どうか、手を伸ばして
俯きながら立っているアンラは何かを呟いていた。
だが、その声は小さく聞き取れない。
近付こうにもアンラを囲うようにノイズが渦巻いていて近付くことが出来ない。
何人かのライブと雲人とのやりとりを経て僅かに見えた希望だったが、あと一歩、アンラを助けるには足りないようで……。
――……~~~~♪
打つ手無しと思われた状況で耳に届いたのは歌声だった。
果たしてそれは誰の歌声だったのか。いや、それよりも――歌声ならば、曲ならば、アンラへ届くのでは、とその場にいた全員の考えが一致した。
そう再びライブタイムに突入だ。
先程歌った心美たちや優たちも再びライブを再開する。今度こそ、最後まで自分たちの想いをアンラに届ける為に。
(少数派の淘汰への憤り……、まだ晴らしたワケじゃないんだろう? 戻ってこい……!)
心美はアンラにそう問いかける気持ちで【クリムゾン・ブレイズ】を弾く。
『言葉もなく剣戟で交わす紅の誓い
約束を刻んだ瞳(め)で運命(さだめ)を見つめ
稲妻と業火が交錯する紅の誓い
熱く猛る心と絆を胸に抱く』
心愛は【翼を託す者】でアンラの背に1対の翼の幻影を出現させる。
(この悪夢から抜け出す為の、自由の翼を。貴女はきっと羽ばたけます。その為のきっかけと力を貴女に……!)
『希望の欠片を拾い集め
行こう 明日が待ってる』
【紅の誓い】のラストワードと共に心美は【スイッチ:愛憎の檻】で愛情を具現化した光の帳を下ろし、温かな光が降り注ぐ。
(今歌った曲、『紅の誓い』は、アタシがフェスタに入学したての頃、初めて作曲した思い出の曲だ。
アイドルへの憧れ、未来への期待、目に見えない不安……、色んな感情を思い出す。一番最初に感じていたもの。
それは芸能人になった今でも、一瞬たりとも忘れたことは無い。
だからアンラも過去の夢や感情を否定しなくていいんだ。
全て自分の一部。受け入れて進む事もまた人生さ。
暴走しそうになったら、また止めてやる。
それがダチってもんだろ?)
懸命に、懸命に心美はアンラの心へとメッセージを送り続ける。
(さぁ悪夢はもう終わりです。
フェスタのみんなが、貴女の目覚めを待っています。
そして……、貴女の心の想い人も)
心愛も同じように懸命にアンラの心へメッセージを伝えようと真っ直ぐにアンラを見つめる。
「わ、私……は……」
アンラを取り巻くノイズが揺らぐ。
まるで心美たちのライブがアンラの心をノックしているかのように。
「ライブタイトルは『星は巡り夜は彼方に、そして陽光と踊る朝』。
夜の世界から始まって、光射す陽の世界へとアンラちゃんを導いていくように」
空莉・ヴィルトールはそう言って【ミスティルテイン】をアンラの心の輪郭をなぞる鍵に見立てる。それはしなやかでとても美しい。
アンラの夢の中である真っ暗な空に【朧月夜の御神渡り】の鏡面世界を重ね、月明かり一つの〝夜の世界〟を構築する。
『届かなかった夢も、掴めなかった掌も、今はきっと鏡写しの螺旋の向こう
たとえ痛みの破片が身を裂いても、代わりに光のカケラをそっと置いていくの』
空莉が歌うのは【陽灯の揺り籠】。きっと今はまだ真っ暗なアンラの心に寄り添うように優しく。
『見守り、慈しみ、愛を唱えて
そうしていつしか想いの海の残滓に成り果てても』
空莉は歌いながら【聖夜を徃く】の赤色とチェック柄、白いファーが特徴的なライブ衣装の裾を翻し、まるで重力などそこにないかのようにステップダンスを刻み記す。
自分の周りに浮かぶ小さな星々へと手を伸ばした瞬間――【シューティングスター】によって天から降り注ぐ煌めき。それは漆黒の世界に楔を穿つ萌芽。
『カタチを無くしたあなたの体を優しく抱きしめて
〝ここにいて欲しい〟ただそれだけを、体温と一緒に伝えるよ』
【スイッチ:イカロス・ソア】で空莉は自分の背に巨大な翼を具現化させるとたおやかに羽ばたかせる。
神々しい光がアンラを照らす。
(――届くかな?)
