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ワンダーランド

名も無き少女の物語 後編

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名も無き少女の物語 後編
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■1-1-1.疑心と誠意

 暗く閉ざされた闇の中で一条の光が射す。太陽の赤々とした色が夜空の藍と混じりコントラストを描いている。微かで、それでも確かな眩さは人の目を奪うように鮮やかだ。

「それでも……空ばかり見てはいられないな」

 黎明の世界から視線を下ろしたコトミヤ・フォーゼルランドは呟きながら前を見据える。

 所々から響く人々の悲鳴。石畳で舗装された街並みに似つかわしくない水の痕跡。それは間違いなく、コトミヤの追う“彼女”が居る証だ。

「ああ! こういう時に限って、男というのは醜い悲鳴を上げるものよね。なんて情けないのかしら!」

 泉の女神。デミによって生み出されたエラダムである彼女は、ただ男に対しての憎悪を発露させている。

「彼女を止めるとしよう。行くぞ、オオカミ」

 グラトニークリスタルから生み出したオオカミと共に泉の女神へ向かう。そんなコトミヤたちが攻めであるとすれば、守るものも居る。

「みんな、みんな! 男たちはわたくしが全部噛みちぎってあげさしあげますわ!」

 自らの足元に広げた水の中に飛び込んだ泉の女神は、離れた場所に新たな泉を生み出した。逃げ惑う一般人を狙ったその泉、普通ならば逃れることなど出来ずに女神の犠牲者となるはずだが、

「すいません、その方々を呑み込むのはご容赦願います……その前に、目の前に噓つきがいますゆえ」

 そう嘯きながら飛び込む影が一つ。

「嘘つきだと最初から言えば許されるとでも思っていらっしゃるの!?」

「いえ。それでもなお守りたいものがある故に」

 そんな宣言をしながらスタッフオブオズを掲げたのは小山田 小太郎だ。彼を中心として生まれた魔力の渦は、女神の展開する泉とせめぎあいながらも民間人を引き寄せる。

「! 小太郎くん!」

「コトミヤ君。ここはひとまず自分にお任せを」

「男のかっこつけなんて今どき流行らないのよ!」

 しかしその代償は大きい。小太郎はそのまま女神の領域である水の中へと引きずり込まれることになる。女神から逃れる事が出来ても窒息は免れず、畢竟、水の中で戦うならば勝ち目は無い。

 全身を包む水の冷たさを感じながら、小太郎はあえてまぶたを閉じる。

 今まさに、街の人々も水の中に沈められつつある。それを魔力の渦、アビサルスワールで手繰り寄せたところで女神に一噛みで食いちぎられる運命だ。

 ――皆さんの『嘗て』を救えなかった者として……皆さんの『今』の行いを、必ず止めます。

 意識を研ぎ澄ませた彼は、自らの中から溢れるものを解き放ちながら目を見開いた。それは彼なりの黎明、人が集うことで生まれる新たな救いの光の世界。

「泉が……消える!?」

「僅かな時間、それでも届くものはある」

 女神の動揺。彼を中心とした領域に彼だけの世界が満ちる。水はなく暖かな光が差し込む世界。そこに水が流れ込むより先に、彼は次の一手を打った。

「空想の竜よ……人々を乗せ、その命を拾い給え」

 小太郎が限界を迎えるよりも早く、果てなき物語より生まれ出でたドラゴンは彼と、人々を乗せて羽ばたいた。

「逃さない。私の牙から逃れようだなんて許さない……!」

「逃げようなどと。しかし――」

 小太郎はもう一手彼女に叩きつけるつもりだった。しかしこの分では僅かに女神の方が早い。相打ち覚悟、そう覚悟して小太郎がある物へと手を伸ばした瞬間、

「いいや。もうひとり居るのをお忘れではないかね!?」

 女神の創り出した泉。それが激しい轟音によってビリビリと震えた。

「――――ッ!!!」

 水の中を伝わる音と衝撃は激しく女神の頭と身体を揺さぶった。コトミヤは二つの架空空想によって、対泉の女神に特化した一撃を完成させていたのだった。

「この、屁理屈男……ッ!」

「これで理屈だけではないと理解してもらえたかな?」

「そういうところが!」

 明らかに体勢を崩した泉の女神。その注目は小太郎から外れ、コトミヤの方へと完全に向いていた。

 ――やりたいことがあるのだろう?

