第一幕
おはよう セカイ
芸能界、ノースエリアでのライブは厳かな雰囲気から始まった。
「おはよう セカイ」
何もかも全て真っ白なから始まる、純白の衣装で現れた
早花木 みゆは、
ステージの真ん中でゆっくりと目を開き、観客に語り掛ける。
ふわふわと彷徨うかのように、放っておけばどこかへ行ってしまいそうになるような、つかみどころのない魂の写したちが、
早木花の言葉に意識を向ける。
――と思えば、一気に魂たちは同じ夢を見る。
早木花が衣装のリボンを手に取り、新体操の様な動きで踊ると、その真っ白な夢がカラフルな世界へと彩を持つ。
譜面もキャンバスも本も、始めは真っ白から始まる。それを個人個人が彩ることで文化が生まれる。
彼女のテーマは『無から生まれる文化』だ。
「ああ、できた。わたしの世界。……でも、もう夜ね」
歌うように呟かれた言葉と同時に、彩を持った夢は一転、真っ黒の世界になる。
夢の中にはもう一人の早木花。彼女は彼女にリボンを託す。
「想いは紡がれ引き継がれ、やがて世界はひとつになってゆく」
彼女の言葉は、彼女の振ったリボンと共に夢の中へ解けていく。
リボンの軌跡から星の満ちた世界が広がり、まぶしいほどに光輝き――。
目の前が真っ白になったところで、観客はそれが早木花の見せた白昼夢だったと気が付く。
そうして魂たちが夢の終わりに見たのは、
オープニングとは打って変わり、黒ベースの衣装となった早木花だ。
それは彼女を包むような黒い霧に紛れ、静けさと荘厳さを感じさせ、それでいて先ほどの夢を思わせるような優しさも醸している。
夢と現のコントラストに、観客は早木花の世界へ一層いざなわれ、
一人、また一人と、次第に心を奪われていくようだ。
そんな魂の視線を感じ取った早木花は、
黒く輝くテレプシコーラの唇に手を添えると、閃光キラーチューンに乗せて、本当の「おはようセカイ」を歌い出す。
全て白紙になって新たな世界や創造が始まる……そんな方法で人を操り全てを無に帰そうとすることなど、
早木花には許せなかった。
そんなこと、創作や文化を踏みにじるようなものだと。そんなこと、絶対にさせない。と。
「さあ、次はあなた達がどうか紡いで」
どこまでも続く夢の光球が観客席に飛んでいく。
通常より負荷のかかるこのステージで、もうほとんど力の残っていない早木花だが、
それでも逆境こそ燃えるのだと気丈にふるまい、言葉を紡ぎ、手を差し出す。
この世界の文化の行く末を観客に託すように――。
■ ■ ■
奮い立つ、自我とエゴ
ステージに光球が舞う中、次に登場したのは
龍造寺 八玖斗だ。
雨恋いの青い鳥に身を包んだ龍造寺は、早木花の優しく荘厳なステージを引き継ぐような雰囲気を纏っている。
彼の周りでじゃれつくように羽ばたく小鳥が、その幻想的なイメージを引き立たせる。
幾人かの観客は、静かに佇む彼を認識していたが、
多くの観客は龍造寺より、早木花の残した光球に気を取られているようだった。
――しかし。
彼が神格のカリスマを纏って一礼すると、観客は無意識的にその意識を掴まれる。
観客の視線が龍造寺に集まり、その姿には不釣り合いなガナシカリバーが引き抜かれると、観客はもう彼から目を離せない。
ステージでその大きな一振りの切っ先が光れば、龍造寺のライブがスタートする――!
「人生初のスポットライトは病院の一室 望む望まぬ関係なくその場の主役
そこから無限の可能性 言い換えれば閉じられていく現実性
順調な人生などないさ 苦労しない人はいないさ
些細な悩みなんて 人の価値観と違いだけ
だけど生まれを比べ 学歴を比べ 果ては比べる回数すら比べ
もう全部嫌になって今の自分全部捨てきって……」
不安に流されそうになる、むしろ流されてしまえば楽になる。
そんな観客への誘惑を朗々と歌い上げる。
諦めてしまえば、思考停止で責任を転嫁してしまえば、そんな甘言に身をゆだねてしまいそうな沈黙が数秒。
そこへふと、観客の眼前に青い鳥が現れる。
同時にステージから駆け出した龍造寺が、蹂躙するダークロードで客席へ飛び出す。
「そうじゃねぇよな?」
言葉と共に、観客の記憶に自身の記憶をシンクロさせる。
龍造寺の見た、魂たちの姿。このライブの曲に、歌詞に、演奏に、演出に反応する姿が、客観的な視点で魂に伝わる。
「今居たよな、自分がこの場に
捨てきれねえ手前の顔だ
良きも悪くも一番長く付き合ってきた自分自身だ
お前の人生の主役だ
ならどうすりゃいいか分かるよな
必死に今生きるしかねえんだっ!」
龍造寺は再び観客の上を駆ける。
人の為の歌で、彼の声はまさに魂に響く叫びとなって会場を揺らす。
「恵まれなくとも誰かと一緒に笑ったろ? みじめでも何か助けられた事は一回はあんだろ?
ならそれだけの価値はあるんだ
胸を張れ 今を誇れ
オレとお前等皆主役だ
立ち上がれ叫べっ!」
ステージに立ち戻った龍造寺の額に汗が流れる。
どこからか差し込んだ強い光に、その汗が反射する。
いつの間にかなくなっていた光球の代わりに、ギラギラと立ち上るような熱気が会場を包む。
「そんで辛かったらオレのライブに来い、以上!」
今を生きれるように。
龍造寺の熱いライブは、彼の言葉とテーマと共に幕を下ろした。