■華乱葦原へ、届けるライブ(1)
華乱葦原の明暗を決める重要なライブの一番手は、
日下部 穂波だった。
ステージに躍り出た穂波の目の前、客席には華乱葦原出身のフェスタ留学生やアイドル見習い関係者が並んでいる。
詳細まで知らされていなくとも、故郷に何か重大な問題が起きていることは皆すでに実感している。
その表情は、どうしても沈みがちだ。
そんな葦原出身者達の並ぶ客席の一番前。
ステージに立つものからしか見えぬその位置には、キレイな宝石――
世界の結晶が置かれている。
(やっと、やっと取り戻すチャンスが巡ってきた!)
穂波にとって華乱葦原は思い入れのある地だった。
これまでフェスタ生として何度も華乱葦原を周り、関わって来た。
だからこそ穂波は、客席の華乱葦原の人々に元気な笑顔を見せる。
「顔を上げて、前を見て! ボクらが、君たちの笑顔を取り戻すから!」
穂波の声に続き、冒頭からいきなりまばゆい閃光が縦横無尽に駆け巡り、観客の気持ちを盛り立てる。
「今日は華乱葦原にとって祝うべきハレの日にだよ」
穂波の周りにフルートバードが現れて、ウタを奏で始めた。
その音色に合わせて穂波は和風ロックを歌い、歌の途中に演劇のような「語り」を入れる。
「さぁ目覚めよ! 今日、ボクらは再誕する!
思いを乗せて空に飛べ! 大空へと飛翔しろ!
ボクらは今日、不死なる鳥となる!」
ラストのセリフは特に力強く響き、客席の一人一人にしっかり届く。
(大好きな華乱葦原のみんな、どうか再び笑顔になって)
穂波は祈り、大好きな華乱葦原とそこに住む人々を想う。
ポンッ ポンッ!
ふわふわのフワリ・ハートが会場じゅうを浮遊した。
すると、フワリ・ハートの合間を飛んでいたフルートバードが、不死鳥のような姿のピッコロフェニックスに姿を変えた。
「
ボクらは今日、不死なる鳥となる!」
穂波が繰り返し力強く強調する中、ピッコロフェニックスはウタを奏でながら悠然と飛び立って行った。
すっかりライブ世界に引き込まれた観客は、だいぶ明るい表情になっている。
「うん、みんないい顔になってるね(にこっ♪)
これからすごい人がいっぱい出てくるから、最後まで楽しんで!」
少なからず熱を帯びてきたステージの袖には、出番を待つ
コトミヤ・フォーゼルランドと
ジュレップ・ガーリースカイ。
「ジュレさんは華乱葦原でそこまで活動してたわけじゃないけど、とてもいいところだっていうのはよく知ってる!
消えたままにするわけにはいかないよね!」
コトミヤはというと、
(世界を取り戻すためにライブ???)
いまひとつピンと来ていない。
ただ一つコトミヤが判っているのは、アイドル(ジュレップ)とプロデューサー(自分)にとってはまず観客の驚きと笑顔が大事だ、ということ。
「観客の喜びと世界の救出、ここはひとつ一石二鳥を狙っていこうじゃないか」
「プロデューサー! ジュレさんのライブで観客の笑顔と世界、両方勝ち取るよ!」
二人は意気揚々とステージへ向かう。
ステージが鏡のような水面に変わり、見事な月が映りこむ。
その上を、ジュレップが身軽にたったったったと駆け抜ける。
ぴちゅん
ぱしゃん
ジュレップが足をつくたびに水面に水しぶきがあがる。
人々がその動きに注目している合間に、ステージは夜闇に包まれた。
夜闇には(これから何が起きるか期待している華乱葦原出身者達の高揚感を反映し)星や流れ星が見えた。
(ジュレさんは、夜の滝で修業する美少女剣士!)
