・ゼノビアを救え2
ファーストクイーン・ゼノビアの歩みは止まらない。
速度こそ減ったものの、着実にカプセルへ距離を詰めている。
攻撃を仕掛け、押し戻す人員が必要だ。
それらは、数がいくらいようが足りるということはないだろう。
多ければ多いほどよい。
「私たちも、踏んばりますよ! なんとしても、ここで阻止します!」
茉由良が星音を発動し、空中に様々な色の光で文字や記号を描いた。
ファーストクイーン・ゼノビアの視界の中で、それらは万華鏡のように形と色を変化させていく。
歩む速度が鈍った。
「ここから先には、行かせないわ!」
ホルファートソードの柄に手をかけたデーヴィーが、雷の力を発生させて身体を強化する。
稲妻を思わせる高速の踏み込みから、居合斬りが放たれた。
カラビンカも星詩を発動させる。
「結果はわたくしたちの戦い振りにかかっていますわ! 皆様、奮起なさいませ!」
力強く爽やかに、カラビンカの歌声が響く。
歌声を聞いた面々の全身が獣型のオーラに次々包まれていった。
背中を押されたように、次々走りだしていく。
「いっけー!」
アーマーリベットガンの狙いをつけたベネディクティオが、ドラグーンアーマーの装甲補修用リベットをぶっ放した。
本来の用途ではないが、大きさ的には砲弾とほぼ変わらない。
戦闘不能に追い込むための一手としては、充分だろう。
威力という面でも、手加減という面でも。
デーヴィーの斬撃を受けても、ベネディクティオのリベットが直撃しても、ファーストクイーン・ゼノビアは痛がる様子を見せなかった。
単に効いていないのか。
それとも、単なる物理的な攻撃では痛覚を感じないくらい、ゼノビアの中でファーストクイーンの侵食が進んでいるのか。
あるいはその両方か。
「もっと殺傷力のある武装や技を使わないのですか。それとも、ドラグーンアーマーを着られないが故に、その程度なのですか。どちらにせよ──それでは、私は止まることができません」
感情らしい感情こそ籠っていないものの、それは嘆くような、祈るような、そんな態度で発せられた言葉だった。
さらに、果敢に挑むのは
草薙 大和と
草薙 コロナのふたりだ。
「僕たちで接近を止める! いくぞ!」
「アークの住民を苗床になんてさせません……! 絶対に!」
地を蹴ったふたりの姿が、その場から消失する。
残っているのは踏み込む際に残した足跡がくっきりと残った地面と、かかった力で生じた旋風によって舞う粉塵のみ。
一瞬でファーストクイーン・ゼノビアに接近した大和とコロナは、トルネード・シースに納められたスピットファルクスの柄に、同時に手をかけた。
抜き放たれたふたりのスピットファルクスが、弧を描き白刃を煌めかせる。
竜巻を伴う居合斬りが、ファーストクイーン・ゼノビアを斬り裂いた。
大和とコロナのふたりを、歌音と
ウィリアム・ヘルツハフトが援護する。
「牽制するよ!」
大したダメージを与えられずとも、僅かでもファーストクイーン・ゼノビアの回避の邪魔になればいいとばかりに、星詩を維持しながら歌音が氷柱を乱射して面制圧を試みる。
「拡張する! 巻き込まれないよう周囲から退避してくれ!」
ウィリアムがネージュ・エタンセルを発動し、歌音の星詩を周囲に広げていった。
それは同時にファーストクイーン・ゼノビアへ対する牽制ともなる。
「一度下がりますよ!」
「了解!」
「承知いたしましたわ!」
「はーい!」
発動を察知した茉由良、デーヴィー、カラビンカ、ベネディクティオの四人が、一斉に発動範囲外へ避難していく。
「コロナ君、僕たちも引くぞ!」
「分かりました!」
大和とコロナも、茉由良たち四人に続いた。
