【南を襲う危難】
どうやらアディス・カウンター側はドゥニアの街を含む戦線中央区域での戦闘は分が悪いと判断したらしく、街を除外した南北の郊外に戦力を集中し始めたらしい。
そのうち、街の南側での戦闘に注力しているナハティグァル隊は最前より敵の攻撃が激しくなってきたことを肌で実感するようになっていた。
そんな中、隊の旗艦である重巡希望の甲板上で、支籠班の
綾瀬 智也は渋い表情を浮かべている。
「急にこちらのプレッシャーが酷くなってきましたね……」
智也の任務は
スクラマサクスアサルト『ホーク・アイ』に搭乗し、迫り来る敵航空戦力を打ち払う固定砲台としての役割である。対空砲火という見方で考えれば、その火力と機動性は隊の中でも指折りの存在であり、旗艦を守る戦力としても申し分は無い。
そして智也の火力だけで足りない場合は、
エレナ・フォックスのフリゲート級が駆けつけて支援の火力を叩き込む。これだけでも相当な迎撃態勢が取れているといって良い。
尤も、エレナの艦は敵陣への突撃が主な任務としており、重巡希望に駆けつけてくるのは、本当に智也が危ない時だけに限られるのであるが。
『道を切り開きますッ!』
相変わらず、エレナは勇ましい掛け声をあげて敵陣への突入を繰り返している。だがそれも、押し返される頻度が目に見えて高くなってきていた。
『ねぇッ! さっきから敵の数が増えてないッ!』
ホーク・アイの通信網に、
テスラ・プレンティスの
ムスタングRAからやや悲鳴に近しい叫びが飛んできた。
タンクユニットを接続している為、今回のテスラ機はムスタング戦車と呼ぶべき外観となっているが、その対空火力は非常に頼もしい。それはさておき、悲鳴をあげたテスラは現在、
灰崎 聖が駆る
ライトクルーザー級の甲板上に位置しているのだが、その聖艦に追加投入されてきた敵小型艦隊が一斉に襲い掛かってきていたのだ。
その聖艦に着艦してきた
シュナトゥ・ヴェルセリオスの
スクラマサクスアサルト『ベルンシュタイン』も、補給すらままならぬ状態で応戦を強いられている。
流石にこれは捨てておけないと、智也は機体を右舷側へと走らせたものの、聖艦に攻撃を繰り返している敵小型艦隊との距離は、射程ぎりぎりであった。
と、そこへ一隻の艦が駆けつけてきた。
シールドクルーザー級『光壁重巡洋艦ミリオンスター』である。操艦しているのは応撃班の
“視えぬ砲艦”夏輝・リドホルムである。
ミリオンスターは実体弾を駆使して聖艦周辺の小型艦隊を牽制し、魔導式三連装砲などを駆使して上手く弾幕を張り巡らせた。
と、そこへミリオンスターに搭乗しているオペレーター
妹尾 春那が、余り嬉しくない情報を流し込んできた。
『中央に陣取っている中央敵旗艦麾下の艦隊が右翼と左翼に分かれて、南北各戦線に突入してきたみたいッ!』
つまり、先ほどまでとは比べ物にならないほどの物量が攻め込んでくるという訳である。
流石に智也もエレナも、或いはテスラやシュナトゥといった面々まで、息を呑む思いだった。
と、ここで春那に代わって夏輝が通信回線用マイクを取ったらしく、深みのある渋い声が各機内に響いた。
『恐らく、そう遠くない段階で敵はメガフォースキャノンを撃ってくるぞ。嘗てファルケ・アバルトがそうであったように、ひとは大義があれば平気で外道と化す。連中には街を傷つけてはならぬ縛りはないからな』
薄ら寒い話ではあったが、しかし可能性は非常に大きいと見なければならない。事実、敵はつい先ほど、街の真上を突入するという非道な手段に打って出たではないか。
であれば、更に時間的余裕は無い。今すぐにでも敵の防衛網を突破し、右翼側敵旗艦の喉元に喰らい付かなければならないところであったが、現実は非情だ。
今も追加で投入されてきた戦力が、分厚い壁を形成しつつあった。
と、そこへ
レニア・クラウジウスの
