■にあの水
ず、ざぁぁぁっ……
水の海賊船が、水しぶきをあげながら崩れ去っていく。
水しぶきの間を蹂躙するダークロードが展開し、そこを一気に
行坂 貫が駆け抜けていく。
怖いものなどなにもない、そんな無鉄砲な貫らしい走りを、
♪♪♪♪♪~
バス=テトの光の音符がバリアとなって、激しい水しぶきからが貫をまもる。
「おぬし、もっと自分の命を大事にしろ」
遠くから、バス=テトのお説教が聞こえてくる。
そんな声には耳を貸さず、貫はノアのそばを走り去りながら巨大な調理鋏をふりかざし、ノイズを一時的に断ち切った。
「?」
ノアの様子が気になった貫は、そばに流れついてきた屋形船に飛び乗り川にとどまる。
「……さっきあるじ様に叱られてたね、ふふ、い~けないんだ、いけないんだ」
子どもっぽく笑うと、ノアは岸辺をじっと眺めた。
ノイズが断ち切れたせいか、もともとなのか、間近で見るノアは幼く清らな少年だった。
「くすくす、あーあ、楽しそうだなぁ」
夜風に吹かれながら、ノアは楽しそうにどこかを眺めている。
警戒しながら、貫はその視線をたどる。
「あぁ……」
視線の先には、貫の仲間のアイドルやバス=テト、にあがいた。
川辺の公園や遊歩道は夜でも明るく、全員の姿がよく見えるのだ
数々の助けの手を拒み続けながらたった一人で守り続けている信念は、小さな身体には重すぎたに違いない。
それでもなお、一人暗い川の上でもがきながら、ノアは自分を貫いているのだ。
小さなノアは、たった一人、なにを思ってその光景を眺めていたのだろう。
調理鋏をしまった貫は、再び蹂躙するダークロードでノアに接近。
プルートのちからで彼の不安を吸収する。
「大丈夫。皆のライブがなんとかしてくれる。絶対に」
走り去る貫に、ノアは弱々しく、しかし頑なに首を横にふってみせた。
(誰にも想いを託されない戦いは、さぞ辛いだろう)
アーヴェント・ゾネンウンターガングは暗い川を見つめながら、ノアの苦悩を想像している。
すでに芸器の動音のフレーテには
アウロラ・メタモルフォーゼスがユニゾンしている。
『今日もディーヴァの我とシンクロナイザーの貴様とのユニゾンは絶好調であるな!』
アウロラの言う通り、二人のユニゾンはアイドルのちからを底上げしている。
「アーヴェント、連れてきたよ」
ヴェル・アルブスが、にあの手を引いてやって来た。
「んににぃ!? ヴェル、抱きつかないでにゃ」
「不安いっぱいで大変だったのに、それでもにあはノアのこと想って止めようとしてえらいね」
ヴェルは、にあを“よしよし”で激励する。
「ノアのことも、こうしてあげようね」
「うん、いってくるにゃ!」
ライブの皮切りは、朧月夜の御神渡り。
暗い川面を望む岸辺が、鏡のような水面へと変貌する。
「にあ、これ大好きにゃ」
ぱしゃぱしゃと水しぶきをあげながらにあは、アーヴェントと一緒に踊る。
続いて。
アーヴェントの奏でる動音のフレーテに
天草 在迦が歌を重ねる。
在迦の歌声はオリジナリティのある癒やしの音色――揺月の音だ。
自身の境遇や道程を思えば、いま、こうして仲間と歌えることに在迦は並々ならぬ感動と感謝を抱かずにはいられない。
神格のカリスマを纏う在迦は、声高らかに歌いながらバルドルの慈愛。
アウローラの天鍵を奏でながら、いまのこのライブ空間を光の壁で囲み、水面や明かりを輝かせる。
さらに、不可視ながらもガンダルヴァのアンサンブルにて、オーケストラの音色も重ねてみせる。
合歓季 風華は、聖人ノアと対峙することを考慮して、今日は仮想体で“聖女”の姿をとっている。
纏ったドレスはシンデレラストーリー。歌に合わせて徐々に形を変えていく。
『主催、聖女をなされるのでしょう?