その直後。
色取り取りに輝くオーロラが上空に出現し、空を見上げたファーストクイーン・ゼノビアの動きが鈍る。
轟音をあげてファーストクイーン・ゼノビアの周囲の地面が爆発し、大量の土砂や瓦礫が舞い上がった。
宙を舞うそれらは、一斉にファーストクイーン・ゼノビアを巻き込んで降り注いだ。
* * *
ファーストクイーン・ゼノビアを飲み込んだ土砂や瓦礫は、沈黙を保っている。
「……やりましたか?」
「だったらいいのだけれど」
油断なく見つめる茉由良とデーヴィーは、積もった土砂や瓦礫の中から、繊手が突き出すのを見た。
「そう簡単にはいきませんわよね」
「無理っぽい~」
かき分けかき分け中からファーストクイーン・ゼノビアが這い出てくるのを見て、カラビンカとベネディクティオが油断なく身構える。
「……残念ながら、今の私ではこの程度では死ねないのです。ですが、侵食された私の心は、ファーストクイーンの怒りに塗り潰されつつあります。……ご注意を」
まるで、どこか他人事のように自らの心の状態を言い表したファーストクイーン・ゼノビアは、闇詩を歌って反撃してきた。
闇詩は、ゼノビアの歌声を聴いてしまった茉由良の、デーヴィーの、カラビンカの、ベネディクティオの、大和の、コロナの、ウィリアムの体内へ、一斉に毒を生成しようとする。
もし毒ができてしまえば、それは体内の血流の流れによって、たちまち全身へと広がっていくだろう。
「あぐっ!?」
「きっつ……!」
「うっ!?」
「ひゃっ!?」
悪寒を感じ、茉由良たち四人が次々に苦悶の声を発した。
「ぐっ……!」
「きゃっ……!?」
大和とコロナも、その影響から抜け出せない。
だが。
実際に、体内に毒が形成されることはなかった。
「──大丈夫。私の星詩があるよ」
歌音が纏うイノセンスブライトから発せられた不思議な光が、彼ら彼女らを、闇詩から守っている。
闇詩を防がれたことを察したファーストクイーン・ゼノビアが、ゆっくりと視線を歌音に向けた。
「あなたは、私の機嫌を損ねたようです。注意してください」
「させるか!」
大盾を出現させ、射出された星型の魔力塊から、ウィリアムが花音を守った。
大和とコロナが駆け抜けていった結果できた空間に、風花が滑り込んだ。
『斬り込むわ!』
歌音へこれ以上敵意を向けさせないとばかりに、ファーストクイーン・ゼノビアへ踏み込む。
太刀筋鋭く二刀連撃を放ち、より脅威を演出して注意を引いた。
二刀流を得意とするのは、風花だけではない。
夢風 小ノ葉もそうだ。
トルネード・シースによる後押しを受けて、スピットファルクスとインパクトソードの剣閃を加速させていく。
「誰もボクには追いつけないよー!」
凄まじい速さで戦場を駆ける小ノ葉の姿が消えては現れ、現れては消える。
小ノ葉が姿を見せるたび稲光が閃き、放たれた二刀多段斬りがファーストクイーン・ゼノビアを襲った。
同時に響くのは、撃鉄の音。
トリガーを引かれたインパクトソードが、斬撃の速度を増していく。
「そこっ! 回りこませるから!」
愛菜がリッケンバッカーの子機を変幻自在に操作し、風花と小ノ葉を援護する。
高速で動く子機から風花が飛び降り、自らの身体能力と子機の性能を合わせて全身を超高速の弾丸と化して飛び出し斬りかかるのを見届けると、宙返りする小ノ葉の動きに合わせ、今度はその頭上にリッケンバッカーの子機を滑り込ませた。
「どっかーん!」
子機を足場に急降下した小ノ葉が、スピットファルクスとインパクトソードを同時に振り上げ、ファーストクイーン・ゼノビアへ叩きつける。