アーマードクルーザー級が後方から飛び出してきた。智也も夏輝も、何事かと驚きの念を禁じ得ない。
レニア艦の甲板には
“闘竜天駆騎兵”草薙 大和と
草薙 コロナが搭乗している
マカイラが二機、艦上兵力として陣取っていた。
『どうした? まだ出番には早いのではないか?』
夏輝が問いかけると、レニアでも大和でもなく、オペレーター
雪神 白羽がひと際冷静な、凛とした声を通信回線に乗せてきた。
『少しばかり、捨て置けぬ状況になってきた』
曰く、先ほどから生じている索敵機能の異常が、更にその度合いを強めてきているのだという。このまま異常状態が徐々に酷くなってゆくと、完全に目視だけに頼らなくてはならなくなる。
だがどういう訳か、ドゥニア近郊の空域が妙にぼんやりしてきており、見通しが悪くなり始めていた。つまりこのままでは、あらゆる目という目が封じられる可能性があるというのである。
『そうなってからでは遅い。だから僕達も敵防衛線への攻撃に、参加することにした』
『わたし達が敵の懐に飛び込むことで、敵の動揺を誘うことが出来るかも知れませんしね』
大和に続いてコロナも、攻撃参加の意図を掻き口説いた。
彼らが腹を括った以上は、夏輝としても無碍に断る理由はない。
『良かろう。弾幕は任せてくれ。各員、突撃準備』
夏輝は、ミリオンスターを聖艦とレニア艦に先立てて前進させた。敵が新たに築いた防衛網までの接近距離、時間にして60秒。
大和とコロナも熾烈な接近戦を予測して、トルーパーライフルの接射態勢を取っていた。
* * *
支籠班の
“戦場の故郷”今井 亜莉沙は、通信回線を開いて重巡希望の艦橋と連絡を取った。
「ねぇ、フェアヴェーエンやメインクーンに支援要請は出さないの?」
『……まだ早い。彼らの手を借りるとすれば、こちらがある程度敵の防衛線を消耗させてからだ。今ここであの二隊を呼び寄せては、共倒れになる』
アルヤァーガの声は素っ気なかったが、しかしその回答内容は的確である。亜莉沙も、それ以上は無理に言葉を繋げようとは思わなかった。
代わりに、この厳しい状況を如何にして自力で打破すべきかを考えた。導き出した答えは、簡単だった。
「支籠班も前に出た方が良さそうね」
『そうしてくれるか』
アルヤァーガの応えを聞くまでもなく、亜莉沙は
フリゲート級『アイアンサイズ』を操艦している
アデル・今井に指示を出した。
亜莉沙の前に出るという選択に、アデルも通信回線の向こうで理解を示して頷いた。
『姉様の仰せのままに』
通信モニターの向こうで、アデルはどこかはかなげな笑みを浮かべた。直後、アイアンサイズは激戦に突入しようとしている重巡希望やミリオンスターといった艦影の横方向へと位置を進めていた。
固定銃座の中で、亜莉沙は考える。
この戦いは、個の勝負ではない。プリテンダーとして全体の勝利が得られさえすれば良いのだ。ならば、支籠班としての役割に必ずしも拘る必要はない。そのことを分かっているからこそ、アルヤァーガもアイアンサイズの前進を認めてくれたのだろう。
程無くして、アイアンサイズも敵フリゲート艦やネックブレイカーといった小型艦船の攻撃範囲内に突入していた。敵ヘビークルーザー級やライトクルーザー級はまだ彼方の位置だが、それもいずれ目と鼻の先に突っ込んでくるだろう。
と、そこへ前方から艦影を翻して後退してくる大型艦の姿が見えた。
ブラックロータス・エクスマーキナーの
ヘビークルーザー級『重巡黒薔薇』であった。
先駆班に所属する黒薔薇だが、分厚くなり始めた敵防衛網に対処する為、一旦後方へ退いて態勢を立て直そうとしていたのである。
『こちら狛守……先駆班が戦っている最前線の状況を報告するよ』
スクラマサクスブースト『白椿』に搭乗して黒薔薇の甲板上に待機している
“陰謀を写し出す者”狛守 眞白が、幾分疲れた声を無線の向こうから流してきた。
