アンラの気持ち
アンラの叫びを聞き、特異者たちはアンラの元へと急いでいた。
夢の世界は先程よりも更に暗くなり、アンラの内なる負の感情と連動しているようだ。
アンラの傍では心美と心愛が【神格のカリスマ】を纏い、ライブをスタートさせたところだった。
心美専用のエレキギターである【クリムゾン・ブレイズ】が炎を滾らせ、演奏が始まる。
歌う曲は心美の十八番でもある【紅の誓い】だ。
心美が【紅の誓い】の出だしを演奏し始めると心愛は【≪星獣≫しまちゃん】を呼び出した。
愛らしいシマエナガのような姿のそのフルートバードはぱたぱたと心愛の傍を飛び回っている。
そんなしまちゃんを心愛は【スターフォール・ポテンシャル・改】で大きなしまちゃんへと変化させ、その背に乗って飛び立った。
「演奏を続け、アンラさんのノイズによる攻撃を躱し、彼女に曲とメッセージを届ける為に、しまちゃん……力を貸してください」
心愛の言葉にしまちゃんは小さく鳴いて返事を返す。
『始まりは突然 初めて見る空
アタシの日常は終わりを告げた
出会いは必然 同じ目と同じ髪
アタシの心が熱く焦がれた』
心美は歌い始めながら、【蹂躙するダークロード】を使い、ノイズを足場にしてアンラの近くにいた怪物からの腕を振り回すような攻撃を躱した。
そのまま、ノイズで作った足場を踏んで加速しながら縦横無尽に駆け巡る。
加速する体と一緒に心美のビートの激しさも勢いを増していく。
『必ず辿り着くと
赤く染まる空に手を伸ばした』
(アンラ、のんびり寝ているヒマなんて無いよ。
アンタの中の恋の炎は、まだ消えてはいない)
目の前のアンラを通して、心美は現実のアンラにも心の中で声をかけ続けていた。
「なんっにも、なんっっっっにも、知らないくせにッ!!!」
アンラは耳を塞ぎ、叫び声を上げる。
まるでかけられた声を振り払うかのようにアンラが腕を振り回せば、振り払われたようにノイズが鋭い刃となって特異者たちを襲った。
アンラのノイズによる攻撃は心美たちだけでなく、優たちのところにも飛んできていた。
「……痛、っ……」
夢であるにも関わらず、飛んできた刃によってつけられた傷は痛みと共にアンラの苦しみや悲しみをも流れてくるようだった。
そんな苦しみや悲しみに包み込まれているアンラに優たちはいち早く自分たちの曲と気持ちを伝えようと奮い立つ。
【【スタイル】ウィザード】で頭の回転を速めたアイリスは【コントラクト・オブ・グリート】を使い、自分の扱う力の広域化を図る。
そして【ゼロプラス】を仲間の芸器に施すことでその力を高め上げる。
レジェヴァロニーエは【【スタイル】ディーヴァ】の力でルージュとユニゾンを行う。
その上で【【Dチップ】プリマドンナ】の力をルージュに引き継ぎ、ルージュの能力を強化する。
(後は彼女達が想いを届けられるように全力で力を貸すのみだ)
そうなりたくない、だが気が付けばその想いが止まらない、自分もそういう側面がある事実。
大切な人に視て欲しい、だが届かない。
それでも少しでも自分にとっての理想とする良い人物になる為にそのおぞましいと思う自分も認め、共に進むと決めた想い。
そして同じように傷ついた人達に少しでも前に向けるように、恥ずかしいことでない事、自分だけじゃない、他にもいるんだよと伝えたい慈愛と愛。
(その想い、必ずアンラにも届くさ)
レジェヴァロニーエは確信を持って信じていた。
レジェヴァロニーエとユニゾンしたルージュと優が視線を交わし合う。
ルージュが【U.ハーモナイズクエイク】でライブ会場を作成し、アンラにより想いが届くようにする。
ルージュと優のユニット:PairHeroinsが歌うのはレジェヴァロニーエの持つ曲【フォアード】だ。
