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3000年前の遺産

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3000年前の遺産
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竜人たちの美学6


 古井戸 綱七はマールスの地に降り立つと、ここに住まうタラスクスを探し歩いた。
 到着した地はタラスクスたちの住居に近いらしく、暑いは暑いものの活動出来ないほどではなかった。
 
 しばらく当てもなくふらふらと歩いていると、古井戸は一人のタラスクスの女性と出会った。
 
「あら、こんにちは。こんなところに他大陸の人なんで珍しいですね」
「こんにちは。僕は古井戸 綱七といいます。他大陸は他大陸だけど、僕はもっと遠いところから来たんですよ」

 古井戸は彼女に近づき一礼すると、彼女も古井戸に興味を持ったのか近くの岩に腰かけると、古井戸の話に耳を傾けた。
 
「話だけでは何ですし、これはいかがですか?」

 隣に座った古井戸はカツオブシコークを取り出し、コークブレイクを提案する。
 乾杯してごくごくと音を鳴らして飲めば、女性もコークに興味を持ち口を付けようとする。
 しかし古井戸は慌ててそれを止め、苦笑いした。
 
「ああ! 少しだけにした方がいいですよ。
 こことは違う世界を感じてもらうために持ってきましたが、あまり美味しいものではありませんので……」
 
 古井戸の言葉に女性は躊躇しながら、少しだけコークを口に含んでみる。
 指摘通り彼女の口には合わなかったようだが、タラスクスの女性は笑っていた。
 
「ふふ、こんな不味いもの初めてよ。逆に面白いわね」

 座った岩の上にコークを置いて、より古井戸に興味を持ったように女性は尋ねた。
 
「もっと遠いところって、どんなところなの?」
「ああ、ぼくらはワールドホライズンと言うところから召喚されてきました。
 元々は地球というところから来たんですけど。【地球の唄】を歌って見ましょうか?」

 頷いた女性に、古井戸は地球の唄を歌った。
 小川のせせらぎ、広大な海、風鈴の音……。故郷を思い浮かべながら、夏の涼しくなるような唄をチョイスする古井戸の声に、女性は目を閉じて聞き入っている。
 
「私はここしか知らないから、想像しかできないけれど、そんな情景が地球にはあるのね」
「はい。興味を持ってもらえて嬉しいです」

 古井戸は嬉しそうに笑って、氷瓢箪からカツオブシコークをぐいっと飲む。
 女性には不評だったが、さんぜんねこの古井戸には美味いのだ。
 
「それで、ですね」

 喉を鳴らしてコークを飲んだ古井戸は、女性に目線を合わせて本題を切り出す。
 
「タラスクスさんたちは大変聡明だと聞いています。
 恐らくぼくらのような他大陸の人間がここを訪れていることも、何が目的なのかも知っているでしょう」
「……ええ」
「ぼくは部外者です。アークに関して決定権も何もないです。
 でも、ぼくらがアークと共にあるのはさまざまな理由があります」
 
 女性も柔和な態度は変えないが、その視線がキリっと鋭角になったような気がする。

「純粋に戦いたい人、新しい出会いを求める人、もちろん困ってる人を放って置けない人もいます。
 ぼく自身はこれまで出会って来た人たちと共にありたいと言う気持ちでここにいます。
 動機はともかく別々の世界から集まった仲間と困難に立ち向かいたいです」
 
 古井戸は偽りなく本心を話す。
 それに応える様に、タラスクスの女性もうんうんと頷いて話を聞いていた。
 
「そしてそこに、できればタラスクスさんたちにも加わってもらえたらと思っています」
 
 古井戸は言葉を締めくくると、女性に向かってぺこっと頭を下げた。
 女性は彼の言葉を咀嚼するように考えて、口を開く。
 
「貴方の気持ちはよく分かりました。私たちも、もはやこの地が安全だとは思っていません。
 私も貴方同様、マールス全体の決定権は何も持ちませんが、仲間にこのことを話してみますね。
 地球にはとっても不味い飲み物があるということも」
 
 女性はいたずらっぽく笑って、置いたコークを手に取った。
 つられて古井戸も笑い、改めてお礼を言う。
 
「ああ、そうです。
 あともう一つ聞きたいことがあるのです。
 アークは今、ベーダシュトロルガルとランデヴーしようとしています。それの利用法について知恵をお借りしたいです。
 ベーダシュトロルガルの食べ物は汚染されていたりしませんかね?」
 
 アークの資源も無限ではないと、古井戸は食料の確保やエネルギーの調達などを案じていた。
 高い知力を持つタラスクスならば何か助言がないだろうかと、聞いてみる。
 
「あれは移民用浮遊大陸です。それ故、万一の時のアークの脱出用に使うのが最適でしょうね」

 女性は少し考えた後、そう言った。
 古井戸は何度目かの礼を言い、彼女と別れると、再び当てもなく歩き始めたのだった。


◇ ◇ ◇



 トスタノ・クニベルティは、マールスの地に降り立つ前から興奮気味だった。

「いいねいいね、こういう、明らかにヒトの括りからぶっ飛んだような知的生命体、いいよね!
 地球外知的生命体探査に携わってきたものとして、是非ともコンタクトしたくなるテーマだよね!」