それならば、胸を張って前をご覧になって』
風華のconstellationにユニゾン中の
都祥 かをりは、風華が主催するロリィタブランド
SilkySeasonのスタッフだ。
雇われている立場ではあるが、かをりのほうが歳は上。
ブランド全体を語り合う良き間柄で、いまも風華の胸の内を知り発破をかけたところだ。
『主宰とご学友がお建てになったSilkySeason。
私に見せてくれた夢の光、あの寂しげな子にも──』
ざあぁっ
アーヴェントたちの足元の水鏡に、トレイルウォーターの4つの水柱が湧き上がる。
水柱から散った飛沫は輝く氷の粒になり、夜の川を煌めかせる。
ノアのいる暗い川と、アイドルのいる川辺――いま両方ともに水面が広がっており、両者の境界線はどこか曖昧になっている。
アーヴェントが、上空に白煉のジャッジメントの光を放った。
光はノアのいる夜の川を照らし、さらに川面にはリトルレインの雨が降り、そしてすぐ止み虹が出る。
雨と虹にはノアへの想いがこめられており、その想いは白煉のジャッジメントの光にのって、ノアのこころにじわりと染みる。
(――ノアの気持ち、自分も理解できる。
自分とて、誰かに認められ褒められたいという『強欲』がなければ、
勇者アイドルを名乗り民衆を救おうとする『博愛』を持ちはしないだろう)
動音のフレーテを奏で、踊るアーヴェントは、自身とノアとの共通点と、個人的な共感などをこめながらエモーショナルプレイを試みる。
音色に動作にそれは現れ、ノアのこころを揺さぶっていく。
「ノア!」
水面には、光に照らされながらライブに見入っているノアが見える。
「感じるにゃ。ノアのドキドキ、にあにはわかる!」
「ち、ちが……っ」
♪~
圧倒的なカリスマを放った在迦の歌声が飛び込んできて、否定をするの暇もなくノアはその歌に耳を傾ける。
(ノア――)
カリスマでこの場を制圧する気のない在迦は、この歌声がノアに届いてほしいといういっしんで、歌い続ける。
在迦の纏う衣装から、淡く光る青い小鳥が現れ、光の雨を連れながらノアの元へ飛んだ。
(僕のような身でも舞台で歌える、恥ずかしながら生まれてよかったと思える地球を……ありがとう)
小鳥は在迦の思いを伝えようとはしているが、それは具体的な言葉にはならない。
しかしながら、歌を聞くノアのこころには、じんわり暖かくて、でもちょっとくすぐったい――そんな不思議な感情が湧き上がっている)
「ノア、一緒に奏でよう?」
ヴェルが飛ばしたレイ・アルパが、夜の川をさらに賑わす。
レイ・アルパの複数のドローンによるレーザー光は、触れるたびに音が鳴る。
ドローンはノアのそば通るため、期せずしてノアはその音色を奏でることとなった。
♪~
「あ……」
音が出ることが新鮮に楽しいノアは、思わず自分から手をのばす。
♪~
「ノアが苦しんでるにゃ。『ドキドキ』と『そんなのダメだ』を、行ったり来たりしてるにゃ」
興奮して叫ぶにあをじっと見つめて、アーヴェントが言う。
「仙道。以前ナゴヤで仮想体になれなかったのを、覚えてるか?」
「そういえば、そんなことがあったにゃ」
「今の仙道なら、成れる。仮想体だけじゃないぞ? ノアを救える君にさ」
「そっ、そうかな!?」
いよいよライブは終演に向かう。
風華のシンデレラストーリーは、ライブの進行によって流水をイメージしたドレスに仕上がっている。
バス=テトと目があった風華は、かしこまってお辞儀をした後、ドレスのスカート部分に描かれた流水のモチーフを指で撫でる。
♪~
クローステールの力によって、ドレスからは透明な水のように美しく澄み渡った竪琴の音色が響き、さらに袖裾や胸元には、虹を封じた水滴飾りが施されていく。
♪♪♪♪♪~
芸能人となった風華のために、バス=テトがハープの音色を重ねる。
すると風華のドレスには、こっそりと一つだけ、金色の音符の刺繍が施されている。
アーヴェントは神威ワダツミにてあらわした水の龍を纏うと、鏡の水面のステージで、飛沫をあげながらその水龍と共に舞う。
そしてオーバーシンクロナイズ。
アーヴェントは自身の想いをノアにぶつける。
尋常ではない量のハルモニアによって、ノアの中には一気にアーヴェントの想いが流れ込んでくる。
アーヴェントにはアーヴェントの苦しみや迷いのストーリーがある。
ノアに共感するところも多い。
それらすべてが怒涛のように流れ込み、そのうえで――
(思い出してくれノア。
褒められた事は嬉しかっただろう。
だが何よりも、大好きな人の喜びが一番嬉しかったんじゃないのか?
