■ノアの海賊船
「さっきはつい油断しちゃったけど――もうほんっっっとに許さない」
ノアはノイズが払われたせいか、これまでで一番、幼い印象だ。
ザアァァッ!
ノアが再び、海賊船を作り上げる。
ノイズが払われてもノアのちからは変わらず強大で、水の大砲や銃弾を雨あられのように浴びせてくる。
「ただ褒めてもらいたかっただけ。その気持ちは分からなくもないが、だからと言って洪水による浄化を実行させるわけにはいかない。
「洪水で世界中の文化や流行を洗い流すだなんて、絶対ダメです!」
“リトルフルール”の
草薙 大和と
草薙 コロナ、そして
「話に聞く『腐敗した世界』には必要だったかもしれない。
だが、今それを繰り返すのは、ただ世界を破滅に導くだけの愚行でしかない」
ウィリアム・ヘルツハフトの三人が、ノアの立つ川面に駆け寄る。
大和は寵雄剣イザナギと寵雌剣イザナを二刀流で構え、雷霆双剣でノアの攻撃に対抗する。
妻のコロナはテュフォンの騒乱やイカロス・ソアの風のちからで、ウィリアムは拒絶のシクレシィエンブレイスの鞭をふるい、ノアに対抗した。
♪♪♪♪♪~
それでもなお降り注ぐ攻撃は、バス=テトが光の音符でバリアを作り出し事なきを得た。
だが、ノアの海賊船の攻撃は一度ではない。
再び襲いかかってくるノアの攻撃を、三人は全力で無効化する。
決してこちらからは、攻撃しない。
「ノアは、観客だ。攻撃するわけにはいくまい」
ウィリアムの言葉に大和もコロナも同意し、うなずく。
三人が守る背後では――
「さあさあ!
妖精サーカス団『リトルフルール』
集合だっ☆」
シャーロット・フルールの合図で、ライブが始まった。
「かのんちゃん、アイちゃん、ミュージックお願い♪」
虹村 歌音と
アイ・フローラが躍り出る。
歌音がフルールマーチフラッグを、アイがパレードマーチフラッグをそれぞれふると、小さなアンサンブルたちが現れ音楽を奏で始めた。
「何人きたって、おんなじだ!」
ノアの攻撃はどんどん激しくなっていくが、最前線の大和とコロナ、ウィリアム、そしてバス=テトの光の音符の加護はかたい。
さらに機転を利かせたアイがバルドルの慈愛でバリアを張り、自身が呼び出したアンサンブルたちをライブではなく防御要員へとまわってもらい、いっそう護りをかためる。
その混乱の中
アレクス・エメロードは、トレイルウォーターの水でノアの攻撃を相殺しながら、三人とは別ルートで最前線に近づきノアに声をかけていた。
「お前、ほんとは自分が間違ってんの気づいてんだろ
でも止められねぇ
そりゃそうだよな
誰だってそうだ
自分が悪いなんて認めたくねぇし、怒られんのも嫌だ
逃げてしまいたい、そう思っちまったのは想像に難くねぇ」
じゃっかん口の悪いアレクスではあるが、こころから寄り添う気持ちで語りかけ、全神経をノアに向けている。
「まぁ見てろ、ノア。
今回の俺らはお前を助けにきたんだ。
武器はこれだ。
ミラクルトランスフォーム! 変形しろ、ガナシカリバー」
アレクスが大げさに変身ポーズをとって、ガナシカリバーをマイク形態にかえる。
「わっ、Dマテリアルが……!」
子どもっぽく瞳を輝かせたノアは、それが恥ずかしいことのように、すぐに表情を隠した。
ノアの相手をするアレクスを、アイは祈るような気持ちで見守っている。
アイドルたちのライブが功を奏し、いま、ノアのノイズは払われている。
クリアになったノアが、今回自分がしたことをあらためて知ったとき、どう思うだろう。
リトルフルールのメンバーたちはそれを危惧している。
ノアは再び、消えてしまいたいと思うのではないだろうか――と。
アレクスはもしノアにそんな素振りがあったら阻止するつもりで対峙している。
アイも、なにか動かなくてはと強く思っている。
「はっ! そうだ」
アイは素早くその場を抜け出し、バス=テトに駆け寄った。
「バス=テト様!