 瞳から雄弁に伝わる意志を受け取った小太郎は、最後の一手を打つため泉の女神へ飛び込んだ。

「自分は、あなたへ……お届け物を持ってきました」

「!?」

 小太郎の瞳には、まるで世界が静止したかのように映っていた。大きく開らかれた女神の口の中へ、一つの料理を叩き込む。

「これは……!」

 それはスープだ。小太郎にとって相棒とも言える男が、泉の女神のために拵えた一品であった。

■□■


 一方で、そのスープを作り出した堀田 小十郎は仲間である睡蓮寺 小夜と共に少し離れた場所で避難誘導に努めていた。

「彼女に、私たちの落とし物は届いただろうか」

「きっと届いたよ。十くんが想いを乗せて作ったんだもの」

「そう願いたいな」

 小十郎が御饌司として刃を振るえば、それは正しく彼の想いの籠もった一皿となる。先だっての戦いではあと一歩手が届かず救えなかった人、その人を救いたいという心が込められていた。

 依然女神と二人の攻防は続いているようだった。そちらへと意識を向けてしまう小太郎に対し、

「ふん……まずは願うより目の前のことに専念したらどうだ?」

 渋蔵 鷹人の皮肉げな声が投げかけられる。長い間共に戦ってきた戦友の言葉に、小十郎の身が引き締まる。

「そうだな。今は一人でも多くの人を助け、救うことが私たちの役目だ」

 二人がそうしたやり取りを進める中で、小夜は大きく深呼吸する。運命の筋書きに囚われた人々はワンダーウォーカーの導きが無くては逃れようとすることさえしない。だからこそ、彼女のように心へ働きかける誰かが必要だ。

「自分の物語を決めるのは、自分だから……その道を自分で決めて歩める光(ウタ)を、届けます……!」

 心へと想いを届けるために小夜はハートスティングを握りしめる。悲しみ、恐怖、怒り。それらが綯い交ぜになった水の波濤を見つめながら彼女は音を紡ぐ。

 黎明の世界へ広がるように小夜の歌が響いていく。それに呼応するかのように、夜と朝の端境で眩い星が瞬いた。

 ――誰かが傷ついて、もう会えなくなるのは……わたしは、嫌なんです……。

 だからこそ誰も傷つかなくてもいいように、と彼女は願いを込める。人々を奮い立たせ、その心の傷を埋めるような歌が人々の心を揺さぶっていく。

 そうした想いは必ず届くものだ。こと、ハートスティングは担い手の声を増幅する力がある。より広くへと届くこの歌は、視界に映らない人々の心すら響かせる力があった。

「流石だな。この手の力は私には無いものだ」

 そう呟いたのは白の騎士。小太郎が助け、小夜の歌声によって目覚めた人々を連れてきたのが彼であった。次から次、運命の筋書きに囚われる人々が増え、それを小夜たちが目覚めさせる。それを拾い、掬い上げるのは騎士の役目だった。

「それぞれが出来ることをやるのがグループってもんだろう」

「グループ?」

 鷹人は端的にそう告げる。彼は人々の護衛であり、小夜の歌を盛り上げる演奏者でもあった。アイドルとして活動していた鷹人は今の“センター”は小夜だと感じていた。だからこそ彼女の魅力を際立たせ、彼女の援護をすることに徹している。

 一人でも多くの人々に想いを届け、正気に返った人々を集めて逃している。正気に戻し、集めるまでが小夜と白の騎士の役割だ。

 そうして集まってきた人々を安全な場所へと導くのが小十郎。

「さあ、こちらへ! 大丈夫、慌てなくても私たちが君たちを守ってみせる!」

 朗々と響く声は人々を落ち着かせる力がある。彼の言葉を聞き誘導に従う人々は、みな一様に肩の力を抜き、整然とした列で避難経路へと進んでいく。

 ――仲間として、グループとして。皆で明日を掴み取って見せよう。

 おおよそ彼らの手によって避難誘導が終わった後、泉の女神もまた小十郎たちへと近づきつつあった。

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