立ち止まったジュレップが両足をふんばり、名刀「火焔白鳥・破」を凛々しく振りかざす。
ざあぁっ
足元の水面に、噴水のように水が噴き出した。
演出にいそしんでいたコトミヤが、ヴァイオリンを構え、和風の旋律を奏で始めた。
華乱葦原の出身者はジュレップの凛とした剣技やヴァイオリンの曲調から故郷を思い出し、どこか幸せそうな表情になった。
ゆったりしたヴァイリンの響きにのって、剣を持ったままジュレップは水面を歩き、そのまま宙を駆け上がっていく。
足場はジュレップが足を離す瞬間にキラキラと光の粒になって崩れ、次の足場を構築する。
コトミヤのヴァイオリンは徐々に激しさを増し、それに呼応するかのように、突如として辺りが真っ赤になった。
逢魔が時の鬼遊び――妖しい人魂が浮かび、辺りが赤に染まり、大小様々な大量の鳥居が地上空中問わずあちこちに出現する。
ジュレップは輝き浮遊する足場を使い、空中に浮かんだ鳥居や観客の間近の鳥居から、出たり入ったり、
「ふふ」
「わあっ! びっくりした!」
「……やっほ~」
「見て! あんなとこから出てきたわ!?」
「ふむふむ」
「キャーッ! しっ、下から見ないで~!」
しばしの間空間を縦横無尽に駆け抜け、観客を驚かせて回った。
そして再び表情を引き締めて振り回す刀は、景色に負けぬ真っ赤な照り返しを見せ、時に雷を纏ったり、または炎を纏ったり。
パフォーマンスはどんどん激しさを増していく。
ヴァイオリンも最高潮。
ジュレップの刀に動きを合わせて、あちこちで花火があがる。
中でも白、紫、黄色の花火は、散った後に花びらとなって会場内を舞い、ジュレップの刀が、花火をすっぱり斬ったかのように見える。
そして最後は。
♪~
コトミヤのヴァイオリンの音色が、木漏れ日のような優しい光をゆっくりと降らせる。
降り注ぐ光の中、ジュレップが高く高く、重力に反して高く跳び、刀を大きく振りかぶった後、一気に振り下ろし着地した。
ドンドンドン!
たくさんの花火が弾け飛び、花びらが宙を舞った。
驚いたり見惚れたり、時に癒されたり……
すっかり二人の世界に引き込まれた観客の華乱葦原出身者は、笑みを浮かべながら大きな拍手を惜しみなく送っている。
「……ん?」
「見て、プロデューサー! わあっ、綺麗!」
二人が見つめる中、客席一番前の世界の結晶が、弱弱しくながらもぽぉっと光り、そして儚くすぐに消えた。
まるで、一生懸命何かを訴えかけているようだった。
フライフォーゲルのライブパフォーマンスは、日本神話の中の「大国主神の物語」をモチーフにしたものだった。
総合演出は
西村 瑠莉。
少しだけ和風アレンジが入った特製メイド服(紫煌天衣)を着込んでいる瑠莉は、いでたちだけでなくその信条も、徹底的にメイドであった。
(砕け得ぬメイドの心得を胸に、揺らぎ得ぬメイドの信念を貫く。
真のメイドたるもの、如何なる時も優雅で華麗に美しくあれ!)
今日はメイドとして舞台を作り、メイドとして舞台を裏で支える。
~Scene1:出会い
大国主神は兄たちに騙され、故郷を離れ須佐之男命の国へとやって来た。
そこで大国主神は、須佐之男命の娘の須勢理毘売と出会う。
といった内容を、
高天原 壱与が語って説明する。
今日の壱与は、須佐之男命と語りの二役を担っている。
ステージが鏡のような水面となり、月が映りこんだ。
♪~
瑠莉のヴァイオリンが響く中、大国主神役の
西村 亜鳥と、須勢理毘売役の
西村 由梨が現れた。
亜鳥は肩にかけている美麗な鍵盤楽器を奏で、背中の翼を広げ飛翔する。
鍵盤楽器の奏でに合わせて、明るい光の筋が空中に灯り始めた。
亜鳥のその姿は、まるで女神や天女のよう。
大国主神は一般的に男性として認識されているが、今日のフライフォーゲルのライブではこのようなスタイル。大変見目麗しい。
飛翔する天女な大国主命の亜鳥を、由梨が追って足を踏み出すと、空中に輝く足場が現れる。
足を離すと足場は光の粒になって崩れるが、気にせず由梨はどんどん輝く足場を昇り、亜鳥に近づいた。
空中で見つめ合った二神は、歌い、空中にいるまま踊った。
