【旧アルベルト軍残党兵】
セイカー・ランドルフは、大破したスクラマサクスガードの操縦席内で奥歯を強く噛み締めていた。
「くそッ……ここまでか」
ドゥニア北側中央の大通りへと入る位置で、アディス・カウンターのメタルキャヴァルリィが街中へ突入してゆくのを何とか防ごうとしていたセイカーだったが、多勢に無勢、ほとんど戦果らしい戦果を挙げることも出来ないまま、乗機を戦闘不能状態に追いやられていた。
街中への侵入を図ったアディス・カウンター側のメタルキャヴァルリィは数十機にも上る。それに対して、セイカーはたった一機のスクラマサクスガードでこれらを抑えようとしていたのだ。
数的不利はどうにも覆せず、また彼の支援に入る特異者も居なかった為、完全に孤立してしまったのだ。
その結果が、大破での戦闘離脱である。
トルーパーとしての技量も然程に抜きんでている訳ではない為、セイカーのこの結末は必然といえば必然であったろう。
「後は……プリテンダーの各隊が、街の内部で頑張ってくれるのを祈るしかないな」
疲れた様子でシートの背もたれに身を預け、セイカーは大きな溜息を漏らした。
モニター内では敵味方が尚も激闘を繰り広げているが、動けなくなったセイカー機では最早何もすることが出来ない。
ふと、頭上に巨大な黒い影が見えた。バトルシップ級左翼側敵旗艦の巨影が、膨大な火力を周辺に撒き散らしながら徐々にプリテンダー側の防衛ラインを侵食しようとしているらしい。
その右翼側敵旗艦の圧倒的な質量に、アサルトリベルタ艦隊が果敢に挑もうとしている様子がモニター内に映し出されていた。
「武運を祈る」
セイカーは、そっと目を閉じた。一兵卒の戦線離脱とは概ねこんな感じなのだろうと、妙に冷めた頭でそんなことを考えていた。
* * *
再び、南側戦線。
メインクーン隊の旗艦
ヘビークルーザー級『ラヴィーネ』は、更に強化されたアディス・カウンター艦隊南部防衛ラインを真南から攻略しようとしていた。
ラヴィーネ艦長
叉沙羅儀 ユウはしかし、巨大な一個の怪物と化した敵南部防衛ラインの恐るべき物量にただただ渋い表情を浮かべるばかりで、有効な打開策が打ち出せない現状に多少の苛立ちを覚え始めていた。
白の薬師が既に何度か、接近する敵ミゼットサブマリンの艦影を発見し、その都度、地上を走る
焔生 たまの
サシュワータ『B・S【FAMELL】』に報告し、撃退を任せている。
たまは地上戦で敵軍ハイサイフォス部隊と何度も激突していたが、その卓越した技量と機体性能を最大限に駆使し、ことごとく撃退に成功している。ミゼットサブマリンへの対応も非常に素早く、時には自ら発見して、その対応に廻っていた。
『少し、良いかのう』
今回メインクーン隊に参戦しているサクスン伯
サキス・クレアシオンが、片手間とばかりに通信回線を開いてきた。
たまは応答スイッチを入れつつ、モニター内でサキスの
ブラックバードRver『ラヴィアンネージュ・T』がネックブレイカーを複数機、一気に撃墜している様子を眺めて小さく口笛を吹いた。
『ナハティグァル隊からの突撃要請は、まだ来とらんのか?』
『はい、まだです』
応じたのは、ユウであった。
要請が届けばすぐにでもフォースキャノンを叩き込む準備は出来ているのだが、いかんせん、敵の防御は非常に厚く、南部防衛ラインの右翼側敵旗艦に直接攻撃を撃ち込める状態にはなっていない。
ラヴィーネの艦橋では三人のオペレーター、即ち
イリヤ・クワトミリスと
ミラ・アーデット、そして
ラーナ・クロニクルらが情報解析と砲撃補助、防御力操作などに忙殺されていた。
単艦であるラヴィーネがここまで驚異的な火力と機動力、防御力を発揮しているのは彼女ら三人の努力の賜物であったのだが、戦果といえば小型艦や戦闘機を数多く撃墜させるばかりで、まだ大きな獲物にはありついていなかった。
そんな中で、ミラが既に大きな問題となってプリテンダー各艦を悩ませている索敵異常問題について、触れてきた。
『何となく、原因が分かってきたぞ』
曰く、この索敵異常はプリテンダーとアディス・カウンターの双方に発生していることは間違いが無く、その原因が人為的なものではない、というのだ。
では一体何が起きているのか。
その点については分析を行っていたラーナが幾分自信無さげな調子で静かに語った。
『これ多分……磁気を含んだ砂嵐だよ』
ラーナは視界が時間の進行に伴って茫漠とし、見通しが悪くなりつつあることにも触れた。まだドゥニアとその周辺には砂嵐と呼べるほどの暴風には包まれていないが、既にその前兆は現れ始めているのだという。
そしてこの索敵異常は、今のところはアディス・カウンターに対して味方していることも間違いない。
