4.失われた都(1)
遺跡内部は都市の名残のような複雑な空間だった。場所によっては広い空間もあるが多くは狭い通路だった。
冒険者の
九曜 すばるは小柄な体型を活かして狭い坑道を潜り抜けながら調べていた。
所々に灯りが灯されているのはここを通る者がいることを示していた。
「こっちは見張りはいないようだ」
戻って土埃を払いながらアイオーンに伝える。
「助かる」
大柄なアイオーンでは動きが制限されていた。
(ドワーフを使いたがるわけだ……何の罪もないドワーフが強制労働させられているのは許せない。)
そういったマッピングも必要だった。
「武器を持つことに慣れている敵からすれば、素手の敵は油断する要因になるのでは?」
「甘いな」
アイオーンの即答にすばるは息を飲む。
「少なくともあのフードの者は油断しない」
アイオーンの言葉にすばるも気を引き締める。
見張りのフードの者を見かけても極力戦闘を避けることにして盗賊の忍び足で情報を集める。
「フードの人に絶対見つからないようにしたいですね」
エスメラルダも慎重に動く。
「無用な戦闘は避けるのに賛成。刀を痛めるんでな」
キョウは侍として翠刃の居合刀を構える。翠刃には鋭牙のドラゴンルーンを刻みつけてあった。
「なんてね。冗談だ」
ただ戦わないで済むならそれに越したことはなかった。本音としては後々のためにもできるだけ相手に顔と手の内を見られるのを避けておきたいというところもあった。
特に“ブランコスモス”という組織は不気味だった。
「まあ、敵も組織めいて動いてるってんなら、ドワーフも利用価値があるうちは早々殺すまいよ。
それこそ過酷な環境であることにゃ違いない、だろうが」
「遺跡を発掘している謎の集団か。
本音をいえば何が遺跡に眠っているのかすごく気になるが……」
有間 時雨は探究者としての好奇心がムクムクと湧き上がるのを押さえ込みながら遺跡を見渡す。
ところどころに不思議な文様や文字が刻まれた壁や柱があり、つい手で触れて調べたくなる。
だがミリーの必死な表情が浮かび、伸ばしかけた手を引っ込める。
「……泣いてる子供の親より優先するのは目覚めが悪いから無しと」
「ん、で、今回は人助けか?」
ひょいと
メル・バージェヴィンが声を掛ける。
「そんなところだ。
だが今回は救出を最優先に動こう」
(怪しげな発掘だの謎の集団の目的だの、そういう興味の方が強いくせに。
なんだかんだで人命を後まわしにできない奴だな。)
そして時雨のそういうところが嫌いじゃないメルだった。
「では、行くとしようか」
メルと時雨は盗賊の忍び足で密やかに移動し捜索する。
しばらく進むと広い岩場の空間にいくつもの運搬用の滑車や線路の痕跡があった。
何人かが食事や寝床に使っていたような痕跡もあった。
薄暗いその空間に一際明るい明かりが灯される。
「わ、びっくりした」
「驚かせてすまない。少しばかり道を確認したくてな」
春夏秋冬 日向が火精のランタンを使ったのだった。周囲を確認すると直ぐに消した。
(謎の集団“ブランコスモス”か。まだ奴らが犯人だと決まったわけではないが……)
遺跡の中は最低限の明かりが灯されていているが、ランタンで映し出されて快適とは程遠い環境であるとわかる。
(彼らの望みが何かは分からんしまだ彼らが犯人という証拠もないが今回失踪したドワーフ達にも帰るところはあるはずだ。
それを奪うのは看過できねぇな。)
日向は火精のランタンで辺りを照らし道を把握し確認が終わればすぐ消すのを繰り返して進んだ。
失踪した父親とその仲間の捜索を、迷いながらもなけなしのお金を握って依頼してきたドワーフの少女。
助けない理由などない。
フロレンツィア・ヴューラーも敵に警戒しながらドワーフを探す。
問題は遺跡には素性不明な者が出入りしているとだった。
「皆で生きて帰還しましょう」
水谷 大和は盗賊のスキル忍び足で内部を調べる。その範囲でも劣悪な環境で作業させているのは明らかだった。
「ドワーフ達に何をやらせてるかも気になるが……それよりも不法労働はいかんだろ!」
ドワーフの居場所や逃道の確保のためにも相手から情報を得たいと考えた。
ふいに人の気配がして大和は物陰に身を潜めた。
視界の先にフードを被った者の姿が見えた。見張り役らしく、別のフードの者と顔を寄せ合うと何かを話し、そして一人がその場を離れていった。
周囲には仲間はいなさそうだった。
大和は迷わず近ずくとシルバーダガーを突き立てて毒刺により相手を動けなくする。
身ぐるみを剥ぎフードを被って敵からドワーフの居場所を聞き出そうと考えたのだ。
そして先へ向かうと別の見張りのフードを被った者が歩いてきた。小さく咳払いし、低い口調で話しかけてみた。
「こちらは異常はない。ドワーフ達の様子はどうだ」
それに対し相手の口元が動いた。
「コスモスの花は」
「へ?」
返答できなかった大和に対し、相手は無言で斬りつけてきた。武器を構えた瞬間すら見えないほどの速さだ。
(しまった、
合言葉かっ!?)
腕を深く斬り付けられ、自身の鮮血が迸るのを見てから、あっさりと偽物であるとバレてしまったと実感した。
「小細工は通用しない」というアイオーンの言葉を思い出していた。
そういう相手であるなら尚のことできるだけ戦力を削っておきたい。でなければドワーフを救出してからの動きが鈍くなって共倒れする可能性もある。
しかし、大和は深手を負っており、戦闘をしている余裕がない。
「自分の不甲斐なさを今は棚上げしろ! 少しでも敵を引き付けてやる!」
少しでも他の冒険者達がドワーフの救出が楽になるよう、暗夜小刀で敵のヘイトを集めるようにして大和は逃げ回った。