曰く、敵防衛網は予想以上に分厚く形成し直されているらしく、ちょっとやそっとでは突破出来ないほどの完成度を見せているらしい。
『こちらも艦やメタルキャヴァルリィを相当に強化して臨んだのですが、敵は更にその上をいっています』
眞白の報告を補完する形で、黒薔薇に同乗しているオペレーター
ブルーローズ・エクスマーキナーが疲れ切った声で眞白に続いた。
ストラグルオペレーターによる索敵機能が正常な結果を出さない以上、実際に戦ってきた者の報告が一番正確であるといえる。
そういう意味では、眞白とブルーローズの言葉には他とは比べ物にならない信憑性が担保されているといって良い。
亜莉沙は固定銃座の中で、思わず喉を鳴らした。アイアンサイズのような軽量小型艦の火力で、どこまで通用するのだろうか。
黒薔薇でさえ一旦引き返してこなければならぬほどの激戦地を、果たして突破出来るのか。
『他の先駆班も間も無く後退して参ります。戦線の立て直しが肝要かと』
とどめが、ブラックロータスのこのひと言であった。
亜莉沙は軽い眩暈を感じた。と、そこへ夏輝が通信回線に割り込んできた。
『キツそうならば、退がっても構わん。無理をして負傷兵や損傷艦を増やすのは却って得策ではない』
一瞬、夏輝の言葉にすがろうかと思った亜莉沙だが、レニア艦に乗って決死の覚悟で前線へ飛び出してゆこうとする大和やコロナの姿を見た時、そんな怯えも一挙に消え去った。
「……大丈夫、行くよ」
それから亜莉沙は、通信モニター内の眞白に面を向け直した。
「他の先駆班が後退してくる航路を教えて。援護するから」
『余り正確じゃないかも知れないけど、ローズに送らせるね』
疲れた表情ではあったが、眞白の声はまだまだ気力が削げ落ちてはいない。この分ならすぐに回復して、戦線に復帰してくるだろう。
それまでは、自分達が敵の圧力を押し返さなければならない。
亜莉沙は奥歯を噛み締め、ぼんやりと視界が霞む遥か前方を力強く凝視した。
* * *
先駆班の一員として敵艦隊突破を目指していた
波多 南は、これは到底一筋縄ではゆかぬと判断し、他の先駆班メンバーと同様、一旦退く決断を下していた。
「リザねぇッ! こりゃ駄目だわッ! 蟻の子一匹通れやしないよッ!」
『仕方ありませんわね。他の先駆班の皆様と足並みを合わせましょう』
南が操縦するホーネット・アサルトの背面甲板上で、マカイラの操縦席内から
リザベス・アルバが無念そうな声を絞り出した。
まだ負けた訳ではなかったが、後退するというその行為自体に何となく負い目を感じてしまう。
南はしかし、感情論で戦争は出来ぬとばかりに操縦桿を操り、ホーネットを転進させた。ここで孤立してしまったら、それこそ敵の袋叩きに遭う。それだけは絶対に御免だった。
と、その時、マカイラの機内からリザベスの小さな悲鳴のような叫びが響いてきた。
「ど……どうしたの、リザねぇッ!」
『拙いですわ。右翼側敵旗艦がメガフォースキャノン射出態勢に入っている模様です』
南は思わず、ぎょっとして後方モニターに視線を落とした。見ると、確かに右翼側敵旗艦の巨大な砲門にエネルギーの微粒子が細かな光を帯びて凝縮しつつあった。
発射までにはまだ相当時間はあるものの、もし味方が何も知らずにそのまま戦線を維持していれば、確実にあの巨大な破壊力の餌食となるだろう。
「リザねぇッ! そのマカイラ、遠距離通信用の宝珠って積んでたっけッ!?」
『……そんな便利なもの、あるわけございませんでしょう』
幾分呆れた声が返ってきた。それもそうかと納得しつつ、南は一刻も早く戻らねばと操縦桿を握り、加速用フットペダルを一杯に踏み込んだ。
「飛ばすよッ! リザねぇ、しっかり掴まっててッ!」
一分一秒でも早く、敵の巨砲について知らせねばならぬ。
南は兎に角急いだ。防御も索敵も全て放棄し、兎に角急ぎに急いだ。