その曲を体全てを使った、切実な思いを伝える振り付けと共に愛と慈愛を込めて歌う。
ルージュが能力を高めた【DF.クォーツボウギター】を奏でると、弾き手であるルージュに応えるようにソウルドロップが共鳴し合う。
【【スタイル】シンクロナイザー】の力を持ってルージュがアンラに伝えたかったのは『自分と向き合えているからありのままで大丈夫』という言葉と想いだ。
ルージュの【【スタイル】ミューズ】のカリスマが宿った歌声と共に【ミルティルテイン】の力を借りた優が愛と慈愛を込めた優しい歌声で【フォアード】を歌う。
ルージュが伝えたかった想いと同じように、優もまたアンラには『そのままでいいんだよ』と伝えたいと強く思っていた。
(彼女は向き合えている、流されていない。それだけで十分なのです)
優は心の中でそう思いながら歌い紡ぐ。
アイリスが使った【キラキラオーラ】の効果により、アンラの視線は優とルージュへと注がれる。
更に歌を届けるだけではノイズで届きにくいかもしれないと【SSSビューイング】を使って小さく分割したディスプレイをアンラの周りに複数展開した。
これで、たとえアンラが目を逸らしても、顔を背けても画面に映し出される二人の歌が聞こえることだろう。
「しつっっっこい、のよっっっ!!」
アンラは再び苛立たしげに声を荒らげ、優とルージュへ怪物をけしかけた。
アンラの怒りをそのまま体現するかのように大きく腕を振り回す怪物。その腕はいつしか刃と一体化したようになっている。
ルージュはその攻撃を旋律に乗せた【スイッチ:バルドルの慈愛】によって作り出された薄い光の防御壁で防いだ。
【スイッチ:バルドルの慈愛】による効果はただ防御するだけではない。
癒しの旋律や歌を聴く者の魂の深くまで染み渡らせ、持続的な癒しの効果を与えることも可能とするのだ。
そのためルージュは【フォアード】の最初の部分を【神風のララバイ】の歌唱法で歌うことでリラックスし、安らいで落ち着いてこちらの想いを聞くきっかけを作ろうとしたのだ。
「な、んで……」
まだノイズは消えていない。世界も暗く、荒野が広がるばかり。それでもアンラの意識が僅かにこちらへと向いた好機を優は見逃さなかった。
優は【清き水龍】を放ち、空からは不思議な雨が降り注いで荒野を濡らす。アンラの意識が完全にこちらへと向けられている事を確信した優は【【スタイル】ストーリーテラー】の力で優しい雰囲気を出しながら【ライブ・ライティング】で歌に合わせてお話を見てもらうことにした。
それはとある少女の物語。
頑張って自分の悪い所を否定し続けて傷つく無限ループから、優しく手を差し伸べられてありのままの自分を受け入れ、一歩進んで半歩戻るを繰り返しながらも理想に向かって行く少女の姿を。
そして最後には恋が結ばれ愛となる物語を。
「…………そんなの……そんな風に、上手くいくわけないじゃないっ!!!」
アンラは確かに優たちのお話に魅入っていた。
それでもアンラはそんな風になれるとは思えなかった。
アンラが叫んだ声に涙の色が混じる。
「あの頃の気持ちなんて……そんなの……!!」
はるか昔、世界に「悪」の概念もほとんど無かった頃……秋太郎に恋をしていた自分を思い出すアンラ。
もうそれは昔のいい思い出なのだと気持ちを昇華させたつもりでいた。そうでなくても今の秋太郎の傍には彼を想うマルベルがいるのだから、と。
それでも……忘れようと考えるのは、結局忘れられていないのと同じことで……。
「もう……どうだっていい……」
ゆらり、立ち上がったアンラの背後には先程まで生み出していた怪物よりも更に大きなノイズが集まり始めていた。
あの大きさのノイズが怪物として形作られてしまえば、アンラを救うことは出来なくなるかもしれない。