もしかしたらノアさんは、自分のやったことに苦しんで、
その……また、自分を消してしまうかもって思うんです……
そのときは、私に使うバリアでも構いません
ノアさんのことを守って、声をかけてあげてくれませんか……?」
「おぬしは守らずとも良いと?」
「……はい、構いません!」
バス=テトは大きく深い瞳でじっとアイを見つめる。
「こころに留めておこう」
「ありがとうございます!」
「しかし状況によっては、おぬしとの約束は、守りきれぬかもしれないがニャ」
バス=テトは、猛攻撃を仕掛けて暴れるノアを、悲しそうに見つめた。
「カッコいい! センパイたち、やっぱ強いにゃ」
瞳を輝かせるにあの前に、光のステージ、アポロンズフィールドが浮遊しながら近づいた。
「にあちゃん、一緒に歌おうです!」
ステージの上から
奏梅 詩杏が手を伸ばす。
「おいで、にあちゃん!」
シャーロットと歌音も乗り込んでおりにあに向かって手を伸ばしている。
「うん!」
にあは差し出された手を全部掴み、光のステージへ乗り込んだ。
「いったいいつまで続くんだ」
夜の川の上。
ノアは苦しそうに呟き、接近してくる光のステージを見上げる。
感情を乱された上に、激しい攻防が続いており、疲労の色は濃い。
すでに船のかたちを維持するちからも、攻撃をするちからも残っていない。
「さっきからこうだ。
もうぼくを捕らえて、殺せるはずなのに――なぜしない?」
そこでノアは苦笑いする。
「ああ……そうか。”それがアイドル”なんだっけ」
攻撃するちからを失ったノアは、水の上にうずくまる。
「あーあ。ぼくの負けなのかな」
光のステージの上。
数種のカリスマを同時に纏った詩杏は、魅力たっぷりに魔剣ミスティルテインを振って歌い、舞う。
シャーロットと歌音は、心配そうに眼下のノアを見下ろしている。
「海賊船、消えちゃってるね。さすがにそろそろパワー不足かな……」
「ノアちゃん、苦しそう……」
(ノアくん……。
多分君は、褒められたいばかりになってしまったんですね。
君の中にいたにあちゃん……『何かに憧れる心』を切り離してしまう位。
それは、すっごく悲しいことです)
詩杏の魔剣は魔力を放ち、頑なになっているノアのこころを、ほどこうと働きかけている。
(だからといって、にあちゃんと1つに戻って欲しいわけじゃないのです。
切り離してしまったその『心』を、取り戻して欲しいのです)
歌い、舞う詩杏のドレスから、光に包まれた青い小鳥が、あらわれる。
(ノアくん……にあちゃん……!!)
光の雨が降り注ぐ中、小鳥は夜空へ舞い上がる。
そして詩杏の許容のクラリティクライマックス。
川辺を包む光の幕が現れ、ノアとにあが仲良くマイクを握って歌っている姿が映し出される。
それは詩杏の願いだった。
「……詩杏ちゃん」
詩杏の気持ちを感じ取れたにあは、胸に手を当て瞳をうるませる。
「ありがとうにゃ」
光のステージの上で元気に飛び上がると、にあは雨恋いの青い鳥が振らせた光の雨を、楽しい雨に変えた。
「ふふ、すごいね、にあちゃん!」
いきいきとライブに加わるにあを見上げて、ノアはふるえる。
「世界の秩序を乱す破壊者に肩入れするなんて――! きみも必ず、消し去るからな」
「ノア、言ってることと感じてることが全然違うにゃ。にあには聞こえるよ。ノアの胸の高鳴りが!」
「そっ……そんなものは鳴っていない!」
最後のちからを振り絞ったノアが頭上を指さす。
ざぁぁぁっ!
