【2】国引き―2
御霊 史華、
五條 鶴丸の前に現れたのは巨大な蛇の姿をしたN界霊、ビオブルセッシドだった。
「随分大きな姿をしているのね。でも、引くつもりは無いわよ」
巨体を目にしても怯むことなく、史華は果敢に突貫していく。その手に装備しているのはヘイターメイカーだ。美しくも悍ましい外観の鉤爪は嫌でも敵の目を引く。
敵は執拗に史華を狙っている。鋭く尖った牙を避けながら、史華はフェイタルヒットで無理やり攻撃を当てていき、着実にダメージを蓄積させていく。
飛来したナイフがビオブルセッシドの太い胴体に突き刺さる。
「鬼さんこちら、っと」
立て続けにナイフを投げ、鶴丸はビオブルセッシドの気を引こうとする。だが敵は体に刺さったナイフを気にも留めず史華を狙い続けていた。
「ダメか。傷が浅いのか? なら……」
鶴丸は鍵守の守護刀を構え、ビオブルセッシドの背後から斬りかかる。
「オォォ……!」
ビオブルセッシドが咆哮し、大きく身を捩る。巨体に弾かれないよう鶴丸は後ろに飛び退いて距離を取った。
暴れる界霊の周囲に小さな動物たちが姿を現す。動物たちは敵を取り囲んだ状態で踊り始めた。気づいたビオブルセッシドが動物たちへ飛び掛かるが、それらは全て幻影だ。幻に惑わされているその横っ面へ史華が手をかざす。手首のブレスレットから雷弾が発射され、次々と命中する。
ビオブルセッシドは再び咆哮し、史華へ向き直って突進する。対する史華は回避行動は取らず、正面からその攻撃を受け止めた。
肩や腕に牙が突き刺さり、鮮血が飛び散る。弾き飛ばされないよう敵の巨体にしがみつきながら、史華はフォーティテュードを放った。受けたダメージを自分の力へと変換する諸刃の一撃だ。顔面がヘイターメイカーによって大きく抉られ、痛みかそれとも反撃を受けたことに驚愕したのか、ビオブルセッシドはその場で激しく暴れ出す。
突き飛ばされた史華は地面を転がり、木にぶつかって止まる。すぐに起き上がろうとするが身体が言う事を聞かず、その場に蹲ってしまった。
「大丈夫か!?」
鶴丸が界霊獣シャウトの背に乗って史華に駆け寄る。様子を窺えば、先程受けた傷が思っていたよりも深い。流れる血は止まる様子は無く、早めに処置をしないと取り返しのつかない事になりそうだ。鶴丸は史華をシャウトの背に乗せると、共にデブリから脱出した。
大樹が立ち並ぶ森の中を
ジェノ・サリスが乗るルーンセレスティアル・ノヴァが飛翔していた。その後を追っているのは多腕の界霊、ジァーズだ。
ジァーズは複数の腕を器用に扱い、木から木へ飛び移りながら移動していた。
ルーンセレスティアル・ノヴァのミラージュキャノンから砲弾が発射され、ジァーズに命中する。だがジァーズの動きは止まらず、着実にジェノとの距離を詰めていた。
ジェノは機体のブースターを左右交互に使用し、木々の合間をジグザグに縫って止まることなく移動して距離を稼ごうとするが、相手も負けじと追ってくる。
ふいにジァーズが動きを止めた。直後、全身にある無数の口が一斉に開かれ、熱光線が発射される。
人型形態をとったセレスティアル・ノヴァはその背の翼で自機を覆って熱光線を防ぐ。
「光と熱……? それなら、試してみるか」
再びジァーズが発射体勢を取る。ジェノはリレイトプルーマを使用し、翼の前面に光と闇の攻撃を反射する膜を張る。放たれた光線は翼に直撃し、即座に反射されて発射したジァーズ自身へ命中した。
想定外の攻撃に反応できなかったのか、光線に貫かれたジァーズは墜落した。すかさずジェノは機体を戦闘機形態に。加速機構を全開にし、期待を回転させながら敵へ突撃する。