あまりの威力に、斬撃を受け止めたファーストクイーン・ゼノビアの足元で床が放射状にひび割れ、地震のように揺れる。
風花を中心に、前衛陣の奮戦を愛菜は支える。
フェアリーコンダクターをくるくると回した。
発動するのは、剣閃かす妖精の御光。
治癒の光線が放たれ、風花の体力を回復させる。
他にも癒しの力を存分に振るった。
ファーストクイーン・ゼノビアは、何か訴えかけるかのようにフルール歌劇団の面々を見ていた。
「……諦めないでください。私を……止めてください」
フルール歌劇団の面々は奮戦している。
だが、ファーストクイーン・ゼノビアの歩みは完全には止まらず、着実にカプセルへと近付きつつあった。
シャーロットと火夜が星詩の力を束ねきるには、もう少しの時間が必要だ。
最後の時間を、三美、
望月 いのり、珠樹の三人で稼ぐ。
『ヴァレット! 回避を任せます!』
攻撃への対応を【レリクス】クリュサオルに搭載されている
【使徒AI】ヴァレットに任せ、攻撃に全神経を集中させた三美が、ファーストクイーン・ゼノビアへ挑む。
天逆鉾【Rs】で格闘戦を仕掛ける三美の反対側からは、インパクトソードを納めたトルネード・シースを左手に、いのりが突っこんでくる。
踏み込んだいのりの姿勢が、低く沈んだ。
撃鉄が落ちた。
「いのりちゃんはここだぁー!」
竜巻の発生を伴うトルネード・シースによる抜刀の加速。
インパクトソード自体にについている機構による斬撃の加速。
二重の強化を受けた居合斬りが、踏み込みによる加速を受けてさらに到達を速くする。
疾風のようにいのりが駆け抜け通り過ぎると、閃光を思わせる一閃がファーストクイーン・ゼノビアの身体を斬り裂いていった。
傷口からは人間のものと、バルバロイの体組織が入り混じったかのような、不気味な断面が顔を覗かせている。
「反撃には、私が対応します!」
戦う三美といのりを、珠樹が援護する。
呼び出された幻影の蝶が鱗粉を振り撒き、三美といのりの視界を潰そうとしてくるのを、障壁を発生させて防いだ。
そして、ついに星詩は束ねられた。
『──いくよ!』
「うん!」
シャーロットと火夜のシンフォニックソード【Rs】から、オーケストラを思わせる荘厳な多重奏が発せられる。
ファーストクイーン・ゼノビアが、ふらついた。
「これは……苛立っている? いえ、恐れているのですか? 私が……いえ、これは、ファーストクイーンが……?」
頭を押さえるファーストクイーンゼノビアは、ぶつぶつと何かに憑りつかれたかのように、うわ言を呟いている。
侵食が進んでいることで、ゼノビアとファーストクイーンの自我境界線が、曖昧になっているのかもしれない。
それでも、フルール歌劇団は、まだ間に合うと信じた。
助けることを、諦めなかった。
信じる心を、ゼノビアを助けたいと願う心を、シャーロットと火夜が届ける。
手を突き出し、指でハートを作った。
「皆の思い、ボクの思い……ゼノビアちゃん、受け取って!」
「集め、束ねた、火夜ちゃんたちの、気持ちだよ~!」
ふたりの指の間に、魔力が集中する。
「……あ」
強烈な力の発生に気付いたファーストクイーン・ゼノビアが、シャーロットと火夜を見た。
秘められた威力とは裏腹に、温かく輝く、赤い慈愛に満ちた光を見た。
それは、愛と呼ばれるもの。
ファーストクイーンに寄生され、心を侵食されたゼノビアが、失ってしまったもの。
何かを焦がれ求めるように、ファーストクイーン・ゼノビアが手を伸ばす。
ふたりのハートを通して愛を欲したのは、寄生しているファーストクイーンか。それとも、ゼノビア本人か。
迫る愛の光を、ゼノビアは迎え入れるように両手を広げると、瞳を閉じて受け入れた。