・オーバーチュア騎士団2
色彩の筆の輝きによる光が、きらきらと空中に舞い、俯瞰風景を映し出している。
「攻撃陣は少し押さえるさー。それ以上進むと、隊列が間延びするさー」
それを見ながら逐一戦況を確認するリズが、細かく指示を出していく。
『承知したでゴザル』
『なんかっ! あたしたちを見ているアマゾナス・インターセプターの目がなんかキモイんだけど!? もしかして、品定めされてる!?』
減速するカオルコに倣いながら、悪寒を感じたかのように亜莉沙が身を震わす。
『……ヨリヨイモノガ見ツカレバ、乗リ換エレバヨイ。トナレバ、ヒトマズ妥協スルノモ手カ』
ぶつぶつと呟いているアマゾナス・インターセプターは、オーバーチュア騎士団の面々を敵と認識してはいても、同格の相手とは見做していないようだった。
女性と男性とでもまた態度は違うようで、女性には品定めの視線を、男には路傍の石に向けるのような色のない視線を向けている。
アマゾナス・インターセプターの攻撃頻度は、それほど高くはない。
それは、アマゾナス・インターセプターが、まだ品定めに執心している段階だからだ。
そのため、誰かを集中的に攻撃して一気に落としにかかるような戦術的な動きはなく、女性に限定してだがそれぞれのところへ向かっては離れを繰り返している。
近付かせまいと放つ大量の光線を避けられ、爆発に目を逸らしたアマゾナス・インターセプターへ、杏樹がすかさず空艇用加農砲を発射し追撃する。
しかし直撃には至らず、それどころか接近を許し操縦席に張りつかれ、中を覗きこまれた。
『……コレモ保留ダ。悪イ意味デ決メラレヌ。探セバモウ少シマシナモノガアルノデハト、思ッテシマウナ』
数秒間、じっと微動だにせず見つめられる。
しばらくするとアマゾナス・インターセプターは機体を蹴りつけ、それを反動に飛び立ち去っていく。
『私もちょっと嫌かも……』
目が合って思わず身を仰け反らせていた杏樹が、心なしかげっそりとした表情で呟いた。
『こ、こらー! 私を無視するんじゃなーい! 私の方が前にいたでしょ!』
容易く背後へ抜かれた焦りもあるのだろう。
怒気を含んだ叫びと共に、茜の竜装騎“暁参式”がアマゾナス・インターセプターへ肉薄する。
『オ前ハ少シ、肉付キガ薄イナ。モット肥エロ』
『どういう意味よ!』
会話は緊張感がないが、行われているのは命のやり取りそのものだ。
神護鞘に納められた竜装騎刀“彩雲”による抜き打ちはアマゾナス・インターセプターの目でも思いの他剣閃が鋭く、意表を突いてその肌の表面を掠めていった。
掠り傷がついても、アマゾナス・インターセプターの表情には怒りがない。
元々、気に入る身体があれば乗り換えるつもりだったからか。
腕を薙ぎ払い、爪を機体に引っかけようとしてくる。
茜がそれを避けると、爪が地面をバターのように切り裂いていく。
その様子に危機感を覚えつつも、負けじとばかりに茜の放つ、鋭角の連続切り返しが、器用に避けていくアマゾナス・インターセプターを間髪入れず追いかけた。
『ホウ。悪クナイ腕ダ』
『お褒めの言葉、どうも!』
僅かに目を細めたアマゾナス・インターセプターの様子に違和感を感じた茜が疑問を覚えると同時に、機体ごと茜を飲み込む勢いでアマゾナス・インターセプターの胸元から極太の荷電粒子砲が放たれた。
即座にすべての攻撃行動を中断する。
四肢と両肩のブースターユニットを最大限にふかし、さらにローリングも行って、茜は辛くもこれを避けることに成功した。
『あ、あっぶな……!』
『反応速度モ上々カ。フム』
再度両者は激突する。
茜とアマゾナス・インターセプターの戦いは、お互いに回避の連続だった。
アマゾナス・インターセプターの攻撃を言うまでもなく茜はまともに受けるわけにはいかないし、逆をいえば人型バルバロイに特攻を持つ茜の攻撃も、アマゾナス・インターセプターはあまり受けたくないようで、防御の姿勢は見せていない。
機動性に優れているということもあり、アマゾナス・インターセプターにとって防御より回避の方が信頼性が高いというのもあるだろう。
茜の実力に満足したアマゾナス・インターセプターが次に興味を抱いたのは、天つ風の舞曲を発動させているガーベラだった。
ステージを最大限に活用し、アップテンポな極東に合わせて天を吹く風のように軽やかに舞い歌うガーベラは、飛来したアマゾナス・インターセプターの手で掬い上げるように攫われ、気付けば手の上にいた。
真正面には、どアップで視界に入るアマゾナス・インターセプターの顔。
「ひっ」
身体の隅々まで見通すような視線に嫌悪感を覚えたガーベラは、そこでようやく自分が置かれた状況に気付く。
どうみても危ない。
「い、壱星さん、受け止めて~!」
「どわぁ!」
目を瞑って飛び降りてくるガーベラを、慌てて走りこんできた壱星が、お姫様抱っこで受け止める。
壱星の走りは、ガーベラの風の加護を受け、速かった。
「だ、大丈夫か!?」
「平気! 星詩は途切れさせてないよ!」
違うそうじゃない。
ガーベラの身を案じた壱星の問いかけに、別の答えが帰ってきた。
