■1-2-2.孤独の石礫
それでも、
「ヘンゼルッ!」
その状態の彼に果敢に挑もうとする者もいる。
成神月 鈴奈は全身から怒りを発しながらヘンゼルへと呼びかけた。
「今度はなんだ!?」
鈴奈の方へと視線が向いた瞬間、彼女はインエスケイパブルによってヘンゼルの懐へと潜り込む。
「――ッ!」
動きを鈍らせられながらも彼は小石を投擲した。微かな距離とはいえその小石を起点に転移したヘンゼルはそのまま鈴奈から逃れようとするが、
「逃しませんよ!」
ヘンゼルの衣服を掴んで引き込んだ彼女は、そのままフェイトブレイクの一撃を叩き込んだ。
「なーーーーッ!?」
掴まれながらも爆発によって身体を揺さぶられるヘンゼル。そこから畳み掛けるように鈴奈は一喝する。
「この大馬鹿者!!」
ディーヴァの力を持つ者の一喝は最早衝撃波。ヘンゼルの身体を殊更に揺さぶり、ダメージこそほとんど無いものの一瞬、その意識を空白へと変える。鈴奈はそのまま彼の身体に絡みつくと、
「この子は何をしてるんですか? 女の子を困らせて投げ捨てて傷つけて! お母さんは貴方をそんな子に育てた覚えはありません!」
そう高らかに叱責の言葉を飛ばしながら、ヘンゼルの尻に平手を叩きつけた。
「!!!」
ダメージを与える目的ではない純粋に羞恥心を与える攻撃。それを受けて彼は顔を赤くしてぶるぶると身体を震わせる。
「中身が大人でも見た目が子供なら、それに相応しい、そして恥ずかしいお仕置きです! 泣いても、ごめんなさいの言葉でも許しません! ちゃんと女の子一人一人に心から謝りなさい!」
ヘンゼルの母になり切るように入り込む鈴奈。親として子を叱ることは当然のこと、しかし――。
「ふざ、けるなッ!」
「ッ!!」
ポケットから漏れ出た小石が一斉に炸裂する。転移ではない、自爆覚悟の爆発によって二人の身体は吹き飛ばされる。
「お前に僕を叱る権利はないッ! 僕を捨て、僕を殺そうとするお前なんかにはさぁ!」
それはヘンゼルの叫びだった。ヘンゼルとグレーテルは口減らしによって母親から切り捨てられた子供の物語――激情の顔を浮かべたヘンゼルは、頭をかきむしるようにしながら小石を構えた。
「今更遅すぎるんだよ!」
放たれる小石の雨。母親からの愛を与えられずに育った物語に縛られた彼にとって、これはある種涙であったのかもしれない。
その石はヘンゼルの怒りそのものとなって特異者たちを襲った。
「それでも……これ以上、君から奪わせたくないし、奪いたくなんてないんだ!」
「なっ!?」
だが、小石たちは空で軌道を変えて互いにぶつかりあって爆発する。いかに小石が小回りの利く優秀な武器だからといって、所詮は小石。
音舞 重韻のパートナーである
リーナ・ファウネス――彼女の“グラヴィトン”による重力制御に抗う術は少ない。
ヘンゼルの対抗手段は手数を増やし、更にリーナの死角を突くことぐらい。しかしそうした絡め手を使おうとすると、
「させませんよ! 私が居る限りねっ!」
メティス・サウンドノートのブラックアウトがヘンゼルの視界を塞ぐ。リーナがヘンゼルへと挑みかかる中で、メティスは即座にヒーリングブレスで仲間たちの傷を癒やしていく。
鈴奈を含めた特異者たちが体勢を立て直しつつ、再度の攻勢を仕掛ける。リーナを攻撃の主軸としながらヘンゼルを少しずつ追い詰めていった。
「……は、はぁ……はぁ……ここまで愛されるってのも悪くないかもね」
ヘンゼルはそんな減らず口を叩きながらもそのダメージを蓄積しつつある。
――このタイミング。リーナの攻撃に合わせて……!
これ以上のダメージを嫌ってワープで逃れようとする瞬間、リーナはグラヴィトンによって転移の軸となる小石の位置をずらす。
「くっ、頭のいい妹は嫌いじゃないけど……!」
「これで……終わりだよ!」
自身のすべての力を開放して大地を踏み抜くリーナ。正に瞬きの間にヘンゼルの懐へと詰め寄った彼女は、全身全霊、最高の蹴りを叩き込んだ。
「これはちょっと、可愛げが無さすぎる……!」
「ごめんなさいね!」
ガードする暇もなく思い切り上空へと吹き飛ばされるヘンゼル。完全な無防備、その瞬間を狙いすましたメティスが目を見開いた。
「ド派手に! ぶっぱと!! まいりましょーーーーー!!!」
圧倒的な熱量、莫大な熱と雷が凝縮されヘンゼルの身体へと叩きつけられる。蓄えた小石すら全て消し飛ばすかのような強烈な魔力の波濤は、弱ったヘンゼルの身体に確かに食らいついた。
「ぐ、こ、うぉおおおっ!!」
身体を焼かれ膝をつくヘンゼルに対して、メティスはイエスタディワンスモアによる追い打ちをかけようとしたが、
「もう一発……っと!?」
ヘンゼルの目の前に新たな人影が現れたことで術式を急停止させる。
「………………」
神前 藤麻。彼女は、此度もエラダムであるヘンゼルを解放するために恩人の外套の力を使って姿を現したのだった。
「き、君は……」
彼女は他の特異者たちに一瞬視線を向けた後、改めてヘンゼルへと手をのばす。これで仮に攻撃されるならば、それはそれで構わないという諦観めいた判断だろう。
――彼女がエラダムを解放し救済しようとしている、という話は聞いていましたが……。
メティスは油断なく構えながらも攻撃を仕掛ける様子はない。今までいずれもこの結果として敵対者が増えた、暴走したという話は聞いていなかったからだ。
「僕を……助けるっていうのか? 何のために?」
「あなたのためではありません。ただ、私は私の信念のために行動しているに過ぎません」
言いながら、藤麻は架空空想の力を解放する。オートメイション――人形を自律させる力を持つドライバー、それをヘンゼルへと差し込んだ。
「う、ぐ、ぐう……」
「空想の欠片、その源はあくまでも使い手のイメージ……」
冷ややかにヘンゼルを見下ろしながら彼女は嘆息する。本来の力の使い手だった人のことを想いながら、オートメイションの力をヘンゼルへと注ぎ込んだ。
操り人形となったものを切り離し、自律したものにするというそのイメージ。それを操り人形となろうとした自分が使うことの皮肉さに藤麻は思わず眉を顰めた。
こうして運命の筋書きから解き放つことは前回もやったこと。精密な機械であるかのように、彼女はその力を制御しヘンゼルを“自律”させるのであった。
「これで、終わりです。これからあなたがどうしようと、あとはあなたの決めること」
「………………」
エラダムとしての強力な力を失ったヘンゼルは、完全に抵抗する気力を失ったようだった。
藤麻は特異者たちもヘンゼルも気にした素振りを見せず、そのまま悠然と立ち去っていく。
「終わった。全部、終わったのか……」
残されたヘンゼルは、大きなため息を吐きながら地面へと横たわった。