・黒田八虎とへし切長谷部 前
場は整った。
楓が全力を出し切り、官兵衛にへし切長谷部を抜かせた。
それが特異者たちへの合図代わりとなった。
「行こう、王様」
「ええ、臣下。防御に長ける相手なら、こちらは手を緩めずに攻め続けるのみよ」
コトミヤ・フォーゼルランドはカストルの固有能力、アビリティシェアで
ソッソルト・モードックの能力を共有。
ソッソルトは倚天青紅でコトミヤのコールオーバーを共有し、互いの位置を瞬時に入れ替えられるようにする。
コトミヤは機械馬のケレリスを鎧に変形させ、上半身鎧と下半身鎧を共に装着した。
スラスターによる加速で急接近し、透空からの無間斬を叩き込んだ。
「概念攻撃か。厄介な技を使ってくるもんだぜ」
へし切長谷部に纏わせたオーラを介して偉能力の持つ性質を瞬時に分析したのか。
コトミヤの斬撃を捌きつつ、黒田八虎の一体を引き寄せる。
「臣下の邪魔はさせないわよ」
ソッソルトがライトニング・タイで雷弓を形成。電撃を放つ。
ただの亡霊兵の一体であれば、これで容易に掻き消せるが、相手は精鋭。
官兵衛のオーラ操作による直接の強化も受けており、刀の一振りで雷撃を払った。
それでも、自我を持たない亡霊兵であったとしても、無間斬による概念攻撃は作用する。
亡霊兵の魔力を乱し、存在を不安定にさせるのには十分だ。
コトミヤは斬りつけながら鎧に搭載されている計四門のマシンガンからの実弾と魔力弾を織り交ぜて撃ち、官兵衛がいかにして防ぐかを窺った。
(実弾を弾きつつ、オーラを付与して魔力弾を相殺。
それでも落としきれないものをオーラによるシールドそのものでガード。
防御に長けているというのは事前の情報通りとはいえ、剣でこんな芸当ができるほどとは)
おそらく刃に纏わせたオーラによって、へし切長谷部は単純な物理の刀ではなくなっている。
透空を不可視の状態、純粋な偉能力にしたところですり抜けることはできないだろう。
スラスターを噴射して官兵衛の背後に回り込もうとするが、官兵衛は振り向き様に光の刃を応用した閃光弾を放ち、一瞬コトミヤの目が眩む。
直後、官兵衛に引き寄せられるような感覚を覚え、反射的に身を捻った。
「鎧の噴射で無理矢理逃れたか。やるじゃねぇか」
コトミヤを追撃せんとする官兵衛だが、ソッソルトがコールオーバーで位置を入れ替え、槍と盾に分けたWエビルブレイカーで斬撃を受け止めた。
コトミヤが一旦楽土幻想Ⅱで回復を行っている間、ソッソルトが官兵衛の相手を受け持つ。
無論、まだ強力な亡霊兵もいる。それでもこちらが防戦一方にならないよう、果敢に食らいついていった。
亡霊兵に対し、ムシュマッヘによる射撃とシウコアトルによる火炎放射が迫る。
「亡霊兵はこちらで対処する。まずは官兵衛の手札を減らさないと」
その主は
サキス・クレアシオンだ。
二つの神格装備をクロスオーバーによって引き継いだ双花の理により、巧みに使いこなすことができている。
亡霊兵の動きは単純なものではない。意思を持たず命令に従うだけの存在にも関わらず、まるで確固たる意思を持っているかのように攻撃を捌き、ダメージを軽減して魔力を消滅しないよう耐えている。
官兵衛の側に控え、遠距離からのサキスの攻撃から守るのが精一杯だが、その存在感と帯びた魔力ゆえに、その姿はコトミヤとソッソルト以外の者は決して官兵衛の間合いに入らせんという気概を感じさせた。
亡霊兵は三体。
姿にほとんど差がなく色も同じであるためにどれが黒田八虎の誰を元にしているのかは分からないが、サキスの射撃を掻い潜り、別の一体が接近して来ていた。
サキスの前に界霊獣アゲンストが出て、それ以上は進ませまいと阻み、亡霊兵を威圧する。
その間にクロックアップで距離を取り、アゲンストの前にいる個体へと攻撃を加えた。
いかに守りが硬くとも、永遠に耐え続けることはできない。
変化は目に見えずとも確実に起こっている。
(仲間と大切な居場所。ホライゾン新生の妨げになる不安要素は排除する。邪魔は――させない)
ムシュマッヘには毒がある。
いかに武器で防いでいるように見えても、亡霊兵は一種の魔力の塊に過ぎない。
その毒は確実にオーラを弱らせ、能力を低下させていた。
三体のうちの一体――アゲンストの前にいた個体の腕が斬撃によって飛ぶ。
鞭剣のように振るうことのできる巨大な剣、月禍彌刃によるものだ。
それを操るのは
碧海 サリバンである。
「まだ消えぬか。ここまでしぶといとただの亡霊兵ではなく側近を相手にしているようなものだな」
ダンピール鞭術を以って鞭剣を巧みに操り、さらなる一撃を加える。
射程は大剣状態より長く、サリバン自身の攻撃パターンを掴むことができたとしても、規則性のない刃の動きはどうしても読みにくくなる。
加えて、身に纏う白妙波小袖はサリバンが他者を傷つける能力を強化し、その斬撃力を底上げしている。
