竜人たちの美学5
納屋のクッキングライブが終了すると、ダブルハニーミルフィーユカツサンドの甘い匂いが広がるステージにパッと銀の霧が立ち込めた。
食事を終えて戻ろうとするタラクラスが足を止めたり、逆に次は何が始まるのかとステージに寄ってくるタラスクスもおり、あっという間に人だかりができる。
集落内での騎士団の活動や話に、タラスクスたちもアークへの興味が高まっているようだ。
そんな中、霧の中から
アーヴェント・S・エルデノヴァが登場し、一礼する。
銀霧を演出したのは
アウロラ・メタモルフォーゼスだ。
この地の余りの熱さ……もとい暑さに手元が狂わないよう、ハーバリウムネックレスの香りでカームフレグランスを行い、集中力を高めておいた。
準備は万端で、アーヴェントのパフォーマンスを見守る。
アーヴェントが顔を上げると、辺りは闇に包まれた。しかしそれは完全な闇ではない。ぬくもりを思わせるような夕暮れだ。
穏やかな、心地の良い闇の中、アーヴェントは歌い始める。
アーヴェントの歌い出しに合わせて、アウロラがライトレターで宙に音符を描いた。
夕闇に踊る光の記号は、アーヴェントの詩とダンスを彩って観客をより夢中にさせる。
(常により格好良く、今一番の姿を見せ続けること。
今この瞬間、一番の自分であり続ければ唯一の歌姫であれる。そしてその姿は他人を魅了する)
アーヴェントの美学はその所作だけではない。自身のパフォーマンスを最大限にし、一番の自分であるために、周囲の小物にも抜かりはない。
彼が一歩踏み出せばチハヤ・モンタントがなびき、装備したプロジェクターハーモニクスと、身に着けた歌姫の呼吸法は、この詩をより効果的なものに昇華する。
それらの効果を得て、アーヴェントの穏やかな笑顔が、どの観客からも格好良く見えるポージングや振りが更に輝きを増すのだ。
こうした一挙一動は今までの経験と研究の賜物だ。
「目が離せないわ」
「技術や食べ物だけじゃないってことか」
観客もマールスにはないライブという文化に興味を持ったようだ。
アーヴェントは観客の反応を確認しながら、サビへ向けてL:宵灯を展開する。
夕暮れの柔らかな日差しの中に、火の鳥が数羽戯れる様に飛来する。
鳥たちがちりちりと火の粉を振り、アーヴェントはマールスの地に祈りを捧げるような詩をバーニングマイクを通して力強く歌い上げる。
そこへアウロラの銀光紋が重なると、周りに浮かぶ光の記号がパッと銀の霧となる。
細かな銀の粒子は、アーヴェントの明けの明星に照らされて乱反射し、夜明けの闇へ溶けていく。
アーヴェントが最後の一節をしっとりと紡ぎマイクを降ろせば、夜明けが訪れ、ステージは再びプロミネンスの輝く日常へと戻った。
「皆、ありがとう!」
アーヴェントはマイクを通さず、肉声で感謝を伝え礼をする。
その姿に、観客から盛大な拍手が送られたのだった。
***
拍手が鳴りやまぬステージの観客席に、飛鷹もやってきた。
「さて、これが俺たち、エスパーダ騎士団だ。
騎士団として集まって、仲間として戦って、友として語り合って……。
でも、俺たちはこんなにバラバラで違うことを考えて違うものを見て、見せている」
びっくりするだろう? と苦笑交じりに飛鷹が言えば、タラスクスたちも頷いた。
「けど、これでも俺たちは一団になって戦えてる。
信じられないかもしれないが、ここにいる奴らは違う世界から集まった奴らばかりで、
今アークでも色んな星の奴らが集まって、手を取り合ってるんだ」
飛鷹は共にここへやってきた騎士団の仲間たちを見渡しながら続ける。
今の仲間と最初から上手くやってきたわけじゃない。時には喧嘩して、口論して。
でもただの一人や一族だけで戦っていけないからこそ、手を取り合い、共に考え、新しいものを作り上げて、この先の旅路を続けている。
「ただ一人じゃできない、一つの種族だけじゃ創り上げられない可能性を生み出してここまで来てるんだ。
タラスクスとアークで手を取り合えれば……今まで以上の、新しい可能性が生まれると思わねぇか?」
飛鷹はタラスクスたちに問いかける。
異世界の技術、風景、食、文化芸術……。団員たちがタラスクスに見せたそれぞれの想いと美学。
それは一人ずつに響き、伝わり、いつしかこの区域内のタラスクスに伝播していた。
「俺はそう思うし、この先と行きつく未来を見てみたい。
だから、俺達の手を取ってくれねぇか?」
照れ臭そうに笑いながら飛鷹が言った。
集まったタラスクスたちはそれぞれ賛同の声をあげる。
「君たちを迎え入れて正解だったよ。これからもよろしく頼む」
最初、エスパーダ騎士団を迎え入れたタラスクスの男性が飛鷹に頭を下げた。
こうして、エスパーダ騎士団はタラスクスたちの移住の説得に成功したのであった。