロランチャー<G>を発射し、破壊した。