その笑顔すら流し去ってしまって、君は本当にいいのか)
その問いかけと同時に、オーバーシンクロナイズの強力なハルモニアは、さらにノアの脳裏にバス=テトの姿を見せる。
アーヴェントの感情の海で溺れそうになりながら、ノアは叫ぶ。
「やだ! やめて!」
ザンッ!
とっさにノアが、水の龍を差し向けてきた。
ノアのこころに踏み込めば、そうなることは予測できていた。
攻撃への対処はできている……
「?」
だが不思議なことに、ノアの放った龍は一向に攻撃してこない。
それどころかノアの放った水の龍は、まるで星獣か神獣かといった風情で、アーヴェントの龍とじゃれあい始めた。
「うそだ……なんで!? そんなはずは……」
「ノア! わかるにゃ。胸が高鳴るよね。なんだかわからないくらい、楽しいよね!」
にあが興奮気味に叫ぶ。
「何を言うんだ、ぼくは高鳴ってなんかっ」
「んん~。にあもこんなドキドキはじめてにゃ、よーし!」
にあが楽しげに目を閉じ、瞑想すると――
「んにぃ!」
ちゃぷんっ☆
楽しそうに飛び跳ねる水の猫が現れた。
水の猫からは、ぴょこぴょことトビウオのような音符が放たれており、その場をますます楽しく彩っている。
「なんかわかんないけど、出てきたにゃ!」
小躍りするにあは、ノアに向かってその猫を放った。
猫はノアの足元をぐるぐる回ったあと、夜の川に流れて消えた。
「ノア! 歌ってとっても、楽しいにゃぁ!」
「やったじゃないか」
アーヴェントがにあに“よしよし”する。
「にゃふふ~」
すると他の皆がアーヴェントに群がった。
「いいなぁ、僕も僕も」
「僕も、いいですか?」
『もちろん、我にもだ』
アーヴェントが仲間によしよしをしている間に、風華は川の上のノアを見つめる。
風華は、愛憎の檻でその川面を包み、聖人ノアへ、労りや感謝、慈しみの気持ちを伝えた。
そして風華はヒロインズ・アフェクションをこころみる。
風華のノアへの想いはまごうことなき慈愛だ。
その気持ちはカリスマを宿し、川ぞいには、延々と続く光の花畑(幻影)が現れる。
「だめだ。だめだ、だめだ、だめなんだ。
ぼくはそのために、頑張ってきたんだ。
ぼくは世界を――そのためにアイドルを――
ああでも……なんてきれいな景色なんだろう」
ノアは揺れている。
(大丈夫。皆のライブがなんとかしてくれる。絶対に)
先ほど鋏をふるってきたアイドル(貫)に言われた言葉が、ノアをますます揺らす。
いつのまにかノアは、川の真ん中近辺から、アイドルたちのいる岸辺寄りに移動している。
あと少しノアが手を伸ばせば、そこはもう、焦がれて眺めていた明るい岸辺だ。
この場にいるプルートたちは、感じ取っている。
すでにノアからはノイズが払われている、と。