ヴァイオリンの曲調は徐々に甘く激しくなり、出会った二神が一目ぼれし合い恋に落ちたことを感じさせている。
そこへ、憤った様子の父・須佐之男命(高天原 壱与)が登場。
(ちなみに須佐之男命もやはり一般的には男性として認識されているが……以下略。つまり大変見目麗しい)
「お父さま!」
須勢理毘売の由梨が叫び、場面が転換する。
~Scene2:試練
再び壱与の語りが状況を説明する。
それは――
須勢理毘売の父・須佐之男命は、大国主神が娘と結婚し、その故郷に連れ帰ることをすぐには認めず、試練を与えた。
その試練とは『草むらに投げ入れた
氷華水晶を探してくること』
それだけではすまず、
氷華水晶を草むらに投げ入れた須佐之男命は、さらにそこに火を放った。
というものだった。
(この語りは、様々なライティングの演出によって、臨場感や緊迫感を帯びて観客達に伝わっている)
ステージには、困り果てる大国主神が一人。
すると突然、緊迫感漂うヴァイオリンの調べと共に、ステージが燃え盛る炎で覆われる。
壁、幕、床……すべてが、すさまじい勢いで燃えている。(演出なので燃え広がらない)
炎の傍らにはライトを逆行にした二人の人間のシルエットが見える。
観客には分からないが、一人は由梨。燃え盛る炎をまとった旗を振り、踊っている。
もう一人は壱与。火の粉を散らす妖蝶の大扇を振り振りしている。
「
氷華水晶が溶けてしまう!」
それどころか自分自身も燃えてしまう――
慌てふためく大国主神の元に、オカリナネズミが飛んできた。
「ちゅっちゅ♪」
オカリナネズミが何かを伝える。(注:日本の神話において、ネズミは大国主の遣いとして定着している)
その瞬間、観客一人ひとりの耳元に、声が聞こえた。
――入り口狭い、内広い
「今のは須勢理毘売の声? あら? 地面のこんなところに、穴が……」
「ちゅっちゅ♪」
オカリナネズミが大国主神の亜鳥の肩に乗る。
「入り口狭い、内広い……。よし、入ってみましょう。えいっ!」
その声を合図に、すべての炎が消え、ステージは暗転。
ヴァイオリンの音色も止まる中、亜鳥が安堵のため息をついた。
「なるほど。
あんな小さな穴だったのに、中は広い……これで炎をやり過ごせます」
その時、
キラリ☆
そんな雰囲気のヴァイオリンの音色がして、氷を思わせる、真っ白く透明なライトがステージを走った。
大国主神の亜鳥が、
氷華水晶をみつけたのだ。
~Scene3:旅立ち
姿は見せぬが、須佐之男命の声が聞こえる。
「氷華水晶。
それは勇気と知恵、そして助け合う心のあかし。
手に持って、旅立つがいい、あるべき場所に」
フライフォーゲルがこの演目を選んだ理由はここにあった。
大国主神の物語(国造り)は、戦いではなく優しさと味方を得ることで成し遂げた偉業。
今の「華乱葦原」に相応しい、そう着眼したのだ。
ついに手に入れた
氷華水晶を抱き(抱くようなしぐさを取りながら)、亜鳥は舞う。
まるで水晶から力をもらっているかのように、その身体は光を纏っていく。
空からは発光する雪が降りそそいでいる。
その景色は、雪が降っているというよりは、世界が新しく塗り替えられていくような印象だ。
亜鳥が舞うのは、天女の舞。
舞うにつれ、天から神々しい光が舞い降りてくる。
さらに、ひときわ明るい十二本の光の筋が、亜鳥だけでなく横に寄り添う須勢理毘売の由梨のことをも照らす。
語りの口調に戻った壱与が、大国主神の旅のこれまでの経緯や、これから成し遂げることを説明する。
そのために今、二神が手をとりあって新しい世界へ旅立つ必要があるということも――
亜鳥と由梨は愛し合う視線を交わし手を取り合い、足元からくるくると延びる、光の螺旋階段をのぼっていく。
その上空では純白の光の十字架が旋回し、二神を神聖な光で照らしている……
自分たちの故郷に似た日本の神話をベースにしたこの演目を、華乱葦原出身者達は懐かしそうに眺め、みな、二神の旅立ちを心から祝福し笑顔を浮かべ、その後の頑張りを祈り、いつまでも拍手を送った。