今戦っている亡霊兵は自我を持たぬ者。さらに武器を失ってはもはや対処もできない。
「だが、いかに並のものと違えど、意思のない傀儡に過ぎん」
月禍彌刃は烈血の刀舞・改によってサリバンの血液を纏っている。
傷をつけることさえでばその血は傷口から内部に入り込み、体内を破壊する。
仮に傷がつかずとも、血が付着しさえすれば、じわじわと相手を浸食していく。
血自体が一種の猛毒で、相手が生物であろうと無機物であろうと、最終的には等しく活動を停止させる。
「ノーライフキングとは、二つの世界を蝕んでいた“滅び”の結実。研ぎ澄ませたこの異能にて、我が敵に滅びを齎さん」
亡霊兵の形が崩れつつも、光り出す。
消滅する前に魔力を膨らませ、爆弾となるつもりだ。
官兵衛がオーラによる干渉でそうさせているのだが、まるで主を守るために自爆しようとしているかのように見える。
サリバンは樹垣楯を構えて爆発から身を守るが受けた衝撃は強く、態勢を戻すのに少し時間がかかった。
その間に、残り二体の片割れがサリバンの間合いに接近。
抜刀して斬りかかろうとするが、サリバンの影から黒妖犬が飛び出し庇った。
これは影に潜む使い魔ではない。あくまでサリバンの力の一部であり、実体を持たない。
間合いに死の気配があればそれを感知し、自動で発動する防衛装置のようなものである。
壊せぬ影の犬から亡霊兵はすぐに距離を取るが、そこへサキスによる二つの神格武器の攻撃が迫る。
「陣形が崩れた。王様、私はもう大丈夫だ」
「それじゃ、交代ね」
官兵衛の前に割り込んだもう一体にソッソルトが両手剣にしたWエビルブレイカーによる斬撃を叩きつけ、直後コトミヤがコールオーバーで位置をスイッチした。
亡霊兵はソッソルトの攻撃を防御し、まだ消滅はしていない。
だが、重い一撃によってバランスを崩し、斬られたという感覚によってすぐには動けない状態となった。
「射線は確保できた。……ここが機か」
サキスがムシュマッヘの照準を官兵衛に合わせる。
その時には既にサリバンが官兵衛を月禍彌刃の間合に捉えていた。
へし切長谷部に纏わせたオーラでサリバンの血を弾き飛ばし、オーラの雷撃を地面に走らせることで黒幼犬を反応させ、自身の攻撃をサリバン自身が対処しなければならない状態にした。
斬られても弱点【杭】/超回復によって治し、官兵衛との距離を保つ。
その間、サキスがムシュマッヘの力を解放。ゴッドベインによる六方向同時攻撃を放つ。
力が解放されたムシュマッヘの水弾は七匹の巨大な蛇となり、官兵衛に喰らい付いた。
「逃げ場のない同時攻撃。ハッ、上等だ」
官兵衛は大きく弧を描くように刀を振るい、自身の周囲にオーラによるバリアを展開。
蛇の侵攻を食い止める。
だが、これで特異者たちの攻撃が終わったわけではない。
コトミヤがフォーフォールドで透空を四つに増やし、追加腕と自身の腕で握って斬りかかる。
デクスクレイグで増えた剣を扱いやすくし、四連撃を叩き込んだ。
「こちとらサヤって化け物に鍛えられてんだ。手数が多い程度で」
官兵衛が膨れ上がる巨大な魔力を感じた。
サキスの神格武器は二つ。もう一つの力の解放がまだ残っていた。
ムシュマッヘの解放からゴッドベインを撃った後だ、連続で力を使おうにも、どうしても即座にとはいかない。
コトミヤが攻めている間にシウコアトルの力を解放。
杖を稲妻へと変え、官兵衛に放った。
「チッ……!!」
この稲妻は一度でしか使えないが、いかなる防御をも貫通する。
どれだけ守りに長けた官兵衛であっても、防御では防ぐことはできない。
回避する以外には。
今、官兵衛の眼前にはコトミヤが、そしてすぐ踏み込める位置にサリバンがいる。
稲妻が官兵衛を飲み込むまさにその瞬間。
官兵衛は亡霊兵を引き寄せ、自身に体当たりさせた。
亡霊兵は身代わりとなって稲妻を受け、官兵衛はオーラを練りながら立ち上がる。
「驚いたぜ。こんなに早く兄弟を二人失うことになるとはな」
官兵衛が笑みを浮かべた。
「だが、こっちもてめぇらのことはちゃんと研究してんだぜ。
戦国の世なら本丸に攻め込まれた時点で負けも同然だが、今は違う。
過去二度やり合った時と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ」
へし切長谷部の切っ先を特異者たちに向ける。
だが、彼はまだ気づいていないようだった。
サリバンが悟らせないように行っていた、ある仕込みに。
そしてその効果は先の稲妻が物語るように、既に現れ始めている。
「不死王と刃を交えれば、傷を負わずとも死が迫る。……ま、虚仮脅しと嘲笑うならご自由に」
「何もできないまま覇王が誕生しちまった時点で、英傑としてのオレは死んだようなもんだ。
今更恐れる死なんざねぇよ」