■華乱葦原へ、届けるライブ(2)
アイドル達の心遣いのおかげで、客席の誰もがライブによって故郷を感じとっている。
しかしまだ、世界の結晶は顕著な動きを見せないままだった。
有間 時雨は、ステージ中央に満開の桜の木を召喚した。
(ぼくは華乱葦原にある大きな桜の木が好きなんだ。
だから、またあの桜を見に行きたいんだ)
トランペット犬を連れた
深山 詩月がその桜の木の下に立つと、ふたりを中心に光が放たれ――
桜の木、詩月、そしてトランペット犬の周りに、光線でくみあげられた美しい舞台が出来上がった。
桜の周りには、風に舞う色とりどりの花びら。
華乱葦原出身者が、桜が咲き乱れる故郷(桜稜郭)の街並みを思い出し、懐かしそうに、心癒される風情で瞳を潤ませる。
詩月は、裏方に徹していた時雨をちら見した。
(どう? きれいでしょ? でもね、華乱葦原の桜はもっともっときれいなんだよ)
視線でそう語ると、詩月は巫の光を纏いながら、歌い、舞う。
その、美しくしなやかな舞いに合わせて、トランペット犬がウタを奏でる。
(あの桜、みんなにもまた見せてあげたい。
そのためにも、華乱葦原を取り戻したい!)
輝く光と桜のステージの周囲に、レーザー光線で結ばれた浮遊ドローンの群れが出現した。
舞いながら詩月がレーザー光線に触れると、
♪~
光の筋は、まるで楽器のように音をたてる。
光はそれぞれ音階が異なるため、詩月は楽器を奏でるように光線に触れながら舞った。
人工的な光線が踊る中、天からは神々しい光の筋が指す――
時雨もギターで伴奏に加わり、純・華乱葦原路線だった曲は、(今でいうところの洋楽のような)テンションがあがるアップテンポな曲へとリミックスされていく。
その「新来芸道」な曲調に華乱葦原の出身者達は魅了され、皆楽し気に曲にのっている。
トランペット犬が美しい星色の狼(シュテルンヴォルフ)へと姿を変えた。
奏でるそのウタは景色を塗り替え、ステージに満点の星空が広がった。
そこへ雷をまとうタテガミの獅子(サンダーレオン)も加わり、星空と桜の木の下、しばらくの間、詩月と二匹は舞い踊った。
懐かしさだけでなく新しさも感じさせる二人のライブに、観客は大満足で拍手を送った。
いかにも悪そうなそぶりを見せながら悪役の
高橋 蕃茄は、ステージへ。
動物型の武器、ティラノ=ベースに乗っての登場だった。
「ここが和の世界か、なんとも機械が足りないな」
ティラノ=ベースは、精密な絡繰のような技術によって作られた「機械の動物」の見た目をしている。
それが、蕃茄の言葉に答えるように、恐竜のような恐ろしい叫び声で吠えた。
「こんな世界を元のまま戻すのは面白くない、もっと機械じみた世界にしてくれようか」
蕃茄はがしゃんがしゃんとティラノ=ベースを歩かせ、その顎を動かし空(くう)を噛みつき、唸りを上げてみせる
「その辺にしときなよ」
可愛らしい妖精姿の
エイミー・マームが現れた。
「邪な意思は要らないな、タイミングが悪いんよ」
妖精エイミーが寵剣イザナミを振りかざし蕃茄に襲いかかる。
♪~
盛り上がる音楽をバックに、蕃茄がティラノ=ベースから舞い降り、長剣デミ・ドラグリオンを抜く。
そのまま襲い掛かる――ように見せかけ、蕃茄はいきなり陰陽師の紙人形をエイミーに向けて放ち、いっとき錯乱させてから飛び掛かる。
「ふふん」
エイミーはイザナミを振り、光の軌跡で紙人形を撒き散らし、重い一撃を蕃茄に繰り出した。
「うぅう、中々やるな、こいつはどうだ」
♪~
BGMが激しく攻撃的な曲調に切り替わる中、蕃茄はティラノ=ベースに飛び乗った。