いや、ガーベラが言っているのも大事なことであるが。
アマゾナス・インターセプターは実力の高さもそうだが、状態異常を多用してくることも厄介だ。
「魅了されるわけにはいきませんな。ここは一発、私の演歌をお聞かせするとしましょう」
一夫が俺の出番はきっと来るを発動した。
「待っていたさー!」
すかさずリズが春爛漫を発動して一夫の星詩を拡張する。
桜の花びらが舞い散り、歌う一夫に合わせてステージの雰囲気を哀愁漂うものに変えていくと共に、前奏を奏でた。
コブシを利かせた歌声が、オーバーチュア騎士団全員の士気を向上させて攻撃力を引き上げると共に、アマゾナス・インターセプターの魅了に対する耐性を与えていく。
「……よし。始めるか!」
魅了耐性を得た壱星が、アマゾナス・インターセプターへ毒舌で精神攻撃を仕掛けた。
壱星とアマゾナス・インターセプターの間で、激しいレスバトルが勃発する。
「外面を取り繕っても内面の醜さまでは隠せねぇぞ?」
『フン。私ハ内面モ美シイ。オ前ニ私ノ美シサガ理解デキナイダケダロウニ』
「美的感覚は人によって違うものだろ。価値観まで押し付けようとするとか救えねーな」
『私ノ身体ヲ選ブノニ、私ノ美ノ価値観ヲ使ウノハ当タリ前ダ』
「はん。他人の美の価値観も考えなきゃ、異性に選ばれることはないぜ?」
『モトヨリソノツモリハナイ』
動揺させることはできなかったが、アマゾナス・インターセプターの内面が少し見えた。
あくまでアマゾナス・インターセプターの美の価値観は、自分を中心に置いて構成されている。
つまりそれは、あくまでどこまでも自らの価値を高めることを追及するためのものでしかないということだ。
他人に選ばれる、結ばれるという発想が、そもそもアマゾナス・インターセプターにはない。
あるいは、将来そんな相手が発生する可能性はあっても、現状いないので、その視点に至らないだけか。
そして、壱星と同じくその思考に至った者がいる。
リズだ。
種類は違えど、同じく美を追求するからこそ。
「こ、これは凄い収穫さー!」
興奮するリズは、上がったテンションそのままに、よりアマゾナス・インターセプターを知ろうと質問を連打した。
「どうして自身に相応しい身体を探しているのさー? 洋服で着飾る感覚なのさ? それとも……自分の姿が嫌いなのさ? 種族も違えば美的感覚が違ってもおかしくないから、その身体を醜いと感じるのは、それはそれでバルバロイ的には何か違うような気もするさ!」
『私ノ美ヲ知リタガルカ。イイダロウ。語ッテヤル』
そこから、アマゾナス・インターセプターの怒涛の美意識トークが始まった。
やたら早口で語られるそれに、間髪入れずリズが相槌を入れていく。
完全に、アマゾナス・インターセプターの行動は美容オタクのそれに完全一致していた。
美という価値観に限定するのなら、並の人間よりよほど人間染みている。
それ以外の価値観は、そのまんまバルバロイなのだが。
「ふんふん。ちなみに、もしあたしがバルバロイで同じように寄生する肉体を探していると仮定したら、お勧めなんかはあるのさー?」
それは、特に意図のない、会話を繋ぐためのものでしかなかった。
『ンッ? 聞キタイノカ?』
だが、アマゾナス・インターセプターが今まで以上の喰いつきを見せる。
もしかすると、同じような話で盛り上がる相手が、今までいなかったのかもしれない。
あの化粧品がいい、あのメーカーがいい、というのと同じようなノリで、今まで見定めてきた寄生先候補の評価を語っていく。
これにはリズも目が点になった。
『……ちょっとびっくりですが、今のうちに態勢を整えるとしましょうか』
呆気に取られていた美麗が我に返り、味方の機体を点検修理し、一斉攻撃の準備を整えていく。
それを見て取ったリズが驚きから我に返り、趣味に走った美のトークの目的を、時間稼ぎに切り替えた。
しばらくすると、味方の準備が整ったことを確認したリズは、一夫へウインクして合図を出した。
演歌のサビを、一夫は喉が枯れるほどの声量で響かせて味方を勇気づけ、同時にアマゾナス・インターセプターを威圧する。
一夫の纏う衣装が光の粒で飾られ、まるで星空のような輝きを放った。
『オ互イ仕切リ直シト行コウカ!』
『そっちもしっかり休めたってわけ!? でもそんなに甘くないわよ、総攻撃開始!』
亜莉沙の号令と共に、アマゾナス・インターセプターへの攻撃が始まる。
いくらアマゾナス・インターセプターが強大な敵といえど、オーバーチュア騎士団は準備に準備を重ねて、最大火力を最大効率で叩き込み続ける準備を終えている。
つるべ撃ちされる火力と妨害の嵐に、回復したとはいえアマゾナス・インターセプターは敗れたのだった。
『搦め手はちょっと卑怯だったかもしれないけど、こちらも身体を渡したくないもの。お互い様よね』
散っていったアマゾナス・インターセプターに向けて、オーバーチュア騎士団の誰かがそう言い放ったのだった。
自らの確立した美意識を持つ、妙に人間臭いバルバロイ……それは、バルバロイ・サヴィジではありえなかったことであった。