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ワンダーランド

名も無き少女の物語 後編

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名も無き少女の物語 後編
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■3-1-2.名無しの世界

 完全に動きを止めた少女。エラダムだけが脅威となったこの瞬間、

「…………はっ、とんでもないことに気づいてしまいました」

 そんな声がどこかから漏れ出た。リトルフルールの一団として少女の抑えを買って出ていたルルティーナ・アウスレーゼのものである。

「デミさんが自由に世界を作り出せたということはですよ? お揚げ食べ放題の世界も作り出せるということでは……!」

 少女に対するスキルは黎明の世界の影響下ではほぼ無効化されてしまう。完全に仕事を失っていたルルティーナは、己の夢の世界について悶々と夢想してしまっていた。

「お願いしたりすれば……もしや、お揚げ食べ放題の世界なんか作ってくれちゃったり……」

 そんな理想の世界への想像を膨らませる彼女へ、リトルフルールの一部の視線が突き刺さる。特に、パートナーとして行動を共にしている愚者 行進はこれみよがしに笑みを浮かべた。

「ああー! 良いじゃないですか! 乙女のちょっとした夢なんですよー!?」

 仲間たちががやがやとそれに茶々を入れあたりに笑いが漏れる。はっきり言って緊張感が無いにもほどがあったが、

「うーん、なんというか相変わらずですね、ルルちゃんは」

「ふふ、お陰で緊張がほぐれました」

 エラダムへと立ち向かわんとする特異者たちの、ちょっとした心の支えとなっていた。

「ではカナメさん、参りましょうか」

「はいですよ! すぱっと切り進んでお友達を増やしましょう!」

 成神月 真奈美奏梅 詩杏。二人のワンダーウォーカーは、何の気負いもなくエラダムの群れへと飛び込んだ。

 彼女たちが身を寄せるリトルフルールは元々サーカス団。目で楽しみ耳でも楽しむ曲芸集団だ。そして、二人もまたディーヴァであり歌い踊ることを生業としている。

 ――ほんとなら、戦いの場なんかじゃなく、本当のステージで僕たちのパフォーマンスを見てほしいものですが!
 
 だからこそ詩杏は戦う時も楽しむことを忘れない。魔法の赤靴を踏み鳴らし、軽やかにステップを踏みながら魔法を断つことができるという鎌、星刃アステリア・サイズを振るう。

 ――わたしたちが揺らがぬこと。それは必ず仲間たちの道につながるはずです。

 そして詩杏が見て楽しい踊りであれば、一方で真奈美のそれは息を呑むような美しさの舞である。エラダムたちの攻撃を涼しげにくぐり抜けながらペースを保つ様は、仲間たちに安心と勇気を与えることができていた。

 彼女たちの踊りはリトルフルール全体のリズムと混ざり合う。リトルフルールの調子に合わせているのか、それとも彼女たちがその調子を紡いでいるのか。

 どちらであるにせよ真奈美たちは仲間の勢いを感じ取ることができた。だからこそ、最初に踏み出すのも真奈美たちなのだ。

「「道は、わたし達が切り開きます!」」

 それは真奈美と詩杏――の声ではない。真奈美はフィフティ・フィフティの力によって二人に分かれ、力強くエラダムの群れへと踏み込んでいく。

「そして、その背を押すのが僕というわけです!」

 詩杏の放つ風は真奈美や仲間たちの背を押しその形勢を押し込まんと吹き抜ける。二人の真奈美がその手の剣であたりを一気に刈り取ると同時、立ち位置を替えるように奥に控えたエラダムへと詩杏が切り込んだ。

「くっ……! このまま、倒れて、ほしいのですっ!」

 エラダムはその勢いであっても圧倒できるものではなかった。詩杏の振るう鎌の刃が食い込み離れない。エラダムは地面を一気に隆起させると、それを掴んで詩杏へと振るう。

「カナメさん!」

 そこに真奈美が割り込みかろうじてシールドを展開した。激しい衝撃に揺さぶられる二人だったが、なんとか一撃を耐えきることができたのだった。

 そのエラダムを大きく飛び越えるように鮮やかな道が顕れる。騒々しい動物たちの幻影とともに、水野 愛須が走り出す。

「超絶愉しむ愛須ちゃんハイテンションモード見参! 爆裂見参! ですてにー!」

 激しい爆発を都合よく起こしながら愛須は少女の元へと駆けていく。じきに少女は動き出すだろう。愛須はそれよりも早く接触することでより強く彼女の気を引くつもりだった。

――さあ、語ろう踊ろうお互いが傷ついても愉しめよ
  今宵紡ぐ物語は唄えや踊れの大団円
  犬も猫も鳥もウマも鬼も悪魔も愉しく踊れや唄え
  火事と喧嘩も楽しめやぶつかり合うのも多生の縁
  花を愛でるのも楽しめやカワイイものこそ唯一の正義
  飲めや踊れ楽しめ楽しめ今宵こそ一夜の夢なり
  泡沫と夢となりて誰かの記憶に残る
  それは誰かの物語となる

