竜人たちの美学3
エスパーダ騎士団の面々も、オペレーションAI・ミレナスからの情報でマールスのタラスクス居住区へ降り立った。
ここら一帯はタラスクスたちの寝食の場となっており、他の場所と比べれば活動困難なほどは暑くはなかった。それでもアークからの来訪者には厳しい環境である。
しかし、タラスクスたちにとっては心地よい環境であるのか、仲間と談笑していたり、読書や運動などといった趣味の活動に勤しむ姿が見える。
そんな一帯へ踏み込んだエスパーダ騎士団だったが、高い知力と美学を持つタラスクスたちは、他大陸からの来訪者を温かく出迎えた。
「ようこそ、マールスへ。客人には少し熱いかもしれんが、ゆっくりしていってくれ。
ああ、君たちがここへ来た理由は知っているよ。故郷を離れるかどうかは、君たちの話次第だ」
鷹揚な雰囲気を持つタラスクスの男性が騎士団に声をかける。
団長である
飛鷹 シンがそれに応えて談笑を始めると、他の団員たちも区域内のタラスクスたちに声をかけて行った。
***
鴨 柚子は、自宅の前でくつろぐタラクラスに声をかける。
「お休み中のところ失礼します」
「ああ、君たちがアークという大陸から来た客人かい?
何か面白い話をしてくれるらしいね」
「はい。この地でもバルバロイに寄生された住人がいると聞きます。
このような悲劇を減らすためにも、アークへ移住していただきたいので」
鴨は貴族の作法と令嬢の嗜みで礼を尽くしつつも説得にあたる。
話を聞くタラスクスもいぶかしむ様子はないが、二つ返事で移住に賛同する気もなさそうだった。
「そうだね。ただ私達にとってこの地は故郷だ。ここで生まれ、育ち、死に、そしてまた生まれる。
それを見ず知らずの他人に移住しろと言われてすぐに出ていくわけにはいかないよ」
「ええ。その通りです。
しかし危機の迫る今、一緒に手を取り合える方が絶対にいいと思うのです」
「……もちろん、私達も馬鹿じゃない。命より大切なものはないからね。
アークという地に、興味がないわけではないよ」
試すような視線のタラスクスに、鴨は二つの武器を取り出した。
拡散ブレードとアルカイックセイバーだ。
「今日は異世界の“技術”についてお話いたします」
「それは剣の柄かな。刃はないようだけど……」
鴨はにこりと微笑むと、拡散状態のブレードの刃を固着させ、アルカイックソードも光の刃を出現させる。
「ほう、刃が出現するのか……。柄に格納されているということか、それとも大気中の物質を集束、固定でもしているのか……」
「原理を説明するのは長いのですが、こちらは剣自体を霧状に拡散する事ができるもの。
そしてこちらは、自身の魔力を倍角に光の刃を形成するものです」
「つまり、全く違う原理で動いている、ということか」
「はい。形状は似ていますが、原理は全く違う外法技術の下、生み出されているのです。面白いですよね」
さすがはタラスクス、飲み込みが早く話も早いと、鴨は説明しながら思う。
「このような現象から分かるように、私達は日々、様々な技術体系に触れて暮らしています。
ですが、だからと言って全てがこの世界での力になるわけではありません」
鴨の言葉にタラクラスは頷きながら聞き入っている。
「この世界に馴染むように、だったり。バルバロイに対抗出来るように……工夫を凝らす必要があります。
それ故に、私達は常に新しい技術や知見を求めています」
「つまり、私達の技術や知見をアークに持ち込みたいと」
「あはは、言いたいことが分かりやすすぎましたかね?」
鴨は誤魔化すように笑いながら、タラスクスの気分を害していないか気になったが、タラスクスも存外まんざらでもない表情だった。
「私達は己の肉体で戦う。最もこの肉体を戦いに使う事など少なくはなったが……。
それ故、武器やその技術といった方面に知識はあれど造詣は深くない。なかなか興味深い話だな」
「私達は、皆さんと隣人になりたいという思い。そして、助力を求める思いがあります。
今の私達だけでは作り出せないものが、皆さんとだったら作り出せるかもしれない……そう考えると、面白いと思いませんか?」
鴨は武器を仕舞い、タラスクスに訴えかける。
彼らの力がアークにもたらされれば、双方にとって良い影響となるはずだ。
「大変なこともあると思います。けれど、もし困ったことがあったとしたら、その時は必ず。
少なくとも、私達は絶対に力になるとお約束します。ですから一緒に、まだ見ぬ世界を見に行きませんか!」