「最初から数的不利なこちらが、索敵の正確な結果を得られないとするなら、それも仕方のないところですね……でも、ものは考えようです」
たまは気づいていた。
砂嵐が本格的に発生し、その猛威を完璧に振るうような状況になれば、逆にその自然の脅威を味方につけることが出来るだろうと。だがそこには、ひとつの大前提があった。
エルベ砂漠の砂嵐は時期によって発生規模、風向き、磁気の強度、発生時間などが大きく変化し、エルベ砂漠に長い間住んでいる者でさえも、直近に発生した砂嵐から次の発生内容を推測することしか出来ない。
それらの条件をことごとく知り尽くしている者が果たして、敵や味方の中に居るのだろうか。
『……居るわね。確実に、これから発生しようとしている砂嵐の詳細な現象について詳しいひと達が』
半ば確証を得たような口ぶりで、イリヤが静かにいい放つ。
ユウもたまも、そしてサキスも、その言葉に異存は無かった。
「旧アルベルト残党軍……彼らなら間違いなく、知っていますね」
たまは、モニター内で激しく明滅する無数の火球をじっと見据えた。
かつて戴冠式を襲撃し、盟主アルベルトの死によって再び地下へ潜った彼らは現在、幸か不幸かその一部がプリテンダーに参加している筈であった。
ここでサキスは、ラヴィーネの護衛を務めているフリゲート級に無線を飛ばした。そのフリゲート級を操艦している
シスカ・ティルヘイムは何事かと驚いた様子で、通信回線に応じた。
『旧アルベルト残党兵は確か、フェアヴェーエン隊と同じ区域での戦闘を担当しておる筈じゃ。彼らと接触してくるのじゃ』
無線通信では、敵に傍受される恐れがある。直接面と向かって話をしてこい、というのがサキスの指示であった。
『承知致しましたッ!』
シスカのフリゲート級はまるで雷にでも打たれたかのような勢いで、ラヴィーネの傍らから急速離脱していった。
* * *
ユウは近くに展開する味方戦力に、シスカのフリゲート級への支援を要請した。
最初に反応したのは、クロノミーティア隊の
“一点集中の砲手”風間 玲華と
風間 那岐だった。
玲華と那岐はこの時点までに数隻のフリゲート級やライトクルーザー級を撃破しており、隊としての戦果は十分過ぎるほどに挙げていた。しかし敵の南部防衛ラインが恐ろしいほどの増強されたことで、今尚最前線に居座り、戦い続けていたのである。
そこへ、ユウからの支援要請だ。断る理由は無かった。
「あのフリゲート級を守れば良いのですね? しかし一体、どうしてこんな危険な移動を?」
玲華の問いに、ユウは砂嵐の件を手短に説明して答えた。
『成程……それが事実なら逆転満塁ホームランをかっ飛ばせますね』
那岐が冗談めかして笑ったが、しかしその声音には決して楽観的な色は含まれていない。この戦局を打破する為には絶対に必要な情報だということを、那岐自身もよく理解している様子だった。
「そういうことなら、途中で他の友軍にも声をかけながらフェアヴェーエン隊にまで何とか辿り着いてみせましょう」
そんな訳で、玲華と那岐はシスカのフリゲート級を護衛しつつ、ドゥニアの街の上空を突っ切ってフェアヴェーエン隊が展開している北部戦線へと急行する。
途中、ペガサス『スノーホワイト』で空戦に勤しんでいた
羽村 空を捕まえた。
「え、何ッ!? 護衛ッ!?」
突然の呼びかけに驚いた様子の空だったが、兎に角緊急を要するとの玲華の台詞に、すぐさま思考を切り替えて頷き返した。
「まぁ、それがアディス・カウンターを懲らしめる手段に繋がるのならね……良いよ、一緒に行ってあげる」
もともと仲間との連携で支援戦闘を重視する腹積もりだった空としても、旧アルベルト残党兵との接触にはさしたる問題も無かった。
「それにしても、かつての強敵に協力を求めるかぁ……何かこう、変に燃える展開だね」
空の笑いに釣られて、玲華と那岐もつい苦笑を禁じ得なかった。
やがて一同は街区上空を抜け、北部戦線へと辿り着いた。そこで、左翼側敵旗艦の護衛艦隊との戦闘で少なくない損傷を被った
高峯 ファラのフリゲート級が、後退運動に入っている現場と出くわした。
「どうした、妙な連れ合いだな」
アーマードペガサスの鞍上から、
高峯 ユファラスが笑いかけてきた。ユファラスは後退しようとしているファラを援護すべく、同じように最前線から退こうとしている最中だった。
ユファラスもファラもよく頑張ってはいたが、矢張り敵の防衛線に穴を開けるには戦力不足、実力不足は否めなかった。
その厳然たる事実を突きつけられた格好で止む無く最前線から引き上げなければならなかったのだが、旧アルベルト残党兵との接触という興味をそそられるイベントに思いがけず気分が向いた。
「かつての敵に、重要な情報を求めるか……それもまた一興だな」
かくして、ユファラスとファラの両名もシスカのフリゲート級護衛に加わる運びとなった。