7.争闘に沸き立つ舞台(7)
◇◆◇
高橋 蕃茄、
アイリス・シェフィールド ◇◆◇
「私は犬を狙います、貴方はくのいちを」
蕃茄がアイリスに伝えれば彼女は大きく頷いた。
「あいりすはくのいちを倒すネ!!」
二人は少し前、忍ばないくのいちと戦う事に決め闘技場へと訪れた。しかし相手は一人と一匹、自分だけでは苦労するだろうと、同じ対戦相手を選んだ者同士で手を組むことに決めたのだ。
そしてその判断はとても正しいものであった。
犬の動きはすばしっこく、こちらを翻弄するようなものばかりだ。蕃茄が犬へと近づけば煙幕を張られたり、火遁の術により火を噴き散らかされたりしてしまう。縦しんば掻い潜ったとしても、くのいちからは牽制するような手裏剣が飛び込んでくる。
それを弾いたのはツヴァイハンダーを振り回すアイリスだ。彼女が盾役のように攻撃をいなし、防いでくれたお陰で蕃茄にも幾ばくか余裕が出始める。一人対一人、あるいは一人対一匹。
舞台には鮮やかな色が交差していき、歓声も徐々に大きくなり始めた。
「飛び道具頼りか、忍んでるねぇ」
蕃茄は煽りを交えたものの、距離を空ければ飛び道具、詰めれば火遁の術。中々自由には振る舞えないままである。
「しかし厄介ですね……」
「ほんと厄介ですヨ!! これじゃあ近づけないネ」
アイリスは陽光草を使いながらくのいちの攻撃を防いでいく。いっそ役割の通り、盾があったのなら前にも進めるだろう。しかし彼女の扱う武器は大剣、振り回し続けるのにも限度があり、防戦として振る舞えば決定打に欠けてしまう。いくら被弾を抑えられてもそれでは勝負がつかない。それどころかじりじりと削られてしまうだろう。
「……注目は集められてるけどネ!!」
アイリスは手裏剣を弾き飛ばした。額に流れる汗を拭い、後方へと一度下がる。合わせ蕃茄も後退した。歓声はそこら中に轟き、その中には二人を応援する声も混じり入る。
攻めに転じられない以上、観客を沸かすのが尤も貢献できる事だろうか。
二人はそれぞれの獲物を構え、忍ばないくのいちと忍犬のコンビネーションへと立ち向かった。
それが終わったのは暫く後の事である。
善戦はしたものの二人は肩で息をしながら膝をついた。視線の先には勝利の歓声を浴びる一人と一匹。
ひと当て出来ずやれやれといった表情を見せた蕃茄、そして目的は果たせたかなと周囲を見回すアイリスの姿がそこにはあった。
◇◆◇
行坂 貫、
ザーフィル・ファランジャナフ ◇◆◇
貫は闘技場へと足を踏み入れ、円状の舞台へと上がった。
周囲には歓声が広がり、誰も彼もが血湧き肉躍り勇ましい声を上げている。
そんな賞賛とも煽りともつかぬ声を聞き、貫はチラと後ろを見た。
同じく舞台へと上がったのはザーフィルだ。貫の少し後ろを歩き周囲の様子を興味深く窺っている。そんな彼が持っていたのはボーンメイス。乾いた骨を地面に打ち鳴らし、呟くのは言霊だ。
「――祖に霊たる大地の欠片たち。満ちて、舞え。我が探求を導くために」
彼が動く度に全身をすっぽり覆ったマントが棚引き、怪しさに拍車を掛けている。
「ザーフィル、前衛は任せてくれ」
「ああ」
短い返答だったがそこに込められているのは確かな信頼だ。
二人は開戦の合図に倣い、それぞれが行動に移す。
今回の対戦相手はジャイアントスコーピオン。人数に合わせて二体ならび、不気味な鋏と尾を振りかざしている。
それに立ち向かったのが盾役である貫だ。
サソリの動きに合わせシルバーダガーで牽制しつつ、硬い鱗に刃を重ねる。大したダメージは与えられていなかったが、注目を集めるという意味で効果はあった。何せサソリは標的を貫と定めたのだから。
毒の針を受け流し、警戒を続けながら交戦を続けていく。万が一のために用意した月光草の出番がないといいのだが、貫はそんな事を考えながら己が身の安全と、注目を逸らさぬように対処していった。