 ジョーイ・バンドールの操船するバンドール号の中で、トスタノは抑えきれない好奇心を爆発させている。

「まーた、トスタが、知識欲で、暴走、しかけてる、ですね?」

 いつものことではあるが、ジョーイは操縦桿を握りながらトスタノの様子を伺う。
 
「ぐるぐる目で早口になって、あいてを引かせたら、めー、なのよ」
「分かってるよ! ああ~早く会いたいなあ!」

 落ち着きのないトスタノにやれやれとため息をついて、ジョーイはマールスに向かう。

***


 バンドール号がマールスに着くと、出口でうずうずとしていたトスタノが勢いよく外に出る。
 いくら活動に問題ないとはいえ、この灼熱の大陸と言われている中を間髪入れずに飛び出していくトスタノに、ジョーイはたじたじだった。
 
「第一タラスクス発見!」
「待つ、なのよ」

 タラスクスたちの住居付近へ着陸した二人は、それほど時間をかけずにタラスクスと接触した。
 荷物を抱えたタラスクスの男性は、穏やかな表情で二人を迎え入れる。
 
「おお君たちが噂に聞く客人殿かな。
 我々タラスクスに世話を焼いてくれているそうじゃないか」
 
 他の騎士団や外法の者もタラスクスの説得に向かっていることは聞いていた。
 それはタラスクスの中でももっぱらの噂になっているのだろう。
 
「はい! そうなんです!
 僕たち、タラスクスの皆さんに面白い話を聞いてほしくって!」
 
 待ちに待ったタラスクスの登場に、トスタノは目の色を変えて駆け寄り口早に話し出す。
 彼の勢いにやや押され気味な男性に、ジョーイも頭を抱えながら近寄った。
 
「異世界の星々、その自然の驚異。空間をねじ曲げる航法の話。広大な宇宙におけるヒトの生き様。
 どんな話がお好みだろう?」
 
 トスタノは専門家の直感でタラスクスの好みそうな話題を探る。
 その中でも、アレイダでの探検行とそこで出会った人々、そして英知を求め広く啓蒙する為の学舎を作ったことがいいとテーマを定めた。
 
「まず、辺境宇宙についてお話しますね!
 ご存じですか? 辺境宇宙の星々や人々の生活について!」
 
 スペシャリストの神髄に裏付けされる圧倒的な知識量で話を進めるトスタノの間に、ジョーイがミラージュでアレイダ各地の見知った惑星の光景や宇宙船の姿、ニブノス学園都市の賑わいなどを視覚化する。
 トスタノが調査団資料片手に、ニブノス小惑星帯での探査行を話せば、あまりの熱量にタラスクスが追い付いてこれなくなるとリスクプレダクションでジョーイが危機を察知する。
 
「はい、ちょっとおちつくのー。きゅうけーい」

 どうどう、と興奮するトスタノを制し、ジョーイはホシアメを取り出して双方に渡した。
 
「飴ちゃん、あげるのよ。トスタ、手作りの、お土産、なの」
「はい! そうなんです! ぜひぜひ、どうぞ!」

 色とりどりの飴を見つめながら、タラスクスはそのうちの一つを取って口に入れる。
 
「うむ。いい味だ。
 これは色によって味が違うのか。君たちの言う星々もそういった個性があるのだろうな」
「その通り! さすがはタラスクス。やはり飲み込みが違う!」
「ははは、我が儘を言えば、もう少し量がほしいところであるな!」

 自分には小さすぎる飴を一瞬で消費したタラスクスは豪快に笑った。
 二人も一緒に笑うと、トスタノは再び自身の冒険譚を話し始める。
 
 拓学者の交渉術を紐解きながら、建てた学舎を宇宙海賊から守るべく、この立体機動で海賊どもに差を付けろ! とヴォルケンボクサーを取り上げて声高に叫んだ。
 そして彼の物語が佳境に入ると、スペシャルゾーンにて専門家特有の早口が加速し、一気呵成に語りあげた。
 
「あ、そうです!
 貴方達は知と美を重視すると。
 それを蓄えるだけでなく、アークの諸人に拡め増やす、教育の仕事とかにご興味は?」
 
 最後にタラクラスへそう伝えると、彼の話は幕を降ろす。
 タラクラスはトスタノの話に圧倒されながらも、面白い話を聞いたと礼をした。
 
「教育については一考するとして、アークでまたこのような話が聞けることを楽しみにしておるぞ」

 男性はそう言うと住居区の方へ向かって行った。
 トスタノの熱量に対し、やや冷めた反応である感もしたが、ひとまずこちらの話に興味は持ってもらえただろうと、トスタノは新たなタラスクスを探しにジョーイと共にマールスを探索し始めたのだった。


