・調査班たちの戦い
同刻、エアロックを潜ってベーダシュトロルガルに乗り込んだ
永見 博人と
伏見 光葉、そして
ジーン・シアラーは戦闘が今も継続している区画とはまるで正反対の静けさに包まれた空間内を駆けていた。
「アバルト女史も、変な匂わせばかりせずに、たとえ可能性であっても中の情報を開示してくれればいいんだが……。と言うか、部下を危険に赴かせる以上、そうするべきだと自分は思うが、まぁそれが若くして“万能の英雄”を極めた彼女の限界であり、それが原因で大切なものを失うとかがない限り、改めることができないものなのだろう。……おっさんはどうしても若い者の穴が見えてしまうな」
自嘲気味に口にしたジーンと並んで、博人は周辺を見渡す。
「足手まといにならないように頑張らないと……。それにしても、3000年前の技術で造られたのならば、アークの遺跡と同じくセキュリティーは相当強固……。重要度を考えると、セキュリティー担当やシステム担当が居るんだろうな。マシーナリーの専門性をもって調査しないといけないことが多そうだね」
エアロックに施された重要度の低いセキュリティーロックを抜けて、めいめいに駆け抜けていく。
その赴く先は中枢ブロック――ベーダシュトロルガルを統括するコントロールルーム付近だ。
「何とか通信端末を確保しないと。コントロールルームまでの護衛は任せたよ、マーメイドガードナー」
マーメイドガードナーが剣を携えて調査班を守ろうとする。
「博人君。俺は中枢部に赴いた際には仮想空間を統括するAIを探し出そうと思う。それがなければそもそもベーダシュトロルガルの技術への懐疑に繋がるからだ。セキュリティーを統括する何者か……それを仮に管理AIとでも呼ぶのならばバルバロイよりも先に接触しなければまずい。フォローは任せて欲しい。これを……!」
奏でた歌声に調査班は足を速める。
「作業の効率化と迅速化。それに精神疲労へのサポートも行うとも。負傷時には頼ってくれ。すぐに治癒も行える」
そんな彼らの後ろを固めた
小山田 小太郎たちへと、自ずと視線を振り向けていた。
「……アークが自らランデブーを図る……。それだけでも今までにない出来事です。そして、それだけ重要なモノがあるのがこのベーダシュトロルガル……。過酷な環境ですが……この調査、必ず果たしましょう。それがこの先の道を照らす明かりになると思うのです。優さん、蓮花さん、ホニ君、皆で乗り越え、我々の役目を果たしましょう」
小太郎はまず【星音】を奏でる。
曲目は「【星音】:木扉と桜花の守護」だ。桜が舞い散り、木の門扉が聳え立って小規模な庭園を展開する。
咲き誇る花弁はバルバロイが接触すれば惑わせ蝕む幻想の園だ。
「これで、花びらと木扉の構築は成った。後は……」
八葉 蓮花の「エイヴォンMV」に同乗したのは
八代 優もである。
彼女はその言葉の穂を継いでいた。
「……ん、とても暑い環境だけれど……春夜の帳はどこにだって降りるモノ。皆の調査……全力をもって支えるよ……。その上で、小太郎、蓮花、ホニ……皆で必ず、無事に帰還しよう……これからも、旅路は続くのだから……」
【星詩】が紡がれる。「闘うアナタに春夜の帳を」の効力が拡大し、味方には癒しを、敵には絶対の常闇を確約する。
「闘う仲間たちを後押しし、バルバロイの脅威から隠し護る春夜の帳……。小太郎と一緒に歌姫の責務を果たすよ……」
「サクラ・ヒメバオリ」を纏った優は「栄転の舞」を舞い踊り、味方の活力を補強する。
「ベーダシュトロルガルね……。移動用浮遊大陸なんて代物、よく残っていたと思うけれど……。彼方もそれを求めている以上、みすみす奪われるわけにもいかないわ。それがアークにとって有用なのは確かでしょうし、ね。それにこれはバルバロイ側に有利を得る絶好の機会。三人とも、この調査、成功させましょう。あ、装置の範囲からは出ないように……火だるまになって墜落なんて洒落にならないものね?」
いずれここにも迫るであろう敵を見据えた蓮花に対し、
防人 ホニは照準に視線を据えながら応じる。
「ああ、立ち塞がるのなら打倒しよう。早い者勝ちと言うのならなおさらだ。このベーダシュトロルガルがアークの旅路を助けるモノになるか、それとも我々を脅かすモノになるか、それは俺たちの奮起にかかっている。三人とも、必ずやり遂げてみせよう」
照準器の向こう側で、ロングカノン型がこちらへと、すっと砲撃の構えに入る。
