■大気圏突入戦闘訓練(2)
(ふむ……スーツを着てさえいれば大気圏突入にも耐えられるとは。
他人事ながら契約者というのはとんでもないものだな。だからこそ何時でも無茶を言われるのかもしれないが)
大気圏突入にすら耐えうる宇宙服を身に着け、既に突入コースに入っていたシャトルに張り付いていた
ジェノ・サリスがイコンの出現を確認して対応する。まず勢いに任せて飛び出さず、イコンの動作を意識して見極めることで次のイコンの動作を予測する。
(搭乗者の居ないイコン、流石に動きが鈍い。しかしそれはこちらも同じこと)
装備したブーツの効果で、移動手段に問題は無い。だが地上や空中とは違う環境下では勝手が違い、イコンの死角に入るのも一苦労だ。頭ではわかっていながら行動が追いつかない、それでもジェノは冷静に状況を把握し、有利な状況へと導く。
(撃ってくるか、ならば――)
目前のイコンが砲口を向け、弾丸を発射する。これをジェノは生み出した純粋魔力による迎撃で相殺する。攻撃を終えて隙を晒すイコンに取り付くように迫り、幾重にも重なったソニックブレードを回避の難しい箇所に向けて放つ。腕と脚にそれぞれ損害を負ったイコンが体勢を崩し、ジェノから遠ざかっていった。
(自ら間合いに飛び込むなら都合がいい。止めだ)
剣に長大な光をまとわせ、薙ぎ払う。胴体に直撃を受け、上半身と下半身を分かたれながらイコンは地球へと落ちていった。
(たとえ極限状態にあっても、なお脅威を粉砕するだけの力……。
何かに目覚めるのなら、圧倒的な破壊力を獲得したいものだな)
剣を納め、ジェノはシャトルへと戻り大気圏突入に備える。
大気圏突入にすら耐えうる宇宙服を身に着けてさえいれば、突入コースに入ったシャトルに取り付いていてもなんとかなる事実に
有間 時雨が苦笑を浮かべる。
「だが、今後それ以上の危険に挑む機会もあるかもしれんな。
『それくらいできる』という認識を獲得して常識を捨てておくのも必要、と思おう」
頷き、振り落とされないよう姿勢を維持する。このまましがみついていれば訓練完了、ならば楽だったろう。
「シュメッターリンクか。やはりそうはいかないか」
気持ちを切り替え、時雨は数多の世界を渡り歩いてきたことで習得したオーラを身体にまとわせる。脚力、動体視力の強化による速度、瞬発力の大幅な向上はどうしても動きが鈍る現環境下において有効に働いた。
「単独ならこいつが有効なはずだ」
飛行装置で移動する直前、幻を作り出し自身の移動先と別の方向に移動しているように見せかける。これにイコンが呼応して砲撃を行うも幻であるためかき消えるだけに終わり、攻撃を終えて隙を晒すイコンに光の刃が襲いかかる。
「強化した刃だ、ただでは済まんぞ?」
時雨の言葉通り、光の刃は腕の一部と脚の一部を貫通して飛び過ぎた。このダメージでイコンは周囲の警戒が遅れ、時雨の動きを追い切れなくなる。そして時雨はまだ無傷な残りの腕と脚に開くと数秒後に爆発するチャックを取り付け、開いて離脱。
『!!』
爆発が生じ、無傷だった腕と脚が動かなくなる。格好的に胴体を晒す形になったイコンへ光の刃が突き刺さり、イコンはそのまま地球へと落下していった。
「よし、退けたな。後は大気圏突入に備えよう」
頷いた時雨がシャトルへ戻り、地球への帰還を目指す。
宇宙服に命綱として魔法の鎖を繋ぎ、先端をシャトルと繋いだ
苺炎・クロイツが鎖をクイ、と引っ張って具合を確認する。
「……うん。シャトルを引っ張るとかでなければ、十分ね」
細いわりに頑丈な鎖を信頼して、九本のうち六本で自身を支え、残りを予備として収納する。鎖は自在に伸縮でき、それによりシャトルの周りをかなり自由に動くことができた。加えて重力制御を行うことで鎖とそれに引っ張られる自身に無理な力がかからないようにしており、ただ大気圏突入するだけなら問題なく行える。
「後は、シャンバラの加護がありますように」