目標に到達する直前に両翼へ真空の刃を纏わせ、突進しながら敵の全身を切り刻む。刻まれたジァーズは光の粒子となってやがて消滅した。
砂漠の中に佇む小さなオアシス。
その脇で
クロノス・リシリアはハーリーバリーの姿を取ったN界霊と戦っていた。
地走のブーツで砂を踏みしめ、突進してくるハーリーバリーとすれ違いながらアズールセイバーで斬りつける。向きを変えて再び突進してきた相手へ、先程と同じくすれ違って回避しながら攻撃。相手の動きを利用したヒットアンドアウェイでダメージを与えつつ、その行動パターンを観察する。
痺れを切らしたのか、ハーリーバリーは猛進していた脚を止めると巨大な牙を振り回して叩きつけてくる。受け流しは難しいと判断し、クロノスはフェイトブレイクを放つ。大きな爆発がハーリーバリーを押しのけ、爆風と立ち上る砂埃が一時的な目くらましとなる。
ハーリーバリーは地面を引っ掻き始める。突進の前兆だ。この機を逃さず、クロノスはインエスケイパブルを放つ。界霊とクロノスの視線が交差し、砂を搔いていた足の動きが止まる。次の瞬間には、クロノスはハーリーバリーの懐へ潜り込んでいた。
重い一撃が放たれ、続けてクインタプルスラッシュによる高速の五連斬りが叩き込まれる。ハーリーバリーは仰け反って大きく嘶くと、そのままひっくり返るように倒れて動かなくなった。
猪の巨体が光始め、細かな粒子となって宙に溶けていく。そしてすぐに、砂から湧き出るように新たな個体が姿を現した。砂を掻き、突っ込んでくる巨体をクロノスは剣を構えて迎え撃つ。
荒野に一人飛ばされた
有間 時雨は鳥型の界霊ラ・ファルスと戦っていた。
装備しているGC:ギア・ライトカノン改は弾速が目標までの距離に比例して加速する。その強さを最大限に生かせる距離をキープする為に、特汽型駆動鎧により高速で移動。なるべく一定の距離を維持し続け、マークスマンズドクトリンを生かした的確な射撃でラ・ファルスへダメージを与えていく。
一向に距離を詰められない状況に、ラ・ファルスは一度高空へ飛び上がって退避する。上空から時雨を睨みつけると量の翼を羽ばたかせ、鋭く尖った羽根を飛ばして攻撃する。
羽根の攻撃は速度はあるが、距離が開いている為に回避は容易だった。時雨は避けてすぐに武器を構えなおす。見上げれば、ラ・ファルスは急降下して迫ってきていた。真正面から砲撃を撃ち込めば、降下しながら身を捻って軌道を逸らす事で僅かに躱される。
時雨は視線だけは敵から逸らさず、砲口だけを地面へ向ける。十分に敵を引き付けた所で砲撃を行い、着弾時の強烈な衝撃で自身が背後に吹っ飛んだ。
衝撃は地面に激突する寸前だったラ・ファルスも押しのける。すぐに姿勢を起こして滞空しているが、明らかにふらついていた。時雨は武器を構えて砲撃を放つ。どうやら回避する余力も無かったようだ。砲撃を受けたラ・ファルスは吹き飛ばされ、地面に墜落すると同時に消滅した。
「妖精さん達~お願いね~♪」
迅雷 火夜は妖精合唱団を召喚する。
周囲は一面の草原。だが以前の国引きで作られた草原と植生は異なるようだ。土地がアークのアバターに呼応した結果だろう。そして、前方には界霊ジァーズが姿を現していた。
火夜の周囲で妖精たちが合唱を始め、歌声で味方を鼓舞する。アムド・フレクスランスで短槍を形成した火夜はジァーズへ投げつけた。ジァーズは硬い装甲を纏った腕で槍を払い落とし、がぱりと顎を開く。喉の奥から光が溢れ、すぐに熱光線となって発射された。
