■2-1-1.Dance you shall
「さあ、この世界が終わりを告げるまで、わたくしと踊りましょう!」
朱き陽の射す古城の中で、光よりなお鮮烈な赤を履いた少女が笑う。その鋭いステップを雷鳴のように響かせて特異者たちに迫る。
「いいよ、踊ってあげる! リードするのは……ボクだけどね!」
それに応じたのは
クロノス・リシリア。フォアストールによる奇襲、そこから放たれる斬撃は不可避――のように思えた。
「させませんわ!」
身体を回旋させて刃を踵で受け止める。かくも鋭い一合だが、本命はここの一撃ではない。
「畳み掛けるよっ!」
「だいじょうぶ! わたしたちなら、きっとできるから!」
そのタイミングを狙いすまして、ルージュとアデルによる同時攻撃が炸裂する。身体をスピンさせてそれを振り払おうとする赤い靴だが、
「そうだ。ボクたちに……不可能なんてないんだっ!」
赤い靴の少女に向けて、クロノスは声を上げながら更に深く切り込んだ。
「こ、の……!」
クロノスの放つインエスケイパブルを受けて吹き飛ばされた赤い靴の少女。それを更に追撃せんと、クロノスは更に因果を収束させにかかる。
「いつまでも……押されっぱなしじゃありませんことよ!」
完全体のエラダムは伊達ではなかった。クロノスは相打ちになる形で鋭い踵を急所へと叩き込まれてしまう。
「……ッ!」
このままでは赤い靴の猛攻が加速していくことになる。そのペースを乱すために、ハートスティングを握りしめる特異者が一人。
「赤い靴のお姉様、わたしと一曲お相手いただけませんかー?」
誰よりも目立たんとする透き通った美声。スポットライトに照らされより一層美しく輝くのは
迅雷 沙耶。
「あら。わたくしと同じ赤い靴を履いて目立とうだなんて……ずいぶん傲慢ですわね!」
赤い靴の少女もまた、そのアピールを黙って見過ごせるような存在ではない。誰より鮮烈に、誰より美しく戦うことこそ彼女のプライドだ。
二人の繰り広げる激しいダンスは、沙耶の方が劣勢だ。元々受けることを主体にした彼女のスタイルは格上相手に追い詰められていくことになる。
「息が上がっているのではなくて?」
「こういうギリギリの方が楽しいのですわー!」
「言ってくれますわね!」
だが、当然、沙耶だけに集中することは許されない。赤い靴の少女を包み込むように炎と雪の渦が一気に立ち上った。
「……これは!」
「さあ、お嬢さん! お誂え向きの舞台だ……俺たちと一緒に、自由に踊ろうぜ!」
共に連れた白狼と共にステップを踏む
迅雷 敦也。その吹き荒れる魔力は少女の体力を削ると同時に、その視界を激しく乱した。
「この……鬱陶しいですわね!」
そのまま敦也と沙耶を引き剥がすために少女は回転蹴りを繰り出すが、そこまでが敦也の作戦の内であった。
「不自由を……感じるだろ!」
無理やりに攻撃を合わせに行く敦也。デタラメな姿勢で、到底火力を出せるものでもなかったが、しかし赤い靴の少女の攻撃のリズムは一層乱れていく。
「今だ! 沙耶!」
「はーい! これで、フィナーレですわ!」
合図と共に沙耶の身体をまばゆい光が包み込む。スポットライトの力を借りて、この場の主役ではない赤い靴の少女、その動きを鈍らせ――少女の軸足を狙って槍を突きこむ。
「あんたがどれだけ自由でも、俺を縛ることなんてできやしねえ!」
同時、敦也もまた剣を振りかぶっていた。赤い靴の少女は沙耶の脚狙いの一撃こそ回避したものの、敦也の斬撃を回避しきることはそれこそ“不可能”だった。
「わたくしが……ペースを握られるなんて……!」
その身体を切り裂かれ、思わず後退する赤い靴の少女。沙耶と敦也は互いに手を打ち合わせる。
「攻撃を回避された時はどうなることかと思いましたが……
「いやいや、完璧なコンビネーションだったぜ」
