眠りへの誘い 前編
広々としたレッスンルームへと案内されたのは総勢で30名程度の面々だ。
ここへ案内されたのはアンラを助けに夢の中へと赴くことを目的とする者と、夢の中へ行く手助けをすることを目的とする者だ。
集まった面々がそれぞれ準備をしている中
(デスパレードとしては正義の鉄槌で眠らせる(物理)一択!)
等と考え、拳をぐっと握る
葵 司。まぁ冗談なのだが。
とは言え、要望があれば迷わずやるようで先程から手を握ったり開いたりを繰り返している。
夢の中へと向かうメンバーたちは自然と壁側へと集まった。各々、壁によりかかったり、寝転がったりしている。
自然とレッスンルームの真ん中が開けたことにより、夢へと誘うメンバーたちはそこでパフォーマンスを行うこととなった。
さて、と真面目な顔になった司が一番手を担う。
【グリムフォール】と【星繋ぎのプラネタリウム】を使い、雰囲気作りだ。
レッスンルームはゆっくりと薄暗くなり、夜気のようなひんやりと澄んだ空気と星や星座のエフェクトに包まれる。
(暗けりゃ眠れるなんて単純なもんじゃねーけどやっぱり明るいよりはいいと思うんだよな)
レッスンルームを包む空気に満足そうに頷く司。
(ここでスリープウィスパーをかけりゃ効果は抜群ってもんだろう)
そう分かってはいるが司の頭の中に一抹の不安が過ぎる。
(問題なのは俺が野郎で子守歌のイメージからは程遠いってことだ)
子守歌のイメージからして母親のような優しく包み込むような温もりのある歌声が理想だったが、残念ながら自分にはそういう声を出せそうにはない。
結果、司はあえて荒々しく攻めるという方法を取った。
『夢は叶わないから夢と呼ぶ
だけど叶えたいから夢を見る
寝るのは夢に溺れるためじゃない
起きるのは夢を忘れるためじゃない
夢を夢で終わらせない
そんな自分に会うために
さあ今は瞼を閉じよう』
こんな自分の説教臭い【スリープウィスパー】で寝てくれる律儀なやつはいないだろうと、司は更に【欲張りなユートピア・ユーフォリア】で夢の中へ向かう人達を【ウェア・オフトン】へと衣装替えさせる。
(さらに掛布団もがんがん降らすぞ。持ってけドロボーってな)
風船ではあるものの司が望むままにレッスンルームには掛布団がふわふわと降ってきた。
その中には『マナPの膝枕型枕』もこっそり紛れていたとか何とか。
自分に出来ることはやりきったと司が一礼し、パフォーマンスを終える。
二番手を担う
龍造寺 八玖斗は【迦具夜の月人衣】を纏ってレッスンルームの中心へと歩み出た。
(今度は悪夢か、また世界的にややこしい事になって来たなぁ)
今回の話を最初に聞いた時、八玖斗はそう感じた。
今までの経験が八玖斗に何かを示唆しているような、そんな感じが。
(夢に送り込む為に寝かすか、どうしていいか分からんが環境を整えてやるか)
物理的な方法や怪しげな薬を使うと言うなら話は別だが、自然に寝てもらう形を取るとなると方法は限られてくる。
レッスンルームの中心でまずは一舞と八玖斗は【ライムシャワー】を周囲へと振り撒いた。
八玖斗の動きに合わせてシャボン玉が飛び、その中から柑橘系の香りがふわりと漂って鼻孔をくすぐる。
さすがにこの香りで眠るとは思わないが、リラクゼーションアロマのような効果になるのではと八玖斗は期待していた。
――トン、トトン。トン、トトン。
【月に跳ぶ兎】により、八玖斗にはふわふわの兎耳と兎尻尾が生える。
跳ね回るようなダンスをしながら
『むかしむかし、月のお話 青い星にも兎が居る それを聞いた兎 ずっとずっと跳ねる 遠い君に会う為』
と歌い始めた。
兎耳を揺らし、纏った月人衣を翻すような大きな動きでゆったりと舞う事で眠りにくくなりそうな忙しなさは出さないように気をつける。
『他の仲間はムリと笑う でも僕は会いたいんだ まだ見ぬ仲間と世界を』
強く思いを込めた八玖斗の声が観客たちの鼓膜を揺らす。
『皆夢を見る 寝ても起きていても だから生きているんだ この先の希望だから』
転調し【神風のララバイ】により八玖斗の歌唱法が変わる。優しく囁くような歌声が静かに落ち着かせるようにと……。
八玖斗の頭上に巨大な満月の幻影が出現する。
『まんまるお月様 今日も見て跳ねる 今日よりも明日 より跳べる明日を信じて』
――トン、トトン。トン、トトン。トン……。
八玖斗がゆっくりと息を吐く。
終わったかと思ったパフォーマンスへ再び八玖斗が息を吸う音でまだ終わりではないと気付かされる。
『例え青い星まで跳べなくとも 誰も彼を笑わない だって今は誰よりも高く高く跳べるから 大きな大きな跳ぶ為の夢があるから』
八玖斗の声が響く中、【欲張りなユートピア・ユーフォリア】によって観客がウサミミパジャマ姿に変わる。
先程の司の【欲張りなユートピア・ユーフォリア】の効果もあり、全員がウサミミパジャマかウェア・オフトン姿となる。
そこへ降ってくるのは兎型の風船だ。
ふわふわ、ふわふわ。まるで自分の元へ跳んできたかのように。
『ほら跳べたんだ彼は さあ君はお休み 明日の夢見る為に 夢で彼と遊ぼう』
観客たちの姿を見て微笑みながらそう締め括った八玖斗。
月の光のような光がどこからかスポットライトのように降り注ぎ、八玖斗の姿を照らし続けていた。