【4】ルミダチソウとライブ その1
国引きにより作られた新たな土地では、様々な生物が生まれ育っていた。
この土地を訪れた特異者達は、各々気になった生物や縁のある生物と触れあっていた。
「大きくなーれ♪ 大きくなーれ♪」
鈴鍵 茶々は水が一杯に入ったゾウさんのジョウロを手にもって、サトウカエデの種に水を上げていた。
「メープルシロップ、パンケーキー♪」
頭の中では種が育った後の事をいろいろと考えているようで、水やり中は終始ニコニコしている。
佐藤 一と
佐藤 花はそんな様子を微笑まし気に眺めている。
水やりを終えた茶々は「周囲を見てくるのー」と言ってどこかへ駆けて行った。特に止める理由も無いのでそのまま見送る二人。
しかし、それから10分、20分と経つが一向に茶々は帰ってこない。少し心配になった花は茶々を探しに行くことにした。
一人散歩に出た茶々は近くの草地で見たことのない生き物と遭遇していた。
「あれ、不思議な子がいーっぱいいるの。こんにちわー、茶々なのー♪」
ルミルミと賑やかで楽しそうな雰囲気に友達になれそうかなと思い、てこてこと近づいていく。しかしよく見ればその不思議な生物は皆一様にくしゃみをしていた。
「君たち、なんて名前な……くちゅん!」
名前を尋ねようとした茶々も急に鼻がむずむずし出してくしゃみをしてしまう。一度やったらもう止まらず、次々とくしゃみが出て息が辛くなっていく。加えて目もかゆくなってきて、涙も出てきた。
息苦しさと痒みで涙と鼻水が止まらず、顔はべしょべしょだ。その場に倒れ込んでしまった茶々をくしゃみの元凶である謎の生物たち……セイタカルミダチソウが覗き込んでいた。
「急に倒れちゃったルミ~」
「大丈夫ルミ~?」
自分達が撒き散らしている花粉が原因だと気づいているのかいないのか。ルミダチソウ達は皆のんきそうだ。
茶々の帰りが遅いと心配して探しに来た花が駆け付けたのは、その時だった。
「茶々君!? 何がありましたの……くしゅんっ!」
急にくしゃみが出始めた花はその場で足を止める。この土地に侵入した厄介な生物の話は既に聞き及んでいる。茶々の周囲にいるのがその生物、セイタカルミダチソウで間違いないだろう。
茶々が倒れているのも自分のくしゃみもルミダチソウが原因だと考え、それ以上近寄らずに引力を操って茶々を引き寄せる。
引き寄せた茶々を抱え、急いで一の下へ。走っている間もくしゃみは止まらない。思い返せば、ルミダチソウ達は花粉のような物を飛ばしていた。だがただの花粉ならこうも急にくしゃみが止まらなくなることは無い筈だ。恐らくは普通の植物とは性質が異なるのだろう。
一も花を追ってきていたようで、すぐに合流することが出来た。
「一体何が……へっくし!」
一もくしゃみが出始める。花の背中越しに、わらわらと群生するルミダチソウの姿が目に入った。
「あれが噂の……どうしよう、焼き払うのが一番簡単かもしれないけど……」
そう口にすると、花に抱きかかえられている茶々が弱弱しく手を伸ばし、一の服の裾を掴んだ。
「だめなの……出る花粉が悪さしてるだけで、彼らは何も悪くないの。きっとぼくらみたいに、変わることだって出来る筈なの……おともだちにもきっとなれるの」
だから攻撃はしないで、と。何度もくしゃみをしながら懇願されては、一も野蛮な手など使う気は起きなかった。
「……ああ、分かってるよ。そんな事しないから、茶々さんもしっかりするんだ」
どちらにしろ、下手な行動を取ればサトウカエデの種を含むせっかく芽吹いた命達も散らせることになりかねない。かと言って、このまま何もしなければルミダチソウに生命力を吸われてしまい、成長することは叶わないだろう。
(畜生。ヒーロー世界に縁があっても、俺には小さな生命も救う力もないのかよ!)
