■コンテナヤードの戦い(2)
藤田 一星と
御空 藤もまた、人質が収容されていると思われるコンテナを見つけていた。
「あそこね? 破るわよ?」
アンラ・マンユが駆け付け、ノイズの弾丸を放ちコンテナの扉の鍵を破壊していく。
藤はアンラに何か伝えようとしたが、混乱の中なのでその言葉を飲み込む。
「なんだ? 今の音は」
すぐに異変に気づいた警備のアイドル達が集まって来た。
「藤さん、皆さんをお願いします! こちらは任せて!」
一星が言えば、アンラもまた、藤を促す。
「『笑顔の為に歌う』んでしょ?」
それは藤とアンラにとって、呪文のような言葉だった。
「うん! 行ってくる!」
藤は力強い足取りで、コンテナに向かった。
武装した警備アイドル達がわらわらと集まって来た。
アンラは一番近くまで接近してきた者達の手足にノイズをまとわりつかせ、動きを阻止。
一星は純白の光の十字架を天から落とし、アンラ同様彼らの動きを阻止していく。
「推シ、推ス……推セ」
開放されたいくつかのコンテナからは人権をすっかり失った状態の人質達がぞくぞくと出てくる。
藤の元から大きな爆音が鳴り響き、人質たちは藤に注目した。
そこで藤はマイクを携え、くるりと回って白いステージ衣装(ドレスド・フェスタ)を魅せつけアピール。
そして笑顔を浮かべ歌い出す。
♪~
歌声にハルモニアを含ませ、洗脳状態の人質の心深くに訴えかけながら……
いっぽう一星は大剣(光聖の演舞剣)を振り、アンラはノイズを自由自在に操り、警備のアイドル達をどんどん倒していた。
「くそ。オレで最後か。こうなったら!」
物陰に潜んでいた警備アイドルが一人、歌う藤とその周辺の人質達の前に躍り出た。
「そうはさせませんよ」
駆け付けた一星が大剣を振るい、フェイスオブナイト。
嵐のような爆風の壁で藤や人質達を味方を守り、更に相手の懐へと距離を詰め、吹き荒れる風と共に強力な斬撃を見舞い、戦闘不能に陥らせた。
「お待たせしました!」
一星が藤の横に立つと、空中に純白の光の十字架がいくつも現れた。
それは、先ほど警備アイドルを足止めした攻撃的な十字架と姿形は同じでも、まったく印象が違う。
人質達の心に深くしみるような、神聖な十字架だった。
さらにその場を盛り上げるべく、瞬く閃光が縦横無尽に辺りを駆け巡る。
重度の洗脳状態だった人質達ですら、今やライブに興味を示している。
「フェスタのアイドル、期待の新星かもしれない藤田一星です!」
「……申し遅れました…? フェスタのアイドル、藤だよ」
この世界にはたくさんのアイドルが、星のように、それぞれの輝きを放って存在している。
だが、洗脳された人質達はそのことを忘れさせられてしまっている。
たった一つの星(推し)しかない世界を、強制的に見せられている。
「ほらほら。画面の中のアイドルよりも、私達を見てよ♪」
歌いながら藤は笑う。
笑うことが藤という星の、最も藤らしい輝きだと信じているから。
(大胆な動きで、人質の皆さんに勇気を沸き立たせられるように!)
一星は、先ほど戦いに使った剣や技を意識的に演出に用いてライブを行っている。
そのような魅せ方に可能性を感じたからだ。
新星アイドルの一星の足元には、いくつもの輝く未来と可能性が広がっている。
「気づいて欲しいな。たったひとつの星だけじゃなくて……沢山の光る星々があることに。
そしてそんな星々の中で、精一杯輝いてる私達に」
最後は藤がフワリ・ハートを浮かべ、一星は大剣を振るいフェイスオブナイト。
先ほど警備アイドルを倒した時とは異なり、その剣は美しい風と光を生んで藤のフワリ・ハートを巻き込み、人質達の心に輝きを照らして散って行った。
人質達の洗脳は解けゆき、藤と一星のパフォーマンスをまぶしそうに見つめている。
こうしてと一星は、正気に戻った人質達を無事避難させることに成功した。
安堵でいっぱいの避難路で、藤はやっと、アンラに話しかける。
「アンラ、前に一緒に歌ってくれたの、ありがと。
あと……ね? 一緒に遊びに出掛けない? 私と友達になってよ」
「ヒュー、聖歌庁の仕事をサボれる口実になるならいつでも大歓迎よ!
え? あとなんて言った? 友達?
