◆『天地創造の書』の奥付を見るために(1)
光の鎖でグルグル巻きになっている『天地創造の書』は、ステージが一番よく見える位置にふわふわと浮かんでいる。
まるで「お手並み拝見といこうか」という意思を持っているかのように……。
***
聖歌庁が小世界を住民もろとも滅ぼそうとしていることに、リトルフルールのメンバーも戸惑いと憤りを隠せないでいた。
「あの人たち、そんな悪いことする人たちだったっけ……?」
虹村 歌音が信じられないという表情で首を傾げると、
ウィリアム・ヘルツハフトが自分なりの推理をする。
「俄かには信じがたいが、そこまでしなければならないほどの『邪悪』が潜んでいる、ということか?」
「もし本当なら、『特異者』として放っておけない事態です」
「その真意を確かめるためにも、まずはその世界に行くための手段を確立しないとな」
草薙 コロナと
草薙 大和も頷き合う。
とにかく聖歌庁の悪逆を阻止するためには、これまで縁のあったグランスタのアイドルにも協力してもらってリトルフルールらしい世界創造のライブをするのが先決だ。
*
奏梅 詩杏は神様に近付いて、礼儀正しく挨拶した。
「神様、ご機嫌ようなのです。ちゃんと挨拶するのは初めてですかね? リトルフルールの星の魔女こと、奏梅詩杏なのです。どうぞよろしくですよ」
「こちらこそ、よろしくね~」
「神様のお母様、とても気になるですね!」
「そうなんだよ~」
優しい詩音の気遣いに、神様は眉尻を下げた。
「神様ちゃんのママっ! めっちゃ興味あるんだけど!」
詩杏と神様が話している所に割って入ったのは
シャーロット・フルール。
「神様ちゃん面白いし、優しいし、殴り愛でお互いにクロスカウンター決めた仲だし☆ そんな神様ちゃんの生まれ故郷とか乗り込まなきゃ損っしょ!」
「って待ってシャロちゃん。クロスカウンター決めた仲ってなんですか!? そのノリで神様の故郷に突撃かまそうって不敬なのではですよ!?」
詩杏のツッコミが追いつかない間に、シャーロットの話はどんどん先に行ってしまう。
「新たな野望に燃えるとーやちゃんもいい感じ♪ 欲望は生きる原動力だもんね☆ 新世界、つまりまだ見ぬ新たなファンの消滅を許してなるものか! 利害一致ってことで今回はよろしくっ」
「うん、よろしく頼むね!」
つむじ風のような勢いのシャーロットに対しても、神様は気圧されることはないようだ。
「野望はまぁいいんですけど、僕らの未来のファンを減らされるのは困るので、封印の解除に協力するのです」
詩杏もライブには乗り気になっている。
神様に挨拶を終えた詩杏は、
魔王ライと
虹村詩音を見つけて駆け寄った。
「ライちゃん、詩音ちゃん、こんにちわです」
ライが「今日は闇じゃないのね?」と尋ねると、
「今回のライブではこっちの方が都合がいいので光なのです」
詩杏はえっへんと胸を張った。
「僕は光の守り人。光を守るためなら、力を選ばないのですよ♪」
「なるほど~」とライと詩音は感心して詩杏を見る。
「ふふっ、詩音も元気そうだ
ね」と詩音の後ろから声を掛けたのは姉の歌音。
「あ、お姉ちゃん!」
振り返った詩音は輝く笑顔を見せた。あれから研鑽を積んでいるのだろう、垢ぬけた表情はすっかりアイドルのそれだ。
「詩音、アイドル活動頑張ってるかな。ライちゃんとは仲良くやってる?」
「ふふっ、安心して。目標に向かって毎日努力してるから。今は先輩としてライちゃんに歌を教えてあげてるのよ」
「そうなの!? やるじゃない」
歌音は、詩音がアイドルとして確実に成長しているのが嬉しい。
「今日は久々に、お姉ちゃんと一緒にライブしよっか」
「うん、楽しみだわ!」
邂逅を喜び合っているライや詩音を、大和は少し離れてバツの悪そうな顔で見ていた。
前回ライと会った時、大和は完璧に勇者役を演じていたので、再びここで魔王と会うのは何とも気まずい。
(詩音さんはともかく、魔王ライとは少々顔を合わせづらいな。勇者役が演技だったことを既に知ってくれていればいいんだが……)
大和は気を揉んでいるが、ライは後からあの時の真相を聞かされたので、今は何も気にしていない。
現に、大和に気付いたライは、
「はふ! 勇者ヤマト! 久しぶりなのね」
ひらひらと手を振って自分から声を掛けた。
