6.争闘に沸き立つ舞台(6)
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火屋守 壱星 ◇◆◇
壱星はジャイアントスコーピオンと対峙しながらも、少し前にキャロルと会話したことを思い出す。
彼女との邂逅は些細なものであったが、それも縁だと闘技場の心得を聞きに行ってみれば、彼女は快く教えてくれた。
必要なのは観客の熱気を冷まさないこと、そして派手な立ち振る舞い。壱星はその心得を軸とし、今回は魅せる動きを重視しようと心に決めていた。
そうして壱星は吹いていた横笛をしまい、精霊銀の剣にドラゴンルーンを纏わせる。いかに硬い鱗であったとしても、竜の牙が如く一撃ならば通るかもしれない。
開始の合図を受け、壱星は駆けた。しかしサソリも黙ってはいない。大きな鋏を振るい、壱星を掴もうと仕掛けてきた。壱星はそれをジャンプによって回避し、鋏の上に乗り上げる。片足でバランスを取り、毒の尾を更なるジャンプで躱し、空中でひねりを入れる。
軽業師のような回避に観客が沸いたのを確認し、間合いを見極めた。
このまま打ち付けようにも近くにあるのは硬い鱗のみ。もう少し調整が必要だろうと、着地と同時に比較的柔らかな節へと目をつけた。
「これ以上は無意味……終わらせるぜ!!」
壱星はバク転をしながら側面へと潜り込み、柔らかな部分へ剣を突き出した。
少しだけ殻の重なった関節を食い破り、そのまま剣を振り上げてやれば、サソリは痛みに藻掻いてその場へと崩れ落ちた。びくびくと絶命の余波に苛まれたサソリを見下ろし、壱星は小さく息を吐く。後でキャロルへに感想でも尋ねてみようか、そう考えながら歓声へ応え、丁寧なお辞儀を見せた。
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人見 三美 ◇◆◇
三美は慌ただしく医務室の中を駆け回っていた。
ここは対戦によって傷を負った者達が集う場であり、常に人で溢れかえっている。試合の合図と共に運ばれてくる者も決して少なくはなく、キャロル相手ともなればその傾向はより顕著なものだった。
「あとは自然治癒にお任せいたしましょう、薬草に頼っていても身体が追いつきませんから」
三美は闘技場から聞こえてくる喧しい歓声に耳を傾けつつも、患者に対し真摯に向き合っていた。それも全ては僧侶としての経験を積むために。そしてこの場に訪れた者から死を遠ざける為にも。
本来ならば部外者による治療、その許可など早々に得られないものだ。しかし人々を救いたい想いと、治療によって闘技場への復帰率を高めれば回転も良くなるという訴えにより、こうして滞在を許された。ならばそれを違えぬよう、しっかりと傷を癒やしてあげなければならなかった。
三美は薬草の束を抱え、負傷者のケアに努める。恐怖心に苛まれている者には神聖魔法を、毒によって藻掻く者には解毒を施す。後は対戦がどうであったか世間話を以て対応していけば、場の雰囲気は幾分か和らいでくれた。
「これが私にできる精一杯……ですが、きっと実を結んでくれるはずです」
こちらの振る舞いが陽動へと繋がりますように。三美は心より祈り、治療を続けていった。
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クラリッサ・シンレス ◇◆◇
クラリッサは対戦相手であるラオプティーアの格闘家の攻撃を躱し、拳に力を込めた。
練り上げるのは己が内に流れる気の力。それを打撃に乗せて連続攻撃を仕掛けていく。
闘技場は実力を試せる場として良き場所だ。投げ技を得意と謳っている相手ならば、己の技とどちらが上なのかハッキリと分かるだろう。
その上、動き方の確認が出来るのだからクラリッサにとって、この状況はとても良いものであった。
しかし相手の動きは鋭く、先程の攻撃も全て往なされている。
力が強いのか、はたまたあちらの技が上のせいか。決定的な打撃は打ち込めず、どちらも流すに留まっている。観客達の歓声は上がってはいるものの、それも時間を掛ければ鳴りを潜めていった。
クラリッサは場の流れを変える為、攻勢に転じようと体勢を低くした。襟元を捕まれぬようにするためである。しかし相手の格闘家はそれを見越し、彼女の胴体を抱えるようにして掴んできた。
クラリッサが踏ん張るよりも先に、彼女は場外へと投げ出されてしまう。
実験、もとい練習と謳った今回の試合。どうやら相手の方が上手だということを知る結果となってしまった。
「……この程度じゃダメか」
もっと多様な戦い方が必要になるだろう。クラリッサは深く深呼吸をし、今後の動き方について頭を働かせた。
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フローリオ・エステン、
シルヴィオ・エステン ◇◆◇
フローリオは闘技場周辺の屋台で働いていた。
情報を集めるのであれば賑やかな場所に限る。そこに酒が入れば人々の口も軽くなるだろうという考えである。準備の手間を考え、臨時の雇いとして潜入したものの……臨時の雇いを受け入れてくれる時点で、どれほど忙しいものなのかは言うまでもない。
ここも一つの戦場。そう思えるほど屋台は慌ただしかった。
闘技場の熱に浮かされたせいか注文は引っ切りなしに飛び交い、その場で食べていくものとテイクアウトを望む者達がごった返している。ウェイターとして動いていたフローリオの頬には小さな汗が伝い、トレーには常に何かが載せられている状況だった。
「追加注文ですが……そちらは大丈夫ですか?」
フローリオが厨房で働いていたシルヴィオに声を掛ければ、彼は静かに首を振る。
指さした先にあったのは積まれている皿だった。片付けすらも侭ならず、皿が足りるかどうかは神のみぞ知るといったところだ。
「全部テイクアウトならまだいいんだが」
それならば使い捨ての皿で住む。しかし屋台の様子を見る限りそれほど多くないテーブル席は常に満席。空いた端から埋まっていくのだから、しばらくは忙しなさに揉まれそうだ。
「それで収穫は?」
シルヴィオが問えば、フローリオも先程の彼と同じく首を振る。
「大してありませんね。皆さん対戦の合間に来られますし、急いでいる様子ですから」
特に今回はキャロルのような絶対的な強者が動いている。見応えがある戦いのおかげか闘技場は常に賑わい、その余波として屋台はどこも忙しそうだった。
「どうせなら、こちらでも盛り上げて気を引くことにしましょう」
今回の目的は陽動。祭り気分で浮かれてもらえば、少しでも貢献ができるはずだ。
フローリオはトレーを一旦置き、腰帯に挟んだ横笛を取り出す。
願わくば少しでも多くの人が立ち止まり、屋台と闘技場に現を抜かしてほしい。そう考えながら彼は祭りに相応しき音楽を奏で、客入りが途絶えぬよう尽力していった。