◆『天地創造の書』の奥付を見るために(10)
ステージの前に浮かんでいる『天地創造の書』を見つめたまま、
飛鷹 シンは
示翠 風に話しかけた。
「まぁ、相変わらずだがアイドルの力にそこまで俺はなれねぇからな。頼むぜ風」
シンは風にライブを託す。
「ま、私の好奇心がどこまで通用するかはわかりませんが、いいでしょう。どこまでもどこまでも、見届けたいものはありますからね」
「本がお気に召すかはわからねぇけど見守るとしよう。少なくとも、俺はお前の歌を気に入ってるしな」
*
風は【ヘルメス】のスタイルでその場を暗く錯覚させて、自分だけに注目が集まるようにしてからライブを開始した。
まず【スイッチ:破壊欲望】で周囲の物質や音をいくつか破壊して人々を驚かせてから、風は独白した。
「ああ、全部壊れてなくなって……そこから、欲が生まれました。生きたい、生きたい。そんな純粋な欲望が」
次に風は【痛みの渇望】で黒い稲妻を落とした。
「続けて雷と痛みが走り、世界はさらに生きたいと、進化と成長を続け、苦難を超えて超えて……やがては花を咲かせました」
花というワードと同時に発動した【ブルームミュージック】により、華やかな音楽と共に花びらが舞った。
「花弁と共に歌いましょう。私の思いを、世界を愛したい気持ちを。私が愛せる世界を求めて」
ここで風は歌い始めた。
恋をするように、私は世界を眺めている
変わりゆく世界にただ吹く風のように
ありとあらゆる全てが愛おしいから
愛も、勇気も、正義も悪も
過ちも、歪みも、狂気さえも
全て全てを包み込みたいの
ただ優しい風のように、全てに等しく手を差し伸べたい
それはきっと、絆を紡ぐと信じているから
だから聞いてね私の歌
流れゆく風のように響かせるから
私に世界を愛させて
歌い終わると再び風の独白になった。
「結局、そう。欲望だらけなのはこの私。私の好奇心。私は見たい、魅せてほしい。
世界に住まう存在が、生まれ、育ち、苦難を超えていく姿を。
それがいないのならば、私が苦難を与え、苦しめ、足掻かせたいほどに。
ああ、だから。終わりは世界を抱きしめるようにしましょう」
*
風のライブが終わった時、シンは『天地創造の書』の様子を窺った。
光の鎖が十分に緩んだように見えたので、すぐにもこの本を読んでみたいという欲望が沸き起こってきた。
(一応、念のため【レイヤーオブアバターズ】で精神耐性を高めておき、内容に惑わされないようにして、【フューチャーヴィジョン】で最悪のパターンが起きないかも意識を張っておけば……ひとまずは大丈夫だろう)
周到に考えを巡らせ、中を見ておかしくなる前に切り上げると決めて、シンは『天地創造の書』に手を伸ばした。
その時、
「おっと、危ないよ」
誰かがシンの腕を抑えた。
ビクッとして振り返ると、神様が笑顔で立っている。
どうやら神様にはシンが考えていることがお見通しだったようだ。
黙って神様を見つめたまま固まっているシンの腕をそっと降ろさせると、神様は何事もなかったように『天地創造の書』を手にして微笑んだ。