無数の水の槍が、豪雨のように降り注いできた。
最前線の三人が対処しようとするが、広範囲すぎてすべてはカバーできない。
♪♪♪♪♪~
バス=テトのハープの音色が強力なバリアとなって頭上に広がり、そこを突き抜けるとノアの怒りの矢は光の音符に変わってしまう。
「あるじ様……どうして……どうしてあるじ様までぼくの邪魔を……
まさか、アイドルたちが、あるじ様になにかしたのか!?」
ノアは青ざめながら水の粒をたくさん作りあげ、リトルフルールのメンバーに浴びせかける。
大好きな“あるじ様”を思えば、ちからが湧き出た。
「あるじ様、ぼくがいま助けるから!」
水の粒は光のステージにいたシャーロットの足元にもぶつかり、
「ふにゃ!」
シャーロットはつるりと滑ってステージから落下した。
すぐ真下は、夜の川。水が大の苦手のシャーロットの絶対絶命――
♪♪♪♪♪~
バス=テトの光の音符が、シャーロットを受け止める。
しかし、シャーロットを守ったのはそれだけではない。
「ったく。ひやひやさせんなよシャロ」
「アレクちゃん」
「大丈夫だよ! 私たちがついてるもん」
「かのんちゃん」
フルールメンバー全員が、それぞれ手持ちの技やその身を使い、シャーロットを濡れさせまいと尽力した。
「みんな……」
ぽんっと岸辺に降りたシャーロットが、水面にいるノアを指差す。
「クライマックスだよ、ノアちゃん!
これはキミのためのフルールライブ☆
心ゆくまで楽しんでってね!」
(ノアちゃん
キミが欲しかったのは使命なんかじゃない
……自分を認めてくれる仲間なんじゃないの?)
「ツリーオブライフ!
春華軍扇に導かれ、現れ出でよ、妖精楽団」
暗い夜の川辺が、シャーロットの世界に侵食されていく。
……それは花と緑、煌めく命が溢れる景色。
ノアの真横に命の大樹が現れ、神秘の種を振りまく。
そこここに草花が映え、穀物、野菜、果実が実る。
春華軍扇から現れたのは、数十名のアンサンブル。
「キミたち、やっぱり踊りが下手だね、でもおもしろいっ」
アンサンブルたちの踊りを見て、シャーロットが笑う。
「シャロちゃん!」
シャーロットの相棒、歌音が駆けつける。
「かのんちゃん、歌うよっ。にあちゃんもおいでおいで☆」
歌音はうなずき、フルールマーチフラッグを振りアンサンブルを呼び出す。
にあは、見様見真似で踊り始めた。
「♪~
おいでませ フルールの森
人も機械も妖精も一緒に遊ぼ
みんな元気に歌い合えば
楽しさはいつも無限大
みんな一緒に笑い合えば
幸せな日々がほら続いてく」
「ノアちゃん!」
歌音はノアに向けて手を伸ばし、“愛しき過日”に連れて行く。
それは、アイドルたちが多くの人を笑顔にした、想い出深いライブのワンシーン。
誰もが笑い、ステージには幸せが溢れている。
そして大きな大きな拍手――
「懐かしいなぁ……ふふふっ」
愛しき過日のワンシーンの中、ノアと並んで歌音は語る。
「見て? ノアちゃん。みんな笑ってるでしょ?
