1.小さな依頼者のために(1)
暗く狭い通路の先で発掘作業が行われていた。
そこだけは地下とは思えない広い空間となっていて何か巨大で複雑な形状のものが岩の中に埋まっているらしく、壁面の所々に狭い足場が組まれている。
多くのドワーフたちが手元の明かりを頼りに黙々と作業を続け、少しずつ慎重に岩が削られていく。
不意に、高い位置の足場が崩れて悲鳴と共に一人のドワーフが下の岩場に落下した。一瞬ドワーフたちがその方向を見る。
『手を止めるな!』
フードを被った監視者の声が響く。
ドワーフたちは虚ろな表情に戻り、その言葉に従って作業を続けるのだった。
◆
「ここがドワーフの姿が目撃された発掘現場なのね」
ファルリィン・イスファハインが興味深そうに見回すその場所は、大規模な炭鉱の地上部分といった所だった。
荒涼とした岩壁に囲まれ、何箇所かにトンネルのような入り口があり内部への通路がある。
「失踪したドワーフ達を“ブランコスモス”が遺跡の発掘に利用しているのではないか」という直感を抱いた
アイオーンと冒険者達が様子を見にきてドワーフの姿が確認されていた場所だった。
だがこの広い遺跡内のどこでドワーフが働かされているのか、詳しい様子はまだわからなかった。
アイオーンは捜索の準備のために一度冒険者ギルドに戻ろうとしたが、ファルリィンがアイオーンを呼び止めた。
「私、あのフードの人たちと話をしてみたいの。だからアイオーンさんも協力して!」
「やめておけ」
アイオーンの即答にファルリィンは顔を真っ赤にする。
「まだ何も言っていないでしょ!」
そして気を取直し、真剣な表情でアイオーンに話す。
「大切なのはまず相手の話を聞いて、相手の事を知って理解する事。……それは敵が相手でも同じだと思うの。
敵が何者か、何が目的か、何を考えているのかそういうのを知っておけば対策も取りやすくなるでしょ?」
真剣な様子でそう話すとファルリィンは自分の作戦をアイオーンに耳打ちした。
「敵を理解できればもしかしたら戦い以外の方法で解決する道も、いつか選べるかもしれない。とにかくやれるだけのことはやってみたいの!」
「無茶はダメだぞ」
「わかってる!」
ファルリィンは遺跡に向かった。
冒険者ギルドに戻ったアイオーンと冒険者達は、改めてドワーフの少女から話を聞き取っていた。
ドワーフの少女は
ミリーと名乗った。
「ミリー。もっとお話聞かせてもらえる?」
エスメラルダ・エステバンが少女の傍にしゃがみこんで、優しく静かに問いかける。
「いなくなったドワーフの方々のお名前を教えてください」
「お父さんはトムスと言います。それと、ナンガおじさんと、ボイズおじさんと、ブルナおじさんと……」
ミリーが知っているドワーフだけで10人、その他に同じくらいの人数のドワーフが連れ去られているようだった。
エスメラルダの傍らで
鷹野 英輝もミリーの話をメモする。
英輝も小さな子供が精一杯のお金を握りしめて救いを求める姿を無視することができなかった。
目撃された時、ドワーフは特に鎖などの拘束具は付けられていなかった。
(ドワーフ自身そんなに弱いとは思えない。つまりそれ以上に“ブランコスモス”が強いということかしら。)
(操られているのかもしれないな。)
ミリーに聞こえないようエスメラルダとアイオーンが小声で言葉を交わす。
そんなミリーの背後で、
水野 愛須はふるふるしていた。
愛須はミリーを抱きしめてあげたい衝動と必死に戦っていたのだった。
(ダメよ、冒険者じゃなくて変質者と思われてしまう!)
白波 桃葉もミリーの様子に胸を痛めていた。
(子供が依頼するお金を用意するなんて私たちが思ってるより大変なはず……多分、ミリーちゃんが持っている全て……。)
自分たちも決して余裕があるわけではなく、本音を言えば少しでも報酬が良い依頼を受けて稼ぎたいところだった。
(でも……お金より大事なものもあるわよねっ!)
「報酬が期待できない依頼を受けるなんてモノ好きな奴らだな」
不意に遠巻きにしている者発した言葉にミリーは小さな体を一層小さく縮こませた。
「ちょっと!」
愛須が声を上げて桃葉も何か一言遠巻き連中に言い返してやろうとした、その時だった。
「話は聞かせてもらったぜ」
ドアが勢いよく開き
ヴァン・ジルニトラが入って来た。
「小さい女の子とはいえ、ちゃんと報酬を用意した上で依頼をしようとしてたんだ、
ならば引き受けるのが冒険者ってもんだ。
【翠竜海賊団】頭領として、依頼人の笑顔というお宝を頂きに参ろうじゃないか」
ヴァンが三白眼の鋭い目で遠巻きの者らを一睨みする。
「か、海賊!?」
翠竜曲刀【シミター】を背負い独特の空気を纏ったヴァンの気迫に遠巻きの者達はその場から逃げ出していった。
「ヴァン、良い事言うじゃねーか!
よっし、ここはいっちょアタシも力にならせてもらうぜ!」
ヴァンの仲間である
シルヴィア・ベルンシュタインもミリーに言葉をかけた。
「大丈夫だ、アタシらに任せておきな」
ミリーの頭をそっと撫で、同時にシルヴィアは静心でメリーの強張った気持ちを和らげる。
「……海賊さん?」
ミリーが首を傾げる。
「まあ、まだ旗揚げしたばかりだがな。海賊だけど怖くないよ〜」
ヴァンがミリーを怖がらせないよう必死に笑顔を作る。
「父ちゃん達が帰ってきたら、とびきりの笑顔でおかえりなさいって言ってあげる為にも、待っててくれよな」
ミリーが頷く。
ヴァンとシルヴィアと行動を共にしている
壬生 杏樹はその様子笑みを浮かべて見ていた。
ただ杏樹は別のことにも関心があった。
(“ブランコスモス”とやらが関わっているとは断定できないけれど、彼らが遺跡で何を発掘しているのか気になるわね。)
それは最近のリュクセール王国内での不穏な動きに関係するのではと考えていた。
話を聞いていた
キョウ・イアハートも同じような印象を持っていた。
(親父さんが行方不明っつー話と、”ブランコスモス”が動いてるっつー話。
あまりにキナ臭すぎて捨て置くわけにゃいくまいよ。っつーことで、だ。)
宵越しの金は持たない主義の只の流浪人としては酒と享楽のためだけに働くことにする。
そんな自分にはミリーが握りしめている報酬は高額すぎると感じていた。
(通さにゃならん筋ってのもんも、あるわな。
ただ、我儘気ままで助けにいこうか。)
侍として翠刃の居合刀を手にドワーフの救出に向かうことにする。
依頼を受けて動き出した冒険者達を、ミリーはじっと見つめて見送っていた。
そんなミリーの様子に桃葉が呟く。
「報酬はミリーちゃんの笑顔を見たいわね」
「見たいです!」
桃葉の言葉に頷く愛須だったが、内心では他にも期待するものがあった。
(私の好きな少女からの依頼。なのでやぶさかではありませんがドワーフの武器も気になりますし受けて損はありません!)
それは冒険者として当然の事だった。