5.闇が呼び覚ましたもの
迷宮のような地下牢獄を軽業師の足捌きで見張りの衛兵の視界に入らない素早さで動く者がいた。
ナイトアカデミー生徒の
諏訪部 楓だった。地勢把握で構造を頭に叩き込んであった。
奥の方に囚われてる方はより重要である可能性が高いと考えて捜索していた。
貴族の中でも最も実力者である一人がまだ見つかっていない。そして最高齢であった。
その予測は当たった。
貴族を抱えて逃げる時に備えて格闘家として武器を持たずなるべく軽装で動いていた。
だが流石に全く意識のない人を抱えるのは小柄な楓にも難しかった。
呼びかけても反応がなく、楓はどうしたものかと考える。
「殺さず牢に閉じ込める程度には重要な人物ってことかしらね」
ヒルデガルド・ガードナーはそう読んでいた。
(つまりしっかり身柄を確保して保護できればそれなりに良いことがあるのでは。)
【伏龍の巣】のメンバーとして地下救出班として動く。盗賊のスキルの忍び足で足音を消して進む。
黒緑色のスカウトクロスに身を包み闇に紛れて地下牢に向かう。
身を隠す場所がない場合は軽業師の足捌きで壁を蹴って、背後からシルバーダガーで攻撃する。
同じく【伏龍の巣】のメンバーである
トスタノ・クニベルティもヒルデガルドと連携して捜索していた。
スカウトクロスは木炭で黒く汚し、顔や手足、クローも墨を塗り偽装する。
救い出した貴族を速やかに闘技場の盛り上がりのタイミングで救出を行うためだった。
盗賊の忍び足で音を殺して敵を回避するよう移動し接敵したら格闘家の獅子魂で気絶させ、地図や鍵が無いか探す。
ヒルデガルドに同行するナイトアカデミー生徒の
シーマ・ルントシュテットの役割は助け出した貴族に子息令嬢で対応し安心させて保護をすることだった。
戦闘は極力避けるよう言われているが、止むを得ない時は戦闘召使として竜爪の裂剣で攻撃する。
ヒルデガルドが解錠で開けようとする。
「シーマ、香油貸して」
ヒルデガルドの声に香油瓶を差し出す。鍵が錆びているためだったが、解錠では開けられなかった。
だがどうにも鍵が開く様子がなかった。
「どいてください」
背後から仲間のものではない声がした。
「“譜”のことを置いておいても理不尽に捕らわれている者らがいるとなれば、放っておくわけにもいくまい」
佐門 伽傳は捕らわれた貴族の救出を決意した。
ただあまり戦闘は得意ではなく控えていたが、衰弱した貴族の様子に僧侶として我慢できなかった。
「少々荒っぽいが仕方があるまい」
伽傳は牢獄の鍵は錫杖で壊そうとする。
「待って!」
そこに詩穂とロザンナが到着し、鍵束から合う鍵を探し出す。
冒険者から色々な方法で足止めされたり遠ざけられていた看守らも駆けつけた。
伽傳は捕らわれていた貴族を僧侶としての聖光や月光草で身体を癒し静心で気持ちも落ち着けさせる。
そして伽傳は看守達に向かい、声を発した。
「お主ら、神竜の神託については聞き及んでいるか。
リュクセールのために、この貴族らの協力も必要なのだ。
神竜の教えを説く僧侶に、刃を向ける程の理由があるのか?
一体誰の命令なのだ」
伽傳は見張りの者達から誰の指示かを問いただす。
「だが……ここの貴族らは皆罪人であると報告を受けているのだ」
看守らはそういう命令を受けているだけだった。
「ユーフォリア様……」
高齢の貴族が言葉を漏らした。それはうわ言だった。看守らの表情に動揺が見えた。
だが今はそれ以上話ができそうになかった。
「これ以上時間がかかると危ないぞ!」
衰弱がひどく命を落とす危険がある貴族もいて緊張が高まる。
「なんとかしてみよう」
衰弱した貴族への栄養補給は玲央の仲間である
李 栄貴が行う。
栄貴は衰弱した貴族への食糧供給を慎重に行う。
町民(家事)として薬草袋、月光草、陽光草を粥の具に使った効率的な栄養補給を実施し、短時間且つ穏便な回復を図る。
「地上に私達の仲間が皆さまをお待ちです。もう少し辛抱を」
シーマが言葉をかける。
看守達は冒険者の貴族に対する丁重な扱いを黙って見ていた。何人かが表情を曇らせる。今回の貴族の投獄に疑問を持つ者がいたのだ。
看守の一人が話す。
「お前達の意図はよくわかった。
……だが、もう遅い。おそらく地上には大公からの指示で警備隊が到着しているはずだ」
伽傳は【伏龍の巣】の者を見た。トスタノとヒルデガルドは親指を立てて見せた。
「背負えるか?」
トスタノは同行させている
戦闘召使に後方警戒を行ってもらっていたが、貴族の搬送役を頼んで先行して脱出しようとした。
戦闘召使と交代で運ぶ。
トスタノは待機していたゲルハルトと玲央達の誘導で最後の貴族を運び出す。
エルミリアが匂い消しの草を貴族たちの周りに敷き詰めて少しでも地下牢の臭いを抑える。
僧侶として救出者の負傷者や衰弱している方を優先的に聖光で癒し、錯乱している方は静心で落ち着かせる。
表側は光葉の屋台の薬膳粥は人気があり繁盛していた。
その後ろの偽装した小屋に助け出された貴族達が運び込まれた。
屋台を手早く畳んで商隊の屋台が広場を離れようとした時、声をかけてきたのは最初に許可証を確認した警備員だった。
エルミリアは屋台の陰で無意識に水晶のネックレスを強く握りしめて祈った。
「(神竜様!お守りください!)」
「こちらは特に異常はない」
警備員は他の警備員にそう伝え、一瞬ゲルハルトを見る。
(ユーフォリア様を頼みます)
その警備兵は小声でそう言うのをゲルハルトは聞き取った。そんな気がした。
警備隊の応援が駆けつけるのと入れ違うようにして商隊は闘技場広場を後にした。 玲央の同行者の
町民のクラスメイトは情報網構築による町民のネットワークで屋台商隊一行のカッサ脱出を支援する。もう一人の同行者の
戦闘召使が救出した方々の身の回りのお世話係をする。
「みな、無事で良かった」
ゲルハルトは仲間の無事を喜んだ。
その後エルンストが手配した場所に貴族達は収容された。
冒険者たちの慎重な手厚い救護で貴族の全員の救出に成功した。
後にフィルツェーンから救出に携わった冒険者の名は全て貴族に伝えられ、今後の支援が約束されたのだった。