 動物たちとの大合唱。詩杏や真奈美たちにウィンクを一つ送ってから、彼女は高々と飛び上がった。振りかぶるのはインポッシブルブレイカー、不可能の可能にする剣である。

「さーあ! 愛須ちゃんに、つづけぇーい!」

 少女へと叩きつけられた刃は、彼女を守るために現れたエラダムにすんでのところで食い止められてしまった。

「……あー」

 それを皮切りに一気に彼女の中の熱が冷めていく。動物たちは賑やかしだけではなく幻惑の役目もあった。それでもなお届かなかった現実に、彼女はつい我に返ってしまった。

「あれ? おしまい?」

 少女もまたもう少しにぎやかな光景が続くと思っていただった。それでも次の一撃が彼女から放たれることはなく、沈黙が一瞬だけあたりを包む。

 未だ黎明の世界は崩壊していない。それでもデミを攻撃しその気を引く役目は誰かがしなければならない。

 その返答としてデミはクレヨンでインポッシブルブレイカーを描き、それを引き抜こうとしたが、

「待て待て、待ってクダサイッ!」

 震える足を押して飛び込んだのはチェレスティーノ・ビコンズフィールド。デミの前に飛び込むことは命を賭けなければいけないほどの危険な行為だ。それでも彼はなにかを信じて天へ向けて何かを放り上げた。

「? なにするの?」

 それは架空空想によって作られたサイコロ。出た目に応じて様々な力を及ぼす力。それは赤い一の目を見せると、巨大化してびっくり箱のように、ぬいぐるみを撒き散らしながら爆発する。

「わわわぁーっ!」

 チェレスティーノは運が良かった。そもそも黎明の世界においてデミには何の力も通用しない。ただ純粋に、目で見て意識を引けるようなものでなければ意味がないのだ。

「デミちゃん、キミはきっと色々な運命に縛られているのデショウ。けれどキミは“幸福な王子”じゃナイ。自らの足で運命を変えられるのデス!」

 それは彼なりの誠意の言葉だった。デミが抱えている宿命、その胸にあるだろうわだかまり。それらを引き出すよう、彼は懸命に、ときにはユーモアを利かせて語りかけた。

 しかしデミは眉をしかめる。不快だったからではない、今の彼女には悩みも葛藤も、それを感じるような心は“削除”されている。身に覚えがないようなことについて話されているようなそんな感覚を抱いたのだ。

「うーん、楽しかったけどもういいや」

 そう言いながら改めて彼女は剣を振り下ろす。不可能を可能にする剣――それは奇しくもチェレスティーノが持つ剣、シャーロット・フルールとお揃いの“トワイライトブレイカー”と同種の力を持つ刃であった。

「や、らせるかぁ!」

 その身を掠めるだけでも致命打になりかねない一撃。チェレスティーノに降りかかる死の運命を、シャーロットの従者たるアレクス・エメロードは真っ向から受け止めた。

「……!!」

 彼の構えた盾に刃が食い込みたやすくひしゃげさせる。受け止めた腕はただ一撃でビリビリとしびれ感覚を鈍らせる。それでもアレクスはチェレスティーノを守りきった。

「下がれティーノ、シアンのところにでも行ってろ!」

「は、ハイっ!」

 アレクスは、離脱していくチェレスティーノの様子を見る余裕すらなくそのままデミへと意識を向ける。一方で彼女は、そんなアレクスのことをじっと見つめていた。

「あ、この間の……」

「はっ、覚えてたかよデミ公。ちったぁ感謝しろよ? あの時お前を守ったのは俺なんだぜ」

 あの時。左脳がデミを殺そうと全ての力を振り絞ったあの一件、彼はデミを守るものとしてその力に立ち向かった。あの時、お互いにやりとりする隙はなかったのだが、さすがにそれは覚えていたようでもあった。

「うーん、こういう時はありがとう、かな?」

「それでいい。俺が守ってやんなきゃ今頃死んでたんだからよ」

「死んでた? デミが? ふーん」

 リトルフルールでも屈指の実力を持つ彼ですら死ぬ可能性があるほどの状況とは思えないほどの脳天気な会話。語りかければすぐに意識が逸れるのはアレクスにとって幸いなことでもあり、

 ――ほんと。こいつは何かが抜け落ちてんだろうな。

 デミの身に背負わされた一種の悲劇、それを痛感させるものでもあった。

「さて……ここからが正念場ってわけだ。お前にゃ覚悟なんてもんはないだろうが……ちょっとは気を引き締めろよ!」

 高らかな宣言。リトルフルールや特異者たちによる、少女のための戦いはここからが本番だ。未だ少女の護りが揺らがない中、それでも特異者たちの瞳から闘志が消えることはなかった。

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