友達……って、いつの間にか勝手になっちゃってるものじゃない?」
(ほら、私達みたく)
そんな風にもとれる笑みを浮かべながら、アンラは藤の頭をなでた。
黒瀬 心美と
黒瀬 心愛は、一つ一つのコンテナに耳を押し当て、中の様子を聞きながら歩いている。
二人は今、騎士でも完全に把握しきれなかったコンテナを探している。
「水色で上下に赤いラインの入ったコンテナだったのは確かなのだが、ナンバーまで見れなかった」
打ち合わせの際、イドラの騎士はそう言っていた。
そして今まさに、心美と心愛の周りには特徴が一致するコンテナがズラリと並んでいる。
心美は陰に身を潜めつつ、シャドウスケートで音もたてずに素早く移動しながら、心愛は身体を透明に近い半透明になり――警備のアイドル達にみつかることなく、一つ一つのコンテナを探索している。
「あッ!?」
心美の目が光った。
かすかにだが、人間のものとは思えない、獣のような雄たけびが聞こえるコンテナがあった。
一人ではなく何人もの男が、おそらくライブ映像の歌に合わせて長い文言を叫んでいる。
「フッ『口上』か」
いつの間にか合流していたイドラの騎士が、心美の横で聞き耳をたてている。
「向こう側のコンテナを調べながらここに来たが、いくつか該当するコンテナがあった」
「それじゃ、助け出さないと」
「ああそうだ。だが……」
人質全員に、心美や心愛がしたようなカムフラージュを施すのは不可能だった。
しかもいったん彼らを外に出せば、統率は不可能。
これはもう、ライブをして、一時的にでも正気に戻ってもらうしか方法はない。
つまり、助け出すには警備と護衛が同時に必要、ということだった。
「心愛、大丈夫。アタシがちゃんと守る……」
心美が護衛に回るということは、いつもは二人で行ってきたライブを、今日は心愛一人でやるということだ。
覚悟を決めた心愛が、こくりとうなずいた。
イドラの騎士は、自分が探しあてた人質入りのコンテナの鍵を、ブラックルミマルで破壊して回る。
心美もまた、二刀流の長剣(ハンドレッドベイン)の猛烈な剣さばきで、あっけなく鍵を破壊して回る。
(アタシらアイドルの芸ってのは、人の“心”に響かせるもんだ。
そして心を打つパフォーマンスには魂が宿るもの。
たった一つの芸に命を懸けるからこそ、観客は答えてくれるんだ)
心美の瞳はアツく燃えている。
「ヤツらのやってる事は、観客もアタシらアイドルをも侮辱する行為だ。
こんな茶番はさっさと辞めさせてやる……!」
鍵が壊されたコンテナの中から、ぞくぞくと廃人と化した人質達が出てきた。
「心愛、頼んだよ!」
心美の声に、心愛は深くうなずいた。
(警備員の足止めは姉さん達に任せて、思いっきり派手に行きましょう……!)
光線で作り上げられた輝く舞台に、星獣(ピッコロバード)のシマエナガの
しまちゃんと心愛が立った。
すぐにしまちゃんはピッコロフェニックスに姿を変え、ウタを奏で始める。
♪~
癒しの力を宿したそのウタは、人質達の上にしみじみと降り注ぐ。
しまちゃんに合わせて心愛も歌う。
歌詞はなく、透き通るような声で。
「お前たち、ここで何をしている!」
ライブに気づいた警備のアイドル達がぞくぞくと集まって来た。
「邪魔は、させないよ」
心美は周囲の影を伸ばし編み上げると、触手のように彼らの足に絡ませ、足止めを計った。
それでも襲い掛かってくる相手には、二刀流の剣をふるう。
ただ闘うのではなく、
♪~
心愛達の音色に合わせて、舞うように。
その身のこなしは美しくドラマチックだった。
警備のアイドル達はまるでライブのような心美の動きのに目を奪われ、気を取られている。
レッドアイも登場し、天地双閃。
心美同様舞うように剣を振り、陽の気の白光の筋と、陰の気の黒光の筋を描き、警備要員達を魅了し足止めを計る。
このように心美は彼らを惹きつけ足止めし、最終的にはその場で気絶させていった。
人質達同様、警備要員のアイドル達もまた、単なる被害者なのではないかという配慮から、傷つけることは避けていた。
「手伝おう」
イドラの騎士も参戦して来た。
「絶対に、傷つけちゃダメだよ!」
心美が念を押す。
「もちろん」
イドラの騎士はうなずき、ブラックルミマルを振る。
♪~
心美と騎士との乱闘をものともしない集中力で、心愛はしまちゃんと共に歌い続けている。
――自身が苦しみを覚える応援など、アイドルは望んではいません。
――貴方は貴方が、心から尊いと思うものを信じればいいのです。
想いを透き通る声にのせて。
人質の彼らが苦しみから解放される事だけを願って。
「あぁ……」
「ここは……?」
人質達に、正気が戻ってくる。
「なんていい歌声なんだ」
「癒されるなぁ」
彼らは皆「推し」を忘れ、心愛としまちゃんの歌に耳を傾ける。
警備要員のアイドル達も、みな気絶し、倒れている。
こうして心美と心愛は、人質達を探し当て、さらに避難させることに成功した。
心美と心愛、そして人質達と共に歩きながら、イドラの騎士の表情はかたい。
「どうしたのさ、浮かない顔して。一人残らず救出できたのに」
「ああ。お前達アイドルの活躍は確かなものだった。が……」
イドラの騎士は後ろ髪をひかれる思いで広いコンテナヤードを振り返った。