■3-2-1.tell me what YOU call yourself?
「う、ううう……いったい何が起こってるのー!?」
各所で激しい戦いが繰り広げられる中で困惑の声を上げているのは
葉剣 リブレであった。彼女はまるで何も分からないといった風に右往左往していた。
――まるで、ではない。真実彼女は何も知らない。魅力的な登場人物として振る舞うことを諦めた彼女は、過去の“自分”にその命運を託した。
あたりで繰り広げられているのは彼女が“知っている限り”もっとも苛烈な戦場だったといっていい。
「あれは……愚者!? えっ、水野さんも!? ここは、えーっと、ユメ!?」
かつて共に戦った仲間。否、今のリブレにとっては昨日まで共に戦っていた仲間すら別人に感じてしまう。彼女が状況判断をするよりも早く、エラダムの拳が振り下ろされ、
「ぼけっとしてるな、リブレ!」
「えぇっ!?」
激しい爆発が巻き起こる。アレクスのフェイトブレイクによるフォローによってリブレは助けられたのだ。その衝撃か、彼女の懐から一枚の手紙がこぼれ落ちる。
「これは……」
手紙の内容は単純なもの。とにかく仲間たちがピンチだから助けてほしいと願うもの。リブレはそれを読み終えるとぴしゃりと頬を叩いた。
「そうだ。ぼけっとしてる暇はない。よくわかんないけど……仲間のピンチなんだから! さあ、ライトオブライフよ! 夢の中でも煌めけ!」
運命の筋書きのせいもあるのだろう。混乱のままに彼女はとかく仲間を癒やすことだけを考える。自分が倒れても構わないとばかりにただ癒やしの光をあたりへと振りまいた。
その光は仲間たちだけではなく敵すらも癒やしてしまうかもしれない。それでも今は時間稼ぎの方が重要だ。
「旅妖精が動き出した。ならば僕も物語を進めなくちゃね」
ズレた片眼鏡を直しながら少年は笑う。道化師としての表情を貼り付けた彼、
愚者 行進は少女の前へゆっくりと進み出た。
「名前もないお嬢さん、僕は愚者行進の愚か者……無知無能の脇役だけどよろしくな」
「? あなたも遊んでくれるの?」
「もちろん。おどけ、歌い、そして揺らがせるのが道化師の仕事だからさ」
いつの間にか取り出した二枚のカードを巧みに手の中で踊らせながら嘯く道化師。彼はするりとデミの方へと踏み込みながら手元のカードを己の得物へと変化させた。
「みんな君を助けようとしているらしい。それはそうだ、それでこそ主人公だ」
「何の話?」
「希望の物語さ。僕の憧れる主人公たちが紡ぐ、最高の物語だ」
彼はへらへらとまくし立てながら攻めかかるが、一方でまともに少女とやりあおうとはしない。まともに打ち合えば負けることを彼はよく理解していた。
「だから僕もこの身を粉にして示そうと思うんだ。『語られない脇役』にだって物語があることを。主人公だけじゃ物語は紡げないってことを」
彼の言っている意味を少女は理解できない。それも当然、これは単に彼の意思表明にしか過ぎないからだ。例え、どのようなことがあろうと仲間たちの――主人公のために戦い抜くという、そうした意志。
「さて、デミちゃん。主人公ってのは脇役が居るからこそ輝くものなんだ。君の紡いだ物語に……無力な脇役が生きる場所はあるのかな?」
今もなおリブレは自らを犠牲にせんとばかりに癒やしの力を振りまき、アレクスはそんな彼女や仲間たちを守ろうと獅子奮迅の活躍を見せている。
だからこそ“脇役”を名乗る彼は決して膝を折るわけにはいかない。
「さあ。僕ら愚者の行進は何があっても止まらない――」
手を変え品を変え、穿ち、叩き、切り刻む。時に彼女の攻撃自体を利用する。彼の表明に従うように、デミの思考を混乱させるためだけに彼は動いて見せた。
「うん、そうだよね。主役じゃなくたって、とっても大事だよね」
愚者の投げかけた言葉を己の中で噛み砕きながら少女はクレヨンを走らせる。それに合わせて不出来なエラダムたちが積み上がり、巨大な“うろ”を持つ巨人が伸び立った。
「それじゃあ、今度は巨人さん!」
それを見て口笛を鳴らす愚者。特異者として、アリスとして屈指の力を持つ彼でも背筋に寒気が走るほどの力がそこにあった。
「もう! とんでもないわね本当に!」
「まったくこんなポコポコ新しい手を出されたらたまったもんじゃないのだわ!」
メル・メルヒェンは炎を巻き上げてエラダムの進路を塞ぐ。戦戯 嘘と並び立ち、歌い、踊りながら愚者の背を守る。
巨人はメルたちの展開する炎によってあっさりと燃え盛るが倒れる様子はない。逆にうろから炎を吹き出し、あたりに撒き散らし始めた。
しかしエラダムにその力を利用されることを理解していたメルは、そのまま嘘の立ち位置とくるりと入れ替わる。さながらパート・チェンジのように担当が変わり、今度は氷の結晶があたりへと吹きすさんだ。
「私はメル。メル・メルヒェン! 御伽話(メルヒェン)を冠する者! 破り捨てられた日記帳の、その白紙部分から生まれた白紙の女王!」
「私は嘘。戦戯 嘘! 小さな想いから紡がれた、嘘も真に変える主人公! 物語のエンドマークを乗り越えるために来た希望の星なのよっ!」
メルと共に歌を紡ぐ嘘もまた幻想から生まれた存在だ。即ち二人と少女はある点では似通った者たち。
「さぁ、遊びましょうデミちゃん! メルと一緒に、白紙の物語を極彩色に彩りましょう!」
巨人のエラダムの放つ炎と彼女たちの放つ氷が拮抗する。それでもなお迫るエラダムの拳を寸前でかわしながらも、彼女たちは謳うことをやめはしない。