「あちちっ!」
盾を構えていた火夜は熱光線を受け流す。盾を伝わってくる熱を我慢しながら、空いた手に再び槍を形成。挑発するようにぶんぶんと振り回す。
「ほらほらこっちこっち♪ あなたの相手はこっちだよ~」
ジァーズは再び熱光線を放つ。先程の様に火夜が受け流すと、敵はすかさず飛び掛かってきた。すぐに盾を構えなおして突進を受け止める。
火夜が攻撃を引き受けている内に、
夢風 小ノ葉が敵の背後へ回り込む。ジァーズの背から生えた触肢が小ノ葉を追随し、先端の口を開いて熱光線を放ってくる。
小ノ葉はコーラルリーフブレードの刀身で熱光線を受け流す。濡れた刀身が高温で熱され真っ白な蒸気を吹き上げた。蒸気の熱で顔や腕が焼けるが、痛みに耐えながらスピットファルクスを投擲。先ほど砲撃してきたジァーズの触肢を潰す。
ジァーズが低く唸り、一瞬だけ小ノ葉へ意識を向ける。すかさず火夜が槍を突き出してジァーズの顔を刺す。
「無視しちゃ駄目だよ~」
火夜が敵の気を引けば小ノ葉が斬りかかり、逆に小ノ葉へ敵の意識が向けば即座に火夜が槍で攻撃する。素早い一撃離脱で代わる代わる攻撃を行うことで、敵のカウンター攻撃を抑えていた。
とは言えそのまま倒しきるまでは行かず、ジァーズが掬い上げるように叩きつけた殴打で、火夜は盾ごと後ろに吹き飛ばされた。大口を開けて熱光線による追撃を放とうとしたジァーズの上空から、小さな隕石が降り注いだ。隕石の直撃したジァーズは驚いて攻撃を中断する。
「まだまだぁっ!」
ローブの力で飛行する
迅雷 敦也はジァーズの真上へ移動し、両手のシウコアトルを構える。先端の蛇の口から炎が吐き出され、ジァーズの背を焼き焦がす。残っている触肢が向きを変え口を開くが、既に敦也は移動しており熱光線は命中しない。
「白雷、行くぜ!」
敦也は再び綺羅星を降らせる。加えて、草陰に身を隠していた狼、白雷が敦也の声に呼応して同じように隕石を発生させる。
ジァーズは上空へ向けて熱光線を放ち、隕石を撃ち落としていく。その懐に、呼応式加速装置<D>を使った小ノ葉が一気に潜り込んだ。
「行くよー!」
斬り上げで巨体の頭を上げさせ、晒された無防備な首元へ両手に持った獲物を力一杯叩きつける。首を落とすまでは行かなかったが、深手を負った界霊は悲鳴を上げながら大きく仰け反った。
「コイツもおまけだ!」
敦也は炎と風を操り炎嵐を発生させる。ジァーズは炎でできた竜巻の中に閉じ込められ、全身をもれなく高温に包まれていた。
竜巻の内側から数度熱光線が発射される。だが特に狙いを定めた攻撃では無く、ジァーズの最後のあがきはそれだけだった。炎の中で光が弾ける。敦也が竜巻を解除すると敵の姿は無く、僅かな光の粒子だけがそこに残っていた。
ほっと息をつく間もなく、敦也の視界の端で新たなN界霊が湧き出る。
「休む暇もくれねーみたいだな。途中でダウンするなよ? おめーら!」
三人は再び息を合わせた攻撃を開始する。
そうして幾度かN界霊を倒していくと。気づけば暗雲が立ち込めていた空は綺麗な青空に変わっていた。
新たな界霊が現れる様子は無く、ふいに視界が揺らぎ、辺りの景色が一変する。
戦っていた特異者達は一か所に集まっていた。
デブリに到着した時よりも皆密集している。それもそのはず、確定したこの土地の性質は海。今彼らがいるのは周囲を海に囲まれた、小さな小島の上だ。
後は皆で協力してこのデブリをホライゾンへ引っ張っていけば、今回の国引きは完了だ。