ノイズに囲まれたアンラ。
それでも光はまだ届く。取り込まれてしまったわけではない。問題はアンラの心に届いているかで……。
「わ、私に構わないで!!」
どうにもならない。どうしようもない。
どうしてもこの体の中に、心の中に、嫌でも湧いてくる怒りが、忘れられない恋心の苦しみが自分を自分でなくさせる。
アンラの意思かそれとも別物か。
空莉を敵とし、ノイズは鋭い刃へと形を変える。
先程まではたくさんの刃を作り上げていたが、今は片手ほどの数しかない。だが確実に空莉を目掛けて刃が飛んでくる。
(私は絶対にあきらめない)
具現化させた翼を失う代わりに得た一時的な移動速度の上昇。それをもってアンラのノイズで出来た刃を躱す。
空莉が翼を散らして得た力は傷つけるためではなく、アンラと〝陽の世界〟を繋げるために。
『寄り添って歩いていこう
今度はあなたを照らしてくれる場所を、探しにいこう』
曲調とリンクさせるように【スイッチ:天火明命の目覚め】で太陽のように眩く燃え上がる巨大な光球をゆっくりと昇らせて。
(あなたの心の中の、ずっとずっと奥底まで――もぐって会いにいくよ、照らしにいくよ)
空莉がアンラに伝えたかった気持ち、想い、その全てを歌とパフォーマンスに乗せる。
アンラの心に確かな灯火をともすために。
「さぁアンラちゃん。一緒に帰ろっ♪」
空莉はそう言ってアンラに笑顔を向けた。
「一緒……に……?」
アンラの表情に戸惑いが見える。
そこへ畳み掛けるように響いたのは凛菜が歌う【ワールド☆ミッションNext!】だ。
凛菜の口元近くには【スターオービットspec-2】が浮かび、凛菜が動くたびにキラキラと軌跡を描く。
凛菜の真っ直ぐな情熱を乗せたライブパフォーマンスをサポートするのは舞花だ。
【SSSビューイング】で空中ディスプレイを多数出現させてライブを絢爛に演出する。
舞花本人は凛菜の後方に立ち、【バンドマスターグローブ】でギターのホログラムを現出させ、【コンビネーションチャンス2】の効果も活かして見事な連携を見せる。
凛菜が歌う【ワールド☆ミッションNext!】はかつて『ヒロイックソングス!』のライブイベント時、世界を盛り上げる為に奮戦する“誰か”ことアンラを讃えて凛菜が歌った曲のリミックスヴァージョンだ。
凛菜は唯一の観客であるアンラに【ブライトレスポンス】で呼びかける。
(アンラさん、思い出してください。『ヒロイックソングス!』に参加された時の気持ちを!)
アンラのファンでもある凛菜が願う。
舞花は【信念の光刃】を使い、信念の輝きが強ければ強いほど刃の輝きが増すという光の刃を周囲に展開する。
光刃の輝きと共に舞花の懸命な演奏が凛菜を支えて。
曲のクライマックスに合わせて凛菜がアンラに【フュージョン・メロディリウム】で見せるのは――。
(あの『ヒロイックソングス!』の光景です)
凛菜が【フュージョン・メロディリウム】を使ったのはある意味、賭けのようなものだった。
この技はリンクミュージシャンの大技であるが、ライブを拒否する相手の意識にリンクさせることは非常に難しいからだ。
「これ、は……。これは…………!!」
アンラの反応に無事、リンクさせることが出来たと察する凛菜。