◇ ◇ ◇



 先の情報より、タラスクスの居住区域付近に到着したエイタロー・ロペスは、早速接触できるタラスクスがいないか当たりを探し回っていた。
 タラスクスに興味津々なエイタローが逸る気持ちを抑えながら周囲を見渡していると、3名ほどの若そうなタラスクスが集落の方面からやってきた。
 
「はっ! 彼らは!」

 エイタローは発見するやいなや、彼らに接触しようと走り出した。
 
「こんにちは。初めまして。影として存在するエイタローっていうよ。君の名前を教えてくれるかな?
 あと、ついでにお茶でもどうかな?」
「どうも。君がアークから来たお客さんかな? 私は白沢(はくたく)。どうぞよろしく」

 興奮気味に話すエイタローであったが、タラスクスたちもエイタローと接触できたことを喜んでいいるようだった。
 聞けば、既にアークからの人間が複数の集落で様々な知見や芸術を披露しているということ知り、自分たちもアークからの来客を探しに行こうとしているところだったらしい。
 
 集団の先頭にいた女性が丁寧にあいさつをし、そのまま集落の方へエイタローを案内した。
 エイタローは願ってもないことだと、嬉々として彼らについて行った。

***


「これ、ハーブティーとマフィンです。ぜひどうぞ」

 集落に案内されてすぐ、簡易的なベンチで談笑することとなった。
 エイタローはオファレルハーブティーとレンスターマフィンを取り出し、タラクラスの若者に振舞う。
 
「ああ、毒はないから安心して。ほらね。
 口に合わなければ無理に食べなくても大丈夫だよ」
 
 エイタローは気遣いも忘れず伝えるが、お茶もお菓子もタラスクスには好評だった。ただ量は少なかったようだが。
 
「僕は君達の影になりに来た。まぁ、つまり、仲良くなりたいんだ。
 だから、教えてくれないかな。君のことを。そして、知ってくれないかな。僕の事を」

 そう言ってエイタローは今まで自分が経験してきたことを話し始める。
 マールスへも脅威となっているバルバロイの巣に潜り込んだ事、春フェスというお祭りでの騒動、200mを超す敵に生きている雲、マーメイドやスカイ・ハイといったタラスクスとは異なる種族のこと。
 エイタローはそれぞれを話し、タラスクスから質問があればひとつひとつ丁寧に答えた。エイタローの受け答えに、タラスクスたちも親近感を覚え、話が弾んでいく。
 
「僕の話ばかりしてしまったね。
 どうやって暮らしているのか、何を食べて生きているのか、
 どんな知識を持っているのか……次は君たちの話を聞かせてほしいな」
 
 エイタローの言葉に、次はタラスクスたちが話し始める。
 
「まず食べ物か。エイタローからもらったハーブティやマフィンみたいな加工品もあるけど……。
 このプロミネンスに対応した生物……例えば火鳥や火魚、火兎とか。そういったものを獲って暮らしているよ」
「もちろんそれだけじゃ足りないから、こういった集落で畑を耕したりもしている。基本的には晴耕雨読の生活さ」
「この場合の雨は、プロミネンスが酷くて外に出られない時を指すがな。
 エイタローにはにわかには信じられんだろう?」
 
 タラスクスから語られるこの地での生活、文化、歴史にエイタローは頭がくらくらするほど好奇心がくすぐられていた。
 エイタローからの質問は止まることなく、それでもタラスクスは嫌な顔一つせず答えていった。
 
「私たちの知る知識は、おそらくアークのオペレーションAIが持つ知識と同等かもしれないわね」
「オペレーションAI!? それは凄いな!」

 エイタローの裏表のない反応に、タラスクスは照れたように笑った。
 
「君たちのことを教えてくれてありがとう。
 ……僕はね、誰かの影として生きて、生き続けるのが美学だよ。変える事のない、生き方さ」
 
 タラクラスの話を聞いたエイタローが、今回この地へ来た理由を話し始める。
 雰囲気の変わった彼に、タラスクスの面々も真剣な表情になった。
 
「表舞台のみんなを支えて、輝いている姿が見たいんだ。そんな誰かがいなきゃ、存在すらできないやつさ。
 最初に影になりにきたっていうのは、そういうこと」
 
 これはエイタローの美学ともいえる生き方だ。彼は真剣にタラスクスに伝える。

「君達の隣に立って、背中を支えたいんだ」
「頼もしいお話ね。でも本当にあなたは支えになれるかしら」

 女性は意地悪く言った。エイタローも、自分の身長や身幅をはるかに超えるタラスクスに対し、自分が非力な存在だというのは自覚していた。
 それでも、自分の生き方は変えない。変えられない。

「ふふ、非力なのは百も承知。だから、見張っててよ、非力じゃなくなるまで」

 エイタローも悪戯っぽく返す。タラスクスたちとお互いに笑って、手を差し出した。
 
「……友達になってほしい」
「ああ、もちろん」

 自分よりも何倍も大きい手が、エイタローの手を包んだ。
 友人となったエイタローとタラスクスたちは、時間の許す限り、お互いのことを話し伝え合ったのだった。
 
 
 
 
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