「や、やあ、久しぶり。……元気だったか?」
ライの事情をまだ知らない勇者ヤマトの方が、たじたじである。
「ライちゃんおっひさー♪ 今日はライバルタッグの究極ライブと洒落込もっ☆」
シャーロットがライに抱きついた。
「はふっ!」
いきなり抱きつかれたライは驚いて一瞬嬉しそうに頬が緩んだが、すぐに表情を引き締めた。
「んでもっ、私は魔王なんだから世界を悲鳴で満たす役目なのね。今日みたいな目的のライブに参加したら、皆の足を引っ張るなのね」
「ちっちっちっ」
シャーロットは立てた人差し指を横に振った。
「光と闇は表裏一体。闇の中でこそ光はより輝きを増し、光があるからこそ闇が際立つものなんだよ! そんなカオスで楽しい世界がボクの理想♪」
「そーだぞ。シャロも品行方正なアイドルとは言い難ぇしな。つーか妖精魔王だし」
憎まれ口をたたく
アレクス・エメロードを、シャーロットは容赦なくドカッと蹴った。
「ぐへっ!?」
蹴られた所をさすりながら、アレクスはライに顔を向けた。
「な、納得……だろ? 夢や希望なんて人によりけりだ。ライの悲鳴が聞きたい、周りをキャーキャー言わせて人気者になりたいってのも立派な夢だし、手段選べば悪い事じゃねぇんだぜ」
にやりと笑ってみせるアレクス。
「じゃあ……私もライブに出るの。魔王アイドルとして!」
「にゃはは~、そう来なくっちゃ!」
無邪気に喜ぶシャーロットに跪いて恭しく礼をしたアレクスが、
「楽しい悲鳴が溢れる新世界、その創造の手伝い、不肖アレクスが務めましょう、お姫様」
下から見上げてウインクした。
にっこり笑ったシャーロットは皆の方へくるりと振り向くと、夢の世界へ誘う魔法の呪文(口上)を唱えた。
「さぁ、妖精サーカスリトルフルール、愛され魔王ライちゃんをゲストに加え、今日も面白楽しくいってみよー☆」
リトルフルールのメンバー7人に続いて詩音とライがステージに駆け上がった。
「現れ出でよ、妖精郷!」
シャーロットが得意技の【ツリーオブライフ】を発動。
草花や樹木がにょきにょきと生え、見る見るうちにそこは命溢れる森の中の景色になった。
その風景に合うように、詩杏が【神威ミズヤレハナ】を発動して周囲一帯を満開の花が咲き誇る世界にした。更に【エタニティシャイン】で花火のような光を満たし、美しい妖精郷を演出していった。
【メイクピース】を華麗に着こなしたアレクスは、まず【ライブ・ライティング】で巨大な白紙の本の幻影を出現させた。
次に、大切な姫の傍らに仕える騎士の如く寄り添って、【極光のクラヴィコード】を奏でつつフルールの妖精物語を歌うと、その歌の内容通りの絵が白紙の本に描かれていく。
描かれるのは、笑いあり涙ありの冒険活劇。
絵本のような絵柄はネヴァーランドのようにメルヘンで、セブンスフォールのように広大な世界を次々に描き出す。
そこに登場するのは妖精はもちろん、【≪星獣≫シュテルンヴォルフ】を掛け合わせたトランペットイヌの【≪星獣≫シュヴィ】のような不思議な獣。
本から飛び出したみたいに【スイッチ:百火夜光】で炎の妖獣たちも現れては駆け巡る。
多様なものが暮らす世界を描きながら、アレクスは幸福な夢を見る心持ちでいた。
(ライみてぇな魔王や、遺跡を探れば俺みてぇな機械さえも、未知と可能性、命と自然、浪漫溢れる……)
アレクスはふと、元気に飛び回るシャーロットに優しい眼差しを向けた。
(それが、俺から君に贈る白昼夢……)
そんなアレクスの眼差しに気付くことなく、シャーロットは詩杏の出した【スイッチ:アポロンズフィールド】に乗り込んだ。歌音とライも一緒だ。
3人は宙に浮く光のステージに乗ってゆっくり移動しながら【#うちで歌おう】でファンの心に呼びかけた。
歌音は【#うちで歌おう】で歌いながら【スイッチ:アポロンズフィールド】で別の足場を作って、詩音とコロナ、大和の3人を乗せた。
そしてその光のステージの上に【フュージョン・メロディリウム】を展開して、空に虹がかかり、花々が咲き乱れ、鳥や動物たちが飛び回る世界の光景を創造した。
詩杏も皆に合わせて【スイッチ:人の為の歌】で存在感を表して歌う。
(僕は二次元が大好き、そしてリトルフルールやフェスタや僕を大切にしてくれる皆が大好きなのです! だから、皆が笑顔になれる世界がいいなーです!!)