そう思い、歯を食いしばる。だが無力を嘆いている暇はない。一は顔を上げ、SOS・シグナルを空へ映し出す。
SOSを受けて駆け付けたのは
織羽・カルス、
風華・S・エルデノヴァ、
アーヴェント・S・エルデノヴァだ。
「な、なんだこれ……大丈夫か、鈴鍵!」
「あの姿は……ルミマルのご親戚!?」
アーヴェントがぐったりしている茶々へ駆け寄り、風華はその原因と思われるルミダチソウを観察する。顔つきや伸びて光る体等、全体的な特徴はルミマルとそっくりだが、身体は一応植物なのだろうか。所々葉っぱが生えている者もいた。彼らが動くたびに目に見えて花粉が撒き散らされており、見ていた風華も少し鼻がむずむずし始める。
加えて、周囲に生えている植物達が少しずつ萎びている様子が伺える。土地の養分か、それとも植物たちの生命力そのものか、何に影響しているのかは分からないが、とにかく放っておける状況ではない。
「あれが有害外来種のセイタカルミダチソウ……長いからルミちゃんでいいかな? 歌って遊んで満足させればいいみたいだし、わたし達の出番だね!」
ハルモニア・ドレスの裾をひらめかせ、織羽は空に飛び上がる。アーヴェントと風華も頷き、それぞれの楽器を取り出した。
まずはアーヴェントが木漏れ日ギターで演奏を始める。爪弾かれた弦が紡ぐのは穏やかなケルト音楽風の楽曲だ。急に始まった演奏会に、周囲のルミダチソウ達の視線が集まる。
演奏に合わせ繋歌天星を使用し、周囲に星のエフェクトを浮かび上がらせる。きらきらと瞬く星々に囲まれながらアーヴェントは人の為の歌を歌い始めた。
この歌はライブが盛り上がるほど周辺が「音楽を聴くため」の環境に変化する。その為、アーヴェントはルミダチソウ達がより楽しめるように歌の合間にりょーせーるいの合唱を織り交ぜる。
輪唱を聞いたルミダチソウ達がうずうずし始めたのを見計らって、ブレーメンの指揮者で動物たちの幻影を召喚。周囲で踊ってもらい目でも楽しめるようにしつつ、共に輪唱へ参加しないかとルミダチソウ達へコールを送る。
「ルミルミ~♪」
ルミダチソウ達は気の抜けるような声で歌い始める。たまに音を外しているが、とても楽しそうだ。人の為の歌の効果だろうか、目や花のむず痒さは大分収まりつつあった。
「さあ、ルミちゃんたち。次はわたしだよ!」
アーヴェントの演奏が終わると、次は織羽の番だ。大いなる翼を広げてルミダチソウ達の上空に留まり、安らぎの唄を歌い始める。
手には聖唄『ヒュムヌス』の楽譜。織羽の唄は、歌声にも歌詞にも聞く者の心を穏やかにする力が強く宿っていた。
歌声に合わせ、アーヴェントはU.トレイルウォーターで演出の手助けをする。水柱から散る水がきらきら輝く氷の欠片となって幻想的な光景を作り出す。
「綺麗ルミ~♪」
「なんだかとっても落ち着くルミ~……」
織羽の唄が終わり、ルミダチソウ達はどれもリラックスした表情をしていた。
次は風華の番だ。演奏の前にスリープウィスパーの囁くような子守唄でアプローチをする。
「ルミさんルミさん、こんにちは。
聞こえてますか、遊べてますか。
ここらで一息、眠りはいかが。
ねむねむお姉さんが、お届けを」
ディバインドリーマーの力と身に着けた月守のベロアローブにより、今の彼女は眠りの女神。観客に優しくも確かな眠りを与えるべく、神風のララバイを口ずさむ。
「ルミさんルミさん、おやすみよ。
ねむねむお歌で、おやすみよ」
織羽の唄で非常にリラックスしていた状態で、心地よい子守唄を聞いたルミダチソウ達は半分以上が眠りこけていた。中にはかくりと舟をこいでいたり、鼻提灯を膨らませてる者もいる。
目や鼻の不快感はいつの間にか無くなっていた。花粉の放出も完全に無くなった訳では無いかもしれないが、少なくとも目に見えるような多量の放出は見られない。
最後の一押しとして、織羽がもう一度歌い始める。今度は安らぎの唄ではなく、自身の命を燃やし他者に生命を与えるクララ・アニマだ。
ルミダチソウ達をより良き存在へと転化させるために。そしてルミダチソウだけではなく、この地に根付いたほかの植物達にも力強く成長して欲しいと願って。
歌い始めると同時に、織羽の服が波を思わせる水色のフリルで飾られる。さらにその周囲には波が寄せる砂浜の幻影が広がっていた。風華による演出のサポートだ。
生命への讃美歌が辺りに響き渡る。眠っていたルミダチソウも目を覚まし、じっと織羽を見つめていた。
「はぁ……はぁ……」
歌い終わり、激しく消耗した織羽は地面に降り立つ。周囲を囲むルミダチソウ達は皆楽しそうに身体を振っていた。
よく見れば、光り輝くその身体からは先程までと違い、花粉ではない何かが放出されているようだ。
ふと、近くの地面に目を向ける。そこには、芽吹いたばかりの幻想六花がひっそりと佇んでいた。
もう萎びていたりはしない。元気そうに、しっかりと空へ向かってその身を伸ばしている。
眩い光に照らされながらそよ風に揺れる小さな芽は、いつかきっと、綺麗な花を咲かすことだろう。