「ああ、そうだな。私の一存でこの区域の住人を移住させることは難しいが、
少なくとも私とその家族、友人には話を通そう。面白い話をありがとう」
タラスクスは鴨に手を差し伸べ、硬く握手をする。
鴨の言葉に、タラスクスの決心は固まったようだった。
***
信道 正義もまた居住区域を見て回り、家の前で遊ぶタラスクスの子供たちの前で足を止めた。
この暑さのせいか、植物などが自生しないこの地で、子供たちはむき出しの岩を登ったり飛び降りたりして遊んでいる。
それを見ていると、活発そうな男の子が信道に気が付いて寄ってきた。
「あなたが“外法の者”? 爪や翼は無いんだね」
「ああ、そうだな。見た目が違うと怖いか?」
「いいえ、僕たちとは違う種族がいることは知っているので。珍しくはあるけど」
男の子のやり取りに、信道はやや面食らう。
活発そうに見えるが、その口ぶりはかなり落ち着いている。これもタラスクスの教養の高さなのだろうか。
俺の生きてきた道とは全く違うな、と信道は思う。
世界を救うためにひたすら戦う力と技術を磨いてきた。勝利のためなら戦い、仲間や目的、未来が害されるのであれば、害するものを容赦なく切り伏せる。目の前のタラスクス達から見れば、面白くない生き方だろうな、と自嘲した。
だから自分には知的センスや美学を披露する術など持っていない、と言えるなら言いたいぐらいだ。
……でも、美しいと思えるものは知っている。それが彼らの眼鏡に適うかはわからないが、聞き流されるのも覚悟で、信道は口を開いた。
「この浮遊大陸には、移ろう季節はあるか?」
「季節……?」
「季節、って時期によって温度が変化したり、環境が変化するってことでしょ。
マールスは常に暑いし、降る雨だってプロミネンスの雫だ。温度変化ぐらいしか感じることはないかな。
まぁ、あなた達と比べたら気温変化なんて微々たるものかもしれないけどね」
返答に困っている男の子の元へ、サンゴの角を生やした女の子のタラスクスがやってきて言葉を続けた。
明らかに聡明そうで、口早に信道への質問に答える。
「そうか。じゃあこれは見たことないかも知れないな。
俺の生まれた国や、他の世界にはある花なんだ」
そう言って信道は桜の木召喚で、満開の桜の木を顕現させた。
突如現れた大きな木に、子供のみならず近くにいた大人たちも集まってくる。
「サクラ! 本物を見るのは初めてよ!」
「知ってるのか? これがたくさんあって、道を埋める季節があるんだ」
「ええ、お母さんからもらった図鑑に書いてあったわ!」
女の子は興奮気味に幹へ近づき、触れてみたり匂いを嗅いだりしている。
信道は次にホワイトブレスで雪を降らせてみる。
この地の暑さで溶けてしまうかもと危惧したが、ちょうど桜に木の陰で降らせる分には支障なかった。
「こことは真逆の極寒の地では、雪という結晶が降り注ぐ」
「雪……うわ、冷たい! 桜の木はあったかいのに、雪は冷たいんだね」
「まぁ同時に拝めることはごく稀だが、なかなかいい景色だろ?
他にも、運や場所がいいと、オーロラという虹が夜空に架かって……それも絶景だぜ」
信道は思い出すようにその情景を伝える。
桜や雪をうっとりと見つめるタラスクスたちは、他にどんなものがあるのか信道に尋ねた。
「他にも色々あるが……俺が一番好きなのは、どんな場所でもそこで懸命に生きる人々たちがそんな景色に映ることだ。
桜の木も、雪も、オーロラも、それだけがあるんじゃない。そこに住む人、生活する人、たまたま立ち寄った人……。
そういう人たちが映って初めて景色になるんだ」
このマールスの地も同じだと信道は続ける。
燃え盛るプロミネンスも美しい景色だが、そこに住まうタラスクス達の姿がその情景たらしめているのだと。
「だが、この地には危機が迫っている。
無理に来いとは言わない。俺だって振り返ってみても、決して楽じゃなかった。血を浴びるような選択を続けてきた。
だからアークを選択することは、楽ばかりではないと思う。
でも、外にしかないものだってある。旅に加わり、未だ見ぬ光景を求めたいと思わないか?」
信道がタラスクスに告げると、桜の木とホワイトブレスの雪が消え、再びマールスの暑い空気が蘇る。
「あなたのような方がいるなら、新天地も面白いかもしれないわね」
一人のタラスクスの女性が言った。それに次々と賛同が起こり、男の子も女の子も笑顔で頷いた。
信道は集まったタラスクスに一礼し、再び今までの冒険を語るのだった。