それを見逃さず、ホニは引き金を絞っていた。
銃撃は命中し、敵の砲撃網もその応戦に続く。
【星詩】と【星音】の幻惑のお陰で相手がこちらを視認しづらいとは言っても、敵はこの浮遊大陸を確実に物にするために進軍しているのだ。
少しばかり不利な程度では、敵の磐石な動きは変えられないだろう。
ホニは連射しつつ、火線を咲かせ敵影をひとところに留まらせようとする。
「……搭載されたドラグーンレーダーに写りにくい個体も居るようだが、教導官の桜に映った隙を見逃さずに撃ち抜こう」
小太郎の「無風境地」の花びらがこちらを狙う個体を惑わせ、斬撃が虚空を引き裂く。
「……ギロチン型……そこです!」
「よし! ジェットアンカーで一撃よ!」
蓮花がギロチン型の弱点を探り出し、「ジェットアンカー」を撃ち放つ。
ホニも感知して銃撃網を浴びせ込み、侵入していたギロチン型へと応酬を叩き込んでいた。
だが先行して潜り込んでいたギロチン型は一体や二体どころではない。
蓮花の接近に勘付いたギロチン型が鋭い斬撃を応戦する。
かわし様に「ジェットアンカー」を打ち込むが、きりがない。
「……教導官が見出してくれても、これでは消耗戦だな」
「三人とも! でき得る限り引き付けましょう。調査班の時間を稼ぐんです」
小太郎の言葉を受けつつジーンは一瞬先の未来を予知し、瞬間的なギロチン型の刃を掻い潜っていた。
「この世界に来て超能力は弱くなっているが、嫌な予感がする戦場では十分役立つ。後は、遮蔽物利用で……!」
ギロチン型との接触は避けるつもりであったが、それでも敵の数は圧倒的だ。
致し方なし、とジーンは
【使徒AI】毒舌メイドに協力を乞う。
「頼んだ、毒舌メイド」
『承知しました。レベルが足りずにAIに頼る主人など無能もいいとこですわね。まぁ頼るのならやってさしあげますけれど!』
毒舌メイドの放つ「毒舌マシンガン」がギロチン型を怯ませ、その隙に乗じてジーンはエアロックを潜り、次の区画を目指す。
キャスリーン・エアフルトは制御装置を目指して駆け抜けていた。
【使徒AD】スカイガンナーの操るスタンドガレオンを用いてベーダシュトロルガル内を調査する。
「管制室は一番守りの堅い場所……つまり中央部にあるのではないでしょうか? 他に目標もないですし、そちらを目指しましょう」
「とは言え制御室についてどうする? 心得があるとも思えないが……」
「ひとまずはベーダシュトロルガルを起動できないか試してみます。アークが求めているのですから可能ではないでしょうか? 機械に詳しいわけではありませんが、大抵主電源とかサポートシステムとか、そういうのは分かりやすい場所にありますよね?」
「……そうとも限らないかもしれないぞ。この灼熱の浮遊大陸だ。打ち捨てられた場所だというのなら、それは果たしてどれほど前の代物か……」
懸念を口にしていた二人はエアロックを次々と潜っていく。
『なるべく、熱源に晒される面積を少なくする姿勢で飛びますね。暑いの嫌ですし』
そう応じたスカイガンナーは敵の存在を検知していた。
その気配を同乗していた
他方 優は見逃さず、「トライアルブーツ」を用いて速力を出し本能的に降り立っていた。
「けん制を打ち込む。Wエビルブレイカーで!」
ギロチン型の攻撃範囲を察知して飛び退り、相手に隙が生まれた直後を狙って本能的な受け流しをしつつ斬撃を叩き込む。
こちらの調査班とは少し違うルートを模索するのは
邑垣 舞花と
ノーン・スカイフラワーであった。
「これだけの施設……制御系の何かは必ず存在しているはず……」
呟きつつ、索敵を全方位に向けてバルバロイの接近を察知すべく努めるが、これも気休めだろう。
相手も勢力を整えてきている。
そう易々と攻略はできまい。
「今回は探索だよね? 了解だよ! 熱いのは苦手だけれど、バッチリ対策してるから超大丈夫だよ!」
「ホライゾンパイプレーン」に搭乗したノーンはお互いの仕事を確かめる。
舞花は発見したものやめぼしいものを目に留めては、それをどう回収すべきかなどを思案する。
ノーンはマッピング担当だ。
「でも……バルバロイに遭遇したら、どうしようかな。逃げ切れそう?」
「……そこは出たとこ勝負かもしれませんね」
そう口にした途端であった。
ギロチン型が首を刈ろうと攻めて来る。
回避して後ずさろうと講じたが、ここでは完全な戦闘の中断は難しい。
