竜人たちの美学1
火の浮遊大陸マールスに立ち入った
ウィックロー魔法師団所属の
八重崎 サクラは、
ジル・コーネリアスと数名の団員と共に竜人(タラスクス)の居住地域へ向かった。
「今日はちょっといつもと違いますけど、よろしくお願いしますね」
「確かに見慣れないものだけど、あなた達にしかできないことだから頼りにしているわ」
「外法の技、見せる機会ありませんでしたしね」
八重崎やジルの言葉に、同僚の団員は笑って答えた。
他世界の力ではあるが、アイドルとして全力で培ってきたもの、その矜持。それが自分たちの美学であると、八重崎はクラリティアイドルで、ジルはミュージシャンの姿で今回の任務に当たっている。
団員たちも見慣れない力に違和感はあるものの、今回の相手にとっては悪くない手だと頼りにしているようだった。
「ここね。数名いるようだから、声をかけてみましょう」
居住区域に入ると、他大陸からの訪問者に興味を持ったのか、いくらかのタラスクスから視線が集まった。
団員たちがそれらのタラスクスに話しかけ、これから八重崎たちの剣舞が披露されることを伝える。
団員たちの話を警戒しているのか興味が無いのか、遠くの方で様子を窺っているタラスクスも複数いたが、5人前後のタラスクスたちが八重崎たちの近くへ寄ってきた。
(想像より引きが弱いかもしれない……。でも、私達の演武で惹きつければいいだけ。
まずは目の前の観客を楽しませなきゃ……!)
八重崎はすぅっと息を吸うと、大注目! で集まったタラスクスに呼びかける。
「こちら、剣舞など嗜まれている方はいらっしゃいませんか? ぜひ、即興で一つお相手お願いしたいのですが……」
「ほう……即興で我々の動きに合わせるというのか。百聞は一見に如かず。私に協力させてくれ」
すると一人の男性が立候補し、八重崎の前へ出た。
タラスクスの男性は、二足歩行であるものの、その姿はまさにドラゴンといった風体だ。
太い脚には大きなかぎ爪があり、皮膚は硬い鱗に覆われている。背中から生えた翼は一つ羽ばたいただけで全てを吹き飛ばしてしまいそうな豪胆さが感じられた。
「身体の差はちょっとした技で埋めさせてもらいますね」
「二人で、一人、です」
そんな男性を見上げた八重崎は、踊り巫女装束・レプリカに着替えるとジルと向き合い、手を繋いで目を閉じた。
男性やその他のタラスクスもその様子をじっと見つめる。
「「コネクト……リンゲージ!」」
二人の声が重なると、ジルが八重崎の寵剣イザナミにユニゾンし、姿を消した。
タラスクスたちは感嘆の声を上げる。
「青髪の女性はどこへ?」
「こちらの剣に。これが私達、アイドルの力です」
「アイドル……」
興味深げに剣を見つめるタラスクスの男性に、八重崎はトレイルウォーターの水柱を展開する。
Dチップの効果でタラスクスと同程度の高さまで上がった水柱に、ほんの少し過ごしやすくなった気がする。
(できるかできないかは問題じゃない、やるんだ! ぶっつけ本番、覚悟を決めろ!)
イザナミを構えた八重崎に、タラスクスの男性も構えを取った。
改めてタラスクスを目の前にすればその存在感に圧倒されるが、素人魂で気合を入れ直して一呼吸する。
「では……いざ、参ります!」
カチャン、とイザナミの鍔が鳴ると、八重崎がタラスクスに斬りかかる。タラスクスが防御の姿勢を取ると、寸でのところで剣を止め、翻って後退する。
その度にイザナミの涼やかな音が響き、柄頭の飾り紐が流線を描いた。
その姿に、遠くで八重崎たちを見ていたタラスクスたちが近くへ寄ってくる。
八重崎はアクターのスタイルと《観察》でタラスクスの呼吸や動きを読みながら、大殺陣回しの要領でダイナミックな演武を行う。
しかしそれは単純な殺陣ではなく、天津奏で舞いを組み込んだ巫の神楽然とした殺陣だ。
振るうたび、打つたび刀身から奏でられる剣戟の音が音色になり、八重崎とジルがその音と共に舞い踊る。
時にはウェイクフレーズで相手と同じ動きをしてみたり、マイティパフォーマーのスタイルで優雅な空中演武を披露した。
「なかなか面白い動きをする」
タラスクスの男性も思わず唸る動きに、八重崎は自身と余裕を持った笑みで演技を続ける。
しかし、彼もまた八重崎ら動きに動揺することはなく、演武の相手を務め上げる。さすがは竜人といったところだ。
二人の演武を見守る周囲も、殺陣と神楽の優雅さに息を飲み、周囲にはイザナミの音色だけが響く。
最後のひと打ちで涼やかな鐘の音が響き渡ると、演武が終わり、ジルがユニゾンを解いた。
「舞い踊り魅せ、奏でる事。これが私達が今まで培って来たもの、私達の根幹。全てはここに集約します」
「それを、全力で演じさせて頂きました。いかがだったでしょうか?」
二人が一礼すると、周囲から拍手が起こる。最初に団員が集めたタラスクスよりも、もっと多くのタラスクスたちが集まっていた。
しかし、それでも未だ遠くからこちらを見ている者や、居住から出てこなかった者がいるのも事実だった。
(尽力しましたが、想いの届かなかった方もいるようですね……)
八重崎は若干の手ごたえの無さを感じてしまう。
しかし、握手を求める相手役のタラスクスの男性に向き直ると、笑顔でその手を取った。
「素晴らしい! このような文化があるとは恐れ入った」
握手に応じた二人は、改めて礼をする。
この区域全ての住人に思いを伝えることはできなかったが、それでも彼女らの演武はタラスクスから賞賛されたのだった。