■サウスエリア~歌え! ノアの洪水から世界を守るために(2)
「♪~」
あどけない童顔とは裏腹な圧倒的存在感を放ちつつ、
狛込 めじろがステージに現れる。
好きな歌を歌唱しながらめじろは目を閉じ、自身が愛する場所――夢が叶う場所――二次元都市ナゴヤを思い浮かべた。
ドオッ!
カリスマが放たれ客席を圧倒し、次の瞬間、その場の景色が変化した。
芸能界の“グロリア・チャンネル”だったはずのそこは、めじろが思い浮かべたままの二次元都市ナゴヤとなり、めじろは伝説の賢者†めじろ†へと姿を変えている。(←外見は変わっておらず、ご利益のありそうな“†”が名前についている)
雑多で混沌。
二次元と三次元の境界が曖昧で、サブカルチャーが全面的に受け入れられている都市、ナゴヤ。
めじろが、自分らしくいられる場所。
「♪~」
なおも好きな歌を歌唱しながら†めじろ†は、ナゴヤの総決算ともいえるディバインドリーマーのスタイルで、真っ赤なディバイン・インクをほとばしらせ、虚空に赤い線を描く。
虚空に描かれた赤くうねうねした線は、命を吹き込まれたようにむくむく動き出し、やがてほとばしる炎へと姿を変える。
†めじろ†が歌を止めると、どこからか祭り囃子と太鼓の音が響き、いま描いた炎の向うから、炎で形成された虎やライオン、熊、ゾウ、鳩などがにぎやかに現れ、踊り始めた。
†めじろ†が彼らと楽しく踊っていると、ほどなくして景色はナゴヤから元のホールへと戻り、炎の動物たちも消失してしまった。
一人ぽつんとなってしまっためじろだが、客席を見回し、確固たる声で言いのける。
「私は好きを諦めないです」
そして最後の大技、欲張りなユートピア・ユーフォリア――
ホールが再び、めじろの好きなもので溢れていく。
いつの間にか、客席の魂たちの出で立ちは様変わりしている。
男子は皆、顔にぴったり似合う眼鏡をかけている。
そして男女問わずに誰もが、チャイナテイストだったりアイドル風だったり……めじろの好みが現れた服装になっている。
客席にはふわふわと無数の風船が舞い降りている。
風船はどれも、めじろが好きなものを表している。
「わたしは、アイドルが好きです。眼鏡男子が好きです。チャイナ要素が好きです。
朝からカレー食べるのが好きです。
寝る前にクソゲ……じゃなくって、くだらないゲームをするのが好きです――」
めじろは客席に手を差し伸べ、
「皆さんは、なにが好きですか?」
ゆっくり目を閉じ、噛みしめるように言う。
「それをわたしも、好きになりたいです。理解したいです――」
めじろから心地よい優しさを感じ取った観客たちは、すっかり夢見心地になっている。
誰もが自身の好きなものを思い出したようで、幸せそうだ。
同時に大勢が、眼鏡やチャイナやアイドルも案外悪くないな、と感じている。
これは個人の感性だけでなく、欲張りなユートピア・ユーフォリアの効果も大きく影響しているのだろう。
魂たちはいま、究極的にはこう感じている。
――“好き”っていいな、幸せだな……
その感覚は、ノアの洪水に抗う確かな原動力となった。
「いくわよ、ナレッジ」
「はい、マスター!」
続いて“ヒロイックゲーマー”の二人、
クロティア・ライハと
ナレッジ・ディアがステージへ。
クロティアはサンダルフォンの洗礼(巨大なパイプオルガン)を展開。
降り注ぐ神聖な光と音色に気づいた観客たちは、すぐに二人に注目した。
いつものように次のアクションを取ろうとしたクロティアだったが――
「くうぅ……辛い状況ね。たったこれだけのことで、ひどい体力の消耗だわ」
苦しそうに息をつく。
ここは、特別な状況下のステージのため、いつもより多くの力を必要とするのだ。
一般生徒のクロティアは、これに対処する術を、いま、持ち合わせていない。
しかし、そのこころは熱い想いでいっぱいだ。
「ゲームは文明、文化と親密な関係にあるもの。
たとえ劣勢でも、相手が技術で覆しようもないくらいチートでも……」
クロティアは表情を引き締め、トレードマークであり大事な芸器である携帯ゲーム機を天にかざした。
「私はゲームの文化を守るために、ゲームオーバーまで足掻くわよ!」
携帯ゲーム機からフォログラムのキャラクターが浮かび上がる。
世界各国の言葉で“赤の配管工”と称されているゲームキャラクターだ。
さらに携帯ゲーム機からは、誰もが聞いたことがある気がする陽気なテーマ曲が流れ出す。
普段の二人なら、すぐに自分たちの歌を歌う。
しかし今は世界の危機。
世界中の人々(の魂)に効果的に訴えかけるため、この演出を選んだのだ。
そのチョイスは正解だったようで、客席の魂たちの反応はとても良いものとなった。
「マスター、頑張りましょう。終わったら帰ってゲームですよ」
ナレッジの超・背景描写によって、背景がゲームのステージへと塗り替えられる。
さらにナレッジは、ストーリーテラーの力を使い、二次元から
プライを召喚。
プライは、見た目こそクロティアと違うが、彼女が二次元(ゲーム内)で使用しているキャラクター。言うなれば分身のようなもので、ヒロイックゲーマーではお馴染みの共演者だ。
「♪~」
そしてクロティアたちは踊り、ナレッジが歌う。歌はもちろん、ナレッジのオリジナル曲だ。
ドォォッ!