一瞬目を閉じ祈りを捧げた苺炎だが、直後現れたイコンに静かにため息を吐く。訓練であり遠隔操作しているのも見知った者だが、だからこそ訓練中は手加減してくれないだろう。
「行きましょう。ただしがみついているだけじゃ、シャトルごと落とされてしまうもの」
鎖を伸ばしてシャトルから離れ、その際に幻のシャトルを作り出す。背景に星も作ることで正しいシャトルの位置を見抜くことができず、イコンは砲撃をためらった。
「そうね。無駄に撃ってシャトルを撃墜してしまったら、困るものね」
図らずも付け入る形になった苺炎が微笑み、自身の体勢を維持した後重力制御を自身と鎖から、イコンへと向ける。攻撃を行おうとしていた腕の関節部に作用することで管の一部が潰れ、動作不良を引き起こす。
「使えるものは使う。この直撃は痛そうね」
人が乗っていなくて良かった、と微笑んで苺炎が、浮遊しているように見えるデブリに重力制御を行い、イコンにぶつける。
「……、結構、集中が必要ね」
浮遊しているように見えて、実は物凄い速度で飛翔しているデブリの進路を曲げるだけでも一苦労であった。実際は掠める程度にとどまったがそれでも十分過ぎる威力であり、イコンは高速回転し四肢をバラバラにしながら地球へ落ちていった。
「デブリが気になるけど……」
進路が変わったデブリがその後どんな影響を及ぼすかは、神のみぞ知る。苺炎は自身の安全を確保するべくシャトルへ戻った。
『嫌ーーー! 死ぬ、死ぬってこんなの!』
宇宙服を身に着けた
高根沢 陽子が高貴な雰囲気をかなぐり捨て、必死にシャトルにしがみつく。パートナー契約を結んでいない未契約者である陽子は、そこらの一般人と変わりない。彼女が死ぬ死ぬ言いながら死なないでいられるのはシャンバラの校長勢のバックアップがあってこそであり、その上で何ができるか、何をなすかが訓練の目的である。
「あらあら。せっかく訓練の時間を楽しく過ごす準備をしてきましたのに。結構スパルタですわね」
シャトルの中から
レナ・ポーレが、淹れたお茶に口をつける。陽子を対象とした禁猟区は施されており、もし致命的な危機が迫る際は強固な防壁として彼女を守るつもりでいた。
「必要な装備はなされています、後は本人の頑張り次第ですわね」
(パートナーリムーバーに加え、リムーバーリングの装着……。
我ながら無謀な試みだとは思うけど、でも、それくらいしなければね)
自身に徹底的に負荷をかけた状態で、宇宙服を身に着けた
壬生 杏樹がシャトルの外に出る。パートナーとの繋がりを断たれ、連携がまったく行えない状態は精神に多大な負荷をかける。
『きゃーーー!!』
出てすぐ、シャトルに必死にしがみついている陽子の姿が見えた。あの状態では近づいてくるイコンへの迎撃など行えるはずもない。シャトルへの攻撃が行われれば、衝撃で吹き飛んでしまうだろう。
「私は守るために力を得て、守るための力を振るう事を選び続けてきた。
今日もそれを実行する――どれほど自分が辛い状態にあっても」
射撃支援プログラムを起動させ、いち早くイコンの発見に努める。撃たれるよりも早く撃たねば、自分の後ろで必死に生きようとする陽子を守ることができなくなる。
(イコン発見――単独。なら――)
得られた情報を可能な限り迅速に判断し、大弓を構える。放たれた矢は追尾する力をそのままに、空間が異なることもあって放った場所に真っ直ぐ飛び、イコンの装甲を貫いて大気圏に突入していった。
(あっ……大丈夫だよね? 途中で燃え尽きるよね?)
普通に考えれば大気圏を耐えられるはずもないが、契約者の使用する武器にも契約者同様の力が宿るのだとしたら、もしかしたら大気圏を突破して地表まで到達するかもしれない。
(威力は……うん、十分だ)
そして、貫かれたイコンは体勢を崩し、そのまま復帰できず地球に落下していった。
(極限状態での状況判断……私自身の射手としての地力、精神力が問われるってわけだね。
必ず、やり遂げよう。その先に見えるものを信じて)
頷き、杏樹が次の矢を番える。