歌音や詩杏、シャーロットの歌声に、詩音とライの声も重ね合わさって、【グランド・クロス】で澄んだ歌声がホール内に響いていた。
光のステージ上で歌う詩音の横では、大和とコロナは剣舞を行っている。
コロナは【ドラグーン】のスタイル、大和は【天津剣士】のスタイルで、いつも通り息の合ったパフォーマンスを披露するのだ。
今回の剣舞で表現するのは『神々までをも楽しませる世界』。
命溢れる森の中、歌う木々や花々、幻獣たちの戯れる世界に、神々もこぞって遊びに来ているような眩い幻想世界をイメージしている。
コロナは【レイジオブビースト】でしなやかで躍動感のあるダンスを取り入れつつ、【テュフォンの騒乱】で物々しい雰囲気を作って次への期待感を高め、【セット・アドヴァンス】で天候を変えて嵐を呼び起こし、大和の『神威顕現』を一層盛り上げるお膳立てをした。
その嵐の中で大和が【神威カグツチ】で炎をまとって火の粉を散らす舞を舞った後、【神威ワダツミ】で龍と共に日に反射する美しい飛沫をまとった舞を披露した。
次にコロナは嵐の雲を引き裂いて晴天を呼び、【ブレイクアップサルテーション】でオーロラを放った。オーロラのカーテンが揺れる下で大和は【神威ウズメ】で美しい女神の幻を現し、一層激しい舞を披露していた。
ステージ上の全てのパフォーマンスを客観的に見て、バランスを調整しながら演出をしているのはウィリアムだ。
【SSSビューイング】で巨大ディスプレイを空中に展開して後ろの方の人にも見えるようにしておき、【高潔の夜霧】の夜霧や流れ星と【ザ・ファーストデイ】の縦横無尽に放たれる光で、幻想的な雰囲気を加えている。
大和の『神威顕現』が始まると、『神の顕現』を強調するような物々しい雰囲気を演出し、コロナが天候を操り、晴れ渡る空にオーロラを顕現させた時には、荘厳で盛大な『新世界からの祝福』をイメージした雰囲気にアレンジしていた。
アレクスが描いた幻獣たちに囲まれて、皆で歌っているのは『行ってみたい、作ってみたい世界』だ。
ウィリアムは【リミックスアプローチ】で、歌姫たちが歌う歌の曲調にアレンジを施した。
魔王に妖精、機械に人間
皆同じじゃつまんない
色んな姿
色んな種族
虹の七色みたいに鮮やかで
楽しい世界へ行ってみたい♪
山を登ればドラゴンが
森を進めば妖精が☆
海を行けば吸血鬼が海を割る!
ここでシャーロットは、【饗しの海】でモーセみたいに水を割ってみせた。
小さくまとまっちゃつまんない
そんなカオスでファンタジー
計り知れない程ダイナミックで
未知と自然が溢れる世界がボクの理想!
最後は歌音が『おいでませ、フルールの森! 今日から君もリトフルの一員だ!』という気持ちで【スイッチ:愛しき過日】を使用して、リトルフルールのライブの記憶を皆に追体験してもらった。
シャーロットは【我が王国】で、望んだ世界の光景を一瞬だけ大陸規模で表した。
詩杏が【雨恋いの青い鳥】で青い小鳥を飛ばし、光を雨のように降らせて光の洪水みたいにした。
と同時にアレクスが【君に贈る白昼夢】を発動したため、皆は夢の中でその世界を味わった。
リトルフルールと詩音とライによる豪華な世界創造ライブは、素敵な夢の余韻を残して終了した。