きっとその笑顔こそが、ノアちゃんや『あるじ』さんの本当に欲しかったものじゃないかな。
洪水で世界を押し流すことが望まれたのは、きっと、
『悪い文化・文明』が世界にはびこり、どうしようもなくなっちゃったから。
たくさんの人を楽しませ、喜ばせ、幸せにする――
そんな『いい文化、文明』の輝きで世界を満たし、世界をキラキラした素敵なものでいっぱいにする。
それこそが『あるじ』さんが本当に望んだことじゃないのかな」
ノアは眩しそうに、歌音の記憶の中のステージを眺めている。
単にライトが眩しいのか、それとも――
愛しき過日から戻り、ノアは再び暗い川の上。
そのとき、ライブに加わったウィリアムが、セット・アドヴァンスの激しい剣戟を繰り出し、夜空を切り裂いた。(ように見せた)
暗闇に暖かい色合いの、ザ・ファーストデイの光が差込み、さらにその場に歌音のエタニティサンシャインの輝きが加わる。
キラキラと明るい光の中、大和が神威ミズヤレハナで、川辺に花を咲かせていく。
コロナがイカロス・ソアの翼を広げ、神々しい光と共に浮かび上がる。
ノアのいる暗い川を、明るい光が照ら出し、いきいきとした花が彩った。
弥久 ウォークスのパートナーである
弥久 風花は、オルトポテンシャルを使ってナイツフラッグを両手に持ち、ライブに花を添えるべく踊り、歌っていた。
フラッグからは、いざという時には戦闘もできる頼もしい騎士の姿のアンサンブルが合計8人現れており、風花と共に踊っている。
小さな星のエフェクトを浮かべたロビンドレスを纏い、数秒ながら自由に宙に舞って、風花は楽しげに踊っている。
スピンしながら高みへあがった風花は、ほんの一瞬、高い場所から川面のノアを見る。
誰にも見られていないと油断しているらしいノアの表情を、風花はこっそり見ることとなった。
「ふふっ」
風花はにっこり微笑んだ。
「ふふふ。私たちのライブ、ずいぶん楽しんでるようじゃない。
あとで皆に教えなくちゃ。
こっっそり、目をキラキラさせて、見てたわよ――って」
いざとなったら戦闘もあるのだろうか――そう覚悟していた風花だったが、どうやらその必要はなさそうだと悟る。
「よ~し! 今日は思いっきり踊るわよ!」
風花はますます軽やかに踊り、キラキラと歌う。
「にあ、アイドル大好き! 歌も踊りも、だい、だい、大~好きにゃ!」
シャーロットと歌音に挟まれ歌って踊るにあは、ウキウキが止まらない。
「ノアも一緒にやろうにゃあ!」
にあの周りには楽しそうな水が渦まき、それらは愉快で暖かいうねりとなって、ノアのもとへ流れていく。
不思議なことにその水は、濡れることなく、ノアに吸収されていく。
岸辺に近づいたノアが、叫ぶ。
「呆れた。どこまでその楽しさに流されるつもりなのさ」
「ずーっと、ずーーーーっとにゃ」
にあの周りの水は、止まることなくノアに向かっている。
「ノアは頑固者にゃ。
こんなにたくさん、楽しい水をあげてるのに、いつまでもおっかない顔して」
「まさか……にあちゃんがノアくんに吸収されたり、しないですよね?」
様子を見守っていた詩杏が、心底心配そうにつぶやく。
「確かに……」
アレクスが神妙な表情になる。
「覚えてるか? ノアはまだ完全体じゃない。残りの”欠片”があるんだ」
「それが、にあちゃんのあの不思議な水……、だったりして?」
アイが青ざめる。
一同に緊張が走る中、にあは踊って笑っている
「にゃふふ。
楽しい気持ちなんて、いっくらでも湧き上がるにゃ? ノアに分けても、全然平気にゃ」
「その通り! 楽しい気持ちに上限なんて、ありゃしない!」
シャーロットが飛び上がり、歌音と二人で“#うちで歌おう”の呼びかけをする。
「みんな、準備はいい?」
「おいでませ~♪」
それに応じたファンたちがドッと現れ、あっという間に川辺を埋め尽くす。
そして満面の笑みを浮かべたシャーロットが、ノアを見て叫んだ。
「みんな~!
新人アイドルのノアちゃんだよ~♪
水でパフォーマンスしてくれるみたい
声援よろしくっ☆」
まるでホールにいるかのように拍手と歓声が湧き上がった。
自分に向けられていると気づいたノアは、勢いに押されて、水の海賊船を作り上げる。
わあっ!!
大歓声と拍手が起きた。
面白くなったノアは、
ドン!
海賊船から水の礼砲を放つ。
ますます大歓声と拍手が起きた。
ノアの長い長い人生を振り返ってみても、こんなに大勢に注目され、こんなに大勢に褒めてもらったことはなかった。