とはいえ沙耶やクロノスの消耗は激しい。まだ決して特異者たちの優勢とは言い難い。こと、単独で事に臨む
御霊 史華は、ただ様子を見ているだけでも消耗し続けていた。
――赤い靴。同じモチーフとして負けるつもりはないわ。
強気に少女を見据えながらリズムを刻む史華。しかし実力としては少女は間違いなく格上であり、史華が彼女と競えるものは矜持の面ぐらいなものであろう。
「見ているだけならばわたくしとしても大変結構ですが?」
挑発めいて史華へ声をかける少女、あちらはダメージを癒すために呼吸を整えている。そんな彼女の余裕を崩すため、
「あら。休憩しているという“自由”を選択した気になってるの?」
史華はあえて挑発を返す。僅かな意志の競り合い、そこから動いたのは、
「後悔しますわよ?」
少女だった。鋭いステップと共に飛んでくる蹴り込みはすでに見たもの。ドレスをギリギリでかすめながら回避した史華は、そのままミラーイメージを展開する。
「あら。あなたは履きたい靴を履いて罰を受けたのでしょう?」
史華は言葉を重ねて彼女の心を煽る。
「自業自得。あなたはそれを選んだのかしら。それとも……選ばなかった?」
攻防が交錯する。同じモチーフを持ちながら異なる信条を持つ者の競り合い、それは一瞬で決着する。
「ッ……!」
相打ち覚悟、全霊の一撃。それすら華麗に受けきって蹴りを叩き込んだのは少女の方であった。
「わたくしは自由であると決めたのです。あなたの言葉にだって、縛られたりはしませんわ」
嫣然とほほえみ一礼する彼女。その背後から、
「そうか。なら生のしがらみって奴から……自由にしてやるよ!」
別府 亮がポールアックスを思い切り振り下ろした。
「!」
刃と踵が激しくぶつかり合い火花を散らす。それでも強引に力勝負へもつれ込み、的確に次の攻撃へと繋いでいく。
「こんにちは? こんばんは? 赤靴のエラダムさん。そして死ね」
狂ったような瞳。少女へ対する明確な殺意を乗せてよりスピーディに、よりクリティカルに攻撃を研ぎ澄ませる。
「あなたもずいぶん情熱的ですわね。そんなにわたくしのことが気に入って?」
「単にあんたが目に入ったからさ」
周りの被害を顧みない強引な戦い。今まさに史華が戦っていたことなど一切の考慮に入れず、ただ赤い靴の少女を殺さんという意志だけに満ちた戦い。
「……亮さん! 分かってくれてたんじゃないんですか!?」
そんな彼の戦いから傷つかんとする仲間たちをフォローしているのは
別府 シエン。ルーンを励起させて高速化した彼女は、亮の攻撃に巻き込まれそうになった仲間を引き込んでは息を切らせていた。
シエンの言葉は届かない。亮は自身が暴走していることは正確に理解していたが、それでも己が特異者として“在る”ためにがむしゃらに狂気をぶつけていた。
「観客のことも考えられずにいるんですの?」
「知るかよ! てめえが逃げなきゃそれでいい!」
使い魔である銀翼の守護鳥と共に攻め立てる思考はある。今の彼はただ戦闘のため、殺戮のためだけに意識を費やす機械であった。
そんな彼の姿を見ているとシエンは胸の奥が痛む。
――もしも戦いの中でしか存在を示せないというのなら、亮さんより私の方がよほど“要らない”ことになってしまうのに。
シエンもまたこの戦場で戦えるほど強い特異者ではない。それでも自分に出来ることが無いかとこうして彼女はここに立っている。
傷つき消耗した仲間たちを手当して、そうして戦いに送り出すことしかできない。
「でも……それでも、もう誰も、エラダムさんも苦しませたくないです!」
「――!」
その願いが亮の背に届いたかは分からない。それでも彼が赤い靴の少女とぶつかり合うその間、特異者たちの立て直す時間が出来たのは事実。
戦うことしかできないという彼の捨て鉢な戦いは、しかし、赤い靴の苛烈な攻撃を一手に引き受けるという守りの側面もあったと言えた。