「ノーン様。星楽で援護を」
「了解! 【星詩】を奏でるよ!」
ノーンの紡ぐ【星詩】の数々がバルバロイの動きを鈍らせ、かく乱していく。
相手の狙いが逸れたのを目にして舞花は大型砲を撃ち込み、バルバロイから急速に離れていく。
「ノーン様、マッピングはどうなりました?」
「ちょっと待ってね……。うん、少しなら情報提供できそう」
「それなら何よりです。エーデル独立08連隊の中の誰かに内部の様相を伝えましょう。そうすることで見えてくるはずです……可能性が」
「できるだけたくさんマッピングして、調査を楽にしないとね」
「戦闘は避ける心積りですが、もし避けられないのなら……」
その時は立ち向かうしかない。
覚悟だけは決めておかなければ。
そう想定していたのは
アキラ・セイルーンも同じのようで、ベーダシュトロルガルの真意を探りながら調査探索に入る。
「まずは動力源を見つけ出さなければ話にならない。しかしランデブー、か……。耽美な響きだな……。アークがランデブーを求めているってことはアークには自分の意思とか意識があるってことなのかな。あとエーデルさんが何かやたら驚いていたけれど、エーデルさんは何か知っているのだろうか……」
貴族風の衣装は高熱対策のものであったが、アキラは辟易する。
「こんなキラッキラな服で高熱が防げるとか不思議、てか似合わねぇな、俺。ひとまず空気の流れを変えてみよう。風の鎧で少しは熱がマシになると思うぜ」
つむじ風が巻き起こり、同行する
セレスティア・レインや
ルシェイメア・フローズンは目線を合わせて頷く。
「先行調査なので後に調査する人たちのために、地図記憶のマッピングは怠りません。3000年前とは言え、防衛機構が生きているかもしれないので前に出ますね」
セレスティアは前衛を務め、「ペネトレーション」で罠や仕掛けを検知する。
ルシェイメアは「瘴流拳」の構えを取り、敵の気配を探っていた。
「むっ……このまままっすぐ行けば何やら敵の気配がするのじゃ……」
「では迂回路を……」
「待て、セレスティア。……嫌な気配だな、後ろから来るぞ! 迂回している場合じゃなさそうだ」
紛れ込んできたのはロングカノン型だ。それを見据えてアキラは「シャンバラ六法全書」を捲り上げ、条文を唱えた瞬間、巨大化した本が具現化されロングカノン型へと叩き落とされる。
「少しは行動阻害になる。恐らく後ろや他の道はロングカノン型が占めているのだろう。ここまで来ているくらいだ」
「では、前を行くしかなさそうですわね……。この狭い空間、私のほうが敵よりも優位のはず!」
そう言って壁を蹴って通路全体を武器にしたセレスティアへと、ギロチン型の一撃が通過する。
それを回避し様に彼女は叫んでいた。
「今です! 攻撃を!」
「了解なのじゃ!」
ルシェイメアは闇の刃を纏わせた拳と蹴りでギロチン型を排除する。
体躯へと潜り込んだ鉄拳がその巨体を吹き飛ばしていた。
「待ってください。……これは、穴でしょうか?」
セレスティアが前方で巨大な洞らしきものを見つけて立ち止まっている。
「機晶の金糸雀を飛ばして観測してみるかの?」
セレスティアはランタンの灯りを頼りに静かに頷いていた。
「お願いします」
「いや、そうじっくりと探せそうにもないぞ……。ロングカノン型がさっきまでよりも増えている。前を行ってもそこに留まれば危険だ! セレスティア、マッピングは完璧だな?」
「はい! ですが後ろもそれならば……」
「最適解の道順で逃げればまだ間に合う。俺たちにバルバロイの軍勢とまともにかち合う戦力はない! せいぜい、その隙を作るしか……」
悔しさに歯噛みしたアキラに、セレスティアは致し方なしと判断する。
「お二人とも、こちらへ。この逃げ道なら最短距離で、なおかつ最小限の遭遇で済むかと」
「助かる。もし負傷してもハイヒーリングで回復する」
その道筋をロングカノン型が緩慢な動きで塞ごうとするのを、素早い身のこなしで駆け上がったルシェイメアが引き受けていた。
一射された光条を紙一重で回避し、飛び蹴りに闇の鎌の性能を宿らせてロングカノン型の鼻っ面を叩き折る。
「調査も半端のまま撤退とは……悔しいのじゃがな……」
「ああ、だが安全第一だ。今回の敵もかなりヤバそうだからな。命あっての物種だろう」
それに、とアキラは続けて結ぶ。
「俺たちの張ったマッピングは調査班に役立つはず。無駄ではないさ」