それを眺めていたザーフィルはネックレスの水晶を杖に打ち付け砕いた。パラパラと砕けたそれを周囲へと撒き散らし、触媒のように見せかける。呪術者らしく振る舞うのであればこういった見せ方も重要だろう。そうして彼は集中を高め、魔力を練り上げる。
「我が名はザーフィル・ファランジャナフ!! 乾きの魔術師なり!!」
ザーフィルは名乗りを上げマントを脱ぎ捨てた。メイスを振り上げながらサソリの足元に足場を作り上げていく。それを確認した貫は香油瓶の蓋を開け、中身をサソリへと振りかけた。ポタポタとそれが地面に落ちたのを見計らい、貫はその場から一度退く。
代わるようにして飛び込んだのはザーフィルの火炎弾だ。油によって燃え広がる速度は増し、爆風によってサソリたちはそれぞれ後退していく。
「炎の精霊も喜ぶだろう!!」
そして追撃の炎を以て、サソリたちは場外へと押しやられてしまった。
貫は小さく息をつき、舞台からさっと退いた。これでザーフィルのやりたかった事はこなせた、初任務にしては上々の見せ方だったのではないだろうか。
その間際、歓声を受けているザーフィルの肩をポンと叩き、声を掛ける。
「楽しそうなザーフィルが見れて、手伝った甲斐があったよ」
「とーるせんぱい……」
舞台を降りた貫を見送り、ザーフィルは心よりの謝辞を思い浮かべる。
おそらく一人では成すことなどできなかっただろう。後できちんとお礼をしなければ。歓声を受けながらもザーフィルはそう考え、貫の後を追った。
◇◆◇
ダークロイド・ラビリンス、
卯月 神夜、
エドルーガ・アステリア、
エナ・コーラルレイン ◇◆◇
ダークロイドは両手のクローを振り抜き、ワイルドウルフの脇腹を刮ぎ落とした。
爪に纏うは竜が如き闘気。鋭い一撃は立ちはだかる者らを屠らんと、美しい煌めきを見せている。
「ふふ、戦いは楽しいなぁ!!」
常日頃の無口さや無表情さはどこへいったのだろうか。ダークロイドは狂気染みた笑顔でクローについて血を振り払う。
ただ暴れるだけの仕事は彼女にとって天職だったらしく、先程からずっとこのような様子を見せていた。
そんな彼女の傍でシミターを振るっていたのは神夜だ。すばしっこいウルフ達の動きを阻害せんと、脚に向けて刃を放つ。動きさえ留めてしまえば厄介なことにもならない、そう考えたものの、それよりも厄介な者が暴れ回っている事を思い出す。
「……こいつが暴走する方が先か、敵が倒れるのが先か……」
願わくば後者であってほしい。神夜はダークロイドを見遣り、深いため息をついた。
しかし誰よりも戦いを望んでいるのが彼女なのだから、神夜がどう頑張っても行く末など分かりきったものだ。
「休んでいる暇があるんですか?」
エドルーガは溜め息をついた神夜の肩をトンと叩き、魔導師らしく高速詠唱によってウルフを凍らせていく。氷の砕ける音に耳を傾け、前衛である二人の武器に炎を纏わせた。
「嫌がらせ……基、妨害は行いますので荒事は任せましたよ。ほら、あのままでは氷が溶けてしまいます」
エドルーガが神夜を向かわせようとすれば、それよりも早くダークロイドが飛び込んだ。
氷から逃れようとしたウルフは炎の爪によって氷ごと引き裂かれ、恍惚とした笑い声が周囲へと響いている。それに付随するのはやや困惑の孕んだ拍手、そして荒事が好きな者達の歓声である。
「あぅ~、皆、怪我には気をつけるですぅ……ってダクちゃんに奇襲を掛けようだなんてふざけんじゃねーですぅ!!」
回復に徹していたエナであったが。ダークロイドの背後に忍び寄ろうとしていたウルフに気がつき、罵倒と鋭い音圧を生み出した。そこに繋がるのはダクちゃんことダークロイドの連係攻撃。こうして三匹目のウルフが血の海に沈む事となった。
「……ウルフは残り一匹だったな」
「ええ、そうですね。どうなるのかとても楽しみです」
神夜の呟きを拾ったのはエドルーガだった。その声色に含みが持たされているのは決して気のせいではないだろう。神夜は表情を顰め、先程よりも更に大きな溜め息を零してからダークロイドの暴走を防ぐ為に駆けだした。