ティラノ=ベースはBGMに負けぬ激しさで咆哮し、鋭い歯のような機構を見せつけ、エイミーを噛みつきにかかった。
「なんの!」
エイミーは走り、ステージじゅうに水柱を作って回し、ティラノ=ベースの動きを阻止する。
大きく移動するエイミーの妖精の羽からは、煌めく光の粉が散っている。
「それだけか?」
ティラノ=ベースは水柱を踏みつけ、噛みつき、ことごとく散らしてしまう。
散らされた水柱は水飛沫となった後、氷結し、ステージ上をキラキラと浮遊した。
妖精の粉と、氷結した水しぶきのキラキラを背景に、エイミーはティラノ=ベースの懐に飛び込むと、その胴体に鋭い一撃をくらわし言い放った。
「お前の機械は終わりだよ」
こうしてティラノ=ベースは動きを止めた。
しかし蕃茄は動じることなくそこから降り、笑う。
「そろそろこの地の力に慣れてきたぞ。今、見せてやる」
悪役っぷり全開で、楽し気に周囲の影を編み上げ、黒く輝く巨大な衣装を纏い、観客達の注目を一身に集めた。
さらに壊れたティラノ=ベースや壁、ステージの幕から、妖しく光るちょっぴり怖い顔が表面に浮かび上がり、エイミーを威圧する。
「くっ!」
エイミーが逃げるように走り出すと、足元から光の螺旋階段が伸びる。
光の螺旋階段はエイミーがのぼればのぼるだけ伸びていく。
エイミーを追い螺旋階段をのぼる蕃茄は、力を開放して刀身から烈火をほとばしらせ、長剣デミ・ドラグリオンを抜く。。
対してエイミーは、剣を大神剣イクタチに持ち変えた。
華乱葦原の出身者達は二人の演劇にすっかりひきつけられ、映画でも見るような瞳でステージを見つめている。
機械を操る悪役と、可愛い妖精、という文化的にも相反している二人の雰囲気が、この芝居をより魅力的にしている。
そしていよいよクライマックス。
光の螺旋階段での剣戟が始まった。
炎を纏った長剣デミ・ドラグリオンで、蕃茄は攻絶え間なく踊るように攻撃を繰り出す。
圧倒されているように見えたのは、ほんの束の間。エイミーは大神剣イクタチを一振り、全方位の衝撃波で蕃茄を圧倒する。
「くっ」
衝撃波に圧されて後退しながらも、蕃茄は余裕の表情だった。
「言っただろう。この地の力に慣れてきた、と!」
ステージに、巨大ながしゃ髑髏の影が現れた。
「奥の手だ、お前一人でこいつを倒せるか!」
蕃茄は光の螺旋階段からがしゃ髑髏の掌に飛び移った。
「1人なものか! 救いたい人達が、ここにいる!」
エイミーが、客席を見て叫んだ。
「みんな力を貸して!」
観客達は、(演技上ではあるが)今エイミーが言った『救いたい人達』が、自分達を指していると気づいた。
誰からともなく手を叩き、いつしか会場じゅうに大きな拍手が起こっている。
エイミーと客席のあいだに、不思議な一体感が生まれていた。
イルミネーションのような光がステージや客席を華々しく彩り、空間の一体感は、さらに増す。
「ありがとう! 頑張れそうだよ」
エイミーの周りに、美しい飛沫を伴った水の龍ワダツミが現れた。
その水の龍と水飛沫を纏いながら、エイミーはがしゃ髑髏にとどめの一撃をくらわせた。
「うぁあああ!」
がしゃ髑髏は消滅し、蕃茄は敗北の叫び声を上げながら舞台の影に落ち、見えなくなった。
エイミーが皆に手を振る。
「これで一つの悪は消えたよ! これからも、楽しんでいってね」
一体感はまだまだ残っており、華乱葦原出身者達は歓喜に包まれている。
「あれは……?」
退場しようとしたエイミーが、立ち止まり瞳をこらす。
客席最前列の世界の結晶が、拍手に合わせるように瞬いている。
今初めて肉眼でも確認できたが、ライブ開始から、徐々に結晶の光は強まっていた。
アイドル達のライブは、この状況に確かな変化を起こしている。