ステージ上に踊るような炎、パッションハーモニーが出現。
客席から歓声があがる。
観客たちは魂なので言語の壁を超えているようで、誰もがあらゆる言葉を認識できている。
「あの炎、隠しステージにあったやつに似てるぞ!」
「いや、魔王の砦に似ている!」
熱を帯びたナレッジの歌が客席を煽り、興奮を呼ぶ中、いく筋ものレーザー光で結ばれた浮遊ドローンの群れが出現。
フォログラムのゲームキャラは、レーザー光を自慢の三段跳びで軽々乗り越え、携帯ゲーム機の中へ戻った。
「ありがとう、スーパースター。私たちの大切なゲーム文化、絶対に消し去ったりしないわ!」
クロティアは熱くつぶやくと仮想体――隣りで踊っている二次元の自分(=プライ)――に変身。
ファングスパイクのグリップ力を生かしたジャンプからのハイジャンプ、さらに畳み掛けるようにトワイライトバックスピンを決め、鮮やかな三段跳びをキメた。
召還されたほうのプライとナレッジは、タイミングを合わせてシンプルにジャンプする。
「マスターの大好きなゲーム、ナレッジも大好きです!」
ナレッジが思いのたけを叫ぶと、ホール内にドット絵のようなフワリ・ハートがたくさん出現。
同時にケレン味たっぷりのレトロゲームっぽい閃光が駆け巡り、三人は仲良く着地した。
「うぅっ」
ちから尽きたクロティアは元の姿に戻り、その場に倒れそうになる。
「マスター!」
すぐにナレッジが抱きとめた。
「帰っていっぱいゲームしましょうね、マスター」
「……そうねナレッジ。
一般生徒の私にできることは全部やったわ……あとは頼んだわよ、勇者たち……」
二人の個性的な愛に触れた客席の魂たちは、豊かな表情で熱い拍手を送っている。
ヒロイックゲーマーの働きかけは功を奏し、ゲーム文化はノアの洪水に流されることなく、今もなお人々の記憶の中にしっかりと存在している。
最後にステージへ現れた
春瀬 那智と
ジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァは、ぱっと明るくキラキラとした煌めきを纏っている。
二人の存在感はすでに客席の魂の注目を集めている。
那智が手にしているのは弓弾き用のギター“ステラ・リンカー”。
星型の水晶のソウルドロップがあしらわれており、ハーモナイザーの那智が奏でると、
(記憶や自我がなくなった世界なんて、正しくも面白くもねーよ。
確かに俺たちは、誤った選択をしてしまう時もあるだろう。
だが俺たちは――人は、間違って、傷ついて、自分だけの輝きを手に入れていくんだ)
強い想いがハルモニアに乗って、観客たちに届いていく。
(俺たちの輝きの強さとちから――)
那智は微笑み、裏に熱い気持ちを抱えながら、ギターをかき鳴らす。
(見せてやろうじゃねーか、ノアに!)
ジュヌヴィエーヴは、その背にヘリオスコーの幻翼を広げ、那智の演奏に輝くミューズの歌を重ねる。
キラキラと光を纏いつつ宙を舞い神獣極光を響かせれば、周囲に美しいオーロラが広がっていく。
二人らしさが輝くライブは、魂たちを魅了。
通常ならば“我を忘れるほど”だが、今回に限っては”我を思い出すほど”楽しませている。
客席の一人ひとりの手元にクラリティエール(光の粒)が輝き、演奏は最高潮へ向かう。
「いつもの合言葉、知ってるか? いくぜ――『Do you like Music?』」
那智の声に誰もが反応して、その光をステージに向けて投げる。
明るい光の粒がステージに集約すると、ジュヌヴィエーヴが一気にそれを束ねあげる。
ドレス(星紡ぐアストライアー)の星型のスパンコールがきらきら美しく輝いた。
那智はその輝きの中、歌いながら許容のクラリティクライマックスを展開させるジュヌヴィエーヴを見守る。
輝く彼女をもっと輝かせたい――その気持ちは、太陽のように那智の胸の真ん中で光と熱を放ち、演奏にますます磨きがかかる。
そしてクライマックス。
ホールをぐるりと光の幕が覆い、そこに満点の星空が映し出される。
ジュヌヴィエーヴの夜色の水晶玉(星繋ぎのプラネタリウム)が、その場を夜のようなひんやりとした空気に変え、星や星座が浮遊する。
ジュヌヴィエーヴの歌声が響くたび、浮遊する星や星座がきらりと輝き美しい。
(ここにいる皆様一人一人もまた、
美しい輝きを秘めた“星”(スター)であることを忘れないでください――)
そっと目を閉じ祈るジュヌヴィエーヴのそば、那智は微笑みながら客席を見回している。
魂たちは、これまでにないほどキラキラと輝いている。
その表情はいきいきと、個性に満ち溢れ、すっかり自我を取り戻していることが見てとれた。
「っ!」
客席の明らかな変化に気づいたジュヌヴィエーヴが、輝く笑みを浮かべる。
ギターの余韻が星空に吸い込まれる中、二人は短く笑みを交わし、深々と客席に向かって頭を下げる。
キラキラとした光を放ちながら、魂たちは大きな拍手を送った。